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鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第一章 あがのたつ(四月)
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二体目の鹿鬼

 浅倉は、焦っていた。

 まさか、二体目の鹿鬼が出現する等、微塵も考えていなかったからだ。


「こちら浅倉、指令本部取れるか?」

「――こちら指令本部です。上乃組長どうぞ」

「鹿鬼にあっては、殲滅した。しかし、残念な報告だ――――二体目が現れた」

「――えっ、そっ、そんな……二体目の鹿鬼ですって? うそでしょ!?」

「すいちゃん、残念ながら嘘ではない。二体目が現れた。しかも、片桐、楠両名とも妖力を使い果たした」

「――でっ、では、妖力が残っているのは、上乃組長だけですか?」

「そうなのだが……残念ながら、私の刀も、折れた……」

「――えっ、じゃぁ、じゃぁ。ちょっと待ってください。支部長に指示を仰ぎます」

「いゃ、仰がなくていい。作戦は完遂する。これにて通信を終える以上!」

「――ちょっ、ちょっと、上乃ちゃん――――」

「ザザザザ……」


 尾花沢は、通信マイクの前で、心配そうな顔をして、涙腺に少しだけ涙が溢れていた。


 そんな尾花沢を、支部長の金沢は腕を組みながら、静かに見守っていた。

 そして、ゆっくりと指令本部のディスプレイを見上げながら、小さく独り言を吐くのだ。


「浅倉……お前のその絶対に諦めない底力……俺は、その一点に期待して、お前を引き抜いたんだ。期待外れな結果を出さないでくれよ……」



 ● ● ●



 私は力尽きてる部下を、道の端へと移動させた。


「少し、ここで休んでいてくれ……」

「……いゃ、俺達が、休むのはいいが、組長はどうするんだ」

「……私か……さて、どうするかな。今のところは……無策だ……」

 

 私は、もう一度二体目の鹿鬼を見つめた。


 さて、本当に、どうしたものか。

 片桐さんのお蔭で、妖力の存在は理解できた。そして、妖力の出し方も、大宮公園の時を思い出せば、多分出来るだろう。

 だがしかし……問題は……得物だな。

 私には、槍など使いこなせない。楠君は無手だから、武器が無い。となると……残っているのは、折れた刀しかないか……。

 そんな事を考えながら、私は折れた刃先を拾い上げた。


「こんな姿にしてしまってすまないな、桜草来国光」


 私は、折れた刃先を見つめながら、自分の力の無さ具合を痛感していた。

 しかし、落ち込んでいる暇など1秒も無い。私は、軒先に干されている手ぬぐいを拝借すると、刃体の根本にその手ぬぐいを巻き付けて、持ち手とした。


 まぁ、これで、一撃くらいは、食らわせられるか?


 私は、素振りをしながら、感覚を掴もうとした。

 しかし、どうにも動き(にく)い。どうやら、このムササビ戦闘服の各部に張られている膜が、稼働領域を制限するのだ。

 私は、困ったと思いながら、改めて戦闘服を見ると、なんとチャックにより各幕はセパレート出来る構造になっていた。


 やはり、戦いやすいように、考えられているではないか。


 私は、そんな事を考えながら、チャックを外す。そして、動きやすさを確認する為、手首等を回して、ストレッチを始めた。


 よし、流石は最新鋭だ。これなら、機敏に動ける! …………さぁて、またせたな鹿鬼二体目。


 ザンッ!

 

 私は鹿鬼を睨み付けた。


  

 私が、睨み付けると同時に、どうやら、鹿鬼も私の存在に気が付いたらしい。

 鹿鬼も、ブリキのおもちゃの様に、上半身をギギギと私の方へと向けた。


 さて、鹿鬼よ、私と遊んでもらうよ。

 

 私は鹿鬼の注意を自分に向けるため、敢えて鹿鬼の前まで歩み寄る。

 そして、左足を前に出して斜に構え、また、刃体は自然体で垂れ下げながら右手に把持した。

 

 勝負は一撃のみの一発勝負だ。

 しかし、この持ち手だ。敵の攻撃を刀で受け止めようものなら、刃が指に食い込み、私の指は千切飛ぶやもしれぬ。

 ……さて、私の(さい)の目は何が出るかしらね? 出来るだけ良い目を出してもらいたいものだけど……。


 そんな事を考えながら、刀に妖力を込めると、刃体が淡く、青く光り始めた。


 すうっぅぅ!

 

 細く息を吸う。


 息を吸い終えるのと同時に、覚悟を決めた私は、鹿鬼に向かって右足をけり出した。

 鹿鬼に対して真っすぐ、正面から切り込む。

 鹿鬼も当然、走って向かって来る敵を見逃すはずもない。

 鹿鬼はいつもの様に片手上段に構えている。つまり、攻撃は上方11時方向からの振り下ろし!

 単細胞め、これでも私は二度ほど鹿鬼と戦っているのでな、お前らの攻撃パターンなどお見通しだ!

 

 私は、敵が刀を振り下ろして来た瞬間、右足を強くけり出して、左へ飛べば避けられると考えてた。


 ……しかし、その憶測が仇となった。


 なんと、鹿鬼は上段から弧を描く様に腕を振り、私から見て、左方から地面と平行に刃物が襲って来たのだ。


「バカな!」


 今ここで足を止めれば、胴体が上下に二分される!

 刀で受け止めれば、私の指が吹き飛ぶ! さて、どうする!?

 ……とはいえ、選択肢などあって無いに等しい。私は、このまま足を止めずに、スライディングで、相手の股の下を抜ける作戦に切り替えた。


 チリッ!


 スライディングで、体を地面すれすれに相手の股の下に滑り込ませた瞬間、空気抵抗で(なび)いた髪が、鹿鬼の刀により数本切り落とされた。

 もう少し私の姿勢が高かったら、顔が吹き飛んでいたか……。

 そんな事を考えながら、私は股の下を潜り抜ける事に成功し、相手の背後を取った。


 よし、ここだ!


 命を削って手に入れた、数秒間の無防備状態。

 このチャンスを逃すまいと、私は腰の回転力を利用しながら、相手の頸動脈を切り裂いた。


「痛っったぁぁぁああああ!」


 布越しとはいえ、刃体が指に食い込む。

 それでも、痛みを我慢しながら鹿鬼の首を切り裂くが、首の皮が厚く頸動脈まで達していない事を瞬時に理解した。


「くぅぅうううう!! これでどぉかしららぁぁぁああああ!!」


 私は叫びながら、左手の掌で刃の峰を打ち付けた。


 グシャァァアアアアア!!


 すると、赤黒い血液が噴水の如く、鹿鬼の首から噴き荒れた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 私は肩で息をしながら、鹿鬼との間合いを取った。そして、息を整えつつ、鹿鬼の動きを随時監視する事とした。


 鹿鬼は首を抑えながら、(もだ)え苦しんでいた。


「ぐぅぁぁあああああ!!」


 鹿鬼の叫び声が、一面に木霊する。

 鹿鬼はその場で暴れるものの、残念ながら、未だに死ぬ気配はなかった。


「中々に、しぶといわね」


 私は、再び刃体を持つ手に力を入れて、鹿鬼に対して構えた。

 ……しかし、気持ちとは反比例して、徐々に体から力が抜けていくのを感じた。

 そう、これは以前大宮公園で鹿鬼と戦った時に味わった感覚だ。


「くっ、時間切れか。妖力が枯渇したか……私の妖力は少なすぎる……」


 私はその場で片足を着いてしまった。

 当然、鹿鬼はそんな私を見逃すはずも無い。

 鹿鬼は一歩一歩、流血しながらも、私に近づいて来た。

 

「……動く事すらままならないか……あと一息だったのだがな……私の命もここまでか……」


 そう呟くと、鹿鬼の腕が、真っすぐ上空へと延ばされた。その光景はまるで、天を串刺しにしている様でもあった。

 

 そして、鹿鬼の腕は、無情にも私の頭上へと振り下ろされた……。


 ……しかし次の瞬間、私の感じた感覚は、脳天を割られる痛みではなく、顔に生暖かい液体が掛かる感覚だった。

 そう、私の予想に反して、何処からともなく現れた赤黒い血液が、私の顔面に付着したのだ。


「えっ?」


 私は、短く驚きの声を上げた。

 私は瞬きをしながら、改めて現状を確認する。

 すると、まず目に飛び込んで来たのは、槍の穂先だ。

 鹿鬼の心臓を突き破ぶり、胴を貫通して血に染まった槍の穂先。これが私の目に映っている現実だ。


「……ぜぃ、ぜぃ。2秒、組長のお蔭で、……2秒だけ妖力が回復しましたよ」


 満身創痍の片桐さんがふらふらと歩みより、道の中腹で再び倒れた。


「かっ……、片桐さん……大丈夫か?」


 私は、ヨタヨタと足を引きずりながら、片桐さんの元へと歩み寄った。


「片桐! しっかりしろ!」

「組長……別に妖力を使い果たしても死にはしませんよ。ただ、ちょっと疲れただけです……。寝れば……治ります……」


 その言葉だけを残し、片桐さんは目を閉じた……。



 私は、残った力を絞り出して、背筋を伸ばしながら、インカムに手を当てた。


「こちら浅倉、指令本部取れますか」

「――えっ、上乃ちゃん……こちら指令本部です……どうぞ……」


 すいちゃんの泣きそうな声が、私の耳を突いた。


「只今、鹿鬼二体を殲滅。回収を頼む」

「――ほっ、本当ですか? あっ、いぇ、指令本部了解です。すぐに向かわせますから、それまで頑張ってください」

「尚、負傷者にあってはゼロ人。まぁ、妖力は尽きているので、満身創痍ですが……」


 その無線を金沢は腕を組みながら、目を(つぶ)って聞いていた。


 けっ、浅倉のやろう中々やるじゃねぇか。

 まっ、そうでないと、俺が田嶋におごった飯が、おごり損になる処だったからな。

 ……田嶋には、高い酒飲まれたんだ。その分は働いてくれよ。


 金沢はニヤけながら、天井を見上げていた。

 

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