魔球
今年も読んでいただきまして、ありがとうございました。
マウンド上では、山崎が地面を蹴って、ポジションを確かめる。
ピッチャーにとって、マウンドの地形は微妙に違っても気になるものなのだ。
足場が気に入った高さになると、山崎はグローブを構える。
その様子を大宮ベンチでは、固唾を呑んで見守る。
「ゲンゲン大丈夫なのですか? 相手は魔球を用意したって云ってましたよ」
「大丈夫だ。そんなの大したこと無い!」
自信満々に藤沢は答える。
浅倉はその言葉を信じて、マウンドへと視線を移す。
マウンド上の山崎はキャッチャーとやり取りを済ませると、コクリと頷いた。球種が決まると、左足を地面から離す。スーッと上がった足は、少し不気味だった。
だがその不穏な動きの正体はすぐに判明する。離した足の動きは止まらない。足の高さは頭上を超えて更に上へとあがる。そしてあろうことか、バレリーナの如く、180度の開脚を見せる。
まるで、地面に突き刺さった杭の様に、地面と垂直に足が上がっているのだ。
ガタリ!
ベンチに座っていた藤沢の腰が浮く。
「あっ、あれは……幻の」
藤沢の驚きに、浅倉も釘付けとなる。
「……幻の?」
マウンドを見つめた藤沢は、浅倉を見ることなく、語り始める。
「間違いない。あれは、大リーグボール⒉0号の構えだ」
「……大リーグボール⒉0号?」
⒈0号はどこへいったのか気になる浅倉であったが、興奮している藤沢に温度を合わせる。
「組長、よく聞け。あれは、とんでもない魔球だ」
「そうなんですか?」
「あぁ、スパイクを頭上まで蹴り上げるだろ、そうすると、スパイクに絡み付いた砂がパラパラと落ちる。その、落ちてくる砂のカーテンに向けてボールを投げると、ボールは砂のカーテンを突き抜ける。だがこの時、回転するボールの回りに砂が絡み付く。さながら惑星の周りを回る、複数の衛星みたいなものだ。そしてボールが地面スレスレを飛ぶとどうなるか? そうだ、地面の砂と衝突しあう事で、ますます砂が舞い上がる。そしてその砂もまたボールにも纏わりつく。つまり、砂ぼこりでボールが見えなくなるなるんだ」
「……消える魔球……」
ゴクリ。
浅倉の喉がなる。
「そうだ、あれが噂の消える魔球だ……。だが、低空飛行で飛んでいるボールはストライクとはならないし、ましてや砂ぼこりにまみれて見えないのだから、ストライクになりようもない。そこで、ボールはストライクを取るため、ホームベースの手前でホップアップする。ホームベース手前に現れたボールは、見事にストライクゾーンへと入る……」
「そっ……そんな恐ろしい球打てるわけ無いじゃないですか」
「そうだな……だが、安心しろ」
「なぜです!」
「考えてもみろ。そんなボール、投げられるわけ無いだろう」
カキーン!
ボールはいい当たりをして、レフト線を抜けた。
「……私の興奮を返して下さい」
「……そんなこと云われてもな。俺は、ただ解説しただけだし……」
浅倉は口をへの字にしながらマウンドに視線を向ける。
ピッチャー山崎は、打たれてさぞガッカリしている事と思いきや、その顔はまだ自信に満ちていた。
「あれ? ゲンゲン、相手のピッチャーまだ元気ですね」
「あぁ、これくらいではへこたれないのだろう。アイツの神経は図太いからな」
浅倉は大したメンタルだと感心する。
マウンド上の山崎は、肩を鳴らす。更に首を鳴らすと、リラックスしながら地面を蹴る。そして、何故か再び藤沢にボールを突き出す。
先程までのリラックスムードとは打ってかわって、その目には炎が浮かび上がっていた。
大宮ベンチに緊張がはしる。
「藤沢、これで終わりだと思うなよ。魔球はまだある!」
「なに!」
藤沢も再びベンチから腰を上げる。
「面白い! 山崎、お前の本気を見せてみろ!」
「云われなくても、見せてやる! 目ん玉かっぽじって、よく見やがれ!」
再び始まった熱い展開に、浅倉も唾を飲み込む。
……いよいよ本気なのね……。でも、かっぽじるのは耳でなくて? 目ん玉かっぽじったら、つぶれるけど……。
浅倉は、山崎の発言に若干つっこみを入れながらも、息を止めて、相手の投球フォームを見つめる。
ザリッ!
先程と同じように足が高く上がる。
「……また大リーグボール⒉0号ですかね?」
「……いゃ、身体の角度が違う。あれは振り下ろす足に力を込めるフォームだ!」
「……蹴り下ろす足に力を込めるとどうなるのですか?」
藤沢が、手を組んで顎を乗せる。
「いいか、これからあの足は高速で蹴り下ろされる。そして、その際に出来る真空の渦の中にボールを投げ込む。そうなるとどうなるか? そうだ、ボールは空気抵抗もなければ、真空の渦に引き込まれる力によって加速する」
「そっ、そんな恐ろしいボールが投げられるのですか?」
「そぅ、その名もファイヤーバキュームボール!」
「ふぁ……ファイヤーバキュームボール。とんでもないボールですね」
「あぁ、最高時速は250キロに達する」
「……そんなの打てないじゃ無いですか!」
「安心しろ」
「安心出来ますか!」
「大丈夫だ。考えてもみろ、そんな魔球が投げられるわけ無いだろう」
カキーン!
いい当たりが、今度はライト線へと飛んだ。
「……ゲンゲン」
「なんだ?」
「だから、私の興奮を返して下さい」
「だから知らんよ。俺はただ魔球の解説をしただけだ。アイツが投げられるとは一言も云ってないぞ」
そりゃそうだがと、浅倉は顔で訴える。
しかし、ボールが打てるのはありがたい。このまま行けば、逆転も夢ではないと浅倉は願う。
そんな願いが叶ったのか、遂に同点まで追い付いた。
しかしながら、波の勢いはここまでで、七回の裏へと攻守が変わった。
浅倉も、だいぶ守備が板に着いてきたのたろう。「バチこーい!」等と声を出して士気を上げる。
だが、ここでピッチャーに異変が訪れる。肩周りを気にし始めたのだ。タイムがかかり、内野陣がマウンドへと集まる。どうやら筋を痛めたみたいだ。大事には至らない様だが、これ以上の続投は無理らしい。
マウンドで藤沢が困った顔を作り出す。そう、九人ギリギリで試合に挑んでいるため、控えの選手等はいないからだ。
キャッチャーマスクをギリギリと握りしめる藤沢だが、踏ん切りを着けたように顔を上げる。
「選手交代!」
……まっ、そうでしょうね。横尾さん腕痛そうですから。
で、ゲンゲン。誰が投げるのですか? 敵と同じように、キャッチャーのゲンゲンが投げますか?
「ピッチャー横尾に代わって、浅倉!」
へ~、浅倉さんかぁ……浅倉さんって、私以外にもいるんだ。
……いゃ、私の記憶にはいないなぁ。……って事は、浅倉さんか助っ人に来た?
浅倉は、ベンチ方向へ首を回す。
だが、ベンチには、人っ子一人見当たらない。
うん。やっぱり居ないよね。
つまり……。
「組長、早くマウンドに来てくれ!」
……あっ、やっぱり私なのね。
浅倉は、何かを諦めたかのように、トボトボと歩き始めた。
マウンドに到着すると、藤沢がボールを浅倉に渡す。
「まかせたぞ!」
「まかされません! 大体、私はピッチャーなんてやったことはありません。それよりも、私、今さっき野球を知ったんですよ」
「大丈夫だ。俺がちゃんとボールも愛も受け止めてやる」
「いゃ、そういう問題じゃなくて……。って、その前に、私、愛は投げませんから別に受け止めてくれなくていいです」
「アーハッハッハッ! この状況でも落ち着いていられるのは、流石鋼組組長だ。まっ、ボールなんて、投げればいいんだよ。適当に持ち方を変えながら俺の所に投げればいいから」
「なんですか、そのアドバイスは」
適当な作り笑いをしている藤沢を疑いの目で見る。
「適当なアドバイスに聞こえるかもしれないけど、意外と理に叶っているんだぜ」
「そうなんですか~」
疑いの目は継続している。
だが、そんな浅倉に、藤沢は親指を立てて、ウインクをする。
「実はな、ここだけの話、組長には魔球を用意してある」
疑いの目が最高潮に達する。
「ゲンゲン……云いたくは無かったのですが、もしかして、ゲンゲンってバカなのですか? さっき散々魔球は無いって説明を私にしてたじゃないですか」
そんな疑いの言葉を、首を横に振って受け流す。
「組長、今から俺は組長に、魔球を教える。あいつがやったインチキじゃなくて、本物だ」
「本物?」
疑いの隠せない声色が、マウンドの上に流れた。
ちゃんと連載を続けられている事に、自分でもビックリしています。
ですが、いつも各章が終わりに近づくと、次章はどうしようと悩むばかりです。
さて、どんな話になるのでしょうか。私も知りたいところです。
さて、ここまで読んで下さっている方にお願いがございます。もし宜しければ、評価など★をいれてもらえれば幸いです。
では、あなたにとって、来年はよい年になります様、よいお年をお迎えください。




