パーフェクト・デイズ②
この作品は二作目です。
くそっ、くそっ、くそっ。一人で廊下を歩いていても怒りは収まらなかった。保健室のオバハンからは、大丈夫?痛い?沁みた?、と全く見当違いのマシンガン質問来るし。フル無視で保健室出たけど、次行ったら出禁かもしれん。あーやだやだ。つかなんだこの絆創膏。薬品のにおいキツすぎ。あのオバハンめ、と半ば八つ当たりで吐き捨てる。にしても…。森の顔が脳裏にちらつく。やっぱあのキックえぐすぎ。しかもちゃんとゴールに入れる。なんだあの人バケモン。勝てる気しねー…なんて俺らしくない。俺を超える奴がいたら引きずりおろす。徹底的にボコす。俺の完全勝利。それがこの廣村柾斗の生き様。あいつを超えるには…。超えるには…。超える…。ぐぅ…。いかんいかん。頭を使ったら眠くなる。とりま体動かそ。うん。そうしよ。
サッカー部は練習が終わっていたらしい。グラウンドには野球部の声だけ響いていた。なんで野球部ってノック受けるたびにおねしゃす!なんて言ってんだろ。ダサっ。そーいうサッカー部もフィジカルフィジカルってうるせーけど。関係ないやつから見たら一緒なんだろーな。さて、グラウンドに来たけど何しよ。とりまリフティングすっか。倉庫のカギは簡単に開く。ボール一個くすねるくらい訳もない。倉庫前に行くと、誰かいた。んだよ邪魔くせー。その言葉が喉の奥に引っかかったのは相手が誰か気づいたからだった。森だった。森もボールを勝手に出そうとしていた。
「おい!」
そう声をかけると、森はビクっと背中を縮こませた。ははっ。みっともねー。
「無断でのボールの持ち出しは厳禁だ。これは没収する」
自分を棚に上げて、とりあえず先輩風を吹かしまくってみる。ビュービュー。
「…っち」
ん?今舌打ちした?もうちょい風を強めるか。
「は?何が不満なわけ?お前が悪いんだろ」
さあ台風並みの北風。哀れな棒切れは耐えられるのか。
「…別に無断じゃないし」
おっと意外と持ちこたえる森棒切れ。しょーがない。サイクロン並みでいく。
「これ以上グダグダ言ってると、顧問の島田しまだにチクるぞ」
サッカー部顧問の島田は、身長・体重ともにこの学校一の体育教師。小学校からサッカー始めて、高校では全国にも出場したことがある名選手らしい。しかし、生徒からの評価はいまひとつ。怒るときに口をめいっぱい開いて唾をとばす癖と、そのフォルムから生徒からカバと呼ばれている。普通は校長や教頭がつけられがちなあだ名を襲名したのが、この先生のタダモノジャナイ感を高めている。つっても森と島田は友好な関係を築いているから、たんなるハッタリだ。森と島田の関係を日米関係とすると、俺と島田の関係は日朝関係だ。ドロドロ。ギスギス。俺がチクりに行ったら、
「お前が悪いんじゃっ!」
と唾をぶっかけられるのがオチだから、実行はしない。しかし、森は
「…黙っといてください」
と一言。おっ。効果テキメーン。
「どうしょっかなー」
人が弱気に出たらそこにつけこむ。うーん、サイコー。
「…先輩にメリットはありません」
「いやぁ?俺の優越感が満ち溢れるしぃ?生意気な後輩の鼻っ柱折れるしぃ?」
森はぎゅっと拳を握り締めている。おっとぉ。プッチンきちゃったか。俺の勝…
「…先輩。勝負しましょう」
ち。って、え?勝負?急に?
「ま、俺優しいから勝負を受けてあげよう。で、何すんの?」
「…PKピーケー戦です」
PK戦。試合で同点のまま試合終わったときにやる勝負。キーパーとキッカーの1対1の真剣勝負。それをこのチームのエース様である俺とやろうと…。おもしれぇ。
「よし、やろう」
暇そうにしてた羽田もつれてきて、さっきみたくじゃんけんで先攻後攻を決めた。俺が先攻になった。なんか今日じゃんけん強いな。きっちりゴールから11m。聞くとすごい近く感じるのに、いざキッカーになると、その距離が倍以上に感じる。いくらあいつが器用だからといって、さすがにキーパーはできんだろう。俺は軽く手を挙げてから助走を始めた。さてどこ蹴るか…。PKは三本勝負。最初の一本は様子見でいいかもしれない。とりま一番得意な右上隅を狙ってシュゥゥゥーット!ボンと鈍い音とともに蹴りだされたボールは右上隅一直線。いい感触だったからこれは…パン!…決まらんのかい。見事なジャンピングセーブ。なんだよ上手いなぁ。さて役割交代して森の一本目。森のシュートは確かに強烈だが、あいつの蹴るボールは直線すぎる。場所さえ見極めれば止めやすい。さぁこい。森も軽く手を挙げて助走を開始。勢いよく振りぬかれたボールは、予想よりもはるかに上に。しかもふらふらと頼りないボール。力んだか?よっしゃ。これで一応同点。あとは俺が決めれれば…ボゴっ!…目から火花散った。何が起きた?後ろを振り向くとボールがネットにおさまっていた。お前…なぜここにいる?すげーっ、と羽田の興奮した声。
「落差えげつな!しかも征斗の脳天に直撃!」
ゲラゲラ笑っている羽田の声が切れ切れに聞こえるくらい、俺の頭はグラングランと揺れていた。
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