第1話
こんな質問があったとする。
Q.あなたは青春を謳歌していますか。
わたしの回答はこうである。
A.はい。わたし――栃沢夏樹は青春真っ只中です!
というわけで、わたしは凄く浮かれているっ。
何故かって説明が不充分――?
理由を語るには、少し前のお話に遡る必要がある。
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高校一年生の時は、好きな男子なんていなくて、わたしを好く男子もいなかった。
だがしかし二年生に上がった途端、わたしのインストクラムのダイレクトメッセージには伊吹という男子からの着信が届いた。
わたしが彼のプロフィール欄を見てみると、そこには『伊吹/――高校2年』としか書かれておらず、投稿もひとつもなく、同じ学校の同じ学年の伊吹という情報しか集まらない。
あと不確かだけど、アイコンはテニスラケットの写真で、テニス部の男子かなと思案した。
同じクラスのテニス部男子に聞いてみたけど、伊吹って言う奴は居ないよ、と言われたのはまた別の話。
色々考えたが、何かの縁だと思って、わたしはDMに返信した。
初めこそは警戒したものの、文面もユーモアがあって、それでいて思いやりみたいな優しさがあったり……、段々彼のことを素敵だと思うようになった。
事実、ゴールデンウィークにわたしが病気になった時はもの凄く心配してくれたり、テスト範囲の分からない問題を聞くと解説をくれたりした。
一人称が『私』なのも理由は分からないけど、不思議と魅力に感じられる。
性根は丁寧な人なのかなぁ。
彼の所属するクラスも、顔も、何も知らないのに、気づいたときには、わたしは彼に夢中になっていた。
これが恋ってやつなんだろう。
そして途中『夏樹は好きな子いるの?』とか悶々するメッセージが届いたりして、六月下旬の学期末考査終わりには、わたしと彼は――あれでアイツら、何で付き合ってないんだよ――みたいな関係へと進化していたのだ。
(ネット上だけど……)
そんな矢先、彼から一つ(厳密には二つ)のDMが来た。
『明日の放課後、校舎裏に来て欲しい』
『伝えたいことがある』
絶対、告白だ――。
わたしは伊吹の内面に惚れ込んだんだ。
だから、付き合っても上手くやっていける。
そんな根拠のある自信に満ち溢れた。
『はい、行きます』
わたしは何だか気恥ずかしくなって、 Yes,I do. の日本語訳みたいな簡単な言葉で返した。
もっと付け加えるべきか悩んだけど、今でも答えは出てない。
明日直接でもいい気はしたけど、わたしは同じ文芸部の親友――霜崎司沙に、『明日部活遅れるかも、もしかしたら休むかも』と連絡してから、明日に備えて寝た。
何に備えるのかは、わたしにも分からない。
と、ここまでがわたしが浮かれていた理由だ。
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世界は考える隙すら与えてくれないようで、放課後を告げるチャイムが鳴った。
すると、ニヤニヤ顔の司沙がやってきた。
「夏樹、なんだか嬉しそうだね!」
「そう?」
口角でも上がっていたのだろうか……、無自覚って怖いな――。
「どうせあれでしょー。イ・ブ・キ・く・ん、だっけ?」
お・も・て・な・し、の手の動きをしながら言う。
ちょっと古くない――?
と思ったけど、ここでツッコんだら負けな気がする。
まぁ、彼女の考えは正解だ。
どうやら親友の前では噓は吐けないらしい。
わたしは司沙の耳に口を近づけ――。
「校舎裏に呼び出されたの、絶対告白だよねっ」
「校舎裏っ!? 絶対そうじゃん!」
司沙は目をがっ開いて、後退りしながら驚愕する。
手も足も震わしているし、忙しい人だな。
「うんうんっ」
わたしは満を持して、元気に肯定する。
「でもさ夏樹、伊吹君の顔見たことないんでしょ。大丈夫なの?」
「わたしは内面を大切にするしさっ」
「へぇー」
ニヤつく司沙は応援するから、と言って文芸部の方へと消えていった。
さて、わたしも校舎裏に行きますか!
階段を降りて昇降口でローファーに履き替え、砂利道を突き進む。
この先が校舎裏だ。
どんな男子かなぁ――。
出会ったら「好きだよ」って告白されるんだろうなぁ――。
そのまま、抱き寄せられて……ついには――。
妄想とは分かってるのだが、つい考えてしまうのはわたしの性。
最後の角を曲がると、そのには校舎の壁に肩を預けた人がいた。
本能が告げている。あれが伊吹だと。
「あっ、夏樹っ!」
相手から手を振られて名前を呼ばれて、憶測は確信になった。
わたしは絶句した。
伊吹が予想以上にダサかったから――。
伊吹が血だらけだったから――。
伊吹が鎖ネックレスを着けていたから――。
これらは全部違う。
伊吹は予想以上に整った顔立ちをしていた――。
伊吹は制服をきっちりと着こなしていた――。
それなら何故、わたしが放心しているのか。
それは、
笑顔を振り撒きながらこちらに向かってくる伊吹、
男子だと思っていた伊吹が、
女子だったから――。