金沢暗殺2
ズガーンとの銃声音が、参道に響く。龍三の手元からは、五発の弾丸が金沢へ向けて発射されていた。
拳銃からは、白煙が立ち上ぼり、風に揺れる。だが、そんな緩やかになびく煙とは裏腹に、耳をつんざく悲鳴がほとばしる。
「ギャァァアアアアア!!」
地面に倒れる男からは、鮮血が流れ出る。
しかし、声を上げているのは、金沢ではなく、流れ弾を受けた参拝客でもない。そう、金沢の周りにいた側近達三名なのだ。
龍三は金沢を睨みつける。
「……おぃ、あんた、何をした?」
「何って云われてもな……」
そう答える金沢は、手に持っていた扇子を広げると、顔を半分隠す。
「……それは、鉄扇か?」
「ご名答」
もだえ苦しむ側近を無視して、金沢は答える。
「あんたひでぇな」
龍三は呆れ顔をうかべながら、ポケットの中に手を入れる。だが、金沢はそれを見逃さない。
「ぼうず、お前の弾込めと、俺の鉄扇、どちらが早いかな?」
そんなのは言わずもがな。圧倒的に、弾込めの敗けだ。
龍三は、手を広げたまま、ポケットから手を取り出す。
「あんたの云うとおり、弾込めは止めておくよ。……で、撃った俺が云うのもなんだが、その側近、助けなくて良いのか? ほっておくと、死ぬぞ」
一見敗北を認めたような口調だが、噛みつきそうな瞳が光る。
……さぁ、隙を見せろ。ヤツが看病に当たったその瞬間、俺は弾を込める。そして、背後からズドンだ。
龍三は平静を装いながら、金沢の動きを注視する。
金沢は、チラリと側近の顔を見る。……が、すぐに龍三へ視線をうつす。
「こいつらなら別に、死んでも構いやしないよ」
「おぃおぃ、あんたさ、少しは名のある幹部なんだろう。部下を見殺しとは、随分と、使い捨て生活なんだな」
「……いゃ、こう見えて、俺はけっこう部下想いなんだぜ。上司にしたい芸能人、一位に選ばれたくらいだ」
龍三が呆れ顔を作る。
「おぃ。あんた、いつから芸能人になったんだい? それに、どの口がそんな言葉を吐く。今、目の前で部下がもだえ苦しんでいるのに、よく部下想いとか云えるなぁ」
金沢は首を傾げると、鉄扇で、転がっている側近を差す。
「もしかしてお前、部下って、こいつらの事を差しているのか?」
「それ以外、どこにいるんだよ」
金沢は、眠たそうに目を半分つぶると、今度は親指で地面に転がっている側近を差す。
「やれやれ、ぼうずは、相当勘違いをしている様だな。こいつらは、俺の部下じゃない」
「……というと?」
「どこかで雇われた殺し屋だろう」
「……なっ!」
龍三の口が開く。
殺し屋だと? 軍服を着ているから、てっきり側近かと思っていたが……。すり替わって殺すタイミングを見計らっていたのか。
確かに俺以外にいてもおかしくない依頼だったしな。
龍三が思考を巡らせている間、金沢は鉄扇を広げる。すると、何処からともなく拳銃が出現する。
まるでマジックショーでも見ているかの様だ。
「こいつらな、俺が丸腰だと思って、車の中で襲おうと考えていたんだよ。でも、俺が銃を手にした瞬間、凍り付いちまってな」
「それで?」
「で、俺が隙を見せないもんだから、側近のふりをしたままここまで来たって訳よ」
「成程な。そこで運良く襲撃して来た俺の弾を跳弾させて、殺し屋を倒したと」
「ご名答!」
龍三は、頭をガリガリと搔き始める。
「ちぇっ、こりゃぁ、かなわない訳だ」
龍三の目から殺気が消えた。
「……あんた、すげぇな。こないだのライフルも躱したし、今回の連射も躱した。認めたくはないが、俺の完敗だ。さっ、煮るなり、焼くなり好きにしてくれ。どうせアンタの事だ。きっと優秀な側近がその辺に隠れているんだろう」
「……ぼうずは面白いな。それに感が良い。確かに俺の部下はその辺りに隠れている」
金沢はトコトコと龍三に近づく。
「ところで、ぼうずの名前を聞いてもいいかな?」
「俺の名前? そんもの聞いてどうするんだ?」
「どうもしないよ。興味のあるヤツがいれば、名前くらい聞きたくなるだろう」
「興味のあるヤツね。まっ、いいだろう。どうせ俺はここで死ぬんだ。最後に名乗っておくのも悪くないか」
龍三は、笑いながら深呼吸をすると、大きく息を吐いた。
これが最後の会話かと思うと、少しだけ寂しさが残ったのだ。
「俺の名前は龍三と云う。幼少期は別の名前があったけど、今は龍三だ。これが人生最後の自己紹介、受け取ってくれおっさん」
龍三は両手を広げて目を閉じた。
……さっ、殺せ……。
だが、金沢は龍三の覚悟を全く気に留めていない。
それこそ、興味の無い政治家の演説を聞いているかの様だった。
「ふ~ん、龍三か。して、苗字は何て云うんだ?」
……まだ殺さないのか?
龍三は瞼を開けると、正面を見る。
目に映るのは、とぼけた顔をしたオヤジ。
自分の覚悟を軽視されたみたいで、少しだけ腹が立つ 。
「苗字? そんなものはねぇよ」
口調が若干砕ける。
「本当か?」
本当かと尋ねられても、嘘ではない。
だが、あえて名字を名乗るとするならば、育ての親を思い出す。
性格は冷たく、師弟らしい会話は無かったが、飯はちゃんと食べられた日々。あれはあれで、孤児時代の生活から比べれば、暖かかった。
……師匠、俺の人生はここで最後だ。最後に師匠の名前かりるぜ。
そう決意すると、龍三何かを悟った表情を浮かべる。
「俺の名前は柏木。柏木龍三だ!」
金沢が微笑む。
「そうかそうか。お前の名前は柏木龍三か。良い名だ」
「ありがとうよ。さっ、これで良いだろう。殺せ」
柏木は、再び両手を広げると、武器を手放した。
ガシャリ!
自由落下をする拳銃は、石畳に当たると、鈍い金属音を跳ね上がらせる。
……だが、そんな銃を、金沢は拾うと、おもむろに銃の手入れ度合いを確かめる。
「ふむ、悪くない。……おぃ、柏木。お前、俺の部下にならないか?」
「……は?」
唐突すぎる言葉に間抜けな声が漏れる。
「柏木。お前、前回もそうだが、今回射撃するとき、弾に妖力を込めたろう」
「ようりょく?」
頭の悪いガキが、要領の得ない返事する。そのような感覚を覚えた金沢は、ニヒルな笑いを作る。
「成る程。その話っぷりだと分かっていなさそうだな」
金沢は、銃を横にし、リボルバー部分を柏木に見せる。
「柏木は、弾を撃つとき、ここに力を込めないか?」
柏木は首を傾げる。
「力つーか、威力を上げようと考えて撃つな。そうすると、いつもよりも、強い弾丸が出るんだよ。不思議だよな」
「それが妖力だ。通常同じ拳銃で撃てば、誰が撃っても威力は同じだ。だが、お前はより強く弾丸を発射できる。これは予測だが、より遠くからでも、標的を狙えるんじゃないか?」
「……さてな。そんな事試したこと無いし、分かんねーよ」
「そうか。まぁその話はオイオイするとして、俺の部下になるかの返事を貰えるか?」
柏木は腕を組むと、首を左右に振った。
「残念ながら、その申し出は受けられない。なにせ今回の仕事は国の権力者からの依頼らしいのでな。俺が今回の仕事を破棄した時点で、俺に刺客が送られて来るだろうよ。裏切り者を許す組織ではないのでね」
「つまり、依頼が無くなればいいんだな?」
「あんた、何を云っているんだ? 依頼主はシークレットで分からないんだぜ」
「そうか?」
金沢は、腕を組みながら、顎に手を当てる。
「オッサンは、凄いんだか、凄くないんだか、分からないヤツだな」
「まっいい。柏木、近日中にでかいニュースが出たら、俺に、もう一度会いに来い。悪い様にはしないぜ」
そう云って、柏木の肩をポンっと叩くと、金沢は境内へと歩いて行った。
一日の後、陸軍大将事故死の報が世間に流れる。と同時に、柏木の元へ、金沢暗殺依頼破棄の連絡が届いた。
「……おぃ、あのオッサン、何やった?」
柏木は、新聞を机に叩きつけると、銃をホルスターにしまう。
日が落ちるのを待ち、人々が寝静まると、柏木は、帝国陸軍朝霞駐屯地へと忍び込んだ。
窓から室内を覗き込むと、八部屋目で金沢の姿を見つける。
「遅かったな」
音も立てずに窓を開けたはずなのに、一センチ開けたところで、窓に背中を向けた金沢が柏木に声を掛ける。
「俺は焦らすタイプなんだよ」
開き直った柏木は、平然と窓を開けた。
室内に風が流れ込むと、金沢も、窓の方へと振り返る。
「俺は、焦らされるのはタイパが悪いから、嫌いなんだがな」
「オッサン。それじゃあ女は満足しないぜ。オッサン、下手だろう。自分だけ満足する派か?」
柏木は、怖いもの無しと言葉を並べる。
「いい根性してやがる。気に入ったぜボウス。で、どうする? お前が危惧していた追っ手はもう居ないだろう」
柏木は眉毛をピクリと動かす。
「そうだ、それを聞きにワザワザ来たんだ。……で、なぜ陸軍大将が、あんたの暗殺を依頼した張本人って分かったんだ?」
金沢は、鼻で笑い、受け答える。
「ふん、そんなの簡単だろう。俺の事を殺すほど嫌っているヤツってことだ」
痒くもない頭を、ガシガシと掻くく。
「……成る程ね。確かに簡単だ。云うだけならな」
「……で、俺の下で働くのか?」
頭を掻いていた手を止める。そして、懐から銃を取り出すと、金沢に放り投げた。
「働くよ。今度は俺が殺されかねないからな。それとも、今殺すか?」
両手を上げて、降参を示す。
「殺さないよ。俺の頼みを断ったら、足と手が無くなって、芋虫みたいな生活を送ってもらうだけだ」
「こえぇ事を、さらりというヤツだな」
「ありがとうよ」
「……誰も、褒めてねぇよ」
金沢はニヤリと笑うと、銃を柏木に投げ返した。
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「……っとまぁ、こんな感じで、俺はオヤジに拾われたんだよ」
「……あぁぁ」
浅倉の声が、か細い。
「組長ちゃん、どうした?」
「のっ……のぼせた……」
ぐったりと、風呂桶の縁にもたれ掛かる浅倉は、後半ともなると、ほとんど話が耳に入っていなかった。




