第23話
私、廣渡伊吹には彼女がいる。
今日は、そのことを友達の葵に伝えようと思う――。
テニス部の空き時間、私たちはコートの脇に置かれたベンチに座った。
頭上のトタンでできた屋根が、夏の暑い日差しを遮ってくれる。
目の前では、威勢のいい一年生がラリーを交わして練習をしている。
ラケットのボールを弾く音と靴が地面を擦る音が聞こえる中、私は「ねぇ」と隣の葵に話しかけた。
「葵、大事な話があるんだけど……」
「――?」
葵が首を傾げて、私を見つめる。
気恥ずかしくて言いづらいけど、見守ってくれた感謝だと思って意を決した。
「私、夏樹と付き合いはじめた」
「……。うんっ、良かったねっ!」
私の言葉を飲み込めなかったのか、一瞬沈黙が起きてからだが、微笑んで祝福してくれた。
「ありがとっ。葵のお陰でもあるからさ」
「お陰……? なんで?」
「そりゃあ、だって――」
難波の時とかに、優しく見守ってくれてたじゃん――。
と言おうとしたのに、その言葉は葵に遮られた。
「いや、分かったから言わなくて良いっ」
私に怒っているのか、惚気に照れているのか、ただのからかいなのか、葵の気持ちはさっぱりだ。
でも、この後すぐに話題を変えられて、私からは言わないことにした。
◆ ◆ ◆
わたし、栃沢夏樹には彼女がいる。
今日は彼女と共に、そのことを友達の司沙に伝えようと思う――。
文芸部の部室で、わたしと伊吹は真剣な眼差しで司沙を見つめる。
事前にわたしが伝えると決めているから、言わなければいけないのに、いざとなると言葉が詰まる。
司沙が優しい視線を送ってくれているのは、薄々勘付いているからだろう。
「――っ!」
左手に温かいものが触れた。
何度も感じたことがある感覚――伊吹の手だ。
そして、わたしの手はその手によって握られた。
横を見ると、伊吹が軽く頷く。
わたしには、頑張れ、というメッセージが伝わった。
よし――。
わたしは深呼吸して覚悟を決め、口を開いた。
「司沙。わたし、伊吹と付き合い始めたのっ」
「うん、そんな気はしてた。今日部室来てから、二人なんかおかしかったし、ただならない空気醸し出してたし……」
「そんなに分かりやすかった?」
思いの外、司沙がわたし達の関係を確信していて、わたしは動揺しながら聞いた。
「うん、とても。誰から見てもそうじゃないかなっ」
「ぇぇ……」
わたしの反応を見て苦笑いした司沙は、伊吹に目線を向けた。
「伊吹さんも夏樹と付き合えて良かったねっ」
「本当に良かった――。ずっと恋人未満の関係のままなのかなって、考え始めてたから……」
伊吹は小さく笑いながら、しみじみと言う。
すると、司沙がわざとらしく咳き込んで、姿勢を正した。
「伊吹さん、夏樹のこと好き?」
「もちろん、好きだよ」
「夏樹も、伊吹さんのこと好き?」
「うん、好きっ」
わたしと伊吹は目を合わせて、微笑みあった。
「これは正真正銘のバカップルになるな……」
そんな司沙のツッコミすら、幸せと感じる。
わたしと伊吹の恋人関係は、友達とともに進んでいく。
これからも、ずっと――。
◇あとがき◇
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
これにて完結です!
今後も、気が向けばSS等を投稿する予定なんですけどね……。
あと作品全体のあとがきは長くなるので、活動報告に掲載しておきます。
最後に、評価ポイントやレビューをよろしくお願いします!
すでにして頂いている方、感謝です!
それでは、次回作でお会いしましょう――。
冷泉七都でした。