ゲームセット
新年、明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い申し上げます。
マウンドの上では、藤沢が浅倉に投げ方を見せている。
「こんな感じだが……組長、投球フォームは分かるよな?」
「そりゃぁ、わかりますよ。今まで見ていましたから。大体こんな風ですよね」
浅倉は、プレートに足を掛けると、横を向く。
右を向いて、左足を少し上げる。そして、足を前に出しながら右手を振りかぶる。
「こうですよね」
「あぁ、あっている。だが、魔球は少し違う。足を上げる角度が違うんだ」
「上げる角度?」
「そうだ。腰の高さくらいまで上げてくれ」
「で?」
「それだけだ」
「……それだけ? 投げ方とかじゃ無いんですか?」
「まぁ、さっき、山崎が上げたくらいまで足が上がるならそれに越したことは無いんだが」
「そのくらい出来ますよ。私、体は柔らかいですし」
そう話すと、浅倉の足は、真上を向いた。
「OK! なら、それで頼む」
藤沢は、浅倉のグローブに自分のグローブを当てると、ホームベースへと歩き出した。
浅倉が肩慣らしのため、数回投げ込む。それなりのコントロールのよさだ。多少肩が暖まった頃、いよいよ試合が再開された。
バッターボックスには、山崎が立つ。そんな山崎は視線を落として、キャッチャーの藤沢にあいさつをする。
「おぃおぃ、あの嬢ちゃん大丈夫なのか? 素人だろ。本当に投げられるのかい?」
「心配してくれるのかい? ありがたいが、心配は入らねぇよ。秘策は用意してある。それに……」
「それに?」
「二刀流と云ったろ!」
「ハハハ。そうだな。確かにそんな事を云っていたな。ニセモノの二刀流」
「……いゃ、ニセモノかどうか、よ~く見定めてくれ」
「そうさせてもらう」
山崎が、バッターボックスでバットを構える。同じく浅倉もグローブを構える。
二人の間に張り詰めた空気が流れる。
藤沢が「来い!」と云わんばかりに頷くと、浅倉もそれに応えて頷く。
地面から左足がフワリと上がる。……と、そのまま左足は大きく大空を突いた。その足の角度は、山崎の魔球投球フォームと、さほど変わらない。だがこの瞬間を、藤沢は見逃さなかった。
「見ろ山崎、あの脚を!」
「なに?」
スラリと伸びた足は、ショートパンツを履いているせいか、山崎の目をくぎ付けにさせる。そして、そんなに早くない球は見事ミットへと吸い込まれる。
「ストライク!」
アンパイアの声がマウンドに轟く。
「藤沢、汚いぞ!」
「知るか。お前が勝手にスケベ根性出しているから悪いんだろう。大体お前があの脚に見とれてなければ良いだけだ」
「ちぃ……」
山崎の顔が、悔しそうに歪む。
反対に藤沢の顔は、笑顔をつくる。
「山崎……まぁ、そうは云ったがこの球は、こんな事もあろうかと、俺がわざわざ仕込んでいたのは確かだ。そのためにショートパンツを用意しておいたのだからな」
「汚いぞ!」
「汚くて結構。因みにこの魔球の名は『セクシー美脚ボール』という」
「なに! セクシー美脚ボールだと……。悪魔的なネーミングセンスだな」
「そんなに褒めるな。最高のネーミングセンスだろう」
「いゃ、ネーミングセンスは最低だ。だが、二度は通用しない。一度分かってしまえば、あんな球など、魔球として取るに足らない!」
山崎は、再びバットを構える。
「果たして、お前はあの魔球を見破れるかな?」
ボールを構えた浅倉の足が再び真上へと上がる。
「あんなもの、一度見てしまえば、ただのスローボールだ!」
吠える山崎。だが、その言葉にかぶせるよう藤沢も声を上げる。
「見ろ山崎! あのショートパンツがずり下がった、ふとももを!」
「なっ、なに!?」
ズバーン!
再びミットにボールが吸い込まれた。
「ふっ……。山崎、お前は弱いな……」
「くそう!」
悔しがる山崎だったが、結局藤沢の口車に乗せられて三振となる。その後のバッターも藤沢の誘導に乗せられて次々とアウトを重ねる。
川越チームも整備員で構成されたメンバーであった為、女性との関わりが少ない。この事を逆手に取った藤沢の作戦だったのだ。
初登板で三者凡退を勝ち取った浅倉は、ホクホクしながらベンチへと戻ってきた。
「ゲンゲン、見ました?」
「あぁ、見たよ。スラッとしていて、中々にいい脚だった」
「なっ、何を見ているのですか!」
赤面する浅倉の顔は、酢ダコの様に赤い。
「見て欲しいのは、脚じゃなくて、私の投球です!」
「見た、見た。最高だったよ」
「心が込もって無いですねぇ。それよりも、私分かってきたんです」
「何が?」
「魔球がです!」
「え?」
藤沢の顔が曇る。
「いゃ、あまり無理しなくても良いぞ」
「何を云っているのですか。私、最近ママさんバレーの助っ人に入っているのですが、今回は、その時の技が使えると思うのですよ」
藤沢の顔が、どんよりと曇る。
「何だろう、嫌な予感しかしない……」
藤沢が胸に不安を抱えていると、再び守備の出番となった。
攻守が交替すると、マウンドには浅倉、ホームベースでは藤沢がミットを構える。
……頼むから、普通に投げてくれよ……。
藤沢の心に、不安がのし掛かる。
だが、今のところマスクの隙間から見える浅倉は、今のところ凛々しい。
藤沢は、右膝を地面に付けてミットを前に出す。サインはストレートだ。
浅倉は、フゥーと大きく息を吐くと、グローブの中でボールの握りを確かめた。
「行きます! これが私の!」
浅倉が叫ぶと、ボールは浅倉の真上に上がる。
ボールは頂点まで達すると、今度は自由落下を始める。そして、そのボールをジャンプして掴むと、空中から投げ込む。
「ジャンピング・ボール!」
「ボーク!」
「……え?」
アンパイアが、反則を言い渡す。
「だから……ジャンピング……」
言葉が尻すぼみとなり、唖然とする。
藤沢はタイムを取り、ボールを手渡しで持っていく。
「組長、プレートから足が離れてはダメだ。それは反則だ」
「……そうなんですか」
一瞬顔が曇るも、直ぐに顔を上げる。
「……分かりました。ではもう、魔球一号は投げません」
「あぁ、そうしてくれ」
藤沢は、ポンと浅倉のグローブにボールを入れると、ホームベースへと帰っていった。
……やれやれ、色々考えてくれるのは嬉しいが……って、一号?
いゃいゃ、気のせいだ。さっき大リーグボール2.0号の話をしたから一号って云っただけの話だろう。
藤沢は、マスクを被り直すと、ミットを構えた。
浅倉は、プレートを踏みながら、その固さを確かめる。
……よし、今度は間違えない。
浅倉は、ボール構えると、小さく頷き、藤沢に合図を、送る。
「行きます!」
浅倉は、大きく振りかぶる。
そして、投げ……る?
「そう、投げると見せかけて、くるりんぱ……からのぉぉおお」
「ボーク!」
「えぇぇえええ! 私の一人時間差ボールが……」
ホームベースに膝から崩れ落ちる藤沢。
「組長! 頼むから、普通に投げてくれよ! 普通でいいんだ! 余計な事をしないでくれぇぇえええ!」
藤沢のなげきは、ホームベースに吸い込まれていった。
● ● ●
「ゲームセット!」
審判が、グラウンドに轟く声で叫ぶ。
23対25、泥沼の点取り合戦に発展した試合は、川越の勝利に終わった。
「野球って、バレーボールみたいに点が入るんですね」
「……いゃ、普通はそんなに入らないんだがな、お互いにピッチャーがあれだったから……まっ、こんなもんだろう」
藤沢は発言を間違えまいと、必死に言葉を選ぶが、限界はあった。
「あれって何ですか? 私、すんごく頑張ったんですよ!」
「……いや、それは分かっている。お疲れさん」
「本当に分かっているんですか? ものすごく疲れたんですよ」
普段は、立場上あまり砕けて話す事のない浅倉だが、藤沢とは階級的に同じとあるせいか、あまり飾らない。
何より藤沢は、大先輩であることから、甘えて話せる数少ない同僚でもあるのだ。
「わかった、わかった! わかったから、そんなに詰め寄らないでくれ」
藤沢は、両手を前に出しながら、浅倉との距離を確保する。
「ゲンゲン、私疲れました!」
「そうだ! オレも疲れたぞ!」「班長、喉が渇きました!」「腹減りました!」
浅倉に同調して、外野も騒ぎ立てる。
「わ~かったよ! よし、野郎共! 今日は俺の奢りだ! 呑むぞぉおお!」
「イエーイ!」「班長、ご馳走さまです!」「男だぜ班長!」
チームメイトから、歓喜の声が沸き上がる、
「ゲンゲン、人望がありますね」
「バカ云え、コイツらは只酒に喜んでいるだけだ」
チームは負けたものの、交流試合は、こうして幕を閉じたのだった。
● ● ●
その頃、指令本部では、三沢が電子演算装置の前でキーボードを叩きながら、ため息をついていた。
「この角度からだと……配置はこれでいいかしらね……」
カチッ。
エンターキーが押されて、作戦案が一段落ついた。すると、その作業を見ていたかのように、指令室の扉が開く。
「おぅ、三沢君、遅くまでご苦労さん」
「あっ、支部長。支部長こそどうしたんですか、こんな時間に」
三沢は椅子を回転させて、金沢の顔を見上げる。
金沢も、三沢に近付くと、モニターに映し出されている地図を見つめる。
「いゃ、こないだの狙撃が気になってな」
「分かります。そうなんですよね。今まで敵に銃を使う者なんていませんでしたからね」
「あぁ、しかも狙いは浅倉ときたもんだ。よほど恨みを買ってんだな、アイツは。ククク」
「何を云っているのですか、笑い事では、ないですよ。そもそも、その一旦は、支部長も担っているんですからね」
「……まっ、それは否定できない」
金沢は、頬をポリポリとかいて、多少自分の行動を反省する。
「それに聞きましたよ。今日は、なんか騙して、野球をやらせに行ったんですって? 浅倉組長、帰ってきたら、激怒するんじゃないのですか?」
金沢は、頬を掻いていた指を下ろすと、目を閉じながら首を左右に振る。
「……いゃ、それはないだろうよ。たぶん、無我静流駆の欠点に気が付いて、今頃は俺に感謝している頃さ」
「はぁ……。そうだと良いんですけどね」
気苦労の絶えない三沢は、大きくため息をついた。
体から空気が抜けたおかげで、その姿は一回り小さくなった様にも見えた。
さて、いよいよこの章も終わりに近付いてまいりました。
今年も頑張って書き続けますので、応援宜しくお願いします。
今年はどんな年になりますかね。




