他の鋼
『ミーン、ミンミンミンミンミィィィ』
神社の境内では、みんみん蝉が元気良く鳴いている。
ただ、ずーっとこの鳴き声を聞いていると、たまに鳴き出した途端、息切れをするセミもいる。
『ミーン、ミィィィ……』
そぅ、こんなの……。
息つく暇もなく鳴いているから、こうなるのかしらね。
人間も、セミと同じで、たまには休まないと、息切れしちゃうわよね。
セミの鳴き声により、私は、休みの重要性と、部下に夏休みを取らせなければ成らない旨を教えられた。
それにしても暑いわね。そもそも、この巫女装束が暑いのよね。
夏も真っ盛りなのは何よりだけど、溶けるわね……。
アゴの先から、汗が滴り落ちながらも、お守りを並べる。
やっとのおもいで陳列を終えて、「ふぅ」と一息つく。
……やっと終わった。
両肩の力が脱力すると、スーっと背後の襖が開く。
「組長、お疲れ様です」
ありがたいことに、片桐さんが、冷えた麦茶ポットを手に現れた。
本当に彼は気が利く。タイミングもどこかで見ていたのではないかと思えるほどにドンピシャだ。
「片桐さん、ありがとうございます。私、もう少しで、スルメになるところでしたよ」
「……スルメですか。美味しそうですね」
美味しそう……って何が?
……あっ……もっ、もしかして、片桐さん、私の体とか狙っています!?
いゃ、確かに片桐さんって真面目だし、料理できるし、かっこいいし……。落ち度とか全く無いのですが、それでも心の準備がまだできていないと謂うか……。
「組長」
「はひぃ!」
「……顔……赤いけど、どうしました?」
「えっ、赤いですか? あぁ~、熱中症かしらねぇ……」
「それじゃぁ大変ですね。少し奥で涼んでください。冷たい麦茶でも飲んで……あっ、ここは俺が変わりますから」
「いゃ、大丈夫と謂うか、ダメと謂うか……」
「すみません。組長が何を云っているのか、意味が分かりません。取り合えず、奥で休んでから、後の事は考えましょう」
「はぃぃ……」
私は、心苦しくもあったが、片桐さんの優しさに甘えて、裏で休むこととした。
● ● ●
……あぁ、違うわね。片桐さんが私の事を好きとか思い上がりだわ。
彼は、真面目だから、きっと私を気にかけてくれただけ「そう、そんな気持ちなんて全くないんだ」
「へ~、どんな気持ちです」
「そりゃぁ、片桐さんが…………ん?」
ガバッ!
私は、慌てて後ろを振り返る。
すると、そこには、最も一人言を聞かれたくない同僚がいた。
巫女装束の上からでも、良く分かるボン・キュッ・ボン! しかも、憎たらしい程に、上目遣いが可愛い。最近恋をしているせいか、デフォルトでもプリティーオーラが眩しい女。……そう、その名も尾花沢すい。
「……あっ、すいちゃん、こんにちは……今日は午後出勤だったのかな? お休みかと思っていましたよぉぉ。アハハハ」
がっ、すいちゃんの顔は笑わない。
「いゃ、そんな話はどうでもいいんですよ。何が、そんな気持ちなんて全くないんですか?」
「あれれぇ? 何の話だっけかなぁ? 忘れちゃったよぉ。アハハハハ」
「じーーー」
あっ、すいちゃんの目線が痛い……。
「ふぅ、まぁいいわ。上乃ちゃんが教えてくれないなら、あきらめるわ。それより、今誰が店番しているの?」
「えっ、あぁ、片桐さんです」
「……えっ? ぎりちゃん? 以外……って、そうか。だから、そこに麦茶ポットがあるのか」
「えぇ、そうなんです」
「ホント助かるわよね」
「えぇ、ホント」
「それで上乃ちゃんの顔も赤いのね」
「えぇ、そう……それは関係ないかなぁ……?」
「チッ、流されないか」
すいちゃんがパチンと指を鳴らす。
「まっ、いいわ。話はあとで聞くとして、とりあえず私はぎりちゃんと店番交代するわ」
すいちゃんは、私にそう告げると、襖をあけて表へ出た。
「ぎりちゃん、ありがとう。代わるわ」
「……そうか、じゃぁ、頼む。ところで、組長の顔色は治っていたか?」
「あ~ぁ、顔色ね。気になる?」
「いゃ、先ほど真っ赤だったからな。熱中症にでもなったかと思い、心配したんだよ」
「真っ赤ねぇぇ~~ふ~ん。ありがとう。まぁ、取り合えず、ここは私が変わるから、ぎりちゃんは、所定の位置へ行って」
「分かった。では頼む」
片桐さんは、すいちゃんと私に頭を下げると、食堂へと歩き出した。
「ねぇねぇねぇ、上乃ちゃん、熱中症って何? もしかして、局地的熱中症ってやつ?」
「……なっ、何へんな言葉作っているのよ。そんなんじゃありません」
「だってさぁ、私モニター越しに見てたんだよ。上乃ちゃんがぎりちゃんにお姫様抱っこされているの」
「ぐっ……! って、ことは、支部長や、三沢さんも……」
「もちろん見ていたわよ」
「うぅぅぅ。不覚だわ。いくら気を失っていたからとはいえ、見られていたとは……」
そう、すいちゃんが話しているお姫様抱っことは、私が刀傷と交戦していた時の話だ。
私は、相打ちで刀傷に一撃を入れた。
だが、私の方が、断然不利な一撃を食らい、私は気を失いながら5階の屋上から投げ出された。
本来であれば床に叩きつけられて死んでいた事だろう。
しかし、気を失っている私を、片桐さんは空中でキャッチし、無事に救ってくれたのだ。
私は気を失っていたため、その記憶は全く無い。だが、後からその話を聞き、それからというもの、つい片桐さんを意識し始めてしまっているのだ。
……そういえば、初めての出動の時、鹿鬼から救ってくれたのも、片桐さんだったわね。
って、いかんいかん。私は何を考えているの。
片桐さんは部下。仕事仲間よ。それ以上でもそれ以下でもない。
私は、両手で、ほっぺたをペチリと叩いた。
「ふぅ」
「上乃ちゃん、ふぅじゃないわよ。私の話聞いてた?」
「え? 話? なんの?」
「なんか上の空って感じだったけど、しっかりしてよね~~。まっ、恋する乙女なら仕方がないか」
「そんなんじゃないってばぁ~」
私は、すいちゃんの両肩をつかみ、ゆっさゆっさと揺らす。
「はいはい。まぁ、上乃ちゃんのおのろけは良いとして、それより聞いた? 他県の鋼組の噂」
「なにそれ、他の鋼組?」
「そう。他県の妖鬼殲滅隊、鋼組の噂」
「そうね。それならば神奈川には『牙』とか呼ばれているとんでもない人がいるって聞いたけど」
「あぁ、神奈川の『牙』ね。相当強いらしいよ。キヨちゃんと同じように、手の甲に爪を付けるらしいわね。牙が通った後は、獣が食い散らかした後の様だってもっぱらの噂よね」
「……すごい噂ね」
「あと、最近伸びているのが、群馬らしいわよ」
「群馬? なんかパッとしたイメージは無いけれど……」
「いゃいゃ、今一番熱いのは、群馬か埼玉かって程に群馬が熱いらしいわよ」
「へー、でどんな人が鋼組を率いているの?」
「詳しくは知らないんだけど、組長は草津鶴羽って女性らしいのよ。女性組長は、47都道府県でも4県しかいないレアな組長よ」
「……えっ、うちって珍しかったのね」
「そりゃぁ、まぁ。コレだけ大きな都市では、かなり珍しいわよ。って、話を戻すわね。その草津さんなんですけど、刃の厚さが15センチもあるバカ重たい刀が愛刀らしいのよ」
「刃の厚さが15センチ? どれだけ重たいと思っているのよ。それ、絶対に眉唾よ。盛ってるわねぇ~」
「本当そうよね。でも草津さんは、その重たい刀を軽々と振り回すらしいのよ」
「女性で、そのパワー? 絶対に盛ってるから」
「まっ、その噂が、嘘であろうと本当であろうと、埼玉には関係ないけどね。そもそも、群馬さんと、遭遇するなんて事、無いでしょうからね」
すいちゃんは、私の肩をポンポンと叩きながら頷く。
……すいちゃん。我々は、異動があるのよ。いつか同じ職場になるかもしれないので、関係なくは無いと思うんだけど……。
私は、脳裏に異動の事を忘れているよと思い浮かんだものの、今は巫女の仕事中。余計なことを考えずに、売り子の仕事をしなくてはならないと切り替えた。
「さて、仕事をしますかね」
私は、再びお守り売場に座る。
売場は日陰ではあるものの、照り返し熱が顔に刺さる。
……熱い。
私が裾で、額の汗を拭きとると、境内には太鼓の音が鳴り響いた。
……やれやれ、この暑いのに敵さんもご苦労様だわ。
恐呼をやっと撃退したと思ったのに、また次が来るのね……。あれと同じね。1匹見たら30匹はいると思えってやつ。
私は、首を回して、肩の力を抜く。
……さて、今回は鹿鬼か、はたまた妖怪か。
いずれにせよ、楽な相手であることを願うわ。
私は、フゥと肺に残っている全ての息を吐く。そして覚悟を決めると、お守り売場の裏手にある緊急出動エレベーターへ乗り込むのだった。
さて、劇中もいよいよ8月になりました。
桜が咲いている時期に夏を書いていると、季節感がおかしくなります。
……で、相変わらずですが、自転車操業です。
筆が進みません。全然話のストックがありません。1周年とかうって、4つも話を出してしまったのが、首を絞めています。
……もし、途中で止まってしまったら、あぁ、3話分の3週間は多めに見てください。
ではでは。ノシ




