第16話
「伊吹、金魚すくいやってるよ」
「おー、すごいっ」
広いスペースにいくつもの水槽があって、赤から黒まで色々な金魚が沢山泳いでいる。
イベントスペースの縁に置かれているのぼりには、大きく『金魚の街』と描かれていた。
「へぇ……、ここらへんで盛んなんだねっ」
「ほんとだ。ずっと奈良にいるのに知らなかった」
「うん、初めて見た」
「……やってみる?」
伊吹は水槽を指差して、少し首を傾け夏樹に聞く。
「んー……」
夏樹が周りを見渡すと、何組もの家族連れと一組の老夫婦がしているだけだった。
わたしたちが行ったら浮きそうだな。
でも……、と考えていると――。
「そこのお二人さん、いかがですか? 市でやっているので無料ですよ。」
にこやかな笑顔で勧めてくる女性が二人の前に現れた。
確かに着ている法被を見ると市名が描かれていて、市の職員のようだ。
「じゃあ、やってみようかなっ」
「ありがとうございます! ではこちらへ――」
夏樹と伊吹は女性に連れられて、水槽の前にやってきた。
「はい、こちらをどうぞ」
「どうもっ」
「そちらのお姉さんも」
「ありがとうございます」
「では、楽しんでくださいね」
金魚すくいの紙ポイを渡した女性はそう言って、次なる客を探しに勧誘に向かっていった。
「じゃあ、しよっか!」
ポイを顔の高さまで上げる夏樹は元気に言う。
伊吹はその楽しそうな笑顔を見て、良いことを思いついた。
「先に夏樹がして、私はその後にするから」
「ん? 良いけど……」
これでしっかりと夏樹の勇姿を眺められるっ――。
夏樹は不思議そうな表情をしながら頷いて、姿勢を正してポイを水面へと近づける。
ポイは静かに、一匹の赤い金魚の下に潜った。
そしてだんだんを上に持ち上げていき……。
「まずは一匹っ」
夏樹は伊吹に、金魚が入った器と誇ったようなドヤ顔を見せた。
控えめに言っても可愛いっ――。
伊吹は心の中で叫びながら、平然を取り繕って「すごい」と言う。
「次はデカいのにしよっかな」
夏樹は一匹の黒くてデカい金魚に狙いを定めた。
ポイを水に入れて、すくい上げる。
「よしっ」
夏樹がガッツポーズのような声を出したとき――。
水中から抜けると金魚が暴れだし、ポイを突き破って仲間の元へと戻っていった。
「あっ……」
夏樹が悲しそうな声を漏らして破れたポイと逃げた金魚を交互に見る。
そして伊吹に目線を合わせて――。
「ははっ、逃げられちゃった」
「残念だったね……」
「うん……」
喜んだり悲しんだり色々な表情に、夏樹には申し訳ないが伊吹は妙に幸せな気持ちになった。
「じゃあ、次は伊吹の番っ!」
「うん」
伊吹は、すぐにけろっと笑顔になった夏樹から水槽に視線を移す。
こういうのは静かな金魚が取りやすいのかな――。
そう思って小さくて動きが少ない子を探し、フィーリングで決めた金魚に目星をつけた。
ふっ……!
一呼吸をおいて、ポイで一気にすくう。
「一匹目っ」
「おーっ、すごいっ!」
伊吹の大胆な動きに、夏樹は感嘆を送った。
案外伊吹のカッコいいかんじの姿は見たことがなくて、見入ってしまう。
間髪入れず、伊吹は二匹目をすくった。
そして、三匹、四匹……と増やしていき――。
「あー、破れた」
伊吹がそう呟くころには、器に入った金魚は七匹となっていた。
「わたしは一匹なのにっ――。伊吹、練習した? プロ?」
「してないけど……」
「じゃあなんでそんなにっ」
夏樹は悔しがって言う。
「わたしもデカいの狙わなかったら、それぐらい取れたのかなぁ」
そうして駄弁っていると、さっきイベントに誘ってくれた女性がやってきた。
「一、二、三、四、……七匹! すごいですねっ」
「そうですか? ありがとうございますっ」
「練習せずにこれなら、大会とかにも出れそうですねっ」
「「大会……?」」
夏樹と伊吹の言葉が重なった。
「そうです。毎年金魚すくいの大会をしてるんです」
「えっ、初めて聞いたっ」
「もっと全国的に有名になって欲しいんですけどね……」
そして少し金魚についてのお話を聞いて満足した二人は、イベントスペースから離れて買い物を再開した。
/ / /
二時間弱エオンモールを見て回った二人が、帰宅のためにバス停で待っているとき――。
「夏樹、今日のデート楽しかったね」
「でっ……でっ、デートっ!?」
夏樹は驚いて声を上げる。
確かに頭の片隅ではデートだよな……とは思っていたが、いざ伊吹に言われると本当にそうなんだと理解してしまった。
「あー、もしかして、夏樹はデートのつもりじゃなかった……?」
「いや、そんなことないっ。デートだなって、ずっと内心ドキドキしてたしっ」
「ほんと? それなら良かった――」
思わず余計なことまで言ってしまったと後悔する夏樹だが、伊吹が喜んでくれて嬉しいからいいかと割り切る。
「じゃあさ、夏樹……」
呼ばれた夏樹は伊吹を見つめる。
だが、その続きの言葉はなく、地面から1メートルにも満たない高さで、手に手が触れ合った。
夏樹は前みたいに手を繋ぐんだ――と思って、伊吹の手を握ろうとした。
しかし、夏樹の手を伊吹によって弾かれた。
ぇ……?
不安になる夏樹は、手を伊吹側から離そうとする。
「夏樹っ」
そして伊吹は夏樹の手を握る。
夏樹の開いた口は塞がらなくなった。
なぜなら……。
「伊吹。なんで、恋人繋ぎ――っ」
「嫌だった?」
「嫌じゃない」
夏樹は続けて言う。
「毎回、伊吹不安になって聞くけど……」
夏樹は深呼吸をした。
「嫌とか――、伊吹にされて、そんなの思う訳ないからっ!」
そんなことを言ってくれて、嬉しくなった伊吹。
………………。
…………。
……。
愉悦に浸って黙ってしまった伊吹は、やっと口を開いた。
「……うんっ、そうだね。夏樹が積極的にして欲しいって言ったもんね」
「わざわざ言わないでっ」
夏樹が恥ずかしそうに頰を紅くして、ツンツンしながら言う。
その後二人はしっかりと恋人繋ぎをしたまま、バスに乗って電車に揺られて、ゆっくりと帰路についた。
◇あとがき◇
奈良県の大和郡山市は実際に金魚で町おこしをしていて、今回はそれに絡めたお話です。
興味がある方は、ぜひ行ってみてください。
決して、大和郡山市の回し者ではないですよ。




