vsガンダ1
……いてて……。でも、あれだけ吹き飛ばされても、打ち身だけで済んだみたいね。
これだけは幸いね。
ガンダに吹き飛ばされた浅倉は、気合で立ち上がると、サトイモの葉の中から顔を出す。
正面には霧がかった大きな物体が見える。まるで、雲でできた体育館があるようだ。
周囲を見回すと、ガンダが歩いた後は、まるで爆撃を受けたかのように、土地や建物も荒れていた。
……まるで竜巻ね。
浅倉は、再び霧の空間を見つめると、インカムに右手を当てる。
「全員、一端柏木さんの位置まで後退。そこで再度作戦を練ります」
「……ザザッ」
応答は無い。だが、浅倉は味方を信じて、一先ず柏木の位置まで下がった。
……みんな、無事でいて。
● ● ●
柏木のいる位置は、深谷駅の周辺ともあり、商店街が立ち並んでいた。
柏木は、その商店街を背中に配置する形で銃を構えている。まるで町の門番であるかのような布陣だ。
そんな街の入口に、浅倉は、ボロボロになりながら現れた。
「柏木、状況報告を……」
「組長ちゃん、大丈夫かい? もうボロ雑巾じゃないか」
だが、浅倉は、柏木の言葉を無視するかのように、険しい表情を浮かべる。
「私は大丈夫だ。柏木ところで他のメンバーはどうなっている?」
浅倉に余裕が無いのは、柏木もすぐに感じ取る。なにせ口調が固い。まるで士官学校卒業したてのころを彷彿とさせているのだ。
だが、柏木はその空気を読み取る。浅倉を気遣い、肩をすくめたかと思うと、笑顔を作る。
「あぁ、安心してくれ。組長ちゃんで最後だ。残りは、パインが回復させてくれた」
「そうか。皆無事でよかった。だが、ガンダの強さは想像以上だ。攻撃が通らない訳でもないが、かなり厳しい状況といえるだろう。しかも、敵は霧で全く見えない状況だ。これでは攻撃を当てようがない」
浅倉は奥歯を噛みしめながら、霧で覆われているガンダを睨みつける。
ガンダは徐々に駅方向へと近づいて来る。だが、浅倉の心は、それよりも別の所にあった。
そう、霧により全く見る事の叶わない場所。
霧の中では、「バリバリ」と、明らかに木造建築物の破壊される音が広がっている。この音の発信源は見えなくても感じられる。記憶に新しい、先日お世話になった、曼殊沙華寺だ。
見えないが故の悔しさ。怒り。これらが混ざり合い、複雑な心境で霧を見つめる。
そんな中、浅倉のストレスは徐々にピークへと近づく。浅倉は、トコトコと歩くと、壁にもたれかかっている片桐の前まで足を進めると、悲しそうな表情を浮かべる。
「片桐、そなたの故郷が壊されている。すまない……」
浅倉は、ベレー帽の先をキュっと下げて謝る。
だが、片桐は、浅倉から視線を逸らし空を見つめる。
「いゃ、組長が謝る事じゃないでしょう。別に組長が悪い訳じゃ無い。悪いのは、あそこで暴れている河童だ」
「それはそうだが……」
浅倉が口ごもる。
「組長安心してください。俺は、やられた分はちゃんと請求しますよ。もちろん、利息付きでね」
落ち着いた口調で話す片桐だが、いつになく、彼の目は鋭い。
故郷を奪われたのだ。当然と謂えば当然だ。
強気な姿勢の片桐に、浅倉も励まされる。ガンダとの闘いはまだ始まったばかりだと。
浅倉の目に光が戻る。すると、手にしていた刀を十センチ程抜いたかと思えば、勢いよくサヤに収める。
チャキーン。
甲高い金属音が響き渡る。
「……いいわね、私も一度やってみたかったのよ。借金取り! ……で、利息は単利かしら、複利かしら?」
片桐の口元が緩む。
「ふっ、当然複利ですよ。しかも一分十割で行かせてもらいます」
「なかなかの利息ね。闇金も真っ青だわ」
浅倉の顔に笑顔が戻る。
……とはいえ、あの霧の中の鹿鬼をどうやって攻略するか。
姿は全く見えないし、攻撃も当たる気がしない。せめて、敵の場所が分かれば……。
顎に手を当てて考える浅倉に対し、パインが手を上げて、発言の許可を求める。
「ボス、ちょっとおたずね申す」
「なにかしら、パイン」
「あのフォグ。どこから湧いてるですか? モンスターの体? 地面?」
「そりゃぁ、体から発生されているんじゃないかしら。温泉じゃ無いんだから、地面からは出ないでしょう。それにほら、あの体育館みたいな霧の塊、ちゃんと中心が濃いでしょ」
浅倉は、霧を指差して霧の濃淡をパインに説明する。
「オゥ! おいどんもあのフォグ欲しいで~す。フォグの中からさっそうと現れるバンパイアハンター。演出ばっちり! もてもてで~す」
親指を立てるパインに呆れる浅倉。
「もてもてって、そもそも、パインは映画俳優にでもなりたいのかしら?」
「ノー! でもアクションスターにあこがれありま~す」
浅倉の瞼が更に落ちる。
……アクションスターね。
でも、あの霧じゃぁ、スターと謂うよりも、怪獣映画よね。『バンパイア・ハンターvsガンダ』みたいなサブタイトルが付きそうだわ。
だが、呆れた顔を作り出す浅倉の横目に、パインがシュタッと手を上げる。
「では、おいどんは、もう一戦してくるで~す!」
「へ?」
浅倉の瞳孔が開く。
「ちょっと、パイン。何云ってんの。もう一戦って、ガンダの攻撃見えないじゃない」
「見えない? なぜ?」
二人の会話が噛み合わない。
「なぜって、あんなに霧が濃くちゃ見えないじゃない」
「ハハハ、そりゃ目では見えないで~す」
なぞかけをされている気分の浅倉。
「あのねパイン。見るって、目以外のどこで見るのよ。まさか心の目とか、そんな達人みたいな事云わないでしょうね」
「ボス。心眼とか、小説の読みすぎで~す。超音波に決まっているじゃないですかぁ~」
パタパタと手を上下させるパイン。
それに頷く浅倉。
「そうよね。心眼なんてありえないわよね。超音波に決まって……って、え? パイン、貴方使えるの? 超音波?」
キョトンとするパイン。
「え? ボス使えないですか? 使うと便利ですよ。夜も見えますし。今日から使い始めるべきで~す」
「そんなお得なクーポン券みたいに云わないでよ……って、ん? ってことは、今もガンダの位置分かるの?」
「分かるで~す。霧の後ろに見える杉の木、間もなくあそこと重なるで~す」
「あの杉の木の先端から、何センチ下にガンダはいるの?」
「そうですね、これくらい?」
パインが指を広げて、位置を示す。
浅倉の眼光が輝く。
「柏木、今のパインの指の感覚、覚えた? 銃を構えて」
「えっ!」
いきなり話を振られて戸惑う柏木。だが、すぐに反応できるのは一流の戦闘員といった所だ。
柏木は、照準を杉の木の下方へと合わせる。
「組長ちゃん、いつでも打てるぜ!」
「了解」
小さく頷くと、浅倉はパインに視線を送る。
「じゃぁ、パイン。ガンダが杉の木の真下に来るまでをカウントダウンして」
「分かったで~す」
親指を立てるパイン。
再び柏木に顔を向ける浅倉。
「柏木は、弾がガンダに当たったら、そのまま妖力の紐は切らないで」
ここでやっと柏木は浅倉の狙いが読めた。
「ははん、なるほどね。妖力の紐をたどって、やつの場所を知ろうってんだな。組長ちゃんも色々と考える」
「ありがとう。これが仕事なのでね。作戦を立てて実行するのが組長の仕事よ!」
二人の意思疎通がなされている最中、パインだけが、呆れ顔を作る。
「柏木、どうでもいいですけど、3・2・1」
ズカーーーーーン!
柏木のライフルが火を噴く。
バシュッ!
ガンダの腹に弾がめり込む。
銃身の先からは妖力の糸が伸びている。まるで魚釣りのロッドを投げているみたいだ。
「組長ちゃん、奴にヒットしたから、これで敵の居場所はわかるぜ。だがよ、妖力の減りは結構激しいぜ。20分は持たないかと思う」
浅倉の顔は、想定内と落ち着いた表情。
しかし、浅倉の注文はこれで終わらない。
「柏木、ついでに。残りの弾を銃から抜いてくれるかしら?」
「残りの弾?」
柏木は首を傾げながら、リボルバーから弾を取り出す。
取り出された弾を浅倉は預かると、それぞれ片桐と楠に手渡した。
「柏木さん。これで私と、片桐さんと楠君の位置は分かるわね」
柏木に向ける浅倉の顔には、余裕が戻っていた。
「まぁな。一応みんなの位置は分かるけど……で、どうするんだい?」
柏木の顔は、丸めた紙屑の様に歪んでいる。
そんな柏木の顔を見る浅倉は、少し嬉しそうに微笑む。
「そんなの決まっているじゃない。今回の作戦指示は、柏木さん、貴方がするのよ」
「なるほど。俺がね……」
柏木は、深呼吸をすると、浅倉の作戦を理解する。
「了解だ。俺が指示を出す。……って事で、初めに片桐、お前単身で特攻しろ!」
片桐が柏木を睨みつける。
「柏木、串刺しにするぞ!」
「やれるものならやってみろや!」
いつもの空気が鋼組に戻る。
すると、組員全体に笑顔が戻る。
「いいわね。これよ。この空気よ」
「なに? 組長ちゃんは、片桐と俺が喧嘩しているのが好きなのか?」
「別に二人が喧嘩しているのが良いとは思ってないわ。でもね、貴方達のおかげで、皆に心の余裕ができるのよ」
「そりゃどうも。……でもよ」
柏木の顔が、急に真面目モードへと変化する。
「俺、パインの位置までは分からないぜ」
浅倉は、そんな柏木の質問を、そのままパインにスルーパスする。
「パイン、貴方はみんなの位置が分かるわよね」
「イエス! ボス!」
「では、パインには、近場から指示を出してもらいます」
「分かったでごわす」
パインの返事に、片桐と柏木、楠の三名は不安な顔を浮かべる。
あのお調子者の指示を、どれだけ信じてよいものか分からない為だ。
だが、浅倉だけは涼しい顔をしていた。
「さて、これで作戦は立った。借金の回収に向かうわよ!」
浅倉は、刀を抜くと、霧の塊へと歩き出した。




