中心の男
屋上には夏だと謂うのに、冷たい風が流れ混んで来る。
スーっと横切る風は、私達の火照った身体を少しだけ冷やす。
タンッ!
恐呼が後方へとジャンプし、間合いを確保する。
8メートルくらいはあるだろうか。つまり、鞭の間合いだ。
ちょっと走ったくらいでは、恐呼に攻撃は届かない。……そう、私の小太刀で戦うのには、不利な距離となる。
恐呼はその間合いを確保し、確認するように鞭を振り回す。
「さっきは私の眷属が邪魔したみたいで、悪かったわネ」
「……お気になさらず……」
「そっ、有り難う。……では……やり直そうかしラ。……あー、え~と……Aさん!」
「……そのイニシャル呼びは止めてもらえないかなぁ? なんか、私のカップサイズがA見たいじゃ無い」
「……確かにそうね、ちゃんと正しいイニシャルで呼んであげないと悪いわよネ。AAさん」
「おぃ……更に小さくなっているわよ!」
私は、左手に刀を持ち、斜に構える。そして、剣先を恐呼の眉間に向ける。
「恐呼、これで最後にしてあげるわ!」
「ふっ、貴女に何ができて?」
その言葉が終わるかどうかのタイミングで、私の左方から鞭が襲いかかる。
キン!
下から上へと鞭を払い除ける。
……行くわよ。
足の爪先に力を込めて、勢いよく恐呼に向かって、走り出す。
だが、当然恐呼の攻撃は止まることを知らない。
……右来る……それと左下……。
キンっ! キンっ!
右左と鞭を打ち落とす。
……あと、2メートル……。
恐呼との距離が、一足一刀の間合いに入る。
「もらったぁ!」
左手を大きく振りかぶる!
片手上段切りだ!
……が、……恐呼は回避行動に入らない。
ニヤリ。
恐呼が不適に笑う。
「残念でしたわね。……それは私のセ・リ・フ!」
またしても、音の無い攻撃が、私の背後から迫る。
一直線に襲いかかる鞭の攻撃を、今から躱す事は不可能!
音もなく襲いかかるそれは、まるで、獲物に跳び掛かる蛇の様であった。
「さようなら! お嬢ちゃん」
私が振り下ろす小太刀よりも先に、鞭の攻撃が私の背中を貫く! …………予定だった事だろう……。
がきぃぃぃいいん!
甲高い金属音が、私の後方から鳴り響く!
「えっ? なぜ刺さらなイ?」
「……残念……さようならは、私のセリフだったみたいね、恐呼!」
ザシュゥゥゥ!
恐呼の体を脳天から、真っ2つに切り裂く。
「なっ、なぜ……私の攻撃……は……って、それ……は……何?」
恐呼は、私が右手に把持している小太刀を指差す……。
「これ? ……これは……何かしら?」
「ふざけるな!」
「いゃ、本当に知らないのよ」
私は、パタパタと手を左右に振るも、恐呼は、全く信じない。
しかし、そんな茶番をしていると、先程私を襲った看護婦が背後に現れた。
「恐呼……それはね、桜草来国光打ち直し。折れた桜草来国光を擦り上げた刀よ!」
「なっ、お、お前は……」
恐呼が驚く。
「実はさっき、上乃ちゃんに襲いかかった時、渡したのよ。貴女の眷属じゃなくてごめんなさいね」
「そっ……そんな……バカな……」
パリーン!
恐呼の胸部に埋め込まれていた宝石が砕ける。
「あらぁ、眷属じゃないのに驚いて、死んじゃったのかな?」
「……私が切ったからよ。姉さん、なに都合よく成果を横取りしているのよ」
「ばれた?」
「ばれるわ!」
ドンッ!
私は、姉さんにツッコミをいれた。
「それにしても、上乃……」
『うぉぉおおおお!』
病院の下方から歓喜の声が上がる。
どうやら、眷属達は、恐呼呪縛から解放されたらしい。
「ふぅ……まぁ、いいわ……取り敢えず、お疲れ様。組長」
「有り難う……姉さん……」
姉さんは、私の肩に手を回して、私を労ってくれた。
久しぶりに姉さんの温もりを感じる。
懐かしい匂いがした……。
「あっ、そうだ姉さん」
「何かしら?」
「姉さんは、何でここにいるの?」
「えっ……あっ……それは……」
「普通の人はここには居ないわよね。それにマイクの時も、どうして私の場所が分かったの?」
「それは……たまたま?」
じーーー。
「……聞き方を、かえるわ。今日はなんでここに?」
「……それは……コスプレしたいから?」
「……へぇぇぇ……」
「……なッ何よ、その目は」
「いぇ。そういう事にしておいてあげる」
「……アハハハハ……有り難う」
「まぁ、何となく予想はつくけどね……」
私は、これ以上姉を困らせない様、この話を終えた。
「それにしても、パインの云っていた通りね。コアを壊せば、恐呼は死に、眷属も元に戻る。よかったわ」
一応大丈夫だろうとは考えていたものの、パインの話を完全に信じていた訳ではなかった。
心の中には、もしかしたら……といった考えは、絶えずあったのだ。
「そういえば、上乃。それにしても、よく私のメッセージが届いたわね」
「……メッセージ……? あぁ、刀の事ね」
「そうそう」
「そりゃぁ、姉さん、あんな見えにくい場所に刀を置くんですもの。この刀の事はバレずに戦えって事だと、直ぐにわかったわ」
「そりゃぁ、よかった。流石は姉妹ね」
「……いゃ、あんな置かれ方をすれば、誰でも気づきますって」
「だって、貴女鈍いところあるじゃない」
「……どこが」
「だって、小学校の時の晴臣君が、貴女の事好きだって知ってる?」
「……えっ?」
「幼なじみの康和君が貴女に何度も告白してたの知ってる?」
「……ウソ……」
「はぁ……ほらね。鈍子じゃない」
「……うぎゅっ……」
上乃は、姉に口で負けてしまい、赤面する。
そんな妹の姿を見るなり、瑞乃は高笑いをする。
何とも平和な光景である。
……だが、そんな穏やかな空気はそう長く続かない。
ザワッ!
「姉さん!」
「えぇ、何かとてつもないものが来るわ! 気を張って、上乃!」
上乃と瑞穂は背中合わせに立つと、上下左右を警戒する。
……だが敵の発見には至らない。
「……どこ? どこにいるの?」
コトッ。
足音がした方へ、姉妹が同時に顔を向ける。
すると、横たわっている恐呼の傍らには、見慣れない男が立っていた。
……いつの間に……。
……それに、この男は誰?
上乃と瑞乃は無意識に構えを取る。
……だが、男は二人には見向きもしない。
「恐呼、無駄に眷属など作るから、力が無くなったんだ。力を無駄にしおってからに……」
一拍おいて、やっと上乃と瑞乃は、その男から距離を取る。
二人は、間合いを確保するのを忘れる程に、男に飲まれていたのだ。
2メートル程の背丈に、真っ赤な2本の角。
目は赤紫色に輝き、鍛え上げられた筋肉が脈動している。
上半身が裸で、ズボンのみを履いたその鬼は、恐呼の上に左手をかざす。
ズバーーーー!
鬼が、自分の左手首を、右手の手刀で切り裂いた。
ダバダバと垂れ落ちる真っ赤な血液は、恐呼の胸部に埋め込まれているコアにかかる。すると、コアが修復を始め、恐呼も、再び元の姿へと戻った。
「えっ、私、死んだはず……って、棟梁! なぜここに?」
浅倉の瞳孔が開く。
――棟梁? つまりこれが敵の親玉?
棟梁と呼ばれた鬼が、恐呼の前に仁王立ちで立つ。
「恐呼。お前にはこんな所で死なれては困る。まだまだ働いてもらわなくてはならないのでな」
「ハハッ。棟梁の御髄のままに」
恐呼が深々と頭を下げると、棟梁と呼ばれた鬼が浅倉の方に顔を向ける。
「キサマが、我々の邪魔をしている小娘だな。名をなんと云う?」
浅倉は圧倒されながらも、持って生まれた精神力で、なんとか凌ぐ。
「私は、妖鬼殲滅隊鋼組組長、浅倉上乃! いずれ貴方を打ち滅ぼす者よ!」
「ククク。そんなに、膝をガタガタさせながら云うものでもないぞ」
「あっ、貴方の名前はなんて云うのかしら? 私だけ名乗るのは不公平だと思うのだけど」
「女、その度胸だけは買ってやる。俺の名前は、刀傷、我々の組織である真世会の棟梁をしている」
「真世会ですって? それが貴方達の組織名って訳ね」
「そうだ」
「あと、ついでに教えてはもらえないかしら? 刀傷、貴方達の狙いは何?」
「俺たちの狙いだと……」
「そうよ」
「そうだな……とりあえずは、埼玉の制圧ってところだな」
「なぜ、埼玉なの! 帝都東京を狙わない理由はなに?」
「帝都か……別に、埼玉を手中に収めたら、ついでに貰っても構わない。さほど欲しい訳でも無いしな」
「質問の答えになってないわ。……なぜ、なぜ貴方は、そこまで埼玉に固執するの。神奈川の方が発展しているし、千葉だってある。埼玉である理由が分からない!」
「別に……埼玉である理由など、お前に話す必要はない。それよりも、去れ。今回は俺に話しかけて来たその度胸を買って見逃してやる。だから、おれの目の前から、去れ!」
だが、浅倉は、刀を構える。
「断る! 私の使命は、この街を守る事だ。一歩も引かない!」
「なるほど……威勢だけは大したものだな。では、俺に一太刀でも当ててみろ。そうしたら、俺が引いてやろう」
「棟梁! こんな雑魚、棟梁自ら相手をする等あり得ません。私めが相手をします」
恐呼が間に割って入る。
「恐呼、お前の気持ちは分かるが、今は休め。まだ完治していないのだからな」
「……もったいないお言葉」
恐呼がひれ伏す。
「さて、待たせてしまったな、小娘」
「いぇ、お構いなく。では、行きます」
浅倉は、両手に小太刀を構える。
「ほぅ、小太刀二刀流か……。面白い……それでは、私も刀を使った方がよいであろう」
刀傷はそう口にすると、木刀を出現させる。
「……木刀ですって……もしかして、私なめられてます?」
「別に、なめて等おらんよ。かの宮本武蔵だって、木刀で佐々木小次郎をやぶったのであろう? まぁ、二刀流はソナタの方だがな」
浅倉は、じりじりと間合いを詰める。
だが、身長差、刀の長さ、どれをとっても、絶対的に相手の方が有利。浅倉が勝つためには後の先を決める、つまり相手の攻撃を躱してから懐に飛び込む。この達人的な技を繰り出さなくては成らない。
『スー』
浅倉は呼吸を整える。
……気迫だけで分かる。
この者を相手に、後の先が出来るだろうか……。
それでも、浅倉は、相手の構えを注意深く観察する。
……刀傷は中断の構えを取っている。
どの方向からも柔軟に対処できる万能の構えだが、今の私には、二刀ある。
これが私に残されたただ一つの道……。
覚悟を決めると、小細工無しで、最速最短で刀傷に向かう。
浅倉は、飛び出しながら、自分の刀を木刀の上からかぶせる。
下に打ち付けられた刀は、通常押し返そうと反発し、上方への力を加える。だが、刀傷は全くそれを行わない。
つまり、浅倉が押し付けた力は、そのまま下方へと進むのだ。
……なぜ、こんなに軽い?
って、なっ、木刀を手放している!
浅倉の視線が、一瞬、下方の木刀へと移る。
だが、この瞬間を刀傷は見逃さない。
リーチ差を利用して、左ストレートを浅倉の顔面へと叩き込む。
「ガハッ!」
首の骨が折れそうな程のパンチを顔面に食らった浅倉は、そのまま後方へと吹き飛び、屋上の柵を超えた。
「上乃ぉぉぉおおおおおお!!」
瑞乃は走って、屋上から落下をしようとする上乃に手を差し出す。
しかし、瑞乃の手は上乃には届かず、上乃は、屋上から自由落下を続けた。
「上乃……」
地面を覗こうとする瑞乃だが、刀傷と恐呼がいる最中、背中は見せられない。
落ち行く上乃に背中を見せて、瑞乃は、刀傷と対峙する。
「お前は、先ほどの小娘の姉か?」
「そうよ! 私は浅倉上乃の姉、犬塚瑞乃よ」
……なによこの気迫。対峙すると恐ろしい程に伝わってくる。
上乃は、こんなのに立ち向かって行ったのね。
我が妹ながら、感心するわ。
身構える瑞乃に対し、刀傷は構えを解く。
「……なるほど。ソナタは、姉か……それでは、生きていたら、先ほどの小娘に伝えてやってくれ。刀傷は約束通り、この場は去ると」
そう云い残すと、右腕に突き刺さっている短刀を引き抜いて地面に転がす。
「よくあの体勢から、突くことが出来たな小娘……」
フッ!
刀傷は、瑞乃が瞬きをする間に消えていた。




