第7話
ツウィスターゲームとは、赤・青・黄・緑の四色の丸がそれぞれ6個印刷されたマットの上で、ルーレットの指示通りの場所に、指示通りの身体の部位で触り、指示以外の部位で触れたり、倒れたりしたら負けというアクティブなゲームだ。
「なんでツウィスターが部室に……。一年もいるのに気付かなかった」
「先輩が言ってたけど、卒業生が色々置きっぱなしで退部していくらしいよ」
文芸部なのに漫画があったりする時点で根幹が揺らいでいるから、何で――とかは考えたら負けだ。
「じゃあ、他にもあるってこと?」
「麻雀牌だったり、ラヴジェンガとかもあるけど」
「ドンキフォーテみたいな品揃え……」
夏樹のボソッと呟いた例えツッコミは伊吹にクリーンヒットしたらしく、腹を抑えて頑張って笑いを堪えている。
「机を端っこに寄せよー!」
「司沙、本当にするの……?」
「もちろん」
そう言って司沙は「単純接触効果で関係を深めるんだよ」と夏樹に耳打ちする。
単純接触効果って身体が触れ合うって意味じゃないよね――という反論は無視しておいた。
「伊吹さん、良いよね?」
「夏樹が良いなら、やってみたいかな。せっかくの機会だし」
「夏樹――」
「いいよ。わたしもする」
「ならけってーい」
パパッと机を退けてからツウィスターのマットを引いた。
一応ドアの鍵を閉め、窓にはカーテンを掛けておく。
いくら部室でも周りから見られれば大惨事だ。
司沙はすかさず、ゲームマスター用のルーレットを手に持った。
「まずは夏樹と伊吹さんがやっていいよ」
と催促すると、夏樹はごちゃごちゃ言いながら、伊吹は素直に定位置に立った。
「スタートっ!」
司沙の宣言で勝負――?は始まった。
「左手、黄色」
司沙の指示に従って夏樹と伊吹は、身体を動かす。
まだ、司沙としても面白くない状況だ。
右手、緑――。
右足、青――。
左手、緑――。
………………。
………………。
10回ほど繰り返したときには、二人は近づいていて、良い感じに絡み合いはじめた。
ふぅ――、ふぅ――。
夏樹の耳には伊吹の吐息が、耳に直接かかる。
運動中だからか少し荒めで、不規則な間隔が妙にいやらしい。
互いに顔が見えていない状況も、その意識を加速させる。
「伊吹っ、くすぐったい。息の根止めて」
「止めたら死んじゃうけど」
「っ! ……そういうことじゃないんだけど、さ」
声がゼロ距離で聞こえた。
それは頭の中を伊吹のことでいっぱいにさせて、伊吹のショートヘアが触れる感覚に異常反応してしまうまで夏樹を敏感にさせる。
そのせいで、上手く言葉が出てこなかった。
単純接触効果は予想以上の効き目を持っていると思い知らされた夏樹は、首謀者である司沙を一瞥した。
司沙はわたしたちをにこやかな微笑みで傍観している。
「司沙、早く次っ!」
夏樹は次の指示を仰いだ。
司沙は「はいはい」と言ってルーレットを回す。
「左足、青」
夏樹と伊吹が同時に身体を動かして――。
すると、二人が顔を見合わせる体勢になった。
「……!」
「――!」
さっきの吐息問題で顔を紅くさせていた夏樹を、伊吹は見つめる。
夏樹、照れてくれてるんだ――。
伊吹はそう考えると嬉しくなった。
思わず笑みが漏れる。
その微笑を感じとった夏樹は、余計に恥ずかしくなって顔を背けた。
すると首を回した勢いそのままに、夏樹はよろめいてしまい――。
「ぁぁーー」
溢れる声も虚しく、身体は後ろへと吸い寄せられて――。
ドンっ――。
と音を立てて転けてしまった。
伊吹はすぐに夏樹へ手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
夏樹は伊吹の手を掴んで、引っ張られて立つ。
「ありがと、伊吹」
「どういたしまして」
司沙はその光景を見て、ツウィスターゲームをした甲斐があったな――と自画自賛した。
「今回は伊吹さんの勝ち!」
と、このゲームを締め括ろうとしたとき。
「じゃあ、次は司沙がする番だね」
「霜崎さんは夏樹とした方が良いんじゃないかな」
「……ぇ」
夏樹の一声と伊吹の同意によって、司沙もする羽目になってしまった。
司沙としてはするつもりは毛頭なかったのだが、二人から言われれば仕方がない。
「じゃあ私も一回だけやろうかな……」
そうして第二回戦がはじまった。
「第二回戦は霜崎さんの勝利」
「司沙、強いよ……」
「へへ、そう?」
司沙は自分でも不思議に思うくらい、想像以上に上手かった。
夏樹が二回連続のゲームで疲労していたことに、原因があるかもしれないが。それを抜きにしても、司沙の柔軟さは驚くほどツウィスターゲーム向きだった。
司沙の新しい趣味か得意教科にできるかもしれない
やっぱり司沙のときは、伊吹のときみたいな気持ちにはならないな……――。
夏樹は伊吹との試合に明らかな違いを感じつつ、そのことは心に留めるだけにした。
「あっ、もうこんな時間」
司沙が壁に掛けられた時計を見たときには、すでに完全下校が15分後に迫っていた。
マットを折りたたみ箱にしまい、元の位置に戻しておく。
そして帰宅準備を終わらせて、三人は鞄を持って廊下に出る。
戸締りをして職員室へ鍵を返しにいく途中、司沙は夏樹と伊吹が仲良く話しているのを耳にして、単純接触効果作戦が失敗でなかったと安堵した。
これで関係をより気まずくさせたら戦犯他ならないからな……。
てか、これで二人が付き合ったら、私が恋のキューピットというやつになるのか――。
なんか、それ……悪くないな!