第17話
エオンモールでのデートから一週間が経った水曜日。
夏休み中に文芸部がある珍しい日だ。
午前十時過ぎ――。
伊吹が部室のドアを開けると、夏樹と司沙が定位置に座っていた。
二人はそれぞれ漫画とノートパソコンから伊吹に視線を移す。
「伊吹さん、久しぶり!」
「久しぶり、霜崎さん。夏樹もおはよう」
「おはよ、伊吹っ」
挨拶を終えると、伊吹はずっと気になっていたことを尋ねる。
「で、そのスイカはなに?」
「あー、もしかしてこれのこと?」
司沙は机の中央に置かれた一玉のスイカを指差す。
そりゃそうでしょ――というツッコミは飲み込んで、伊吹はうなづいた。
「私の祖母から届いて、せっかくなら持ってこようかなって……」
テヘっと言っていそうな顔をする司沙。
そして司沙は席から立ち上がり、棚に立てかけられた木製バットを掴んで――。
「棒もあるからスイカ割りもしようかと思って。夏樹も賛成してくれたし」
「そうなの?」
「司沙がどうしてもって言うから……」
夏樹はあくまで不本意みたいに言葉を返すが、内心のワクワクを隠しきれていなかった。
「まぁ、楽しそうだし……私もやってみたいなっ」
「伊吹さんならそう言うと思ってたよっ。あとかき氷機も持ってきたし」
きっとこういう人が沢山いて、文芸部は無関係のモノが増えていったんだろうな――と伊吹は思った。
開けられた窓から夏の空気が流れる中、ページをめくる音とキーボードの打鍵音だけが響く。
そして机の上に異質なモノを置いたまま、十二時半になった。
「よし、そろそろ食べようっ」
ノートパソコンを閉じて言った司沙の宣言で、二人は読書を中断した。
「そういえば、かき氷の氷はどうするの? 皿はあるみたいだけど」
夏樹が質問すると、司沙はポカンと口を開けた。
「ぁ、すっかり忘れてた……」
「えっ――。じゃあどうしよ」
「近くのコンビニで買ってこようか?」
「おー名案っ」「そうだね」
伊吹の提案に二人は賛成する。
「なら、氷は夏樹と伊吹さんにお願いしていい? 私は水道でスイカ冷やしとくから――」
そして、夏樹と伊吹は二人買い出しに行くことになった。
二人は高校を出発し、坂を登った先にあるいつものコンビニを目指す。
「あついー」
夏樹が蕩けそうな声を漏らした。
夏の日光――しかも正午あたりということで、かなり身体にくる暑さだ。
アスファルトの照り返しを浴びながら、手をうちわのように振って15分の道のりを歩き、やっとコンビニに着いた。
ピロンピロン――。
ドアの音を鳴らして、店内へと入っていく。
「すずしー」
「はー、生き返るー」
冷気で回復した二人は、目当ての品――氷を買い物カゴに入れた。
「ねぇ伊吹、アイス買わない?」
「今からかき氷食べるんじゃないの?」
「帰り道の途中に食べるためだからさっ」
「まぁ……」
そう言われると伊吹も食べたくなってきて、二人は歩きながら食べやすそうなアイスを物色する。
夏樹はハピコ、伊吹はクーリッツュを手に取り、会計は済ませた。
道中、夏樹がハピコの片側を伊吹にあげたり、逆に伊吹がクーリッツュをいくらかあげたりして、学校に戻ってきた。
二人は校舎に入ってローファーから上履きに履き替える。
「アイスがあっても暑かった……」
そう言いながら、額にハンカチを当てて汗を拭き取る伊吹。
夏樹が自分の手で拭こうとすると――。
「夏樹、ハンカチ持ってないの?」
「部室に忘れたっぽくて……」
「それなら言ってくれれば良いのに」
そして伊吹は自分のハンカチを夏樹の額に押し当てた。
「んなっ!」
思わず声が出てしまった夏樹は、身体まで後ろに逸らしてしまう。
伊吹は夏樹の後頭部をハンカチを持たない方の手で押さえて、姿勢を戻そうとする。
「夏樹、じっとしてて」
「うん……」
頰を紅くさせ、内心悶えながら近い距離にある伊吹の顔を見つめた。
いくら視線を逸らしても、一回一回押し当てる伊吹の手が夏樹の心を刺激して、伊吹のことを考えずにはいられない。
「――よし、綺麗になった」
そう言って、やっと伊吹は夏樹を離した。
「ありがと」
ドキドキで死ぬかと思った……。
夏樹が伊吹を改めて直視すると、伊吹はイタズラっぽく微笑んでいた。
「氷溶けちゃうから早く行こっ」
夏樹はこの場から逃げるように、部室へと歩いていく。
その後ろから伊吹はついていった。
歩きながら伊吹は手に持っているハンカチを顔に近づけ……。
いや、ダメだ――。
隠れてコソコソすることに自制心が働いて、ハンカチをスカートのポケットへと戻す。
しかし一瞬、自分のものではない匂いを微かに感じ取れてしまった。
「二人なんか顔紅くない?」
氷をかき氷機にセットしながら、司沙が呟く。
「暑かったからじゃないっ?」
「ふーん」
妙に裏返った夏樹の声に、司沙は「それなら良いんだけど」と返した。
絶対に信じてないじゃん――と思いながらも、夏樹と伊吹はなにもいえなかった。
溶ける前に――と、ガリガリ鳴らしながら素早く氷を削り、三人分のかき氷が完成した。
ついでにコンビニで買っておいた氷みつ(カルヒスの原液)をかけ、食べていく。
「やっぱり夏にはかき氷だねっ」
「うん、おいしい」
「学校で食べれるなんて思わなかった……」
三者三様の感想を言い合いながら食べると、氷はすぐになくなった。
「じゃあ、次はスイカ割りっ!」
司沙の言葉で、三人は机を端に寄せていき、司沙が持ってきていたブルーシートの上にスイカを一玉置いた。
そして、スイカから離れたところで司沙が目をつぶる。
前――。
前――。
右――。
ちょっと左向く――。
オッケー――。
司沙は安全に配慮したスピードで木製バットを振り下ろす。
が、スイカの右10センチで空振りをした。
「次は夏樹っ」
………………。
一周目では誰も当たらず、二周目で夏樹が命中させて綺麗に割った。
その後、瑞々しいスイカを堪能した三人は後片付けをする。
「伊吹さん、やってみてどうだった?」
「かなり楽しかったかな」
「でしょでしょ」
「司沙のお陰だね、夏休みに良い思い出ができて――」
「うんうんっ。それじゃあ、冬休みはなに持ってこようかな?」
二人は苦笑いを浮かべたが、心のどこかには非日常にワクワクする自分たちがいた。




