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鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第一章 あがのたつ(四月)
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初出撃

 ……さて、困った。

 いゃ、困ってはいないか……。ただ困惑しているだけよね。

 一番遠くにあると思っていた、妖鬼殲滅隊……。これが、なんと一番近くにあった。

 そして、突如として私は、その妖鬼殲滅隊・鋼組の組長に就任してしまった。

 組長に就任したことは、良しとする。……が、大きな問題として、私には、今後の流れが全く分かない。

 そもそも、現状を理解するので、手一杯だ。

 まず、そもそも妖鬼殲滅隊とは何か? そして、組長の職務とは、何か?

 これらを知らないのに、仕事をしろと云われても、期待通りの動きなど出来るはずもない。

 ……取り合えず、知っているふりをして失敗するくらいなら、恥を掻こうが、今この場で聞くのが正しい判断だろう。

 それに、……それが私の性分だ。


 自分の意思を固めると、少将に敬礼を行う。


「失礼します、金沢少将! 無知な私に、この後の流れを、ご教示して頂いてもよろしいでしょうか」


 金沢少将は、眠たそうな目を私に向ける。


「あぁ……まっ、構わないが、取り合えず、初めに云っておく。……俺の事を、ここでは『支部長』と呼んでくれ。……それと今後の流れについては三沢君が話す」


 ……えっ、三沢君って、三沢(つむぎ)さん?


 卒業配置の日、社務所で会って以来、巫女の仕事を色々と教えて下さった、優しいお姉さん。

 まだ、出会って、差程たっていないけど、私は彼女をかなり信頼していた。

 そんな驚きの表情を浮かべた矢先、奥の扉が開く。

 部屋に入ってきたのは、間違いなく、卒配初日に優しくしてくれた、あのお姉さんだ。

 カツカツと数歩進み、支部長の横に立つと、三沢さんは、私に顔を向けた。


「浅倉組長、今日からよろしくね。私は、埼玉支部参謀兼副支部長をしているの。あなたから見ると、直属の上司は私になるかしらね」

「はっ、はい。よろしくお願いします。……いゃ、鍛えている体だとは、初めて会った時に感じましたが、まさか参謀兼副支部長をやっていらっしゃるとは……」

「そうなのよ。今まで黙っていてご免なさいね」

「いぇ、それは作戦上仕方のない事だったんですよね。分かります」

「……いゃ……。此は、支部長の趣味ですよ」

「え?」

「おぃおぃ、三沢君。人聞きが悪いなぁ。それじゃぁ、俺が悪者見たいじゃないか」

「……でも、事実じゃないですか」

「……まっ……否定はしないがな」


 金沢支部長が、ニヤける。

 そして、その空気を入れ替える様に、三沢さんが咳払いをする。 


「おほん……さて、浅倉組長」

「はい!」

「今、貴女は、私に聞きたい事が山ほどある事でしょう。……ですが、今は、鹿鬼の殲滅を優先させてもらうわ」


 三沢さんの顔に緊張が走る。

 私もそれに応えるように(うなず)く。


「……ではまず、貴女には、この骨伝導スクリーンを装着してもらいます」


 私は、手渡された物体をマジマジと見る。

 黒色の物体は、後頭部を経由するタイプのマイク内蔵ヘッドホンで、左目には四角い眼鏡が付いる。

 眼鏡付きヘッドホンとでも呼べばよいのだろうか? そんな形状の機械だった。

 真上から見ると、円の270度、3/4を使用した形にも見える。

 また、ヘッドホンは、骨を経由して音が聞こえる骨伝導型。つまり、耳が塞がっていないので、外の音もしっかりと聞こえるのだ。

 左目に付いている小型ディスプレイは、約2メートル前方に80インチの画面が立体映像として、映し出される。

 現在ディスプレイには、(わらび)市周辺の地図が映し出されており、駅から若干離れた所に赤い点が見られる。

 原理は分からないが、便利な代物であることは理解した。


「それでは、作戦を説明します。現在鹿鬼は蕨市に出現しており、出現ポイントは、赤でマークしてある場所となります。鋼組は至急現場へ急行して、鹿鬼を殲滅してください」


 ザッ!


 三沢さんの命令により、片桐と楠の両名が敬礼する。

 私も慌てて追従し、敬礼を行った。


「参謀、質問宜しいでしょうか?」

「どうぞ、組長」

「現場までは、どのように行けば良いのでしょうか? 大宮から蕨ですと、汽車でも三十分はかかる距離だと思うのですが……」

「えぇ。そのための戦闘服でもあり、フライングスーツでもあります」


 ……ん? 今、参謀はフライングスーツと呼んだのか? この服を?

 この服は、空を飛ぶのか?


 私は、改めて自分の服装を確認する。


 確かに、腕と足の間、それに両足の間にはムササビの様に膜が張られている。

 両手両足を広げると、確かに空が飛べそうだ。

 ただ、問題なのは、これはあくまで高い所から降りる時に滑空できるのであって、このスーツ自体が空を飛ぶ訳では無い。


 ……が、次の瞬間、その疑問も直ぐに解ける事となる。


「それでは、鋼組は早急、煙突砲にスタンバイして下さい!」


 えっ、煙突砲!?


「組長、こちらです」


 そう云いながら、楠君は私の裾を引っ張って、道案内をする。

 1つ下の階を案内されると、そこには大型のタービン等が回転している。いわゆる機械制御室だった。


 ……ここは、いったい何を動かしているの?

 見た感じ、工場にも見えるけど……。


 しかし、私の疑問に答えてくれる間など無いのだろう。楠君が、私の背中をグイグイと押す。


「ここに入って下さい」

「えっ、ここ?」


 私は、体がやっと入る、円柱型の狭い空間に押し込められてしまった。

 本日、二度目の掃除用具入れだ……。


 ……狭い……。


 私は、圧迫に耐えながらやっとこさ立っていると、聞き覚えのある声が、インカムに流れる。

 

「上乃組長、準備は宜しいですか?」

「……えっ、その声は、もしかしてすいちゃん?」

「はい、尾花沢すいです。巫女兼オペレーターです」

「すいちゃんも、ここ所属なの?」

「私は、皆さんをフォローする絹組所属なんですよ。……とはいえ、あまり長話も出来ませんので、よく聞いてください」


 すいちゃんの声色が固い。焦っている事が、感覚的に読み取れる。

 私は、時間的余裕が無いと受け取り、すいちゃんの言葉を逃すまいと、耳を研ぎ澄ます。


「今から、上乃組長を上空3000メートルまで射出します。頂点に達したところで、両手両足を広げて滑空体制に入ってください。ディスプレイでナビ表示されますのから、滑空する方向はナビに従ってください。そう謂えば組長。得物は、ちゃんと手に持っていてくださいね。上空で落とすと大変ですから」


 得物と謂うのは、これに乗る直前手渡された、私の刀を指しているのだろう。


「了解した」

「では、幸運を祈ります」


 その声を最後に通信は途切れた。



 ● ● ●



 氷山銭湯の付近には、緊急警報が流れる。


 ウーーーーー!

 緊急警報! 緊急警報!

 只今より、煙突砲が発射されます。

 近所の方は、轟音に注意ください。

 繰り返します、只今より煙突砲が発射されます。

 近所の方は、轟音に注意ください。


 アナウンスが氷山銭湯の周辺に流れると、煙突が蕨市方向へと傾く。

 角度は、放物線を描くのにちょうどいい角度だ。


「支部長、発射準備整いました。いつでも発射出来ます!」


 尾花沢の声が、指令室に響く。

 金沢は、その合図を、目を閉じながら聞いていた。

 尾花沢の報告を受けると、小声で息を吐く。


「よしっ……」


 金沢は、すーっと目を見開らくと、時が来たと云わんばかりに、手を前に突き出す。


「鋼組、出撃!」


「了解!」


 金沢の号令に、尾花沢が強く答える。

 尾花沢は、手元のスイッチを、順次パチパチと上げて、ロック解除を行う。


「一番から、三番までのロック解除。続いて、風向誤差修正……。修正終了」


 続いて尾花沢は、館内マイクのスイッチを入れる。

 

「指令本部から、各員に告げます。鋼組、一番から三番まで射出します! 総員衝撃に備えよ。繰り返す、総員衝撃に備えよ」


 浅倉は、尾花沢の声に耳を傾ける。


 ……ついに出撃か……。


 ぶっつけ本番で、大空へと打ち出される恐怖を押し殺し、覚悟を決める。


「それでは、一番、上乃組長、射出します!」

「……了解!」

 

 浅倉の応答と共に、尾花沢は一番のレバーを引く。


 ゴフゥゥゥウウ!


 浅倉の体が上空へと放り出された。


「二番、片桐葵(かたぎりあおい)、射出します!」

「いつでも」


「三番、楠清右ヱ門(くすのききよえもん)、射出します!」

「……はぃ」


 ゴフゥゥゥウウ! ゴフゥゥゥウウ!


 豪快な爆発音が、氷山神社の周囲に鳴り響く。

 だがその様子を、近所の住民は、まるで打ち上げ花火を見るかのように、空を見上げる。


「今日も高く飛ぶわね~」

「そうじゃのぅ~」

「あっちは、戸田かしら?」

「浦和じゃないかぃ?」


 町民にとっては、娯楽の1つなのだろうか。なんとも気の抜けた、会話がこぼれていた。



 ● ● ●



「ザッ……指令本部から組長、……取れますか?」

「メリット5。よく聞こえるわ」

「間もなく、最大高度に達します。最大高度に達したら、手足を大きく広げて下さい」

「了解!」

「……カウントダウン入ります。3、2、1、今です」


 その号令と共に、私は、ムササビの様に両手両足を広げた。

 幕を広げた瞬間、今までに無い程の空気抵抗が、全身を襲う。


「くっ……これは……、なかなか、体に来るわね!」


 つい、苦い顔を作る……。


 ……自画自賛になるけど、ぶっつけ本番なのにも関わらず、想像以上に、安定した飛行を続けていると思うのよね。

 当然の事だけど、いきなり3,000メートル上空に単身で投げ出されれば、私とて、恐怖を感じるわ。

 まっ、でも……こんなモノは、あのクソジジイに雑用勤務を云い渡された時より、数倍楽かしらね。

 どちらも、メンタルを削られるのは変わらないけど、自分の力でなんとか成るのと、成らないのでは雲泥の差がある。

 やはり、私は、戦闘民族なのかしらね。


 私は、眼下に見える町並みを、眺めながら、少し余裕が持てている事に安堵する。



 で……ここを、こうすれば、横ぶれが減るわね……。


 私は、試行錯誤しながら、飛行を続ける。


 ……ふむふむ。大分コツが分かってきたわ。意外と安定して、飛行できる様になったかしらね……。


 安定して飛べると、空の散歩もなかなか楽しい。

 だが、それ以上に楽しいのは、今から鹿鬼を、倒せると謂うことだ。

 私にとっての長年の夢だ。

 それが、ようやく叶おうとしている。笑いがこみ上げて仕方がない。


 フフフ……待ってなさい。今度こそ、あなたの首を落として見せるわ。


 私の心は、祭の様に踊っていた……。



 ● ● ●


 

「指令本部より、各員に通達します。現在鋼組は浦和上空を飛行中。間もなく、蕨市に入ります。各自、マーカーの位置が正面に来るように、微調整を願います」

「浅倉了解。こちらは間もなく着陸する」


 私は、段々と高度を落とす。すると、建物が徐々に大きく近づいて来る。

 江戸時代、蕨市は、蕨宿と呼ばれている宿場町の1つだった。

 メインストリートに、宿はもちろんの事、八百屋や金物屋、その他の商店が(のき)を連ねている。

 本来であれば、整然と建物が並んでおり、奇麗な街並みには、活気のある町民が往来しているのだろう。

 しかし、残念ながら、私の目には町民の姿は映らない。

 代わりに映っている物とすれば、砂ぼこりが立ち上がった街道と、倒壊した家屋だ。

 そして、その砂ぼこりの中には、目を凝らして見なければ分からないが、確かに大きな黒い影が動いている。

 影の大きさは尋常じゃない。極めて大男だ。……そして、本来なら、有り得ないモノが、頭から生えている。

 ……そう……紛れもない……鹿の角だ。

 

 フフフ……どうやら……、私が求めていた敵らしい……。


 敵を定めた私は、着陸を試みる。

 だが、現在私は高速で滑空している。よって、どこにでも、好き勝手に降りられる訳では無い。つまり、飛行機の滑走路の様に、ある程度、直線で長い道が必要なのだ。

 しかしだ……。今回鹿鬼は、お(あつら)え向きに宿場町のメインストリートで暴れてくれている。

 つまり、滑走路を探す手間が省けたのだ。なにせ、鹿鬼は滑走路上で暴れているのだから。


 フフフ……鹿鬼……中々いい所に出現してくれたじゃない。

 そこならば、私が着地できるわ。


 私は、メインストリートに着陸すべく、鹿鬼に照準を合わせる。

 

「浅倉、着陸態勢に入る!」


 私は、無線を入れるなり、直ちに着陸態勢に入った。

 今までは滑空するために地面と平行に体勢を取っていたが、今度は、地面と垂直になる様に、体を90度傾ける。

 腹筋を駆使して、足を前に動かし、体の前面で空気抵抗を受ける様にして、ブレーキを掛けるのだ。


 ……こっ、これは、空気抵抗が半端じゃない。

 これでも私は、毎日鍛えているのに……。


 私は、今までに感じたことの無い程の、空気抵抗を全身に受けながら、滑走路である地面を見定めた。


 ……よし、このまま減速すれば、無事に着地出来るはず! って……えっ?

 

 私が、着陸場所を定めたその瞬間、鹿鬼が何かを切りつけようと、刀を振りかぶるのが見えた。


 ……くっ、空気圧が酷くて、目が見開けない。

 鹿鬼め、一体、何を切ろうとしている?


 鹿鬼との距離が段々と近づく。

 およそ100メートルまで近づいたその時……鹿鬼が何を切りつけようとしているのかが、ハッキリと目に映る!

 なんとそれは、怯えて座り込んでいる子供だった……。


 ……なっ、子供だと!?

 このままではマズイ!


 私は、着陸地点を変更する。

 本来であれば、メインストリート中央に着陸する予定だった。……だが、そんな事をしていては、目の前で、子供が真っ2つとなる。

 ……つまり、私が滑り込むべき場所は、鹿鬼が振り下ろそうとしている腕の下。そこに滑り込むと同時に、腕を切り落とす。


 ……これしかあるまい。


 私は、作戦を実行すべく、空中で刀を抜く。


 ……今だ!


「くらぇぇぇえええええええ!!」


 着地と同時に、鹿鬼の右手を切りつける。


 ガキィィィイイン!


 ハンマーで、鉄骨を叩いたような、金属音が豪快に響き渡る。

 ……が、私は、そこで止まる事なく、そのまま50メートル程地面を滑った。

 一直線に伸びる砂ぼこり……。

 その砂ぼこりの激しさから、私が、どれだけの速度で着陸したのかが、客観的に見ても確認できる。


「さて……」


 不時着した私は、ゆっくりと立ち上がり、体の調子を確認する。


 ……うん、どこも痛くない。

 どうやら、怪我をしないで、無事に着地できたみたいね。

 でも、まっ、それ良いとして……。


 私は、右手を胸の高さまで持ち上げて、刀を見つめる。

 

「ふぅ……。私、この後どうしようかしらね」


 ……そう。実は、先程の金属音は、鹿鬼の腕が切り落とされた音では無い。

 私の刀が、折れた音だったのだ…………。

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