水判土戦線1
松の内も終わりました。おせち料理も食べ飽きましたね。
九月の最終土曜日。浅倉たちは司令室に集合すると、机型モニターに視線を落としていた。
天板がモニターになっている大型の机には、大きな地図が映し出されている。場所は大宮市の一角に位置する水判土地区だ。隊員達は、その地図を食い入るように見つめていた。
そんな空気のなか、三沢は指示棒を手に取ると、カツンとある田んぼを指し示す。
「では、今回の作戦について説明します。明日、ここ水判土地内で収穫祭が行われます。また、特設舞台にて、浅倉組長が神楽舞いを披露します。……が、これにあっては、既に広報担当が広く宣伝してあります」
尾花沢が、ゴソゴソと新聞を広げると、全体に見えるように、高々と上げた。
「バーン! 見て下さい、この新聞の広告を! 『氷山神社の天女が水判土に舞い降りて舞う!』この触れ込みで、もう、世間の関心は上乃ちゃん一色です!」
尾花沢声が興奮でおさまらない。
だが、その反応とは裏腹に、浅倉の顔がひきつる。
「ねぇ、すいちゃん。そもそも誰よ、その氷山神社の天女って……」
「そんなの、上乃ちゃんに決まっているじゃない。他に誰がいるのよ」
「いゃ、いるじゃない。氷山神社のアイドル、キューティーすいちゃん」
尾花沢はキョトンとした顔で、自分の顔を、指差す。
「へ? 私? 上乃ちゃん、なに云っているのよ。私はそんなことしないわよ。だって、金成さんの天女であればいいのだから」
尾花沢のおのろけに、浅倉のこめかみがピクピクと痙攣する。
「はぃはぃ、彼氏がいるすいちゃんには関係の無い話でしたね」
彼氏のいない浅倉は、敗けを認めると、尾花沢から新聞を取り上げる。
「それはいいとして、このキャッチフレーズは誰が考えたの? 『アサクラ、桜の如く舞う!』……これ、センスがオヤジの駄洒落じゃない!」
浅倉の指摘に、三沢が、慌てて唇の前に指を立てる。
「しーー。……それ……支部長よ……」
びくんちょ!
浅倉の身体が、急にブリキのオモチャ見たいにカクカクと動き出す。
「あっ、えぇぇと……これ……素敵ですね……」
浅倉はタラリと汗を流しながら、ゆっくりと金沢の方へと、首を動かす。
「コホン。悪かったな、オヤジみたいなセンスで」
「いゃ、それは……その……」
浅倉は、両手に黒板消しをはめて、黒板を消す様に、シュパシュパとエアーワイパーをやって誤魔化す。
「いや~~、とても良いセンスだと思います。浅倉が桜に舞うなんて、私には考え出せないセンスですよ。アハッ、アハハハ……」
浅倉の額と背中には、新たに嫌な汗が流れだす。
そんな中、金沢は顔を赤らめながら、椅子から腰を上げた。
制帽のつばを摘まんで顔を隠しているところを見ると、どうやら、かなり恥ずかしかったのだろう。しかし、金沢は空気を変えるため、軽く咳払いをする。
「さて、諸君。これは我々にとってまたとないチャンスとなるだろう。なにせ、我々は今まで一方的に攻められていた。しかし、今回は違う。我々が敵をおびき出す番だ。初めて優位な態勢から戦いを挑める。つまり、罠が張れるということだ」
金沢の拳が、強く突き上げられる。
「よって今回の目標は、敵の生捕りとする! 敵を取っ捕まえて、何が目的なのか、吐いてもらおうではないか。……フフフ」
珍しく、金沢が不適な笑みをこぼした。
● ● ●
日曜日、田んぼの中には特設舞殿が作られる。
地上から二メートル程の高さに作られた舞台は長方形だが、両そでと、壁面には暗幕が施されている。これは、背面と側面からの狙撃防護として、目隠しの役割を果たしているからだ。
射線が多いと、敵の居場所が絞りこめない。つまり敵の確保、又は迎撃が困難となる。
三沢の作戦は、敵の攻撃を正面からのみに絞り混むといった、基本に忠実なものだった。
だがしかし、そんな舞台の様子を、高台から見ている小柄な青年がいた。
「おやおや、射線絞らせるとは、敵さんもやりますね。かなり狙撃を警戒していますね」
釣り竿のケースを肩に掛けた青年は、手の平を、おでこの上に当てながら、舞殿を見下ろす。日除けを作りながら、舞殿を見下ろしている瞳は、不気味な程に紫色に光る。
そんな中、青年の後方に警戒任務に当たっている警察官が現れた。
「おぃ、そこの青年、こんな人気の居ない所で何をしている」
警察官は警棒を構える。
青年は、ゆっくり反転すると、警察官を観察する。
笑顔で答える青年は、糸目で笑うため、警察官は瞳の色を把握出来ない。
「お巡りさん、何でしょうか?」
警察官は、警戒レベルを下げない。
「だから、こんな所で何をしているのかと聞いている」
警棒の先端が、青年の眉間に向けられる。
しかし、青年はそれを受け流す。
「やだなぁ~お巡りさん。こんな人気の無い所でする事なんて、一つしかないじゃないですか」
青年は、手を口に当てて小声で囁く。
「彼女とエッチな事をするんですよ。……あっ……そ・れ・と・も~~、もしかして、見たいんですか?」
警察官の顔が、怒りで赤くなる。
「バカにするな! 本官がそんな事をするわけ無いだろう! もう行く!」
苛立ちを隠せないまま、踵を返すと、警察官は青年に背を向けて歩き出した。
……が、なぜか立ち止まる。
「そうだ、青年。一つ聞き忘れた事がある」
振り返る警察官の目は鋭い。
「……なっ、何でしょう?」
「そなたの名前を聞き忘れた」
青年は、ホッと胸を撫で下ろす。
「なんだ、そんなことですか。いいですよ。僕の名前は似鳥雄介。どんな女も打ち落とす、スナイパーの似鳥とでも覚えておいて下さい」
警察官は鼻で笑う。
「女を落とすのも、ホドホドにしておけよ。でないと、いつか女に刺されるぞ」
似鳥に、人生の先輩として助言を云い残すと、警察官はその場を去っていった。
似鳥は、そんな警察官の背中を、なんとなく目で追った。
警察官の体は徐々に小さくなる。そして姿が見えなくなると似鳥は小声にて呟く。
「やれやれ、僕はちゃんと答えたんだけどな『打ち落とす』って……。まっ、普通の人は、女を打ち落とすと聞いても、殺すとは解釈しないよね。でも、誤認したのはお巡りさんの勝手だからね……」
似鳥は、舞殿の方へ体を向けると、釣竿のケースを開けた。ジーっと鈍いファスナーの音が止むと、中からは長い銃身が姿を見せる。
黒光りする銃身を持ち上げると、ライフルの本体が姿を表す。
……さて、悲劇のヒロイン浅倉さん。今日は、真っ赤なドレスを着せてあげますよ。
糸目が開き、紫色の瞳が輝くと、似鳥はゆっくり銃を構えた。
● ● ●
正午を過ぎて、太陽が傾き始めると、神楽舞いの時間が差し迫る。
そんな中、舞台そでに用意された大型のテント内では、最終ミーティングが行われていた。
「では、最後にポジションの確認をするわよ」
三沢は、机の上に地図を広げると、地図上に鬼の絵柄の駒を二個置く。
位置関係は舞殿を頂点にすると、ちょうど二等辺三角形となる。
「今、鬼の駒を置いた場所が高台となっています。裏を返せば、狙撃出来るポイントは二ヶ所しか在りません。そこで、この高台二ヶ所には、それぞれ片桐君と楠君に行ってもらいます」
二人は、コクリと頷く。
だが浅倉は、眉を潜めると、別の位置を指差す。位置としては舞殿と二ヶ所の高台を頂点とした菱形の位置となる。
つまり、舞殿の真正面となる高台だ。
「三沢さん、ここかですと、舞殿から真正面ですが、敵は狙ってきませんか?」
「それは……」
三沢が答えようとすると、柏木が割って入る。
「組長ちゃん、そこは遠すぎる。何より届いたとしても、手前の高台で気流が乱れて、とてもじゃないけど、狙える距離じゃない」
「そうなんですね。射程距離とかよく分かっていないものでして……。素人がしゃしゃり出てスミマセン」
ペコリと頭を下げる。
しかし、三沢は気にした様子もなく、首を左右に振る。
「いぇ、浅倉組長の意見も、もっともだと思うわ。ただ、今日は風もソコソコ強いから、奥から狙うのは、ちょっと無理かしらね」
三沢は、浅倉の疑問が解決し、会話が一段落したのを確認すると、今度は片桐と楠を見つめた。
「話がそれてしまったけど、二人にお願いしたい事があります。端的に云うと、敵を生捕りをして欲しいの。こんな機会は滅多にないですし、なにより我々は情報が欲しい」
「そうですね。分かりました」
片桐がハキハキと答える。
「とは謂えですが……まぁ、暴れるようなら、足の骨を二、三本折っても構いませんし、半殺しでも構いません」
「はっ……はぃ……」
三沢があまりにも涼しい顔でむごい事を口にするものだから、片桐は頷きながら言葉を詰まらせる。
しかし、そんな片桐の横では、素直な楠が首を傾げていた。
う~ん。……三本目の足って、どこにあるのだろう?
……と。
「さて、お次はパイン君」
「イエス・マム!」
パインは凛々しく右手で敬礼をする。
「パイン君は、舞台そでで待機していて下さい。浅倉組長に何かあった場合の救護をお願いします」
「任せるでゴワス」
右手の敬礼を下ろさないまま、今度は左手で敬礼をする。
おでこに三角おむすびを作っている姿は、おでこからビームでも発射しそうなくらい間抜けな姿だった。
三沢はクスリと笑うと、柏木に顔を向ける。
「……で」
三沢の瞳が、鋭くなる。
「柏木君、あなたが要よ。貴方には舞殿の下に潜んでもらい、狙撃主よりも早く相手を撃ち抜いて下さい」
柏木が、後頭部をガリガリと掻く。
「簡単に云ってくれるが、それは難しいですよ」
「もちろん分かっています。ですが、それ以外に方法が見当たりません」
「出来るだけはやりますよ。俺も組長ちゃんを失いたく無いですしね。――だが、先手が相手の攻撃から始まるのは確定だ。つまり、初弾は避けないとだぜ」
柏木が浅倉に顔を向ける。
「えぇ、それは覚悟の上よ。絶対に避けて見せるから」
「本当に、お願いしますよ。俺は組長ちゃんの葬式に出たくはないのでね」
「修行の成果を見せてあげるわ」
浅倉が力いっぱいに答えるのを耳にした三沢は、大きく二度頷いた。
「それでは、各人配置について下さい。そして最後に……」
金沢は三沢の言葉を聞くなり、スクリと立ち上がる。
「よし! 鋼組、出撃!」
「「「「「了解!」」」」」
全員の敬礼が揃った。




