深谷への出撃
作戦指令室の大型モニターには暴れている鹿鬼が映し出されている。
河童型鹿鬼、特攻隊長のガンダだ。
だが、指令室内は静まり返っており、衣服が擦れる音すらも聞こえない。
そんな中、浅倉はしびれを切らす。
「支部長! お願いします。出撃命令を出して下さい!」
だが、金沢は腕を組んだまま目を閉じている。
浅倉の声など全く耳に入っていないかのように微動だにしない。
そう、実は浅倉がここに来て、既に10分が経過しようとしていた。
「三沢さんも何をしているのです。私たちを出撃させてくれないのであれば、私は歩いてでも行きます! 私は、あの寺を守らなくては成らないのです」
「浅倉組長、歩いて行っては、何日も掛かりますよ」
「そっ、そんな事は分かっています。でも、あそこには、私の掛け替えのない人が……」
浅倉の頭には、自分に優しくしてくれた子供たちの顔が浮かび上がる。
お膳を運んできてくれた少年。一緒にお風呂へ入った少女……。思い返すと、うっすらと目元に涙が溜まる。
「おねがい……お願いします。近くまででいいから、私を飛ばしてください。椿が……子供たちが……」
ついに浅倉の瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
だが、それでも金沢はピクリとも動かない。
ギリッ。
浅倉の拳が強く握りしめられる。
「……分かりました。それでは、私は汽車で勝手に行かせてもらいます」
だが、その声に反応して、三沢が一歩踏み出す。
「浅倉組長、それでは間に合わないのは貴女だって分かっているでしょう!」
三沢が浅倉を止める。
だが、間に合うとか間に合わないとか、そんな事は浅倉には関係無かった。ただ、子供たちを救いたい。その一心のみが、浅倉の原動力だった。
そんな中、ついに金沢の目が開く。
「浅倉……」
「はい! 支部長!」
金沢が口を開いたことに、心が躍る。……だが。
「勝手な行動はゆるさん! 命令だ!」
予想だにしなかった言葉が胸を刺す。
浅倉は膝から崩れ落ち、机に両手を突く。
「あなたは、何を云っているんですか? あの子たちを私に見捨てろと云っているのですか……そんな……そんな事。それでもアナタは支部長ですか!」
ついに、浅倉の心の叫びが漏れた。
個人的に助けに行きたくても、それすら叶わない。命令により、無駄に待機させられているこの状態に、苛立ちを隠せなかった。
「私は……私はこんなことの為に、妖鬼殲滅隊に入ったわけではない! だったら、今この時点で除隊させてもらう!」
浅倉は制服を脱ぐべく、胸元のボタンを引きちぎる。
――が、その時、指令室のスピーカーにノイズが走る。
『ザザッ! こちら……ザッ。整備室……おやじ、……ザッ待たせたな。いつでも行けるぜ!」
整備班長、藤沢の声が指令室へと流れた。その声には、微かに喜びの音階が含まれているのを、金沢は聞き逃さなかった。『ニヤリ』と金沢の口元が緩む。
ガタッ!
金沢は目を見開くと、席から勢いよく立ち上がる。
「これより鋼組に出撃命令をあたえる!」
金沢が、浅倉の目を見つめる。
その視線は険しい。
「浅倉ぁぁああああ!」
「はっ!」
金沢の気合の入った呼びかけに驚き、直立するなり敬礼をする。
「只今より、お前たちは『電磁投射グライダー』にて出撃してもらう!」
「了解! ……って? でっ、電磁投射グライダーですか?」
不可思議な顔を作ると同時に、浅倉の敬礼の形が崩れる。
浅倉にとって、聞きなれない言葉だ。
だが、金沢の険しい顔は崩れない。
「そうだ。操縦は、既に搭乗している水沢が行う。お前たちは、ただ乗っていれば現地に到着するって寸法さ。分かったらボヤボヤするな!」
「りょっ、了解!」
訳も分からず、浅倉は敬礼をして、部屋から走り出した。
部屋を出ると、床と壁に大きな矢印模様が浮かび上がっている。どうやら、その矢印に沿って進めとの事らしい。
浅倉達は、矢印にそって急ぎ走る。すると、大きなドックにたどり着き、そこには大型のグライダーが止まっていた。
「おっ、大きい」
だが、そのグライダーには出入口が存在しない。代わりにグライダーの屋根が観音開きの要領で、全開に開いている。
「……グライダーって屋根から入るのかしら?」
浅倉の独り言に対して横から答えが返って来る。
「あぁ、その通りさ。卒業式以来だね浅倉」
浅倉は首を横に折る。すると、そこには同期の萩原が立っていた。
萩原とは、先日本庄市で同期の内田に会った時、話に上がった理数系が強い男だ。
「あっ、萩原君、久しぶり……。そういえば内田君から聞いていたわ。なんでも電車を作っているとか……」
「電車? いゃ、そんな物は作ってないぜ。俺が作っているのは『電磁投射グライダー』だ」
「あっ、そういう事ね。電なんたらシャを作っていると聞いていたから、てっきり電車を作っているのだと思っていたわ」
浅倉は、自分の間違いに気が付く。
「浅倉、お前がどう勘違いしたのかは知らんが、時間が無いんだ。さっさと乗ってくれ! 深谷なんてあっという間に到着するぜ!」
「ありがとう、恩に着るわ! お礼は後程!」
浅倉は、軽く手を上げると、グライダーへと飛び乗った。
● ● ●
指令室では、尾花沢が目の前のスイッチをパチパチと目まぐるしく上げている。
「鋼組、グライダーへの搭乗確認しました」
「では、退避勧告を出せ」
「了解!」
尾花沢はマイクに顔を近づける。
「全員に告ぐ! 只今より、滑走路の確保に当たる。滑走路の近くにいる職員は、至急退避せよ! 繰り返す、滑走路の近くにいる職員は、至急退避せよ!」
尾花沢の放送と並行して、「ウ~」と謂うサイレンが鳴り響く。
サイレンは神社の外にまで響き渡る。だが、そのサイレンの音は、煙突砲が射出する時の比にならない程、広範囲となっていた。煙突砲が発射されるときは、境内の周辺に留まっていたが、今回は、日本一長い参道全てに流れていたのだ。
「支部長、滑走路付近の職員並びに一般人の退避完了しました」
尾花沢が後ろを振り返り、金沢に次の指示を求める。
「では、射出準備!」
「了解!」
金沢の号令を訊くと、尾花沢は重々しいレバーのロックを解除する。
「電磁投射グライダー射出準備! 『参道カタパルト、リフトアップ!』」
ガコッ!
尾花沢が重厚感のあるレバーを引く。
すると、直線2キロはある参道が、次第にせり上がる。カタパルトは徐々に角度が付いて行き、放物線を描く。
先端の角度は50度近くまで上がっていた。
また、同時に境内の地面が凹み、真っ白に輝くグライダーがその姿を見せる。
「支部長、カタパルト及びグライダー準備完了。いつでも射出できます!」
尾花沢が後ろを振り返えり、アイコンタクトを送る。
その目を見るなり、金沢は小さく頷き、右手を前に突き出す。
「電磁投射グライダー、射出!」
「了解! 電磁投射グライダー射出します!」
ガコン!
尾花沢は先ほどの、レバーをさらに押し下げた。
● ● ●
境内の外では、警報音と放送が流れていた。
「只今より、超加速で物体が射出されます。近所の方は耳を塞ぎソニックブームに備えてください。繰り返します、近所の方は耳を塞ぎソニックブームに備えてください」
一の鳥居、二の鳥居、三の鳥居の間に青い稲妻の様な電磁パルスが数本走る。
バチバチと音を鳴らすその電極は、触れた時点で感電しそうなのが見て取れる。
そんな中、境内のスピーカーからは、F1レースのスタートの様に、電子音のカウントダウンが始まる。
『ピッ、ピッ、ピッ』の音に連動して、1の鳥居から順番に青く光り輝く。
そして、最後の『パーン』の音とと共に、白い矢が高速でカタパルトを走り抜けた。
白い矢は、上空へと射出されると、操縦者の水沢はレバーを思いっきり引く。すると、アクロバット飛行機が宙返りをする様にグライダーは縦回転を開始した。
進行方向を180度変えると、射出時には背中側であった方向へとグライダーは進む。
カタパルトは元々南側を向いているため、一度南へ向けて飛ばなくては成らない。しかし、目的地は、北西となる。よって、方向転換をしなくては、目的地へとたどり着けないのだ。
● ● ●
浅倉達は、今までとは比べ物にならないくらいのスピードで深谷市上空まで到着する。
グライダーは、先頭に操縦席。その後方に二席ずつ、三列存在する。つまり最大7人が乗れる仕様となっていた。
そんな中、操縦士の水沢が機内放送を入れる。
「みなさん、間もなく深谷宿上空です。ですが、このグライダーは残念ながら着陸しません。よって、ここで降りてもらいます」
「へ?」
浅倉が珍妙な声を出す。
だが、相変わらず水沢の説明は少ない。水沢がボタンを押すと、天井が観音開きに開く。つまり、完全に天井が無くなった状態だ。
「では、幸運を祈ります」
その言葉と共に、水沢が左にレバーを切った。
飛行機のレバーは車と違い、左に切ると、左に曲がる訳ではない。左回りにロールするのだ。つまり、全開にレバーを切ると、天地がひっくり返る。
早い話が、浅倉達は、上空から無残にも外へと放り出された。
「うどぉぉぉおおおおおお!! あんたいつも説明が足りないのよぉぉぉおおおおおお!!」
浅倉の叫び声が、地面へと向かって落ちて行った。




