屋上での戦い
上空には、満月が白く輝く。
傾いてオレンジ掛かった太陽と、月の調和が何とも美しい。
微風が流れる屋上では、まるでそんな2つの星を連想させるかの如く、2人の女性が向かい合っていた。
「さて、この辺でいいかしら? 女剣士さん」
「構わないわ恐呼……。因みに名乗ったか、どうだったか忘れたけれど、私の名前を伝えておくわ。私の名前は浅倉上乃。貴女が最後に聞く名前よ」
浅倉は、短刀を抜き、剣先を恐呼の眉間に向ける。
「フフッ」
恐呼も2本の鞭を出現させ、猛獣を調教しているかの様に、床に叩きつける。
『バシッ』と鳴り響く轟音は、まるで雷を彷彿とさせる。
恐呼の鞭は、一般的な鞭とは少し違う。全体的にガンメタリックに輝いている金属製だ。持ち手はザラついた金属グリップとなっており、根元はしなりが効くように、少し硬めの金属ワイヤー。先端に向かうにつれて、柔らかい金属ワイヤーへと変わり、先端には剣の様な刃が付いている。
さながら、金属製のサソリの尾っぽとも呼べよう。
「浅倉上乃ですか……貴女の名前なんて、覚えられるかしらネ。私、主役は覚えられるけど、エキストラの名前までは、覚えてられないのよネ」
「大丈夫よ。貴女が死ぬときに痛みで『アガッ』て叫ぶでしょうから、そうすれば概ね私の名前よ」
「偏見ね。……大体、死ぬときて『アガッ』なんて云うのかしラ」
恐呼は、無駄話をしながらも鞭を振りかざす。
『ビュッ』と空気を切り裂く音を後方に置いて、しなやかな鞭が浅倉に襲い掛かる。
「なっ……音より早い!」
「あら、どうしたの? 私が貴女名前を覚えるよりも、貴女が、心の底から、恐怖を呼ぶ方が先じゃやい? そして、それが私の名前よ。恐怖を呼ぶと書いて恐呼……。畏怖しなさい」
右、左と恐呼の攻撃は止まることを知らない。
浅倉は、それを必死に打ち返す。
休憩を知らないラッシュに、浅倉は応戦する一方しか出来ていない。
「……まったく早いわね。息継ぎってのを知らないのかしら……」
それでも必死に浅倉は食らいついていく。
両方向からの読めない動きに対して、恐呼の腕の動きと感覚で対処する。
「さて、浅倉……そろそろ体も温まってきたかしら?」
「……えぇ、ちょうどエンジンが掛かってきたところよ」
「そう。じゃぁ、ギアを上げていくわね。ちゃんとついてきなさいよ!」
恐呼が叫ぶと、地面と水平に鞭が襲って来る。まるで大蛇が襲って来るかの様だ。
しかし、恐呼の技の怖さはそこでは無かった。先端の刃体の根本が地面に叩きつくと、刃体がホップアップする。
つまり、刃体の先端が、浅倉の胸元に向かって、跳ね上がって来たのだ。
……くっ、近くで、跳ね上がって来るのか! まるでガラガラ蛇ね!
こんな鞭の使い方は見たことが無い!
キンッ!
鞭の先端の刃体部分を、浅倉は払い落す。
……今度は右から……本当に早すぎるのよ! 少しは休ませなさいと云いたいわね。
……けど、今はまだ、この速度についていけてる。
これは、私の速度が上がっているの? それとも恐呼の速度が落ちているの?
浅倉は、物差しを見失う事に不安をおぼえる。
なぜか?
それは、現在浅倉は、速度メーターの無い車を運転するようなものだからだ。
例えば、2台の車が並列で100㎞/hの速度で走っていた場合、相対速度は㎞/h。つまり相手方の車は止まって見える。
もし、自分の車は100㎞/h、相手車が120㎞/hで走行したとするならば、相手の車は20㎞/hの速度で、遠ざかる事だろう。この場合は、じわじわと引き離されて行く感覚となろう。
でば、自分の速度が80㎞/h、相手の速度が120㎞/hだとするならば、そのさは40㎞/h。それなりの速度で引き離される感覚となろう。
つまり、浅倉の最高速度が100㎞/hとし、恐呼の最高速度が120㎞/hだとした場合、100㎞/hの速度から120で㎞/hで攻撃をくり出すよりも、80㎞/hまでそくどを落とし、120㎞/hの攻撃をくり出した方が、より効果的なのだ。
そう、浅倉は、その錯覚を懸念していた。
だが、実のところ、浅倉が恐呼の速度に着いて行けているのは錯覚ではなく、理由があった。それは、以前とは違い、今回は音に着目していたためだ。
恐呼が振るう鞭は、構造上一度後方へと引く。その際、『ビュン!』っと鞭が唸る事から、そこから自分の元へと到着する時間を逆算すれば、たとえ恐呼の鞭が音速を超えて来ようとも躱すことが可能なのだ。
これも、以前恐呼と戦った経験がなせる技だ。
……以前はあの鞭に散々やられたし、2本目の出現には苦汁を飲まされたものだけど、今回は、そうはいかないわ。
私の先行で勝たせてもらう!
恐呼、貴女の敗因は……音よ……。
浅倉の耳は、着々と音に慣れ、浅倉の回避行動も同時に上がる。
しかも、何度も攻撃を受けていると、恐呼の攻撃パターンが読める。
鞭は基本的に水平方向か、斜め上方からの攻撃しか無い。よって、タイミングさえ掴んで仕舞えば、踏み込める隙も出来ると謂う事。
浅倉は、相手の攻撃を弾きながら、その時を待ち望む。
キン! ビュッ!
キン! ビュツ!
キンっ……! ビュッ!
……今、僅かに、鞭を振りかぶるタイミングが遅れた。
来た! チャンス到来!
……恐呼、残念だけど、この戦い私が終わりにさせるわ!
浅倉は、右足を蹴り出して、一直線に恐呼へと飛び出す。
「恐呼! もらったぁぁあああ!」
浅倉が叫ぶ。
大きく振りかぶった刀は、確実に恐呼の脳天を目指す。
……恐呼の鞭の位置は……。よし! 右腕は引いている。左腕は……良く分からないが、あの位置では、私に攻撃していない。
つまり、音よりも早い一撃は私には当たらない。
この速度なら、私の刀が先に恐呼の頭に届く!
……恐呼、悪いわね。この勝負、私の勝ちよ!
浅倉が、恐呼の手前2メートルまで近づいた……。
恐呼の目が引きつる。口は半開きになり、焦りが隠せない……が、その半開きの口から舌が出る。
「残念でした、またどうゾ!」
恐呼がそう告げると、なんと横から、看護婦の格好をした眷属が、浅倉を押し倒す。
勢いよく突き倒されたため、2メートル程眷属と共に転がり飛ぶ。
……しまった! これが恐呼の狙いだったのね!
ゴロゴロと転がった浅倉と看護婦だが、転がった先でマウントを取ったのは、看護婦の方だった。
浅倉に、馬乗りになったかと思うと、大きく口を開けて、喉元に食らいつこうとする。
「さ・せ・る・か!」
浅倉は、巴投げの要領で看護婦を蹴り飛ばす。
……まったく、世話かけさせて……。私はこんな所で眷属になっている場合じゃないのよ。
浅倉は、起き上がろうと、床に腕を付く。すると、手のひらに、違和感をおぼえる。
「何これ。ゴツゴツして痛いわね……って……ん?」
浅倉は、一瞬戸惑うも、何もなかったかのように立ち上がる。
「ふぅ」
一息つくと、再戦の準備はととのっているとばかりに、恐呼の方を睨みつけた。
だが、恐呼は浅倉が見ているのに気が付いていないのか、唾を吐き捨てながら、独り言を投げ捨てる。
「チッ、あの眷属め、邪魔な事を!」
どうやら、あの看護婦は、恐呼の差し金ではなかったらしい。
恐呼としても、予想外の攻撃だったらしく、妙にイラついていた。
それもそのはず。なぜなら先ほどまで浅倉が立っていた場所、つまり看護婦に突き飛ばされた場所を確認すると、そこには鞭の先端部が垂直に突き刺さっていたのだ。
つまり、あの看護婦が邪魔をしなければ、今頃浅倉の串刺しが出来上がっていた。
浅倉は、恐呼から目を反らし先ほどまで自分が居た場所を確かめる。
……それにしても危なかったわね。あの直上からの攻撃を食らっていては、終わっていたわ……。
それにしても、直上からの攻撃……音がしなかった……。つまり、恐呼が鞭を振りかぶる度に出していた音は、囮だったって事ね。
双鞭といい、音のフェイクといい、なかなかの食わせ者ね。
つまり、普通にやっていては勝てない。
騙し合いに勝たなくてはならないと謂うことね……。
反省をする浅倉をよそに、恐呼はガツガツと地面を蹴飛ばしている。
「チッ、あの看護婦さえいなければ、あのくそ女は串刺しだったのニ! よくもあの眷属、邪魔してくれたわネ……。あいつは後で殺すワ!」
そう言葉を吐き捨てると、恐呼は再び背筋を伸ばし、鞭を振りかざす。
バシッーーン!
怒りの音が爆発する。
「ふぅ……では、第二試合を始めましょうかしラ、浅倉ぁ!」
恐呼の挑発に対し、首を一周回して余裕を見せる。
「何を云っているの? 第二試合じゃなくて、ファイナルマッチよ! 次で貴女は終わりよ。恐呼!」




