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鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第五章 北の大地にて(八月)
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椿

 居間には座卓が広げられ、20人近い子供たちが机の周りに座っていた。

 そんな中、最年長と思しき少女が号令を掛ける。


「はい、それでは皆一緒に!」「いただきます!」


 いただきますの号令が掛かると、子供達はそれぞれ茶碗を手に取り、食事を始める。


「ん~~! 葵兄の味、久しぶり!」


 懐かしの味なのだろう。おふくろの味ならぬ、義兄の味に舌鼓を打ちながら、笑顔で箸を進める。

 そんな中、浅倉と一緒にご飯を食べているちびっ子が、横から浅倉の袖を引っ張る。


「ねぇねぇ、おねぇちゃん。おねぇちゃんが、河童やっつけてくれるの?」


 尊敬の眼差しで、ちびっ子が浅倉の顔を見つめる。

 輝いた瞳は、浅倉の胸を打つ。


「そうよ。近い内に、お姉ちゃんと、葵お兄ちゃんの二人でやっつけて来るからね」

「すご~い。おねぇちゃん強いんだ。椿(つばき)ねぇとは違うね」

「椿姉?」

「うん。ほら、葵にぃの横に座っているのが椿ねぇだよ」


 ちびっ子が指差すと、浅倉は、その指に誘導されて、その方向へと顔を向ける。首を傾けた先には、片桐が座っており、その横には、先程いただきますの号令を掛けた女の子が座っていた。


「……あっ!」


 浅倉の瞳に映る女の子は、先ほど丘の上で声を掛けて来た少女だった。


 あの時の、少女か……。そう謂えば私、いただきますの号令の時は、配膳をしていて見ていなかったっけ。

 にしても……。


 浅倉は、片桐にべったりな少女を微笑ましく見る。


 フフフ。私の知らない片桐さんは、良いお兄さんだったのね。


 だが、ほっこりとした気持ちでいられるのもつかの間。ちびっ子は新しく来たお姉さんに興味津々。『かまって』との気持ちから、再び浅倉の袖を引っ張る。


「おねぇちゃん、椿ねぇはね。葵兄が大好きなんだよ」

「へ~。そうなの」

「うん。大きくなったら結婚するんだって」

「誰が云ってたの?」

「ん~? 椿ねぇ……かな」


 云いたい事だけ云うと、ちびっ子は、匙を口へと運ぶ。

 浅倉は、ちびっ子の頭を撫でながら、椿の方を見た。


 ……そうよね。年上のお兄さんに憧れる年頃よね。

 それにあの笑顔。あの子、見た感じこの中では一番の年長者なのでしょう。甘える事など許されず、きっと普段は気を張り詰めて生活しているのかな。

 でも、今日は片桐さんが居る。そのおかげで、今は肩の荷を下ろし、妹の立場になれる。これは、きっと彼女にとって、掛け替えのない時間なのだろう。


 浅倉は、彼女の立場にたって、彼女の笑顔の理由を、そう裏付けた。

 だが、残念ながら、そんなほんわかな考えをしている暇など与えてくれないのが子供だ。なんと、浅倉の横にいたちびっ子が、茶碗を倒して泣き出したのだ。


「うぅ、うぅ。お味噌汁が……」

「大丈夫よ。お姉ちゃんが拭いてあげるから」


 いやはや、子供が大勢いるって大変ね。

 世のお母さんには頭が上がらないわ……。


 浅倉は席を立つと、台所へ、布巾を取りに足早に向かった。



 ● ● ●



 夕食を終えると、子供たちは順次お風呂へと入る。

 目まぐるしく動く子供たちは、正にベルトコンベアーの様だ。お風呂に入ると、今度は歯を磨く。そして布団を敷いて床に就く。その合間を縫って、年長者は洗い物を済ませる。

 息をつく暇すら与えてくれない。

 しかしながら、そんな慌ただしい時間は、いつまでも続くわけでは無い。小さい子供から順次布団の中へ入ると、場の空気は緩やかになり、少しずつ落ち着きを取り戻す。


 ……大分子供達も寝たわね。起きている子供の数も、あと四分の一くらいかしら。


 浅倉は、腰に手をあてて、背筋を伸ばす。そして、片桐の顔を見がてら、一杯の水を貰らおうと台所へ赴いたが、そこに彼の姿は存在しなかった。


 あれ? 片桐さん、どちらへ行ったのかしら。明日の作戦について話そうと思っていたのに……。


 浅倉は、コップを手に夕涼みを兼ねて、庭へと出る。


 こっちの夜は、大宮よりも涼しいわね。

 田んぼが多いからかしらね。


 浅倉は庭木を見ながら、喉を潤す。

 すると、本殿の裏手から、木刀で稽古をしている様な音が耳に入ってきた。


 ……誰か稽古でもしているのかしらね。


 浅倉は、興味本位で、本殿の裏手へと回った。

 すると、そこには、棒を把持した片桐の姿が現れた。


「あっ、片桐さん」


 浅倉が声を掛けるも、片桐は浅倉の方を見ない。

 それもそのはず。片桐の視線の先には、椿が棒を構えており、今まさに襲い掛かろうとしていたのだから。


「行きます! きぇぇぇえええええ!」


 椿が上段から降りかぶる。


「椿! 動作が、大きい!」


 片桐が、椿の棒を、ハエを打ち落とすかのように振り払う。


「くっ……もっ、もう一本お願いします」


 どうやら、片桐は椿に稽古をつけている様だ。

 浅倉は、その様子を見ながら、二人に近づく。

 だが、そんな浅倉に、肩で息をしている椿が、いち早く気が付く。


「……なんですか? のぞき見ですか? いやらしい」

「いゃ、そのつもりは無いのだけれども」


 浅倉は、一歩後ずさり、たじろぐ。だが、圧倒されながらも、姿勢を正すと、お辞儀をしする。


「こんにちは、椿さん。私は、浅倉上乃っていいます。片桐さんと、同じ職場で働いているの。よろしくね」


 だが、椿の視線は冷たい。


「浅倉さん。今、同じ職場で働いているって云いましたが、それだけの関係ですか?」

「……そっ、そうだけど、なんでかしら?」

「そう……。まっ、いいわ。私の名前は、佐々木椿。あなたが、葵兄に取りついている、変な虫かどうか、見定める立場の者よ」


 椿が浅倉を睨みつける。

 浅倉は、再び一歩後ずさりをする。


「へっ、変な虫って……私は、害虫ですか?」

「そうよ。貴女は葵兄にたかるハエと同じです。私が退治してあげますから、そこにある、棒を手に取って下さい。そして、私と勝負しなさい! ――で、もし私に負けたなら、葵兄のそばから離れること!」


 椿からの宣戦布告は、唐突で、一方的だ。

 このやり取りは、度が行きすぎていると、流石の片桐も止めに入る。


「おぃ、椿、云いすぎだ! そんなに組長に突っかかるな! それに、組長がお前に何をした」

「何ですって? それは……葵兄と一緒に……ごにょごにょ」

「椿! 何を云っているのか聞こえないぞ! ちゃんと話せ!」


 浅倉は、そんな椿の照れた態度から、片桐への気持ちを察する。


「まぁまぁ、片桐さん。そんなに強く問い詰めないで上げてください。それより、椿ちゃん、私と稽古をするんでしょ。いいわよ。相手になってあげる。ちゃんと手加減はしてあげるから安心して」


 浅倉が、片桐から棒を借り受けると、椿と対峙する。


「さっ、かかってらっしゃい」


 ……だが、椿の体は稽古のそれとは違う。

 ゆらりと、幽霊の様に揺れるのだ。


「へ~、手加減ですか……。そう、()()()()、私と試合をしてくれるのね」


 今度は、上乃の体が震える。

 

「お・ばっ……。わっ、私は、まだ二十歳よ! おばさんなんて云われる年じゃないわ!」

「おばさん、何云っているの。私より、4つもおばさんじゃない。いい? 私と葵兄は5個差なの。結婚するのには、ちょうどいい歳の差なのよ。わかる?」


 椿の暴走は止まらない。

 そんな小娘に対し、浅倉も少しだけ堪忍袋の緒が緩む。


「ふっ……さっきから聞いていれば、おばさん、おばさんと。……いいわ。軽く遊んであげるつもりだったけど、お姉さん、チョ~ット気合入れちゃうわよぉ。16歳のお嬢ちゃん」

「あらあら、おばさん、気合入れると、シワが増えるわよ」

「シワなんてないわ!」


 こうして、浅倉と椿の決闘が始まろうとしていた。



 ● ● ●



「むぎゅぅ。参りました」


 椿が、大の字に倒れ込む。

 1時間に及ぶ稽古でへとへととなり、体力が尽きたのだ。


「……子供なのに、中々体力があるじゃない。これで妖怪を倒せる力が使えれば、将来是非うちに欲しいところだわ」


 浅倉はすました笑顔で、地面に寝ている椿に話しかける。

 そう、椿に妖力は存在しない。つまり妖怪を退治しようと思うと、力が弱いのだ。

 妖怪は物理攻撃が通じるものもいる。だが、時として幽霊等、物理攻撃が通じない相手も数多く存在する。そうなると妖鬼殲滅隊への勧誘は難しくなるのだ。

 だが椿は、地面に寝ながらチッチッチッと人差し指を立てて、左右に振る。


「おばさん、何云っているの? 私、力使えるわよ」

「えっ? だって、さっき妖力は使えないって云っていなかった?」

「妖力は使えないわ……でも……」


 椿は、棒術用の棒を、杖の様に床に突きってて、よろよろと立ち上がる。


「無理しないのよ」

「余計なお世話よ! 見てなさい!」


 椿は、呼吸を整えると、細く息を吸い、印を結び始める。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」


 すると、椿の手が緑色に輝き始める。


「……えっ、それは、何? 妖力とも、神力とも違う……」


 驚きの声を上げる浅倉の横に、片桐が立つ。


「組長、あの力は仏打(ぶっだ)と呼ばれる力になります。妖力や神力と同様、魔物を打ち倒すことが出来ます。そしてあの力……」


 だが、話の途中で、二人の間に椿が割って入る。


「何、二人して、イチャついているのよ……ゆ・る・さ・な・いぃぃぃいいいい!!」


 椿は、片桐の会話に、大声を重ねてかき消す。

 二人の距離が近いのに対して、気に食わないのだろう。目を三角にして、一歩一歩浅倉に近づく。

 だが、その姿は、見ているだけで限界に達しているのが分かる。

 椿の足は、千鳥足を刻んでいるのだ。


「あなた、そんなふらふらで、大丈夫なの?」

「大丈……よ……」


 椿は、浅倉の言葉に耳を貸さない。そして、やっとの思いで浅倉の元へたどり着くと、ガッシリと両頬を掴んだ。

 まるでリンゴを持った魔女が、白雪姫の美貌を恨むように。


「……これか? ……この顔が葵兄を誘惑するのか?」


 椿は、なめるように浅倉の顔を見る。そして次の瞬間、フッと鬼の形相へと変わった。

 手のひらで挟まれた浅倉の顔も、引きつった表情を浮かべる。


 ……あっ、これは、マズイ!


 慌てて、挟まれた手のひらから顔を抜く浅倉!

 叫ぶ片桐!


「椿! やめろ!」

「死ねぇぇぇえええ、お前が私から葵兄を奪ったぁぁぁあああ!」


 浅倉は後方へと飛び退いた。


 ……あっ、危なかった…………。


 浅倉は、顎に滴った汗を拭う。……が。


 グラッ!


 浅倉の視界がブレル。


 攻撃は躱した筈なのに、これは…………。


 グワシャ!


 浅倉が、膝から崩れた。


「椿、やりすぎだ! 組長を殺す気か!」

「……だって、この女が……この女が葵兄を奪ったから……」

 

 薄れ行く意識の中、椿の泣きじゃくる声だけが、浅倉の耳に残った。

 深谷編。予定よりも長くなっています。

 現在折り返し地点よりちょい手前って辺りです。

 予定になかった椿の登場により、少し長引いている感じです。

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