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【百合】放課後の呼び出しが男子からなんて、いつから錯覚してたの?  作者: 冷泉七都
第二章『恋のライバル登場っ!』

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第10話

 休日を挟んだ月曜日。

 放課後になった途端、葵は教室を飛び出した。


 いつもは伊吹に話しかけて、一緒にテニス部へと向かうのだけど、今日だけは例外だ。

 休日の二日間、モヤモヤして過ごしていたのだから仕方ない。


 葵はスリッパの音を響かせながら、階段を降りていく。

 そして北棟へ移動すると、文芸部の部室の前で立ち止まった。


 ドアの上部にある()りガラスから中を覗こうとする。


 よし、まだ誰も来てないな――。


 確認を終えると葵はドアに背中を預けて、待ち伏せを開始した。


 葵がスマホを開くと、ラウィンに伊吹からのメッセージが来ていた。


『葵、今日部活来れるの?

 急いで出て行ったけど……』


 一言伊吹に断りを入れておけば良かったと後悔する。

 もちろん、今日はすることを終えればテニス部に行くつもりだ。

 伊吹と過ごせる時間は少しでも長いほうがいいなんて――当たり前。


 葵は『少ししてから行く』と返信した。


 そのとき――。


「――――だよね」

「うん。――――だし」

「――――な」


 と遠くから微かに声が聞こえてきた。

 どうやら二人組らしい。


 声は確かに段々と近づいてくる。

 葵は階段と渡り廊下がある方を見ていると、二人の女子が姿を現した。


 伊吹の想い人である夏樹と、その親友の司沙だ。


 部室の前で誰か人がいると気づいた司沙は、隣に向かって話しかける。


「あそこ、誰かいるよね。どうしたんだろう?」

「ほんとだ。わたしたちに用事かな」

「……って、あれ――。菟田さんじゃない?」

「うださん?」


 夏樹は菟田が誰か思い出せない、と苦い顔をする。


「去年私と同じクラスだった子だから、夏樹は知らないかもね。あと、伊吹の友達……って言うよりかは親友?」

「ぇ……あの女子が葵――?」

「そう」


 夏樹は伊吹との会話を思い出して、葵という存在が合致した。


 二人が葵の半径2メートルほどに入ると、葵はにこやかな顔を見せて挨拶する。


「初めまして、なつき。話したいことがあって、待ってたよ」

「初め……まし、て」


 待ってたってどう言うこと――?

 ストーカーじみたセリフに、夏樹は少し足を後ろ引いていく。


「伊吹の()()として、伊吹が好きな人に会いたいなって思ってきたんだけど……、迷惑だった?」

「いや、そんなことないですけど」


 夏樹は『親友』という言葉のイントネーションが強くなっているなと感じながら、そう返事した。


「それなら良かった……。でさ――」


 声色を変えた葵は、夏樹の目をまっすぐと見る。

 そして――。


「なつきは、いぶきと付き合ってないんだよね」

「……っそう、だけど」


 事実なのだが実際に言われると自分の、伊吹の気持ちに応えていないという不甲斐なさをはっきりと浴びせられた。

 せっかく告白されたのに――と頭の中を駆けめぐる。


 だが、本当に心から彼女同士になれるのかは分からない。

 そして今、こういう状況になっているのだ。


「あたし、いぶきのことが好きなんだよね」


 あまりにもあっさりしていた告白だった。

 しかも言いふらさないとの信頼もないのに、よく伝えられるな、と。


「でさ、あたしの方が、いぶきを幸せにできると思うの」

「……は?」

「いぶきとあたしは、ずっと一緒だったんだよね。だから、いぶきをあたしに譲ってくれないかな?」


 夏樹が本当にそうしちゃうのではないか――と司沙が思案するほど、至極当然かのように言う葵。

 その言葉に、夏樹は少しだけ気圧されそうになった。


「……いやいや、わたしが取ったっていうこと?」

「そう。だって先週の木曜も、あたしと帰るつもりだったのに、急に文芸部行くって言い出して――」

「それは……、伊吹が良いよって言うから」


 はぁ――と、葵がため息を吐く。


「そんな曖昧ななつきよりも、あたしの方が似合ってると思わない?」


 夏樹だって、伊吹さんの気持ちに応えられるように頑張ってるのに――。

 それを聞いた司沙は居ても立っても居られなくなった。


「そんなに伊吹さんが好きなら、なんで先に気持ちを伝えなかったの? 伊吹さんと結構仲良かったじゃない」

「あたしは……っ、いぶきが異性を好きになるって思ってたから言わなかっただけで……。そんなことないって知ってたら告白してたのに」

「でも……」


 夏樹を応援すると決めた司沙は、たらればの話なんて聞きたくなかった。

 だって、今の夏樹と伊吹は良い雰囲気なのに、それが崩されるような気がして――。


 だが反論を言う前に、葵は言葉で遮った。


「「あたしはもう遅いの――」」


 今までで一番大きく、か細い声たった。


 夏樹は葵の姿が、鮮明に記憶に刻まれた伊吹と重なって見えた。


「「……」」


 司沙には何も言えなかった。

 恋が叶わないという経験はしたことがなかった。

 でもそれが辛いことだと、心から理解した。

 葵の顔は誰の目から見ても明らかな、取り繕った微笑みをしていたからだ。


 もし私がこんな状況に遭遇していたら――と考えると……。


「司沙、もういいよ。葵さんも、気づかなかっただけで、悪くないんだから……」

「うん」


 すると夏樹は「葵さん」と言って、葵の目を見つめた。

 葵は何を言われるのかと恐る恐る考えたが、夏樹の言葉は意外なものだった。


「じゃあ葵さんも、伊吹と一緒に文芸部に来たら?」


 夏樹としてもとっさに出た言葉だった。


 真意が分からない葵が困惑して、司沙を一瞥する。


 私は何も根回ししてないけど――。

 と、司沙は首を横に振った。


「そりゃあ、いぶきと居れるなら来たいけど……」

「別に他意はないから――」


 疑心暗鬼を含んだ顔を見て、夏樹は葵に言い訳するように弁明した。


「葵さんの辛い気持ち分かってるつもりだし、余計なことなんだとは思うけど……、

 葵さんが伊吹と関われる時間が増えて欲しいな――

 って」


 清々しいほどに、本心だった。


「うん。ありがと、なつき」

「……で、どうするの?」


 夏樹は打って変わって戦々恐々しながら聞く。


「あたしは毎日教室で会うし、木曜以外はテニス部でも一緒だから……」


 葵は自分がさっき言ったこととの矛盾を感じて――。


「じゃあ、お邪魔させてもらう」


 にこやかに微笑みながら言った。


「分かった。待ってる」

「私も、歓迎するから」

「うん」


 葵は二人の優しさに感動した。


「葵さん、テニス部で伊吹が待ってるんじゃない?」

「そうだね。急いで行ってくる――」


 そう言って、葵は廊下を歩き出した。

 一瞬だけ後ろを振り返ったが、何も言わずに駆け出した。



 ユニフォームに着替えてテニスコートへ行くと、壁打ちをしている伊吹がいた。


「あっ、葵!」


 そう呼ばれたが、あたしはすぐに反応できなかった。


 葵は夏樹の言葉を思い出す。


 夏樹は自分の感情よりも他人の幸せを考えていた。

 そんな彼女が、伊吹にとって一番ふさわしい人なのかもしれない。

 少しでもそう感じてしまったから、夏樹に言った言葉の数々を後悔する。


 伊吹の幸せが、あたしの想像から遠のいていく気がした。


   / / /


 残された夏樹と司沙は互いに見つめ合う。


「夏樹、本当に良かったの?」

「後悔なんてないよ。さっきの葵さんは、わたしが告白を断ったときの伊吹みたいだったから……なんとかしたくなっただけ」


 そう言うと、夏樹はスカートのポケットに入れていた鍵を取り出し、ドアを開けて文芸部の部室に入っていく。


「でも、葵さんはこれで良かったのかな……」


 そんな夏樹の独り言は、誰にも聞こえずに消えていった。

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