第11話
火曜と水曜の二日間は何事もなく過ぎ、木曜日になった。
先週とは違い、夏樹と司沙が文芸部に来るときにはすでに、伊吹はドアの前で待機していた。
もう一つ違う点と言えば、伊吹の隣に葵がいることだ。
「霜崎さん、お久しぶり」
「ひさしぶり」
司沙と伊吹の会話を聞いた夏樹は、先に話されなかったことに不満を覚えつつも、挨拶を求めるように伊吹を眺める。
「夏樹も実際に会うのは久しぶりだねっ」
「うん、そうだね」
一転してにこやかに微笑む夏樹。
その顔が、伊吹に安心を与えて――。
「スマホ上で話してたけど、やっぱり直接会えたら嬉しいな」
伊吹が恥ずかしがり斜め下を向くが、夏樹をチラッと見上げて共感を求める。
どことなく伊吹の頰は紅くなっている。
「わたしも会いたかったよ」
取り繕うなんて言葉を知らないのか、夏樹は正直に言った。
伊吹は顔をもっと紅くさせ、二人の間に曖昧で甘い空気が流れる。
すると今まで一言も喋らなかった葵が、司沙にこそこそと話しかけた。
「つかさ、本当にこの二人付き合ってないの?」
「そうらしいよ」
「ぇぇ……」
困惑と怒りが混じったような声を漏らした。
「私は付き合ってるに等しいと思うけど……」
「思ってた関係と全然違う――」
葵は、本人からの証言には意味がないと思い知らされた。
いぶきの話だけなら、誰でもまだいけるってなるじゃん――。
そんな気持ちもあの二人には届かない。
司沙はドアを開けて入っていった。
葵もその後に続く。
夏樹と伊吹は先週と同じところに座り、司沙も定位置に行ったため、葵は余った席――司沙の隣に座ることになった。
本当は伊吹の横が良かったなんて言えない。
わざわざ誘ってくれたんなら、なつきが譲ってくれても良くない――?
とかはさらに言えない。
月曜日は言えたのに、伊吹が居ると威勢も消え去る葵だった。
伊吹は先週の続きを、葵は適当に見繕ったライトノベルを読む。
そして夏樹は先週とは打って変わって漫画を開いていた。
ノートパソコンで執筆作業をしている司沙は、そんな三人を見渡して考えを巡らせた。
先週はあんなゲームをしたけど、今日はできなさそうだな――。
司沙の周りのややこしい関係は一筋縄ではいかないようで、司沙はみんなの仲が深まることを探すが見つからない。
「……あっ!」
「――? 司沙、どうしたの?」
やっと思いついた司沙の言葉に、夏樹は漫画から顔を上げて不思議そうな表情で応える。
「週末にでもさ、四人でショッピングにでも行きたいなぁって――」
「へぇ。司沙から提案するなんて、珍しいね」
「まあ、せっかくの縁だからさ、もっと仲良くなれたらいいじゃん」
「確かにそうかもっ!」
手を叩いて感心する夏樹。
「伊吹と葵さんは部活とか大丈夫……?」
と、右を向いて伊吹に尋ねた。
「葵、部活は日曜オフだったよね」
「うん、そうだけど」
「じゃあ、私は日曜なら行けるよっ」
伊吹は隣の夏樹に笑顔を振り撒いた。
そんな笑顔見たことない――。
と葵はモヤモヤしながらも、「あたしも大丈夫」と取り繕う。
それは、葵が読んでいる小説に登場する負けヒロインと似ていた。
「菟田さん、伊吹さんと一緒で良かったね」
この展開が優しさと純粋から生まれたものだとは知っている。
だから、甘んじて受け入れようと心に決めた。
「うん、ありがと」
/ / /
四人で帰路に着く。
「日曜はどこに行くの?」
夏樹は司沙に尋ねた。
その言葉で司沙はハッとする。
「あ……、決めてなかった――」
「じゃあ、どこにしよっか。二人はどこか行きたいところある?」
「あたしは特に……。伊吹はどう?」
「んー……」
伊吹は顎に拳を当てて考え込む。
その姿を葵は微笑みながら見つめる。
「せっかくだから、奈良以外が良いな」
「なら、難波あたり?」
夏樹はこの地方で一番栄えているところを提案する。
「そうだね、難波なら近いし良いかも――。霜崎さんは?」
「うん、そうしよっ」
「あたしも良いと思う」
「じゃあ、難波で決定っ!」
司沙も葵も賛成したところで、夏樹が少し大きめの声を出して言った。
集合場所や時間を決めた後は、先生や授業の取るに足らない話をして最寄駅に着いた。
「あと一分で電車来ちゃうから行くね……。またねっ」
バイバイと手を振り合い、司沙がホームに消えていった。
葵さんもわたしと同じ方面なんだ……。
ここで伊吹と二人きりになるかと、少しだけでも思っていたから残念だ。
もちろん葵も同じことを考えているのだが、本人たちには知り得ない。
近くで一番大きい乗り換え駅で、葵とは別れた。
葵はこの付近に住んでいるらしい。
残された二人は次なる電車に乗り込んだ。
「先週も思ったんだけど、夏樹は急行に乗らなくて良いの? そっちの方が早く着くんじゃない?」
「いや、乗らなくていいよ。わたしも伊吹ともっと仲良くなりたいし……。少しでも一緒にいられる時間が長い方が良いなって……」
「んー」
伊吹は夏樹の言葉に嬉しくなった。
私と同じように、進展しようと考えてくれている。
よし、日曜日は手を繋ごう。
二人に見られるけど、霜崎さんも葵も応援してくれてるらしいし、大丈夫だよね――。
「日曜もここから一緒に行っても良い?」
ここから――とは、伊吹の最寄駅のことだろう。
まもなく着くという放送がかかっている。
「良いよ。……ううん、わたしもそうしたい」
「本当? 嬉しい――」
駅に着いた。
伊吹はじゃあねと言って電車から降りていく。
その後ろ姿を眺めながら、わたしは葵さんのことを思い浮かべた。
頭の中の葵さんは、苦い顔をしていた。




