血洗島戦線終結
舞台は現実へと戻る。
「椿、勘違いしている様だから、ちゃんと説明するわよ。私は、バカみたいに妖力がある訳じゃ無い。私には、妖力を切らさない工夫があるのよ。それは……」
「それは?」
ザシュゥゥ!
会話の途中でも、空気を読まずに攻撃してきた河童の首を、浅倉が切り落とす。
「それはね、妖力を細く出しているのよ」
「細く?」
「そう。私は今、妖力を細い糸の様に出しているの。しかも、刀の刃先のみ出している。つまり、妖力の使用を極力まで減らしているの」
「お姉さま流石です。妖力にそんな使い方があるとは。まさにエコですね。地球に優しそうです」
「……いゃ、地球に優しいかどうかは分からないけど、長持ちはするわよ」
変な子だと、少し心が和む。
「お姉さま。今度私にも教えてください。因みに、その様な妖力の使い方はお姉さまが考えたのですか?」
「いゃ、違うけど……」
浅倉の言葉が詰まる。
柏木から教えてもらった事を伝えるのは構わないが、柏木に好意を抱かれるのは、少し困る。なにせ、あの女ったらしだ。椿も味見だけされて捨てられるのがオチだ。
……とは謂え、嘘をつくのも憚られる。
「う~ん」
つい、声が漏れる。
「お姉さま。何をそんなにお悩みで? 私に教えられない事でもあるのですか?」
「いゃ、それは無いんだけど……。実は、妖力の使い方を教えてくれた部下が、女ったらしの変態でね。気が付いたら一緒の布団の中ってな男なのよ。……で、その変人を、どのように説明すればよいのか考えていたのよ」
「……つまり、危険な男なのですね」
「えぇ、危険度合いはフグの毒並みよ。なんなら、片桐さんに後で聞くといいわ。きっと、妊娠したくないのなら、近付くなって云うと思うし……」
椿の好奇心メーターが、だだ下がりをみせる。
「……わたし。まだ清い体でいたいので、その男にお会いするのは、10年後にします」
「えぇ、それが良いわ」
浅倉は安堵し、ホッとした顔を浮かべる。
● ● ●
「ふごっ、ふごっ」
「……柏木さん、どうしたんですか? くしゃみなら我慢しない方がいいですよ」
楠は、たいして心配していない口調で話しかける。
だが、柏木は鼻と口に手を当てて、出そうで出ないくしゃみと格闘していた。
「いゃ、くしゃみが出そうなんだけど、出ないと謂うか、出してはいけないと謂うか……」
「おお! 聞いたことがありまーす! 日本には、うざがられると、くしゃみするってやつですね」
「パインさん。うざがられるとじゃなくて、噂されるとですよ。まぁ、柏木さんの場合は、うざがられている可能性も否定できませんがね」
楠は、やれやれと首を振りながら、手の平を天井へ向けた。
「おぃ、クソガキ! あんまり生意気云っていると、あとでハチの巣にするぞ!」
「そんな事するなら、僕は、あなたの玉を蹴りつぶしてあげますよ」
「よーし、いい度胸だ。俺の銃とお前の蹴り、どっちが早いかの勝負だ」
「西部劇のガンマン見たいでーす!」
何気ない浅倉の一言で、大宮では、今から死闘が繰り広げられようとしていた。
● ● ●
「さて椿。与太話もここまでよ、敵が来るわ!」
浅倉達を、相変わらず河童が取り囲んでいる。しかし、その内の4匹が、4方向から同時に間合いを詰めて、仕掛けて来る。
浅倉の顔に迷いが見える。
不味いわね。敵の狙いは私達の各個撃破。椿は自分で頑張ってもらうとしても、この少女をに向かってくる敵をどうするか……。
「組長、俺が2匹やります」
片桐が彼女の考えを読み取る。
「ありがとう。任せるわ!」
「了解!」
片桐は、その声と重なる様に、河童の胸を貫く。緑の血が飛び散る。――かと思えば、一連の動作で、槍の末端を使い、少女に襲い掛かる河童の横腹を、弾丸の様に撃ち抜く。
片桐の攻撃は流れるように動く。
だが次の瞬間、水の中から新たに河童が出現する。しかも、その河童は無抵抗の少女へと襲い掛かる。
片桐の瞳孔が広がる。
――ちぃ、それなら、今度は、槍を反転させてそのまま切り裂く……って、なに⁉︎ 槍が動かないだと。
片桐が、槍の先端を見ると、腹を貫かれた河童が、槍を突き刺したまま、両手で固定していた。
「離せ!」
「けっ、抜かせるかよ!」
片桐が叫ぼうとも、やられた河童も最後の悪あがきとあざ笑う。
池から飛び出て来た河童は、腕を振りかぶり、かぎ爪が少女を狙っていた。椿は、目の前の河童で手一杯。浅倉も両手で攻撃してくる河童に奮闘中。とてもではないが、手は空きそうにはない。
しかし、それでも浅倉は、池の中から出現した河童の動きを、視界の片隅で追っていた。
……片桐さんはダメね……椿も当然ダメ……私も両手が塞がっている。そして少女は丸腰で大ピンチ……。
浅倉達の脳内では、高速でシナプス結合が行われる。だが、いくら考えようとも、河童の爪は、間も無く少女を襲う。
バシャァァアアアア!
少女の顔面から、鮮血が飛び散った。
――いゃ、正確には、少女の顔面に鮮血が飛び散った。
「……パンが無ければ、お菓子を食べればいい……手が出ないなら、足を出せばいい……」
そう、少女に襲い掛かった爪を、浅倉は、自らの足を盾にして庇った。
だが、左ふくらはぎは、無残にも3本の爪が貫通している。
「せぇぇええい!」
気合と共に、浅倉は、足に突き刺さている河童の腕を切り落とす。
「組長、足大丈夫ですか?」
「お姉さま、足が……」
浅倉は、ゆらりと体を動かして、両足で地面に立つ。
「二人とも安心して。……全くダメよ」
強がりをいう訳でもなく、事実を隠すわけでもない。だが、浅倉の目はまだ死んでいない。
二人は諦めていない浅倉の眼差しを見るなり、再び攻撃の構えを取った。
「さて、河童はまだウジャウジャいるけど、いつ終わるのかしらね」
浅倉が二刀流の構えを取る。……とその時、周囲に野太い声が鳴り響く。
「双方、そこまで! お互いに引け!」
その言葉に、河童が反応し、距離を確保する。
……河童が引いた? ……この声の持ち主は何者?
浅倉は、声の主を確認する。すると、腰より高く生えた藪の中から一匹の河童が現れた。
現れた河童は、ひと際ガタイが良い。この状況で戦うのは、かなり骨の折れそうな相手である事は一目で理解した。
だが、落ち着きや、他の河童の動きでこの河童の存在は予想できる。
……こいつ、この群れの長ね。
浅倉の額に汗が滲む。
● ● ●
河童の長が、浅倉に近づく。
「人間の長よ、少しいいかな?」
浅倉は、ダラダラと血液の流れる左足には荷重をかけずに刀を構えている。
「何かしら? 降参しろって云うのなら、お断りよ」
語気を強めに睨みつける。
だが、河童の長は落ち着いて言葉を発する。
「いゃ、そんな事を云うつもりはない。降参するのは、こちらだからな」
「長! 何を云っているんですか!」
その言葉に一番反応したのは、河童の中で特攻隊長をしていた河童だ。
「あと少しで、こいつらを殺せるのです。長、俺にやらせて下さい!」
「やれやれ、ガンダよ。別にワシは勝てないとは思っとらんよ。ただな、こいつらを屠るのに、あと我々は何人死ねばいいんだ」
「……そっ、それは……」
ガンダと呼ばれた河童が、口を閉ざす。
「それに、先に尻子玉を抜いたのは、こちらが先というじゃないか。まぁ、尻子玉を抜いたやつは、既に殺されている様だがな」
「ですが、我々の住処を初めに奪ったのは、人間の方です。我々はその報復をしているだけです」
ガンダの意見に賛同する河童が腕を上げて、歓声を上げる。
だが、長は、両手を下げるジェスチャーをし、興奮を収める。
「そうか、そうか。まぁ、主らの気持ちも理解できる。だが、そなたたちに問おう。我々の住処を奪ったのは、そこにいる人間か?」
すると、興奮していた取り巻きは言葉を失う。
「すまないな、人間の娘よ。喧嘩っ早い若い衆が先に手を出した見たいだな」
浅倉は、刀を下げると、河童の長の目を見た。
「いぇ、我々も子供が川に行く度に、河童に襲われるとの知らせを受けたもので、討伐を目的としていました。ですから、お互い様だと思います」
すると、河童の長は、髭をさする。
「まっ、そうだな。我々は相容れないもの同士。殺し合いも致し方なし。だが、我々とて、子孫を残したいのでな、これより人の少ない上流へ避難しようと思う」
「そうでしたか。そいういえば、群馬県の高崎まで行くと、川も澄んでいて魚も取れるらしいですよ」
「そうか。それじゃぁ、高崎に河童のユートピアでも作るとするかの」
「いいですね。河童のユートピア、略して河童ピアってところでしょうか。出来ることを祈っています」
「おう。そなたも達者でな」
河童の長が腕を振りあげると、河童軍団は、ゆっくりと上流へと歩き始めた。
「お姉さま、これで解決なのでしょうか?」
「そうね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし、そればかりは私にも分からないわ。いずれにせよ、今日は、これで終わりなのは確かだわ」
浅倉は、腰に刀を納めると、河童の群れを見送った。




