本庄の鹿鬼
「片桐さん。もっ、もう少し優しくして下さい」
「なに云っているのですか、まだ頑張れます」
「でも、穴から血が……。私だって初めての経験なんですから痛いんです」
「そりゃそうです。普段モノが通らないところに、無理矢理モノを通したんですから、血も出ますし、痛いでしょうよ」
「……葵兄……お姉さま……、声だけ聞いているとなんか卑猥です」
河童との闘いを終えた浅倉は、片桐に肩を借りながら、笹藪を歩いていた。
風穴の開けられた足からは、血液がしたたれ落ち、ズボンを、真っ赤に染め上げる。
「組長。もう少しで出口ですから、頑張って下さい」
「えぇ、あと少し……」
浅倉は、足の痛みと必死に戦いながら林の出口を目指す。
椿は、まだうつろな少女をおんぶし、片桐は椿の分の槍も手にしている。よって浅倉には、ある程度、自分の足で頑張ってもらうしかなかったのだ。
「組長、あと少しです。頑張って下さい」
「……片桐さん。その言葉、これで何度目かしら……。まるで蕎麦屋の出前みた……」
ドサッ。
ついに、浅倉の体力に限界が達した。
「やれやれ」
片桐は、ぼやき声を上げると、浅倉をお姫様抱っこする。
「葵兄、持ちにくくない?」
椿が長槍を気にかける。
「まっ、すぐそこですからね。大丈夫でしょう」
浅倉は薄れゆく意識のなか、片桐に包まれる安堵感を得ると、完全に瞳を閉じた。
● ● ●
「おはようでーす。ボス、足の調子はどうですか?」
「……あ……し?」
浅倉は自分の足を見る。
「別になんともなってないけど……って、ここは……」
浅倉は辺りを見回す。
すると、自分は初めて鹿鬼と戦った時に寝かされていた広間を、思い出す。
ホント、私は目覚めると、知らないところに居ることが多すぎるわ……。
浅倉は、上半身を起こすと、自分の足を見る。
風穴の開いていた足がすっかりと元に戻り、痛みも感じなくなっていた。
どうやら、パインがまたしても元に戻してくれたようだ。
「パイン、ありがとう。また私の体を治してくれたのね」
「そんなのブレイクファースト前ね!」
「そうね。確かにそろそろ朝ごはんの時間だわ」
浅倉はパインの言葉を軽くあしらう。
「ところで、他の人たちはどうなったのかしら?」
「ほか?」
パインの顔にクエスチョンマークが浮かぶ。
「いぇ、知らないのであれば大丈夫よ。それよりも、朝ごはんを食べに行きましょう」
浅倉は、立ち上がると、パインを朝食へと誘った。
● ● ●
浅倉が食堂へ到着すると、厨房から片桐が顔を出した。
「組長、おはようございます。怪我はどうですか?」
「えぇ、パインのお陰で、完治したわ」
「それはよかったです。帰りの車の中でも、全く目を覚まさなかったので、心配していたのですよ」
「それは心配をかけてしまったわね」
浅倉は、すまなそうな顔を作り出しながらも、席へと腰かける。
ほどなくすると、目の前に朝食が並べられ、浅倉はその茶碗を手に取った。
「そういえば、椿はあの後どうなりましたか?」
「あぁ、椿ですか? ちゃんと寺へ帰して、その後は分かりません。まぁ、でも今頃は、まだ寝ているんじゃないでしょうか?」
「ハハハ。そうですね」
浅倉は愛想笑いをしながら、納豆ご飯を口にする。
だが、そんな穏やかな朝も、そう長くは続かなかった。
浅倉が朝食を食べ終え、昨晩の汗をシャワーで流すと、境内に太鼓の音が鳴り響いた。
……敵襲か。本当に休ませてくれないわね。
さてさて。今回の敵は妖怪か、はたまた鹿鬼か……それともそれ以外とかかしらね。
浅倉は、出撃ポットへ入ると、出撃服へと着替えた。
● ● ●
指令室へと到着した浅倉は敬礼をする。
「浅倉、ただいま到着しました」
周囲を見回すと、既に隊員たちはそろっていた。どうやら風呂場で着替えていた時間が、ロスとなった理由らしい。
そんな中、金沢は、険しい顔をしていた。とはいえ、原因は浅倉では無い。今回出現した鹿鬼について悩んでいる為だ。
「おぅ、浅倉ちょっとこれを見てみろ」
正面の大型モニターには、鹿鬼が映し出される。
「これは……」
そこに映し出された姿は、今までの鹿鬼とは少し形状が違う。
一見すると身長は4メートル程なので、今までと然程変わらない大きさだ。しかし、大きく違うのは、背中に甲羅を背負っている点と、頭に皿が乗っている点だ。
「あっ……もしかしてこれって……」
「あぁ、察しの通りだ。河童が刀を抜いたんだろうよ。何か心当たりはあるか?」
浅倉は、昨日気を失ったため、河童との戦闘終了報告を、まだしていなかった。
だが、概ねの概要は片桐から聞いていたのだろう、金沢にもおおよその推測は付いていた。
「多分ですが、この河童は、昨日戦った中でも、威勢がよかった河童かと思います。名前は確か……そう、特攻隊長のガンダ。ガンダです」
ギシッ。
金沢が、椅子に深くもたれ掛かる。
「成程ね。特攻隊長か……で、こいつの武器は何なんだい? 画面からでは分からなくてな」
「武器ですか……。河童は基本伸びる腕と爪で戦っていましたから、爪が鋼鉄化しているとかでしょうか?」
浅倉も必死に昨日の事を思い返すが、武器を使っていた河童は思い出せなかった。
「そうか……つまり、未知数だな。刀は鹿鬼に変化させる呪いをかけるが、それ以外に必ず武器へと変化する。つまり、あのガンダってやつは、何らかしらの武器を所持していると判断すべきだ。武器が読めないのは厄介だぜ」
金沢の顔が一層険しくなる。だが、いつもと違い、出撃命令が出ない。浅倉は、そんな金沢に少しだけ苛立ちを感じる。
「支部長、ガンダが危険なのは重々承知です。早く出撃命令を出してください」
だが、金沢は口を開かない。
「支部長!」
食い下がる浅倉。それに対して、代わりに金沢の横に立っていた三沢が口を開く。
「浅倉組長、今このガンダは何処に出現しているのか分かりますか?」
「えっ……どこ……?」
浅倉は落ち着いて考える。
ガンダたち河童と遭遇したのは、深谷市だ。これは鹿鬼が出現する中山道の宿場町で数えるならば、北から2番目の場所となる。
そしてあの戦いの後、河童達は、更に北へ歩き出した。彼らが向かった高崎市は、群馬県に位置する為だ。だが、群馬県に入る前には最北端の宿場町がある。そう、殲滅隊の群馬支部が鹿鬼を一掃した本庄宿だ。
「……ってことは、今ガンダが暴れているのは、本庄宿? また本庄で鹿鬼が現れたって事?」
浅倉の額に汗がにじみ、そして理解した。
そう、あそこへ行くのには、時間がかかりすぎるのだ。
汽車を使っても1時間以上。今すぐ出発しても被害は甚大になる。そんな事は容易に想像がつく。
「支部長、では、もう一度群馬支部への応援要請はできませんか? 彼女たちならきっと被害が広がる前に沈静化してくれるはず」
だが、金沢は首を横に振った。
「残念だが、その手は既に打った。群馬支部からの回答は『現在出撃中』との事だ」
「なっ!」
浅倉が息をのむ。
そう、群馬支部には群馬を守る使命が存在する。それを放棄して、埼玉を守れとはとても云えない。
「では、我々をいますぐ本庄へ送ってください!」
浅倉は金沢に懇願するも、金沢は首を縦に振らない。
そして、再び三沢が代わりに口を開く。
「浅倉組長、残念ながら、本庄に行っても意味が無いのよ」
「意味が無い? それは何故です!」
浅倉は、机を大きく両手で叩いて立ち上がる。
しかし、三沢は平常心で答える。
「河童鹿鬼はね、今は本庄を離れているの」
「……離れている? ではどちらへ向かっているのですか?」
「それは……深谷よ」
「えっ? 深谷?」
浅倉の脳裏には、曼殊沙華寺の光景が浮かぶ。
「ちょっ、ちょっと待って下さい。曼殊沙華寺は、深谷宿の北、本庄宿側にあるのですよ。あそこの子供たちはどうなるのですか!」
しかし三沢はだまって首を横に振る。
「片桐さんも、何か云って下さいよ!」
しかし、片桐は、口を開かない。そんな片桐だが、腕を見ると拳がギリギリと震えている。
……そうよね。もどかしいに決まっているわよね。
浅倉は片桐の気持ちを汲み取り、トーンダウンする。
「……でもどうすればいいの。何かいい方法はないの……」
浅倉の心は焦るばかりだった。
さて、本章も後半へと入ってまいりました。
現在は、本章をかき上げると共に、次章のプロットを書いています。
引き続き、応援と評価の程、よろしくお願いします。




