ピッチャー交代
五回の表、再び浅倉に打順が回って来る。
ワンアウト、一塁。
「よう、二刀流の嬢ちゃん。今度は、どんなクソボールに手を出してくれるんだ? カッカッカッ!」
「……そうね」
浅倉は、静かに応える。
その対応は落ち着いており、山崎の言動を気にもかけていない。先ほどは、山崎の話術にしてやられたと悔やんでいたのだ。
さっきは少しムキになってしまったからね、今回は落ち着かせてもらうわ。
これは、私とピッチャーとの闘い。戦う相手を見誤ってはならない。それに今回は、最初から無我静流駆を使わせてもらう。
浅倉は呼吸を整えると、バットを構える。
相手方のピッチャーは横に首を振って、球種を確認する。一度ファーストのランナーを確認すると、投球フォームを取る。ザッと左足をマウンドから上げると、浅倉の角度からは、ピッチャーの右腕が見えなくなった。
来る!
ギリっとバットを握りしめると、神経をバットの先までつなぐ。
バシュ!
ボールが放たれると同時に軌道を読む。
……この球は、弾丸よりも断然遅い。これなら読むのは簡単。
よし、ボールはど真ん中。こんなの頂いたも同然。私の無我静流駆に敵なし!
浅倉は、ドンピシャのタイミングでバットを振る。
……だが、手元に飛んできたボールは外へと逃げる。
まずい! バットを振ったこの状態からでは、修正が出来ない……。
「ストライク!」
アンパイアの声が轟く。
……なにあれ、確かに私はボールの軌道を読んでいた。だけど、打てなかった。
これは、私の無我静流駆がまだ完成していないって事?
浅倉は、完成したと思っていた無我静流駆が破られた事に焦りを感じる。
……いゃ、そんな事は無い。たまたまだ。私は弾丸すら落とす女。あんな大きなボールくらい、当てられて当然。
若干の焦りを感じながらも、バットを構える。
さぁ、来なさい。そのボール、私がスタンドまで届けてあげるわ!
気持ちを切り替えると、浅倉の目が細くなる。
ピッチャーの腕が、スーっと上がると、風切り音と共にボールが放たれる。
だがボールは、浅倉の予想だにしていない場所へと飛んでくる。なんと、ボールの軌道は、浅倉の顔面一直線だった。
なっ! 私の顔面を狙うとは卑怯な! 野球って、直接攻撃もありなスポーツなの?
浅倉は、身体をのけ反らせて避ける。
だが、避けた浅倉をよそに、ボールは顔面への軌道から徐々にズレて、斜めへと落ちる。
そして、見事ストライクゾーンへと入った。
「ストライク」
再びアンパイアから、ストライクの言葉が出る。
「おぃおぃ、どうしたんだ嬢ちゃん。ビビッて、漏れちゃったか? なんなら、俺が履き替えさせてやっても良いぜ! 俺は女性の下着を脱がせるのは得意なんだ」
山崎が必要以上に絡む。
だが、浅倉の耳にはその言葉は入っていなかった。それよりも、顔面に飛んできたボールが、ストライクとなった事に驚愕していたのだ。
……なぜ、あの軌道から、ストライクになる。
私の読みでは確実に顔面コースだった。……つまり、これは無我静流駆にも欠点が存在するという事だ。
無我静流駆は、直線的な攻撃を読む技。言い換えれば、初めに打ち出された軌道の先を読む技だ。だが、野球の様に、手元で変化する球には対処できない。これが、一体何を意味するか……。
浅倉は、自問自答を繰り返す。
そうだ、例えば、飛んで来た弾丸が、跳弾する事までは読めたとする。でも、今回のケースに当てはめるならば、跳弾した先までは読めないと謂う事になる。
……これはとんでもない発見だ。
今やっているのが遊びだったから良いモノの、実弾だったら、幾つ命があっても足りなかった事だろう。
浅倉にとって野球は、無理矢理付き合わされた遊びだった。しかし、思わぬ収穫を得たことに、つい笑みがこぼれる。
「おぃおぃ、嬢ちゃんなに笑っているんだい? 空振りばっかで、頭がおかしくなったのか?」
「……いゃ、あのピッチャーに感謝している所よ。何せ、私にセキュリティホールを教えてくれたのだから。……でも、次は、打たせてもらうわ」
浅倉はニヒルに笑いながら、三度構える。
● ● ●
「組長、三振お疲れさん」
肩を落としながら、浅倉は、バットを収める。
「何ですか、最後のボール。腰の高さから、一気にひざ下まで落ちたんですけど」
「あぁ、ありゃぁ、フォークだな」
「フォーク」
「そう、こう落ちるのがフォーク」
「じゃぁ、どう落ちるのがフォークじゃ無いんですか?」
「こう落ちるのが、パーム」
「ほぅ」
「こう落ちるのが、ナックル」
「ほぅ」
「分かったか?」
「うん、サッパリ分かりませんね!」
「……だよな。俺もよくわからん。例えばさ、剣道だと面打ちの際、右面、左面と左右面が有るだろ。でもよ、どれが当たろうが面、一本となるわけよ」
「成る程。つまり、微妙な差で名前が違うみたいな感じですかね」
「まっ、そんな感じだ。いずれにせよ、バッターとしては、打てば勝ち、打てなきゃ負けだ」
「それは分かりやすい説明ですね。打てばいい。単純明快な答えです」
浅倉が、なんとなく野球の真髄を分かったところで、攻守交代となった。
● ● ●
試合は七回の表まで進んだ。
点差は四点、四対零で大宮が負けている。
この打席で、大宮としては、若干なりとも点を取り返したい所だ。
バッターボックスには、四番の寺村が入っている。
寺村は、バットを短く持って、ヒットを狙う。だが、カウントが三連続ボールとなると、浅倉の眉が動く。
「ゲンゲン。相手のピッチャー、ストライク入らなくなってませんか?」
浅倉の視線が藤沢に動く。すると、藤沢の顔に、少しだけ笑みが覗かせている。
「結構、みんな粘ってくれたからな。ヤツとて制球が乱れてくるだろうよ」
そんな話をしていると、寺村はフォアボールで、出塁した。
その後、次のバッターもフォアボールで出塁したことから、川越チームがタイムを掛けた。
「どうするのでしょう」
「まっ、ストライクに入らないからな。交代だろうよ」
「交代って、誰が投げるのでしょうか?」
「さてな……。だが、順当に行けば……」
大宮側のベンチでそんな会話がされていると、マウンドに集まっていた山崎が大きく手を上げた。
「ピッチャー交代!」
「あっ、ピッチャー変わりますね」
「だな」
「ピッチャー、長谷川に変わって、オレ!」
浅倉の目が丸くなる。
「なにそれ、そんなのあり? あなたキャッチャーじゃなかったの?」
● ● ●
山崎が、投球練習を開始している。
ズバーンと鳴り響く音からは、球に重さがあるのを感じさせる。
「ゲンゲン、なんか、球がとてつもなく重そうなんですけど……」
浅倉の心配をよそに、藤沢の頬は緩む。
「よし、遂に長谷川をマウンドから引きずり下ろしたぜ」
「……それって、良し、なんですか?」
「そりゃぁ、そうだ」
藤沢は横に座っている浅倉の顔を見ずに、マウンド上の山崎を指差す。
「いいか、アイツは変化球が投げられない」
「そうなんですか?」
「あぁ、だからアイツから点を取るのは容易い。あんな音は見かけ倒しだ」
だが、二人がそんな会話をしていると、マウンド上の山崎が、藤沢に向かって体の向きを変えた。
何事かと、藤沢も山崎の顔を、凝視する。
「よく聞け藤沢! 今日、オレは魔球を用意した! 目を見開いて、よく見やがれ!」
スポ根ばりの熱い展開に、藤沢の鼓動も早くなる。
ベンチから立ち上がると、山崎の顔面を指差す。
「おもしれぇ……その魔球とやら見せてもらおうじゃねえか!」
そんな二人を見ながら浅倉は思うのだ。
この二人の背景に、めっちゃ炎のエフェクトを付けたい……。あと、目を見開いて、よく見るって何? くわしい詳細みたいな言い回し? ……と。




