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鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第六章 浅倉暗殺計画(九月)
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金沢暗殺1

 十歳の柏木は、射撃場でライフルを構えていた。

 息を細く吸う。

 呼吸を整える。

 指は、ゆっくりと、まっすぐに引く。一気に引き金を引くと、僅かに銃がブレる。一ミリにも満たないブレだとしても、弾が的に届くときには、数十センチのズレとなる。つまり、標的に当たらないという事だ。

 少年は、その訓練を死ぬほどやらされた。

 トリガータコが出来ては潰れ、また出来ても潰れる。それを繰り替えす。

 飛び出た血液を銃は吸い、やがて、銃と体に同じ血液が流れだす。すると、その頃には体と銃は一体化する。

 殺し屋はこれを同化の契約と呼んでいた。


「ぼうず、どうやらやっとその銃と契約できたみたいだな」


 少年を褒めた男は、胸ポケットからキセルを取り出すと口に挟みこむ。

 シュッっとマッチを擦る音が聞こえるなり、リンの燃える臭いが柏木の鼻をくすぐった。


「師匠……ぼうずはそろそろ止めてくださいよ。俺だって、師匠の役に立ちたいんですから」


 少年は、鼻をこすると、キセルをふかしている男の前に立つ。


「ん? ぼうずは、ぼうずだろう? 何か不便か?」

「ほら、依頼を受けたときとか、名前あった方がいいじゃないですか」

「……確かにそうだな。……で、ぼうずの名前ってなんていうんだ?」

「師匠、もう一年も一緒にいるんですよ。……って、あれ? 確かに名乗った事は無いかもしれませんね」


 少年は腕を組んだまま、うつむく。


「今さらですが自己紹介をさせてもらいますと、俺の名前は金三郎です」

「ほぅ、金三郎ね。で、性は?」

「……それは覚えていないのです。捨てられたときは、まだ苗字なんて覚えている年では無かったので……」

「そうか。にしても、殺し屋で金三郎は似合わないな。もっと強そうな名前でないとダメだな」


 男はフーと、少年の顔へと煙を吹き付ける。


「ゲホゲホ……。強そうな名前ですか……つまり、虎とか龍とかそんなのですか?」

「そうだな。虎は前にいた弟子に付けてやった名前だから、お前は龍にしよう。そうだな。龍三(りゅうぞう)これが今日からお前の名前だ」

「おぉ、かけぇぇえええ。師匠ありがとうございます。じゃぁ、苗字は師匠の柏木を名乗って、柏木龍三ですね」

「は? 何言ってやがる。柏木なんて名乗らせるわけ無いだろう。お前はただの龍三だ。もし柏木を名乗るとしたら、一人前になった時だ」


 そう告げると、師匠と呼ばれる男は、近くの石にキセルをカンっ! と当てて、タバコの葉を床に捨てた。


「さて、ぼう……龍三、次のえものを仕留めるぞ」

「了解師匠!」


 二人は、銃を背中に背負うと、町へ向かって歩きだした。



 ● ● ●



 龍三は十五歳となり、殺し屋として独り立ちをしていた。

 十二歳の時、「お前の師匠は、仕事に失敗して殺された」と暗殺仲間から聞かされ、独り立ちを決意したのだ。他の暗殺チームからの誘いもあったが、ソリが合わず全て断っていた。

 ソロで活動していた龍三だが、そんな折、仲間内から一つの仕事が横流れして来る。

 高額の報酬にもかかわらず、誰も受けないといった、変わった仕事だ。

 どうやら噂によると、依頼主が相当ヤバイやつらしく、もし依頼を達成したとしても、口封じのため暗殺者自信が殺されると、もっぱらの噂だ。

 国の上層部が依頼をしてきているとの情報も入っている。

 つまり、そうなると当然、誰もそんな仕事は受けない。報酬は良くても、命あっての物種だからだ。

 他のチームが依頼を断る中、龍三だけは目の色を変えていた。

 まだ十五の龍三には仕事が然程回ってこないのだ。つまり、多少危ない橋を渡ろうとも、仕事を終えて、報酬を得なくては生活が出来なかったのだ。

 龍三は、殺しの仲介人に近づくと、報酬とターゲットを聞く。


「よう、龍三。お前がこの仕事を受けてくれると助かるぜ。どいつもこいつも腰抜けでよ」

「けっ、奴らは本当の殺し屋じゃ無いのさ。で、報酬は幾らだ?」

「報酬は、百円だ」

「なっ、ちょっとまて。それは本当か?」


 この時代、米一升が十八銭の時代となっている。百銭が一円換算なので、この報酬がどれだけ法外な金額なのかは、猿でもわかる。


「そっ、そんなにあったら、俺、米をどれだけ食べられるんだ?」

「死ぬほどだろうな。だが、成功報酬として、うちが二割もらう。支払いの場にはうちの組の者も同行させてもらい、その場でピンハネさせてもらう」

「かまわねぇよ。それだって八十円だ。で、誰を殺ればいいんだ? 大臣か?」

「……いゃ、それがな、陸軍の将校なんだわ」

「……は? 陸軍将校? そんなのなんで?」


 龍三はしかめっ面を作り出し、疑いの目を仲介人に向ける。


「そんな顔をするな。俺もよくは分からん。ただ、その将校、相当切れる奴らしくてな。将来この国にとって邪魔になるらしい」

「邪魔ね……それって、正しい道に日本が進もうとしているのを、甘い汁をすするやつらが、疎んでいるだけじゃないのか?」

「……かもしれないな。だからこその報酬なんだろう」

「なるほど。まっ、俺らにとっては金が命だ。その依頼受けさえてもらおう。……で、その将校の名前は?」

「ターゲットの名前は、金沢勝(かなざわまさる)。陸軍少将だ!」



 ● ● ●



 キリキリ。


 スコープを合わせる音が、静かな大地に流れる。

 龍三は、ちょっとした高台に寝そべり、ライフルを構えていた。


「さて、写真の男は……あいつか」


 豪邸のパーティー会場を見渡せる場所から、龍三はターゲットを狙っていた。


「旨そうなものを食いやがって。だが、俺も、お前を殺せば、そういった飯にあり付けるってなもんだ。悪く思うなよ金沢勝」


 龍三の人差し指がトリガーに掛かる。

 さて、師匠の教え通り、ゆっくり、落ち着いて、真っ直ぐに引く。

 何度となくやって来た動きを龍三は繰り返す。


「アンタには、何の恨みもないけれど……サヨナラ」


 ズガァァァアアアアアン!


 銃声が響くと同時に、弾丸は金沢の頭蓋を目指して空気の層を突き抜けた。


「……さて、死体は……っと……ん?」


 いつもは、床に倒れ込んでいる死体だが、今回は様子が違う。

 なんと、宴は、普通に行われていたのだ。


「なぜだ? 俺の弾丸は、確かにアイツの頭に当たったはずなのに! 俺が、外した?」


 龍三はもう一度弾を装てんする。


「さっきのは、突風とか吹いて、弾が流されてしまったに違いない。落ち着いて打てば、必ず殺せる」


 龍三は、小さく息を三回吸う。


「今度こそサヨウナラだ。おっさん」


 ズガァァァアアアアアン!


 龍三は、スコープから目を離さない。血しぶきが散るのをこの目で見ようと、凝視する。

 しかし、引き金を引くと同時に、金沢は、参加者に深々とお辞儀をした。


「なっ、なんだと?」


 外れた弾は、金沢の奥にある藪へと消えて行った。

 だが、これ以上ここに居ては、見つかる可能性がある。

 龍三は焦る。


 どうする……。

 このままでは任務失敗になる。

 ……だが。


 三度目の正直と心に誓うと共に、ライフルを構えた。

 そして、運命の三射目。轟音が、龍三の耳元で鳴り響く。しかし、結果は変わらず、同じくして空を切った。


「なぜだ。なぜ当たらない。ちくしょう!」


 龍三は、イライラしながらライフルを片付けると、その場を後にした。



 ● ● ●



 狙撃失敗から数日後、アジトでは龍三が、ハンドガンを手入れしていた。


 ……どういう訳か、アイツにはライフルは効かない。となれば、もっと近距離で、弾を食らわす。

 下手に躱せる距離から攻撃をしかけるからこうなるんだ。

 あいつは、今日氷山神社の視察に行くとの情報が入っている。ちょうどいい。後ろに参拝客がいる場所で、殺してやる。そうすれば、今回は避けるとかこざかしいマネは出来ないだろうからな。


 龍三は、口元を緩めると、がチャリとリボルバーをはめた。


 一方、金沢少将は、オートモービルにて、氷山神社へと向かっていた。

 側近三名は、金沢が狙われている事など露知らず、同乗している。


「少将、お待たせしました。氷山神社です」


 部下の一名が、車のドアを開ける。


「ん。ごくろう」


 金沢は、参道に降り立つと、本殿の方へ向けて歩き出した。

 側近三名もそんな金沢に付いて行く。


「少将、今日はどういった御用でこちらに?」


 側近の一名が聞く。


「……君は、そんな事も知らずにここに来たのかね?」


 側近は、罰の悪い顔を作ると金沢の三歩後方へと、後退した。

 日本一長い参道を歩く四名。

 一の鳥居から、二の鳥居に差し掛かろうとしたその時、鳥居の陰から、若い男が現れた。


「どうも、始めまして。金沢少将とお見受けする」

「……だとしたらなんだ? ぼうず」

「……ぼうずか、懐かしい呼び方をしてくれる。……まっ、それはいい。今日は、あんたに挨拶に来たんだよ」

「挨拶?」

「そう。冥途へ旅立つあんたにな!」


 ズガァァァアアアアン!


 龍三は、得意の連射で、金沢の身体を打ち抜いた。

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