第18話
時は流れ、八月も中旬――。
「お姉ちゃん、今日花火大会行くの? ママが言ってたけど」
伊吹の妹――伊月がダイニングテーブルでそうめんをすすりながら尋ねた。
さっきそうめんを茹でている時にニヤニヤしていたのは、これが原因だろう。
「うん、行くけど……」
「もしかして――彼氏っ?」
「ぇ? 急にどうしたの?」
当たっているようで当たっていない憶測に、伊吹はしどろもどろに聞いた。
「だって前にお姉ちゃん、お風呂でこっそり誰かと話してたでしょ? だから、そうかなって」
「いやいや、女子だからっ」
否定できるところだけ否定しておく伊吹。
しかし伊月は右手で銃のポーズをし、左目だけを閉じウインクをして、格好つけながら言う。
「あれは好きな人に対する声だったね――」
妙にませてしまった妹だと思いながら、反論できなかった。
だって実際にそうなんだから……。
「まぁ、お姉ちゃん頑張れ!」
いじるように言ってくるが、結局のところ応援してくれる伊月は憎めない。
そう思い知らされた伊吹だった。
午後三時になり、財布など一通りの荷物を持った伊吹は家を出発した。
駅のホームに着きスマホを確認すると、天音から新たな返信が来ていることに気づいた。
『夏樹と五條の花火に行くんだけど』
『花火大会っ!? 良いじゃんっ!』
『それで、なにをしたらもっと距離が縮まるかなって』
『もう二人はかなり距離近いんだから、自分の思いの丈を伝えたら? もちろん花火の打ち上げの時に!』
思いの丈――か。
考えてみると、七月の告白の時しか伝えられていない。
しかもその時も、しっかりとは伝えていなかったな……。
最近を振り返った伊吹は、自分に足りなかったものに気がついた。
天音の言うとおり、花火が打ち上げられる時に言おう。失敗はないのだから――。
伊吹はそう決心した。
『ありがと、頑張ってみるよ』
伊吹は天音に返信を送った。
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奈良で一番大きい花火大会の会場に、二人はやってきた。
会場には100を超える屋台があって、花火が7000発も打ち上げられるということで、各地からやってきた人々が人混みをつくる。
だから、はぐれないために――と伊吹が言って、二人は最寄り駅から恋人繋ぎではないが、ずっと手を繋いでいる。
「伊吹っ、なに食べよっか?」
夏樹がテンション高めで伊吹に聞いた。
事前に花火の打ち上げまでの2、3時間で夕食がてら屋台を回って過ごそうと決めたのだ。
「まずは焼きそばとか、そういうのが良いかな」
「わたしも焼きそば食べたいっ」
夏樹は人混みをかき分けながら、どんな店があるのかを見ていく。
すると夏樹が急に止まって、後ろを振り向き、一つの屋台を指差して言った。
「塩とソース、半分ずつになってるのがあるんだって! ほら、あそこっ」
「じゃあそこで買う?」
「うんっ」
二人は屋台の待ち列に並び、一分も経たずに順番になった。
「塩とソースのハーフを一つお願いします」
「はいよっ!」
威勢のいい掛け声が響き、プラスチックの容器に入れられ輪ゴムで留められた焼きそばが渡される。
二人はフランクフルトやたこ焼きを買い足し、広めの飲食スペースへと向かっていった。
「わたし、屋台の料理好きなんだよね。最低限の美味しさって言うか、そんなのが良くて」
フランクフルトをかじりながら言う夏樹に、伊吹は「夏ってかんじがするしね」と頷いた。
「――伊吹、両手塞がってるけど大丈夫?」
「あー大丈夫、夏樹が食べ終わったら食べるから……」
「そんなのだめだよ。ほら伊吹、口開けて――」
言いながら恥ずかしくなって目を逸らしてしまった夏樹。
エオンモールのカフェでは伊吹にやられっぱなしだった気がして、今日こそはわたしからしてやる――と意気込んだのだが、いざとなると緊張してしまう。
もうここまで来たら、最後までやってやる……!
覚悟を決めて生唾を呑み込み、夏樹はフランクフルトを伊吹の口に突っ込んだ。
「うん、美味しいっ。焼き加減も良いし」
伊吹は夏樹からしてくれたのが嬉しすぎて、顔が熱いのを誤魔化すように平然とした声を出す。
なんで……、こんな時ぐらい悶々としてくれてもいいのに――。
平然とする伊吹に、もっと反応してくれると思っていた夏樹は拍子抜けした。
二人はフランクフルトを食べ終わり、焼きそばとたこ焼きを食べ始める。
それぞれ一パックずつしか買わなかったから、自然に二人でシェアすることになった。
「美味しいね」
「うんっ」
女子の友達同士でのシェアとか、こんな会話なんてよくある光景のはずなのに、二人にとっては付き合ってるみたいで胸が高鳴ってしまう。
夏樹と伊吹は、この時を存分に味わったのだった。
食べ終わるころには人がさらに増えてきていて、人混みに揉まれながらも、りんご飴やチョコバナナなどスイーツ系を楽しんだ。
太陽が西に傾き、空が徐々に茜色に染まっていく中、二人は花火がよく見えるという河川敷へと移動した。
すでに待機している人が多かったが、なんとか二人分の場所を確保して座り込む。
花火大会のために用意された電球の光に照らされて、二人は昔の夏祭りの思い出など、他愛もないお喋りをしながら花火の打ち上げまで時間をつぶした。