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鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第五章 北の大地にて(八月)
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vsガンダ3

 片桐の槍が、ガンダの背中から腹にかけて突き抜ける。真っ直ぐ突き刺さっているためか、然程血液は流れ出ない。だが、穂先から滴り落ちる緑色の血液は、槍が胴体を貫通している状態を顕著にあらわしていた。


「ギャワワワァァアアアア!」


 奇怪な叫び声が、ハウリングしたスピーカー音の様に発せられられると、サーっと霧が晴れる。


「グギヤ?」


 ガンダは、傷みの原因を探るべく、自分の腹を見る。すると、朱色の槍が、見事に腹から突き出ていた。

 腹から槍がでている、すなわち敵は背後にいる。ガンダは一瞬でそれを理解すると、振り返りながら、裏拳を片桐へと繰り出す。

 片桐は、裏拳に備えて槍を抜こうとするものの、あまりに奥まで刺さってしまった為、槍はピクリとも動かなかい。


「くっ、抜けないか……」


 深くまで刺さった槍が抜けないと判断するなり、槍を手放し両手をクロスさせて防御体勢を取る。


 ゴフゥ!


 後方に跳びながら裏拳を受けとめる。

 ダメージは軽減されるものの、力を逃がすということは、その分、後へ吹き飛ぶと同義語となる。つまり、片桐の体は弾丸の様に宙を舞う。そして、そのまま勢いよく曼殊沙華寺の壁へと突き刺さった。


「ゴハァ!」


 片桐はえぐすを感じる。

 ボロボロになる片桐だが、誰も近寄らない。浅倉もそんな片桐を視界の片隅には置いている。だが、それよりも優先して、ガンダの動きを注視していた。

 決して気にしていない訳ではない。ただ、片桐が身を挺して作った隙だ。このチャンスを見逃してはならないと目を凝らしていたのだ。

 先程ガンダは右手で裏拳を繰り出した。つまり、注意が右手に向いているため、左半身ががら空きとなっている。


 この好機、いただく!


「楠君、敵の左脇に一撃食らわせて!」


 インカムから流れる声に楠は瞬時に反応する。


 ズザァァァ!


 楠の両足が地面にピタリと付きながら、横滑りを始める。若干腰を落として、左手を勢いよく引く。と同時に、右掌底に全体重を乗せる。

 発勁の一種を、ドンピシャのタイミングでガンダの左わき腹に繰り出す。当たり所が良かったのだろう。ガンダの腹に刺さった槍が内蔵を掻きまわす。


「グギャァァアアアアア!」


 怪獣の様な叫び声が再び木霊する。鹿鬼とはいえ、体内の痛みには敏感なようだ。

 ガンダは楠を叩きつけようと、大きく右手を振り上げる。振り上げた右手は、(まさかり)を振り下ろすかのように、急降下する。

 『バフゥゥゥ』と豪快な低音が鳴り響いたかと思えば、小麦粉の袋を地面に叩きつけたかのように、粉塵が舞い上がる。真っ白な世界が、ガンダの周りを覆う。……だが、その場に楠の姿は見えない。彼はヒットアンドアウェイで、一足早く後方へと下がっていたのだ。

 その、一瞬とも呼べるガンダの停止時間。これが、浅倉にとって千載一遇のチャンスと変わる。

 彼女は跳ねる様に、スタートダッシュを切ると、地面に叩きつけられたガンダの右腕を駆けあがる。急な滑り台を逆走して登る少年の様に、足の指先に力を込める。

 浅倉は頂上である肩口まで登りきると、右手に把持している刀に力を込めた。


 グシャァァアア!


 水風船が割れたかの様な鈍い音と共に、刀はガンダの眼球へと突き刺さる。眼球に突き刺さった刀は、そのまま脳を貫き、頭蓋骨へと当たった。


「ガンダ……これで終わりよ。脳を損傷して、立てる生き物など、この世には存在しないのだから」


 浅倉は、トンっとガンダの肩を蹴飛ばしてジャンプすると、軽やかに地面に降り立った。……が。


 ゴギュゥゥゥウウウ!


 浅倉の背中に、ガンダの裏拳がヒットする。


「ガハッ! なっ、何故動ける」


 あぁ……そうかコイツは人間じゃなかった。ひょっとしたら神経節をもっているのかもしれないな……イナゴの足の様に、脳ではない別の場所から攻撃の命令を出す……。それならば、脳を潰しただけではダメなのにも合点が行く……。


 吹き飛ばされた浅倉は、横回転をしながら地面を転がる。また、時より何かに当たって体が跳ね上がる様子は、まるで風に吹き飛ばされている、空き缶の様でもあった。


 ヤバイ……、意識が飛びそうだ……。だが。


 浅倉の意識が遠退くなか、眼光だけは鋭くガンダを睨み付ける。


「ぐっ……私は負けない。何故ならガンダ……お前もはもう、死んでいる」


 ドシャァァァァァ。


 苦しそうに吐き出した浅倉の言葉と並行して、ガンダの巨体が顔面から地面に崩れた。



 ● ● ●



 ガンダを無事に倒すことが出来た。やっと平穏が戻ると誰もが信じる。だが、町は無残な姿となっていた。

 倒壊している家屋。屋根の無い倉。潰された畑。竜巻が通った後の様な光景がそこには広がっていた。

 そんな中、片桐は、曼殊沙華寺の入口まで足を動かす。しかし、幸運な事に子供達の遺体は見当たらなかった。

 片桐はホッと胸を撫で下ろす。しかし、遺体が無いのは、あくまで最低限の喜びだ。昨日まで笑っていた空間はもうそこには無い。


「無事だったのはこの門だけか……」


 片桐は、唯一残された門扉にそっと手を触れる。


 昨日までは、ここを通過すると嫌気が差す程にうるさかった子供の声ももう聞こえない。『おかえり』と迷惑な程に取り囲む挨拶ももう無い。


 寂しそうな顔を浮かべながら、片桐は、門の敷居をまたいだ。

 正面には、倒壊して、煎餅の様になった寺の屋根が見える。先日まで夕食を共にした広間は既に無くなっており、ちゃぶ台だけが、地面に転がっていた。

 片桐は、ちゃぶ台に手を触れると、指には砂埃が付着する。汚れた指を見ると、幼少期の思い出が、フィードバックする。初めてこのちゃぶ台を使ってご飯を食べたこと。台の上に登って住職に怒られたこと。何もかもが皆懐かしい。


「嗚呼……。当たり前の事が、当たり前で無くなってしまったか……」


 片桐の目元には、ひっそりと涙が浮かぶ。だが、ここで泣くわけには行かないと、苦しみを胸に押し殺ろす。

 砂埃の付いた手を、ギュッっと握ると、胸に当てて、落ち着きを取り戻した。


 ――さて。


 片桐は、自分の心に踏ん切りをつけると、その表情は引き締まった目つきへと変わった。

 気持ちを一心に後ろを振り返る。すると、そこには浅倉が片桐の槍を持ちながら立っていた。


「あっ、組長。わざわざ俺の蜻蛉切(とんぼきり)を持ってきてくれたんですね。ありがとうございます」

「えっ? 嘘?」


 浅倉は片桐の言葉に反応して、慌ててマジマジと槍を見る。


「片桐さん、これって、あの蜻蛉切なんですか?」


 そう、浅倉が驚くのも無理はない。なにせ自分の手に握られているのは、あの戦国武将、本多忠勝が愛用していた天下三名槍の一つ『蜻蛉切』なのだから。

 諸説あるが、槍の穂先に止まった蜻蛉が真っ二つに切れてしまう程の切れ味。そこからその名が付いたとされる逸品。そんな名のある名槍が今、浅倉の手の中に納まっていた。


「組長、それが蜻蛉切と知らなかったのですか? 俺はてっきり知っていると思っていたのですが……。というより、知っていたからこそ、甲羅を穿つ作戦を了承してくれたのだと思っていましたよ」

「いぇいぇ、知りませんよ。すごい切れ味の槍だとは思っていましたが、まさか天下三名槍の一つだとは、微塵も思っていませんでしたよ」


 浅倉は、顔の前で、手の平をフリフリと左右に動かし、全力で否定した。


「そうだったんですね。……でも、いずれにせよ、結果として鹿鬼を倒せてよかったです」

「まっ、それはそうね」


 そう言葉を返すと、浅倉は片桐に近づく。そして、スッと横一文字に槍を突き出すと、笑顔を作る。


「片桐さん、お疲れさまでした」

「はい、組長もお疲れさまでした」


 片桐は、浅倉が差し出した槍を右手て掴む。腕に重くのしかかる槍だが、心なしか、いつもよりか少し重たく感じる。


 ……重たいな。これが責任の重みか。


 気難しい顔を作る片桐であったが、そんな事はつゆ知らず、浅倉は、あっけらかんとした笑顔を作り出す。


「あっ、そうそう片桐さん」

「はい、なんでしょう」


 何か云い忘れたことでもあるのかと、片桐は、浅倉の目を見つめる。


「いぇ、大したことでは無いのですが、一つ云い忘れたことがありまして」

「云い忘れた事……ですか?」

「そうです。コホン」


 浅倉は、咳ばらいを一つすると、再び可愛らしい笑顔を作る。


「片桐さん、お帰りなさい!」


 鳩が豆鉄砲を食らったかのような、真ん丸の目を作る。


「えっ……それはどういう意味ですか?」

「どういうって、何を云っているんですか。片桐さんの帰る場所が無くなってものすごく肩落としていたじゃないですか」


 片桐は、自分がどのような姿でこの場に立っていたのか、浅倉に云われて、いま初めて知る。

 どうやら曼殊沙華寺が破壊されたショックは、片桐の想像以上にストレスを与え、悲壮感の漂う背中を作り出していたのだ。そう、それこそ、いつ自殺をしてもかまわないと思えるような顔をしながら……。

 そんな片桐を見るなり、浅倉はいたたまれなかったのだろう。


「でも、片桐さんの帰って来る場所は、曼殊沙華寺だけではありません。他にもあります。――そう、私達、鋼組です。ですから、私は伝えたかったのです。片桐さんの帰るべき場所は、私達ですよって」


 片桐の表情が徐々に緩む。

 先ほどまで緊張していたのが嘘みたいに、浅倉の笑顔につられて、笑みを作り出す。凍り付いた心が少しずつ溶けていくのを感じる。


「……はい、……ただいま」


 片桐の心に、固く取り付けられていた(かんぬき)がゴトリと落ちた。

 強くなくては成らない。誰にも頼って生きては成らない。そう固く決意した幼少期であったが、いま初めて屈託のない笑顔に救われた。

 

「ハハハ、組長、ただいま。また、よろしくお願いします」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 浅倉の笑顔につられて、片桐の目頭には熱いものがこみ上げて来た。

 

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