三神絶世流
「ベブ!」
ゴム弾が浅倉の額にクリーンヒットする。なんとも情けない声が漏れたかと思えば、そのままバタンと音を立てて地面に倒れた。
大の字に倒れる浅倉。
顔の横落ちるゴム弾。
真上から見れば、見事に犬の字が出来上がる。
「なぁ、そろそろやめないか。組長ちゃん、負け犬の『犬』の字になっているぜ。俺も組長ちゃんを苛めているようで、気が退けるのだが」
柏木の口からは、いつになく逃げ腰な口調が出る。
「私は、負け犬なんかじゃない。もう少し、もう少しで掴めそうな気がするのよ」
泥だらけになりながら、浅倉は立ち上がる。
しかし、その足元はおぼつかない。
「……最後、次で最後にするから、もう少しだけ付き合って!」
「……ほぅ、『付き合って』ですか。私は、愛の告白現場に居合わせてしまいましたかね」
低く聞きなれない声に、浅倉と柏木が慌てて振り返る。
声の主は、背筋を伸ばしながら腕を組んでおり、着ている羽織に両手を差し込んでいる。また、表情は冷めており、覇気が無い。
ただ、髪型はボサボサであり、服装とのアンバランス感が非常に目立つ。
この二十代後半の男は誰だっけ? と思考を巡らす浅倉。そう、初めて見る顔では無かった。
え~と……この人、確かに見覚えはある。いったいどこで……って、あっ、思い出した。
浅倉はこの人物を思い出すや否や頭を垂れる。
まずい、すっかり忘れていた。この人店主だ。氷山銭湯の店主、小柳弥之助だ。
初めて着任した時に挨拶したっきりだったので、奇麗に抜け落ちていた。
「お久しぶりです。店主」
「久しぶり、浅倉君。……で、君は防音の結界を張ってまで、何をしているのだね。泥遊びかい?」
浅倉は、慌ててお尻に付いている土埃を払う。
「お恥ずかしい所を見られてしまいました。実は、銃弾を切る練習をしていました」
「ほぉ。銃弾を切る……面白い遊びですね。で、どうですか。出来ましたか?」
小柳の口調は冷たく、温度が感じられない。
アクセントのない話し方が、実に不気味だ。あのおしゃべりの柏木が黙ってしまう程に、不思議なオーラを纏っているのだ。
「いぇ、まだ一度も成功していません」
「そうですか。……そういえば、浅倉君は、三神絶世流でしたよね」
「はい、そうですが……」
浅倉は、小柳が何を伝えたいのかが理解できない。
三神絶世流と弾丸を切る事は結びつく点がない。浅倉は顔を曇らせる。だが、小柳は、そんな浅倉の表情を気にしない。
「浅倉君。とりあえず、三神絶世流『心技』を使ってみてはどうですか?」
「……心技?」
浅倉の曇った顔に、悩ましい表情がトッピングされる。
小柳はその表情を見た瞬間、浅倉の生い立ちを思い返す。
「あっそうか。浅倉君は、技を伝授される前に……」
言葉を途中で飲み込むと、小柳は腕を組んで眉をひそめる。
「あ~、ん~」
小柳は、腕を組んで、首をぐるぐると回しながらが長考に入る。
よく知らない上司が突然現れたと思えば、いきなり首をぐるぐる回すのだ。浅倉にとっては、なんとも奇妙な光景だ。
そんな小柳だが、五回唸った後、ゆっくりと浅倉を見つめる。
「そうですね、これも何かの縁なのでしょう。いえ、弥彦さんはこの事態を想定して私に教えてくれたのかもしれませんね」
「……あの……店主。話が見えないのですが。それに弥彦って私の父ですよね」
浅倉は、亡き父の名を、他人の口から聞かされるとは思いもよらず、驚きを隠せない。
「その通りです。浅倉弥彦、貴女の御父上です。そして、まだ若かった私は御父上に三神絶世流を教わりました」
「つまり、店主は父の弟子と謂う事ですか?」
「そうですね。出来の悪い弟子でした。三神絶世流を極めることなく、他の流派に移ってしまいましたからね。ですが、基本はしっかりと叩きこまれましたので、浅倉君よりかは三神絶世流を知っていると思いますよ」
「そうだったのですね。私の知らない三神絶世流……宜しければ、是非教えてもらえないでしょうか」
浅倉は、背筋を伸ばすと、深々と頭を下げる。
小柳は、その姿勢を見ると、少しだけ表情が緩んだ。
「分かりました。では、御父上から教えて頂いた三神絶世流『心技』をお教えしましょう」
「三神絶世流『心技』……私の知らない三神絶世流がある……」
浅倉は、下げた頭をそのままに、口元だけを緩ませた。
● ● ●
小柳は浅倉と正対すると、右手を上げて、指を三本立てる。
「浅倉君、『心・技・体』とは、何か知っているかね」
胸を張る浅倉。
「もちろんです。刀を振るう腕、踏み込みの足、口から発される声。これら三つが合致したとき、刀で相手を切る事が出来る。つまり剣道の基本の事です」
小柳は小さく頷く。だが、口元を緩めると、軽く鼻で笑う。
「まっ、一般的な質問で在れば、その解答で正しいと謂えるでしょう。だが、三神絶世流では、回答が少し変わって来ます」
「……変わると云いますと、別の意味、つまり、隠された意味合いがあると謂うことでしょうか?」
浅倉の体が、前のめりになる。
「いゃ、そこまで隠れた意味があるわけではないですよ。三神絶世流とは、三つの神、つまり、三つの技を極める事を指している」
「……三つ。それならば知っています。剣技、体技、投げですよね。幼い事に、父にそう習いました」
小柳の眼は、遠くを見つめ、過去を懐かしむ。そんな眼差しを作る。
「やれやれ、師匠はご子息にちゃんと教えていなかったのですね。なかなか悪いお人だ。いや自分で気付きなさいってのが、あの人の教えでしょう」
小柳の口からは、大きなため息が漏れる。
「浅倉君、ざんねんながら剣技、体技、投げの三つと云うのは、嘘です」
「えっ! ずっとそうだと信じていたのですが。私、騙されていたのですか?」
「いや、嘘と云うのはいささか云い過ぎになりますかね。まぁ、落ち着いて考えれば分かるのですが、『投げ』は『体技』に含まれるんですよ」
浅倉の目がキョトンとする。
「あっ……そうだ、そうかもしれない。……ん? じゃぁ、空いた一個。つまり、そこに先ほどから話している『心技』が入り込むってな訳ですね」
「察しが良くて助かります。その通り、三神絶世流での『心・技・体』とは、『心技』『剣技』『体技』の三つを指します。ただ、心技は説明がしにくいのです。味覚で謂うところの旨味に近い存在でしょうか」
小柳は持っていた水筒を取り出すと、一口水を口に含む。
「さて、それでは心技を教えようと思うのですが、実は既に浅倉君は使えるのですよね。そう聞き及んでいますよ」
「……えっ、誰がそんな事を」
身に覚えのない噂を、流布されている事に若干驚く。
「瑞乃さんです」
「あぁぁ……あの人ですか……」
ため息混じりに納得する。
だが姉は、一体自分の何を見て心技が使えると云っているのか、その点は気になる。なにせ、心技など、知りもしなければ、使った事もないのだ。当然と謂えよう。
「店主。姉は、私の何を見て、そのような話をしたのでしょうか。おとくいのデマじゃないですか」
冷ややかな浅倉の意見を聞きながら、小柳は、水筒の栓を閉める。
「いぇ、デマでは有りませんよ。ちゃんと貴女が静流駆を使いこなせている事を聞いていますから」
「確かに静流駆は使えるようになりましたが、あれは相手の重心移動とか、肩の動きから攻撃をよむ技ですよ」
浅倉は不満をもらす。
「いえ、同じです。三神絶世流『静流駆』は、相手の攻撃を先読みして受け流す技ですが、今度は、それを飛んで来る物体にやればいいのです。5メートル先にいた敵を、300メートル先にすればいいだけの話です」
浅倉の顔がひきつる。
……同じって云うけど、目の前の敵と、見えない場所からの攻撃、日の丸弁当と、お節料理くらいの差があるんですけど……。
「あの……店主、簡単におっしゃりましたが、かなり難しいのではありませんか?」
浅倉の顔はひきつったままだ。
「そうですね。ですが、心を研ぎ澄ませれば、きっと出来るはずです。心技は自分の心と対話しながら会得する技です。もし出来るようになれば、今よりも数段強くなることが出来るでしょう」
「そうですね。頑張ろうと思います」
浅倉の目に力強さが戻る。
「店主、ちなみにコツとかはあるのでしょうか」
「コツですか……コツも何も、この技の名前を知れば、コツも自ずとわかりますよ」
「して、その技の名は……何といいますか」
小柳は襟をただして浅倉を見る。
「技の名は、三神絶世流・心技『無我静流駆』」




