表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第六章 浅倉暗殺計画(九月)
95/102

ピッチャー交代

 五回の表、再び浅倉に打順が回って来る。

 ワンアウト、一塁。


「よう、二刀流の嬢ちゃん。今度は、どんなクソボールに手を出してくれるんだ? カッカッカッ!」

「……そうね」


 浅倉は、静かに応える。

 その対応は落ち着いており、山崎の言動を気にもかけていない。先ほどは、山崎の話術にしてやられたと悔やんでいたのだ。


 さっきは少しムキになってしまったからね、今回は落ち着かせてもらうわ。

 これは、私とピッチャーとの闘い。戦う相手を見誤ってはならない。それに今回は、最初から無我静流駆(ムガシルク)を使わせてもらう。


 浅倉は呼吸を整えると、バットを構える。

 相手方のピッチャーは横に首を振って、球種を確認する。一度ファーストのランナーを確認すると、投球フォームを取る。ザッと左足をマウンドから上げると、浅倉の角度からは、ピッチャーの右腕が見えなくなった。


 来る!


 ギリっとバットを握りしめると、神経をバットの先までつなぐ。


 バシュ!


 ボールが放たれると同時に軌道を読む。


 ……この球は、弾丸よりも断然遅い。これなら読むのは簡単。

 よし、ボールはど真ん中。こんなの頂いたも同然。私の無我静流駆に敵なし!


 浅倉は、ドンピシャのタイミングでバットを振る。

 ……だが、手元に飛んできたボールは外へと逃げる。


 まずい! バットを振ったこの状態からでは、修正が出来ない……。


「ストライク!」


 アンパイアの声が轟く。


 ……なにあれ、確かに私はボールの軌道を読んでいた。だけど、打てなかった。

 これは、私の無我静流駆がまだ完成していないって事?


 浅倉は、完成したと思っていた無我静流駆が破られた事に焦りを感じる。


 ……いゃ、そんな事は無い。たまたまだ。私は弾丸すら落とす女。あんな大きなボールくらい、当てられて当然。


 若干の焦りを感じながらも、バットを構える。


 さぁ、来なさい。そのボール、私がスタンドまで届けてあげるわ!


 気持ちを切り替えると、浅倉の目が細くなる。

 ピッチャーの腕が、スーっと上がると、風切り音と共にボールが放たれる。

 だがボールは、浅倉の予想だにしていない場所へと飛んでくる。なんと、ボールの軌道は、浅倉の顔面一直線だった。


 なっ! 私の顔面を狙うとは卑怯な! 野球って、直接攻撃もありなスポーツなの?


 浅倉は、身体をのけ反らせて避ける。

 だが、避けた浅倉をよそに、ボールは顔面への軌道から徐々にズレて、斜めへと落ちる。

 そして、見事ストライクゾーンへと入った。


「ストライク」


 再びアンパイアから、ストライクの言葉が出る。


「おぃおぃ、どうしたんだ嬢ちゃん。ビビッて、漏れちゃったか? なんなら、俺が履き替えさせてやっても良いぜ! 俺は女性の下着を脱がせるのは得意なんだ」


 山崎が必要以上に絡む。

 だが、浅倉の耳にはその言葉は入っていなかった。それよりも、顔面に飛んできたボールが、ストライクとなった事に驚愕していたのだ。


 ……なぜ、あの軌道から、ストライクになる。

 私の読みでは確実に顔面コースだった。……つまり、これは無我静流駆にも欠点が存在するという事だ。

 無我静流駆は、直線的な攻撃を読む技。言い換えれば、初めに打ち出された軌道の先を読む技だ。だが、野球の様に、手元で変化する球には対処できない。これが、一体何を意味するか……。


 浅倉は、自問自答を繰り返す。


 そうだ、例えば、飛んで来た弾丸が、跳弾する事までは読めたとする。でも、今回のケースに当てはめるならば、跳弾した先までは読めないと謂う事になる。

 ……これはとんでもない発見だ。

 今やっているのが遊びだったから良いモノの、実弾だったら、幾つ命があっても足りなかった事だろう。


 浅倉にとって野球は、無理矢理付き合わされた遊びだった。しかし、思わぬ収穫を得たことに、つい笑みがこぼれる。


「おぃおぃ、嬢ちゃんなに笑っているんだい? 空振りばっかで、頭がおかしくなったのか?」

「……いゃ、あのピッチャーに感謝している所よ。何せ、私にセキュリティホールを教えてくれたのだから。……でも、次は、打たせてもらうわ」


 浅倉はニヒルに笑いながら、三度構える。



 ● ● ●



「組長、三振お疲れさん」


 肩を落としながら、浅倉は、バットを収める。


「何ですか、最後のボール。腰の高さから、一気にひざ下まで落ちたんですけど」

「あぁ、ありゃぁ、フォークだな」

「フォーク」

「そう、こう落ちるのがフォーク」

「じゃぁ、どう落ちるのがフォークじゃ無いんですか?」

「こう落ちるのが、パーム」

「ほぅ」

「こう落ちるのが、ナックル」

「ほぅ」

「分かったか?」

「うん、サッパリ分かりませんね!」

「……だよな。俺もよくわからん。例えばさ、剣道だと面打ちの際、右面、左面と左右面が有るだろ。でもよ、どれが当たろうが面、一本となるわけよ」

「成る程。つまり、微妙な差で名前が違うみたいな感じですかね」

「まっ、そんな感じだ。いずれにせよ、バッターとしては、打てば勝ち、打てなきゃ負けだ」

「それは分かりやすい説明ですね。打てばいい。単純明快な答えです」


 浅倉が、なんとなく野球の真髄を分かったところで、攻守交代となった。



 ● ● ●



 試合は七回の表まで進んだ。

 点差は四点、四対零で大宮が負けている。

 この打席で、大宮としては、若干なりとも点を取り返したい所だ。

 バッターボックスには、四番の寺村が入っている。

 寺村は、バットを短く持って、ヒットを狙う。だが、カウントが三連続ボールとなると、浅倉の眉が動く。


「ゲンゲン。相手のピッチャー、ストライク入らなくなってませんか?」


 浅倉の視線が藤沢に動く。すると、藤沢の顔に、少しだけ笑みが覗かせている。


「結構、みんな粘ってくれたからな。ヤツとて制球が乱れてくるだろうよ」


 そんな話をしていると、寺村はフォアボールで、出塁した。

 その後、次のバッターもフォアボールで出塁したことから、川越チームがタイムを掛けた。


「どうするのでしょう」

「まっ、ストライクに入らないからな。交代だろうよ」

「交代って、誰が投げるのでしょうか?」

「さてな……。だが、順当に行けば……」


 大宮側のベンチでそんな会話がされていると、マウンドに集まっていた山崎が大きく手を上げた。


「ピッチャー交代!」

「あっ、ピッチャー変わりますね」

「だな」

「ピッチャー、長谷川に変わって、オレ!」


 浅倉の目が丸くなる。


「なにそれ、そんなのあり? あなたキャッチャーじゃなかったの?」



 ● ● ●



 山崎が、投球練習を開始している。

 ズバーンと鳴り響く音からは、球に重さがあるのを感じさせる。


「ゲンゲン、なんか、球がとてつもなく重そうなんですけど……」


 浅倉の心配をよそに、藤沢の頬は緩む。


「よし、遂に長谷川をマウンドから引きずり下ろしたぜ」

「……それって、良し、なんですか?」

「そりゃぁ、そうだ」


 藤沢は横に座っている浅倉の顔を見ずに、マウンド上の山崎を指差す。


「いいか、アイツは変化球が投げられない」

「そうなんですか?」

「あぁ、だからアイツから点を取るのは容易(たやす)い。あんな音は見かけ倒しだ」


 だが、二人がそんな会話をしていると、マウンド上の山崎が、藤沢に向かって体の向きを変えた。

 何事かと、藤沢も山崎の顔を、凝視する。


「よく聞け藤沢! 今日、オレは魔球を用意した! 目を見開いて、よく見やがれ!」


 スポ根ばりの熱い展開に、藤沢の鼓動も早くなる。

 ベンチから立ち上がると、山崎の顔面を指差す。


「おもしれぇ……その魔球とやら見せてもらおうじゃねえか!」


 そんな二人を見ながら浅倉は思うのだ。


 この二人の背景に、めっちゃ炎のエフェクトを付けたい……。あと、目を見開いて、よく見るって何? くわしい詳細みたいな言い回し? ……と。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ