第12話
週末の日曜日。
伊吹は緊張しながらも、ホームで電車が来るのを待つ。
五分ほど待つと電車が来て、伊吹は乗り込んだ。
さっきの連絡によると、夏樹はこの準急列車の二両目にいるらしい。
周囲を見渡す伊吹。
『い・ぶ・き』と口パクをしながら、こちらを見つめてくる少女――夏樹がいた。
伊吹は軽く手を振りながら夏樹に近づいていき、夏樹の隣に座った。
「おはよ、夏樹」
「おはよう」
すると伊吹が夏樹を足先から脳天まで観察する。
「夏樹は私服でも可愛いね」
「そう?」
「そう。具体的には、イメージではスカートかなって思ってたんだけど、パンツスタイルだったのが意外で、でもそれが不思議と夏樹の綺麗な長い髪に合っていて。他には――」
「ちょっと待って……」
伊吹の言葉が長くなりそうで、夏樹は聞きたいのは山々だったが止めに入った。
「ごめん。つい……」
「いいけど、嬉しかったし」
悲しそうな表情を見ると、止めたことが申し訳なくなる。
「あと、伊吹も可愛いよ」
「っ――! 急にそんなこと言わないで……」
伊吹は下を向いて隠すが、顔を赤らめているのが見えた。
そんな伊吹が外見だけでなく、内面まで可愛いと思ってしまった。
こんな伊吹に告白されているのか……。
悪くないかもしれない。いや、良い。
でも、いざとなると夏樹は勇気が出せない。
漫画とかでもわざわざ分類されるように、こんな恋愛は普通じゃないって知っているからだ。
そんな悩みを、伊吹は壊してくれるという。
わたしもそれに応えていく。
今は、そんな関係が心地よかったりする。
葵さんも、こんな悩みを持っていたんだろうな――。
十分も経たずに、集合場所の駅に着いた。
「司沙と葵さんはどこにいるんだろう?」
「上にいるんじゃないかな」
そんな会話をしながら階段を上り、コンコースに向かうと、壁際で横に並ぶ司沙と葵がいた。
「夏樹、伊吹さん、おはよっ」
四人がそれぞれ挨拶をする。
そして司沙が「行こうっ」と言って、四人はホームへと降りていった。
すぐに来た電車に乗り込み、この後の予定を話し合っていると、あっという間に難波に着いた。
最初の目的地は、大阪若者の街と言われるアメリカ村だ。
地下の駅から地上に上がり、大きい商店街の中を歩いていく。
「やっぱり人多いなぁ――」
「日曜だしね」
周りを見渡す夏樹の呟きに、隣の伊吹は前を向いたままそう応えた。
ん――?
何かがぶつかっている――そんな気がして、夏樹は自分の手を確認する。
左手の甲に当たっている気持ちのいい温もりの正体は伊吹の手だった。
無意識なのか、わざとなのか……。
ドギマギする夏樹が伊吹を見ると、ツンとした顔で見つめ返された。
伊吹の手は、夏樹の手のひら側に移動してきて――、そして……。
んっ――!?
一方的に手が繋がれた。
恋人繋ぎではないものの、伊吹と触れ合うのは初めてで驚きと緊張が溢れる。
「嫌だった?」
伊吹の顔は不安気になってきた。
夏樹は慌てて、手を繋ぎ返す。
「違うっ。びっくりしたから――」
「良かった……」
伊吹は安堵した。
……――。
そんな光景を後ろから眺める葵は、モヤモヤした気持ちになった。
あたしだって伊吹と手を繋いだことはある。
でもそれはいつも、あたしから仕掛けたものだった――。
夏樹への気持ちが、羨望なのか、嫉妬なのか、憎悪なのか、分からない。
司沙は、隣で歩く葵が辛そうにしているのに気づいた。
「菟田さん……」
名前を言うことしかできない司沙。
「つかさ、あたしは大丈夫だから――」
「ごめんね、こんなのに呼んじゃって」
「……」
葵は首を横に振るだけだった。
それでもいざ伊吹や夏樹と話すときには元気なふりをする葵を見て、司沙は胸がざわざわしながらも凄いと思った。
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アメリカ村でメロンパンアイスを食べたり、雑貨屋や服屋を見たりした。
その後はトーストが美味しいとネットで話題のカフェに行ったりしていると、難波に帰ってくるころには五時になっていた。
「楽しかったねっ」
「うんっ」
伊吹が夏樹と会話している。
「菟田さん、どうするの?」
司沙は葵に耳打ちした。
どうする――とは、カフェで葵にこっそり話された内容についてだ。
「あたし、決めたから――」
「分かった。じゃあ、私は伊吹を止めとくから」
「ありがと」
すると葵は夏樹に話しかける。
「なつき、お手洗い行きたいから、ついてきてくれる?」
「うん、いいよっ」
「私も――」
「伊吹さん、文芸部の話なんだけどさ」
伊吹の言葉は司沙によって遮られた。
「なに?」
少し不満っぽく返す伊吹。
「夏休み中の活動をするつもりだから――」
司沙が伊吹と話している最中、夏樹を連れて葵は離れていく。
「なつき、話があるんだけど」
「ん?」
葵の意表を突く発言に、夏樹も足を止めた。
どうしたと夏樹が葵を見ると、葵は夏樹の目をしっかりと捉えて言う。
「あたし決めた――」