水判土戦線2
金沢の出撃命令により、各々が席を立った。
作戦指令室立ち去ろうとする隊員達は金沢の横を通り越して出入り口ドアへと向かう。しかしそんな中、金沢は浅倉の後ろ姿を見送った後、ふと何かを思い出したかの様に振り返る。
「あっ、そうだ浅倉」
足を止めた浅倉に対して手招きをする。
「……はい、なんでしょうか?」
「そういえば、お前さんに云っておこうと思ったことがあるんだ」
「云っておきたい事……ですか?」
浅倉の返答は若干暗い。
疑問符を付け加えた回答だが、それは無垢な気持ちの疑問符ではない。部屋の角に溜まった、埃の塊を見つけてしまったかのような、そんな嫌なものと対峙したそんな感覚だった。なにせ今まで、金沢に何か助言をされて、良かったためしが一度もないのだから当然と謂えば当然の反応だ。
……とはいえ、上司からの命令に対してむげに対応する事もはばかられる。
浅倉は諦めると、心の中でため息をついた。
「そう警戒するな、浅倉。俺が云いたいことは、先日お前が体得した技、無我静流駆についてだ」
「無我静流駆ですか?」
「あぁ、そうだ。あの技だがな、ひょっとして、お前さんが勘違いをしていると勘ぐってな。……で、その忠告だ」
「……勘違いですか?」
浅倉は技について思考を巡らす。
とはいえ、思いつくのは、敵の攻撃を先読みすることにより、攻撃を躱す。この一点以外には思いつかない。
他にどんな解釈があるのだろうと首を傾げるが、金沢の口はその続きを告げた。
「そうだ浅倉。あの無我静流駆という技だがな、端的に話すと、アレは回避の技ではない。それだけは忘れずにいろ」
「……支部長、そうは云いますが、回避技で無いとしたら、あの技はいったい何なのでしょう。もしかして、打ち返す技ですか?」
「……いゃ、それは自分で考えろ。ただ、おやっと思ったら、俺の言葉を思い出せ」
そこまで話すと、金沢は浅倉に背を向けて、指令室から出て行ってしまった。
「何だったのかしら? さっぱり分からない。つーか、答えを云ってから立ち去ってもらいたいわよね」
浅倉は腕を組んで首を傾げながら金沢の背中を見送った。
● ● ●
龍笛の音を封切りに、雅楽が田んぼに流れる。新聞の宣伝効果が効いたのか、観光客が大勢おり、収穫祭の舞は想像以上の大盛況となった。
とはいえ、見た目には人が多いものの、最前列は陸軍側が用意したサクラとなっている。舞殿へと侵入する者を防ぐ、防波堤の役目を担っているのだ。
そんな中、千早を纏った浅倉が舞台に上がった。
右手には神楽鈴、左手には五色鈴緒を靡かせて、艶やかに舞う。すると、観客はその美しさに息を飲む。
「綺麗」
小さな女の子は、つい声を漏らした。
日頃の稽古が実を結んだ瞬間だ。
順調に進行した舞は、序盤の盛り上がりへと差し掛かかる。浅倉は、両手を広げてクルリと一回転をして観客を魅了する。
歓声を上げる観客だが、華やかな舞とは裏腹に、浅倉の額には、汗がにじみ出ていた。
そう、実はこの時、浅倉の精神は磨り減っていたのだ。なぜなら、彼女は無我静流駆を使いながら舞っているため、その疲労度は想像以上に高い。
……まだなの? 早く撃って来なさいよ!
浅倉は、しびれを切らしつつあり、目元が鋭くなっていった。
だが、皮肉にも鋭く光る瞳は緊張感を引き上げ、見る者の視線を引き付けた。
そんな事を知る由もない彼女は、両手を上げて無防備な姿を露わにする。
……ここだ。さぁ、来い!
序盤の最盛り上がり地点で、浅倉はワザと隙を見せる。
ここで敵に攻撃をさせて、敵の位置を知ろうという魂胆だ。
しかし、浅倉の予想は外れ、敵は攻撃をしてこない。挑発には乗ってこなかったのだ。
――敵もなかなか慎重ね。
浅倉は残念がりながらも、舞を続けるものの、明らかに神経は、限界の半分を割り込んでいた。
● ● ●
神楽舞も終盤に差し掛かり、終わりが見えてくる。
浅倉一同、もしかして、敵は来て居ないのでは無いかと、不安にかられる。
来ていないのであれば、それはそれで構わない。だが、もし来ているのだとすれば、焦らされたこのタイミングでの攻撃はかなり狡猾。敵との駆け引きは大詰めを迎えつつあった。
舞もラスト三分となったところで、浅倉が右手を大きく振りかざす。シャリーンと、透き通る鈴の音が田園に鳴り響びく。
観客は、その姿に吸い込まれ、歓声と拍手があがる。
……だが、遠方からは、その姿を冷やかな目で捕えているスコープがあった。
「……さて、そろそろですかね」
スコープには孔雀の羽の様に広げられた五色鈴緒。優美な姿の浅倉がロックオンされる。
当然、この時間までも警戒班の警察官が丘の上を当然警戒に当たっている。しかし、なぜ敵の発見に至らなかったのか? それは、敵とてバカではないという事にある。
当たり前の事だが、敵は、絶えず監視の目が光っている事を理解している。そこで敵は、まず穴を掘って、身をひそめる。その後、体の上に雑木等を置いて体を隠す。つまり、景色と一体化になっているのだ。
当然地表からは、わずかに銃身は出ているものの、細い銃身などそう易々と見つけられるものでは無い。結果として、警察官は敵の姿を発見する事が出来なかったのだ。
敵のスナイパーは、スコープ越しにニヤリと笑みを作る。
「サヨナラ舞姫……」
ゆっくりと、正確に引き金がひかれる。
ズギュュュユユユユン!
片桐が、あわてて音のする方向へ振り返る。
銃声は、片桐の位置から百メートルくらい離れた場所から放たれたものだった。
「しまった……! 組長、無事でいて下さい。――俺は敵を叩きます!」
スーっと細く息を吸うと、片桐は、足の爪先に力を込める。
「参る!」
弦から放たれた弓矢の様に片桐が発射した。
……そして、その頃。浅倉は、無我静流駆で銃弾を察知していた。
……来る!
浅倉は、手に持っている特製の鈴で、飛んでくる弾丸を弾く。……と同時に体を捻る。
ジャラァァアアアン!
鈴の弾ける音と、砕ける音が交わう。
……よし、初弾を避けた。後は柏木、アンタに任せるわよ。
弾道を読んだ浅倉が、柏木に向かって叫ぶ。
「右の丘。中腹!」
簡潔明瞭な指示により、柏木が照準を合わせる。
……見えた!
柏木は、浅倉が狙撃されてから三秒後には撃ち返す。
ズギュュュユユユユン!
轟音が響く。
「よし!」
柏木がガッツポーズをとる。……だが、この瞬間、再び浅倉の無我静流駆に弾丸の影が映る。
……しまった、油断した。敵はもう一人いたのか……。
浅倉は、弾道を読む。……と、喉が急激に渇く。
……やっ、やられた……この弾道は私を狙ったものじゃない!
狙いは……柏木の頭! つまり、敵の目的は、柏木の命!?
その焦りを似鳥はスコープ越しに見ていた。
残念でした、浅倉組長。
僕はね、虫を捕まえると、腕を、一本一本引っこ抜いていたぶるタイプなんだよね。
そうだね、例えるならば、飛べる虫は、まず羽をむしり取る。そして、今度は後歩く事しか出来なくなった足を、一本ずつ抜いて行く。これがもう、最高に楽しいんだよね。
だってさぁ、いつまで動けるかな~って気になるじゃない。
まっ、どうせ殺すんだけどね。ヒヒヒヒヒ。
さぁて。浅倉組長は、何本抜かれるまで耐えられるかな? ちゃんと君の部下を一人ずつ殺してあげるからね。
あっ、そうそう。浅倉組長、君は指を一本一本、歯も一本一本抜いていってあげるから、楽しみにしていてね。
「グヘヘヘ……っと、まずいまずい。僕としたことが、ヨダレをこぼしてしまった」
だが、そんな中、弾丸は確実に柏木の頭部めがけて飛んでいた……。




