高崎エクスプレス
「浅倉上乃、ただいま参りました」
私は、作戦司令本部に到着すると、敬礼をした。
すると、間髪入れずに、三沢さんが、指揮をとる。
「皆、集まったわね。では、今回の敵について情報を伝えます。敵は鹿鬼が2体、本庄市に出現しました。各員は、至急出撃準備に取り掛かって下さい」
「了解!」
私達は三沢さんに敬礼をする。
「ですが、1つ注意事項があります」
……注意事項?
三沢さんが、言葉を付け足す。
「皆に行ってもらう本庄市ですが、埼玉の中でも北の地、中山道の宿場町の中でも、最北に位置します。つまり、フライングスーツでは行くには、距離が遠すぎます」
……やはりそうか。何度か飛んでいるうちに、その問題については何となく感じていた。
多分フライングスーツの最大飛距離は30キロメートル程。つまり、それ以上は他の交通機関を利用しなくてはならない。
今回は、汽車を利用しろと云う事だろうか?
そんな私の考えをよそに、三沢さんは指示を進める。
「現在、我々が使用している煙突砲の最大飛距離は35キロメートル。つまり、おおよそフライングスーツで飛べる飛距離は、鴻巣市辺りが限度となっています。よって、今回のミッションは、鴻巣市からは汽車に乗り換えて、現場までで行ってもらう事になります」
私は、三沢さんの伝えたい内容を繰り返す。
「つまり、鴻巣駅まで、フライングスーツで飛んで、その後、汽車に乗り込むのですね」
「いぇ、それでは時間がもったいありません。そもそも、我々は一分一秒を大事にしなくてはなりません。……よって、走行中の汽車に飛び乗ってもらいます!」
「なっ! いゃ、確かにその方が早いですけど……」
額から汗が、滴る。
空母に、飛行機が着艦するのでは無いのだ。
そんな簡単に、汽車の天井に乗り移る事など出来るのだろうか?
不安材料しか無い。
「我々は現在、臨時便を走行させています。予定ですと北本駅から鴻巣駅の間で追いつく計算となります。鋼組は、その汽車の屋根に飛び乗って下さい。そこからの指示は、既に汽車に乗車している者が指示しますので、その者に従って下さい」
「分かりました」
「では、鋼組、出撃!」
「了解!」
私たちは、三沢さんからの出撃命令により、各々出撃体制へと入る。
それにしても、煙突砲は相変わらず暗くて狭い。……だが、なぜかここに入ると気が引きしまる。
視覚的、いゃ、体感として、出撃を肌で感じる為だろう。
「嬢ちゃん、出撃準備はいいかい?」
げんげんの声が、私のインカムを通して聞こえる。
「えぇ、打ち出してちょうだい」
すると、今度は、指令本部からの通話に切り替わる。
「上乃っち、飛ばすよ!」
「……あっ……え~と、今日は、うどちゃんが射出するのね」
「そうよ。よろしくね」
「……はぃ。よろしく……」
参った。今日の射出はうどちゃんだ。
実は、うどちゃんの射出には困ったことがある。今までに何度かうどちゃんの射出で、飛び出した経験があるのだが、いい思い出が無い。
私は、鹿鬼や妖怪退治以外にも、演習や新型フライングスーツのテスト等で、数回うどちゃんの射出を味わっている。
しかし、何度経験しても、うどちゃんのカウントダウンは、中々に酷い。
初めてうどちゃんの射出で飛び出したときは『5・4・3・2・1・0』で、その後、全然飛ぶ気配が無かったので、下を見た瞬間に射出。私の首は、下を向いたままロックされてしまった。
忘れもしない苦い思い出だ。
そして、二度目の射出の時はこうだ。
「上乃っち、行くよ」
「了解」
「カウントダウン入ります。5・4・3・2・1・0」
しーん。
…………えっ、飛ばない?
でも、前回は、これでカタパルトが故障したと思い込んで下を見て、私は首を痛めてしまった。
今回は、そんなミスをしない。
しーん。
……ねぇ、うどちゃん。……それにしても……遅すぎやしない?
いゃ、ここで下を見てはいけない。前回の失敗を思い出すのよ。
しーん。
……やっぱり故障かしら?
私は、足元を見る。
すると次の瞬間。
ゴフゥゥゥゥゥウウウウ!!
カタパルトから射出された。
「ガガガッ、首、首がもげるぅぅぅぅ」
そう、私の首は再び下を向いたままロックされてしまったのだ。
……完全にやられた。
そして、そのまた暫くして、三度うどちゃんの射出に鉢合った。
「上乃っち、射出するよ」
「……はい」
「5・4・3……」
……まっ、どうせ、すぐに射出しないんだから、気長に構えましょう。
「はぁ……」
私は、ため息をつきながら、うつむいた。
「……2・1・0」
ゴフゥゥゥゥゥウウウウ!!
「あっ、がっ、首、首がもげる……」
今回に限って、ちゃんとゼロで射出されたのだ。
そして、今回が4度目。私は、もう騙されない。
私は、どんなことがあっても、下を向かないと覚悟を決める。
「上乃っち。射出するよ」
「えぇ、準備は万端よ」
私は、深呼吸をするため、大きく息を吸う。
「すうー」
そして、息を深く吐く。
「ふうー」
……と次の瞬間。
ゴフゥゥゥゥゥウウウウ!!
「あっ、がっ、首、首がもげるぅぅぅ」
しかも、よりによって、真呼吸で息を吐いた瞬間なんて、一番力が入らない時じゃない……。
なんで、今回に限ってカウントダウンが無いのよぉぉぉぉおおおお!!
私は、4度目の頸椎打撲を味わうのだった。
● ● ●
私は首を痛めながらも最高到達点まで登り、その後はフライングスーツを広げて、滑空体勢へと移行していた。
「司令本部三沢から、浅倉組長」
「あっ、あっ、浅倉……です……どーぞー」
「組長、先程の射出見ていたわ。今、尾花沢さんが水沢さんの頭にチョップを叩き込んでいたところよ」
「あっ、ありがとうございます。仏の顔も3度までと云いますが、私は4度も耐えているので、そろそろ限界です」
「……ごめんね。ところで、そろそろ汽車が見えると思うのだけど、客車の上に着陸する経験なんて無いでしょうから、気をつけてね」
「了解しました。なんか空母に着艦するみたいですね」
「そうね。浅倉組長は、気楽に考えてくれるので、助かるわ。――では検討を祈る」
三沢さんからの無線が切れた。
さて、そろそろ見えて来る頃だと思うのだけど……。
私が眼下を見下ろすと、煙を上げて走行している汽車が下方に見えた。
蛇の様に伸びる車両。
一直線に走っているので、着陸はしやすそうだ。だが、滑走路となる客車の屋根が見えない。
風向きのせいもあるのだろうが、汽車は煙を吐き出しながら走行している。その煙が丁度車両の屋根を覆う形となっているので、足場となる屋根が見えないのだ。
高速で着陸するのに、足場が見えないのは致命傷だ。下手すれば上手く着陸できず、汽車から転げ落ちる可能性も秘めている。
……参ったわね。
同じ方向に進んでいる車両の屋根に着陸するだけだから、簡単と、たかを括っていたけれど、これはかなり難易度が高いわよ。
私は、煙の切れ間から、微かに見える客車の屋根を脳内にインプットする。
屋根の形状と高さを脳内で構築させ、仮想滑走路を作り出す。
……さて、行くわよ。
私は、滑空の角度を変更し、真っ黒な煙の中へと突入した。
ズボッと入った暗闇の中、今までに、幾度となく着陸した感覚を頼りに、体を起こす。
……ここ!
体を地面に対して垂直に立てる。……が、床がない。
まずい…………けど……。お願い! 足を床につけさせて!
あると思った場所に床がないのは恐怖以外のなにものでもない。階段を下り切ったと思って足を出したが、もう一段階段があって、転倒した経験はないだろうか? 私は今、その感覚の境地に立っていた。
……まずい、バランスを崩す。
額に汗が滲んだその瞬間、踵に床の感触が現れる。
きたぁぁああああ!
私は屋根を滑走路の様に滑る。煙の層を抜けたため、屋根はしっかりと見える。……が、今度は、客車と客車の連結部分が差し迫る。
げげげ! そんなの有り?
このまま進めば、溝にハマる。……だが逃げ道も無い。一か八か!
私は膝を沈める。
「飛べぇぇええええ!」
渾身の力を込めて、車両から車両へと飛び移る。履き物と、屋根の擦れる音が甲高く耳を打つ。焦げ臭い匂いが鼻を突く。
ズザァァァァ。
私は、体感を駆使して何とか着陸した。
「ははっ、やったわよ。私、やって見せたわよ! さぁ、私に続いてみんな下りてらっしゃい! 簡単だから!」
『……嘘つけ』
何故か、まだ上空にて待機している組員の心の声が、聞こえた。




