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鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第六章 浅倉暗殺計画(九月)
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初バッターボックス

 浅倉が眺めるレフトからの野球場は、不思議な光景だった。

 広いグラウンドに転々と立つ人々は、まるでサバンナに立つ木々の様であり、ちょっと遠くで行われているピッチャーとバッターの戦いは、活動写真を見ている様な、そんなそこはかとなく他人事の景色に見えた。

 浅倉は、そんな少しだけ現実味の無い空間に両手を広げて、大きく息を吸った。


 はぁ~~。それにしても、野球場って広いわね~。この広さなら、鹿鬼十体とも戦えるわよ。

 いゃ、それどころか、狙撃の練習も出来るんじゃない?


 相変わらず発想が戦闘だ。

 しかし、そんな風に楽しんでいられたのも最初の内だけだった。


 ……暇だわ……。

 何この暇な時間は……。

 全然ボール飛んで来ないし、熱いし……。これって、もしかして、私には向かない遊び?


 守備に着いて、数分で飽きが来る。

 体を動かすのが主本の浅倉は、エネルギーがあり余りスクワットを始めるしだいだ。


 あのピッチャーってのはいいわよね。ズーと動いてられるし、退屈しなさそうだわ。

 要は、思い切りボールを投げればいいんでしょ。私にもやらせてくれないかしらね。


 野球のルールを知らないが故の単純な考えだ。ピッチャーの過酷さを軽んじている。


 カーン!


 だが、そうこうしていると、待ちに待った打球が飛んで来る。しかもかなり良い当たりだ。追い風もあるせいか、スタンド入りもあり得る。


 来たわ!

 ……確かバウンドさせる前に取ればアウトって云っていたわよね。……ならまだ練習段階だけど、行くわよ。


 浅倉は鼻から細く息を吸い込むと、丹田に気をためる。


 行くわよ……。霞渡瀬流……縛逃水見習い!


 浅倉は、足の爪先に力を込めると、地面を一気に蹴りだす。

 おおきく上がったポールは、浅倉の頭上をかるく超えて行く為、必死に後退する。

 だが、打球は伸びる。このままだとスタンドへ入るのは間違いない。


 確か、あのフェンスを越えたらホームランだったはず。

 ――なら。


 浅倉は、身体を沈み混ませると、高く跳躍する。そのままフェンスの壁を三角蹴りの要領で蹴りだすと、大きく宙に舞った。


 いっけぇぇえええ!


 だが、まだボールには届かない。

 浅倉は左手を大きく伸ばす。……とボールはグローブに入らないまでも、弾く事には成功する。グラウンド内へと押し戻されたボールは緩やかな弧をえがく。


 ……よし、ボールはまだ生きている! ――なら、着地と同時に掴み取る。


 浅倉は落下しながら、膝を曲げてスタートダッシュの準備をする。


 ザシュ!


 地面に着地すると同時に、太ももとふくらはぎの筋肉に、ネジ切れんばかりの負荷をかける。

 ロケットスタートを切った身体は、見事にボールに追い付く。


 パシィ!


 なんと、ホームランになる予定のボールを、浅倉は見事アウトにして見せたのだ。

 浅倉は、ボールを手に取ると、大きく手を振った。


「ゲンゲン、私やりましたよ!」


 だが藤沢は、浅倉を褒めるわけではなく、何かを叫んでいる?


「え~? 何ですか? 聞こえませんよ?」

「…………げろ!」

「はいぃ?」

「…………投げろ!」


 ……投げろ?


 浅倉が、その言葉を理解している間に、一塁にいたランナーは二塁を蹴っていた。


 あっ、そういえば、取ったら投げろって云われていた。


 浅倉は慌ててボールを投げるも、ランナーは、三塁を回った。

 そして、ボールが届くころには、悠々とホームベースを踏んでいたのだ。


 ……あぁ、やってしまった。

 点を取られてしまった。


 浅倉が膝を落とす。

 その姿は、さながらホームランを打たれたピッチャーの様だった。



 ● ● ●



 回は進み三回の表となる。

 ここで初めて浅倉がバッターボックスに立つ。


 ……今まで見ているだけでしたけど、要はバットにボールを当てればいいんでしょ。

 こんなものは、弾丸を打ち落とせる私に取っては、朝飯前よ。


 バットをブンブン振りながら感触を確かめる。


 要は、剣道の胴打ち、正確には逆胴を打つ感じでバットを、振れば良いのよね。

 かって知ったる動きなら、私に敵無しよ。


 何度か素振りを行うと、剣道でいうところの上段の構えに近い形をとる。


 さぁ、いらっしゃい。私があなたを討ち取る!


 細身のピッチャーが構える。浅倉もバットを握った手を絞る。

 素早く振りかぶられた腕からは、白球が真っ直ぐにストライクゾーンへと突き進む。


 来た来た来た来た、北千住! ど真ん中!

 もらったぁぁぁあああ!


 浅倉が、渾身の力で、バットを振る。


 ズバーーーン!


 浅倉のバットは何もない空間を切り裂いた。

 その様子を、川越のキャッチャーは、マスクの下からしかと見る。


「おぃおぃ、二刀流ってのはデマかい?」


 マスクをしているので気がつかなかったが、敵のキャッチャーは山崎だった。


「何を云っているのですか、まだ一球ですよ」

「――だな。じゃっ、お手並み拝見といかせてもらうよ」


 浅倉は、平常心を取り戻しながら、再び構える。


 ……それにしても、おかしい。確かに球の芯を捉えたはずなのに、何故私のバットは宙を切る?


 首をかしげながらも、再び構える。

 ピッチャーの放った球は再びど真ん中へ。


 今度こそもらった!


 浅倉のバットは、タイミングバッチリで振りかぶられる。

 ……だが。


 なっ、球が外に逃げる……。


 ズバーーーン!


 再び浅倉のバットは宙をきった。

 野球の難しさを体感する。


「ナイス空振り。布団叩きに転職した方がいいぜ! きっと百戦錬磨の布団叩き屋になれるぜ」


 山崎の挑発に、髪の毛が逆立つ。


「バカにしないで。次の球は、絶対に打つ!」

「無理だね。お嬢ちゃんには100%打てないぜ」


 売られた喧嘩をしっかりと睨みつけて買う。


「ほぅ。では、もし私が打てたらどうする?」

「そりゃ、何でも云うこと聞いてやるぜ。まっ、そんなのは有り得ないがな。ガハハハハ」


 濁った笑い声が、マスクから漏れる。


 ……いいわ、そこまで云うなら打ってあげる。本当はインチキ臭いから使わないでいたけれど、もう、なりふり構ってはいられない。


 目を瞑って息を細く吸う。


 行くわよ、無我静流駆!


 浅倉の感覚が鋭くなる。


 なにがなんでも打つ!


 ピッチャーが投げたボールはどんどん浅倉に近づく。

 むきになっている浅倉は、タイミングを合わせてバットを振る。

 たが、ボールは、外角高め!


 しまった、打球は読めても、バットが届かない。

 これでは、バットにかする事すら叶わない……。


 浅倉は、クソボールに手を出した。


「アウト!」


 審判の声が浅倉の耳に届く。


 ……やっ、やられた。完全にはめられた。

 浅倉は、再び地面に膝を落とすと、野球の難しさを目の当たりにした。



 ● ● ● 



 浅倉はベンチに戻ると、バットからグローブへと持ち物を変える。

 ドガッと座り込む姿勢は、苛立ちを(あらわ)にしており、悔しさも同じくらい滲み出ていた。


「組長、初めてにしては上出来だよ」


 藤沢が、浅倉の頭にタオルをかける。


「そうかも知れませんが、私、最後は無我静流駆使ったんですよ……それなのに、カスリもしなかった」


 頭に被ったタオルの両端を手で掴むと、顔を覆った。


「まっ、それがゲームの難しさだ。それに、敵は元プロのピッチャーだ。打てなくて当然だ」


 藤沢は、袖で額の汗を拭うと、やかんに入った麦茶をラッパ飲みする。


「あのピッチャーは、変化球を使いこなすし、コントロールも抜群ときた。つまり、あのピッチャーからは打てない」

「ってことは、この試合諦めるって事ですか?」


 悔しそうな声で答える。


「いゃ、こちらの作戦としては、あのピッチャーを疲れさせる。つまり、ファールで長引かせ、沢山投げさせるってな訳だ」

「……成程。つまり、相手が疲れれば、バンバン打てるって事ですね」


 浅倉の目が輝く。


「いゃ、そうはならんだろう。敵は、ピッチャーを交代させるだろうな」

「……それじゃぁ」


 輝いた目が一瞬で曇る。


「いゃ、それで良いんだよ。あそこまでのピッチャーは、控えにはいない。つまり、中盤でマウンドから降りてもらえば、我々に勝機はあるってなものだ」

「成る程。確かに、まだ、三回ですからね。この後巻き返しましょう」


 浅倉が、作戦を理解すると「スリーアウト、チェンジ」の声が、グラウンドに響いた。

 左手にはめられているグローブをパタパタと二回開閉しながら、その動きを見つめる。


 ……よし、私の仕事は分かった。

 取り敢えずは、この回を零点に押さえる。


 心にそう決めると、浅倉は勢いよくレフトへと向かった。

 さて、野球編です。

 この時代ユニホームなんて無いのでは? とか色々疑問はあるかもしれませんが、フィクションです。ですから、ルールなども、現在のものを使わせていただきます。その方が理解しやすいですしね。

 そんな訳で、あと2回くらいは、野球編が続くかと思います。

 今年も後わずかですが、みなさんもお体に気を付けて、よいお年を迎えましょう。

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