上乃の誕生日(前編)
7月11日
「ついに今日が来ましたね」
「……えぇ、そうですね。ギリちゃん、ご飯の準備は万端ですか?」
「任せておけ。黒ニンニクも用意した」
「……ギリちゃん、そんな物用意して、上乃ちゃんを襲うつもりですか?」
「いゃ、そのつもりは無いのだか、なぜだ?」
「……いぇ、分からなければ良いです。それよりも、皆さんプレゼントの用意は出来ましたか?」
「おう」
「問題ない」
「大丈夫です」
「……よし、全員準備が整いましたね。フフフ」
尾花沢が、机に肘を付き、手を組む。どこで手に入れたのか分からないメガネを光らせ、不適に笑う。
「すい……お前……、なんか悪そうだな……」
「毎日ナンパして、女遊びをしている、アンタにだけは、云われたくないわ!」
尾花沢は、すかさず柏木に突っ込みを入れる。
「コホン。それよりも、現在ターゲットは番台の勤務中よ。各々配置について」
「「「ラジャー!」」」
その合図と共に、面々は散らばっていった。
● ● ●
「はぁ……今日は、お客さん少ないわね」
浅倉は独り言を口にしながら、番台に頬杖をつく。
「嬢ちゃんお疲れ様。もう今日はいいよ」
びくんちょ!
気の緩みと、背後からの声掛けに、浅倉の体が強張る。
「あっ、ゲンゲン、お疲れ様です」
浅倉はあたふたしながら、藤沢に頭を下げた。
「それにしても、すっかりこの仕事も慣れてきたな」
「えぇ。最初は嫌で嫌で、仕方がなかったのですけどね……」
「そうなのか?」
「えぇ……。だって私は、妖鬼を倒したくて軍に入ったんですよ。それなのにも関わらず、いきなり風呂掃除が仕事だって、云われてしまったのですから……」
「そうだったな。……で、今はどうだい?」
「今は、この仕事も、市民に対して憩いの場を提供する。そう割り切れていますし、煙突が必要なのも分かっています。ですから、何とも思っていませんよ」
藤沢は、その言葉を聞くなり、口元を緩める。
「……そうか……成長したな……」
「えっ、すみません、聞き取れませんでした。何て云ったのですか?」
藤沢の言葉が小声だったので、浅倉には届かなかったらしい。
「いゃ、なんでもねーよ。それよりも、番台代わるぜ」
「えっ、でもまだ私のシフト……」
「たまには良いだろう。俺が代わるから、飯でも食ってこい」
浅倉は困った表情を浮かべるも、先輩の命令だ。行けと云われれば、素直に甘えるしかない。
「それではゲンゲン、後のこと、宜しくお願いします」
「おぅ、任せとけ。楽しんでこい」
「……楽しんでこい?」
浅倉の顔に、疑問符が浮かび上がる。
「いゃ、何でもねぇ。こっちの話だ」
「……はぁ……?」
ほけっとした返事をするも、取り敢えず、浅倉は番台を後にした。
● ● ●
浅倉は、食堂前のドアの前に立つ。……が、ドアを開けない。
正しくは、ドアを開けるかを躊躇していた。
……おかしい……食堂から賑やかな声が聞こえない……。
いつもであれば、お酒を飲んでいる支部メンバーが居る筈なのに、その気配すら感じない。
……だが、人の気配は感じる。
……5……いゃ、6人。……それ以上か?
……もしかして、強盗?
……いゃいゃ。そんじょ、そこいらの強盗では、返り討ちが際の山だ。そうなると敵? 王龍騎! あの男ならあり得る。では、残りは、その手下……。若しくは人型鹿鬼?
可能性としては、あり得るな……。
だが、今手元に武器はない。
……私が、素手でどこまで戦える? 一応心得はあるけれど、姉さんの足元にも及ばないし……。
……いぇ、待ちなさい上乃。戦うのではなく、まずは偵察よ。
浅倉は、緊張しながらドアノブに手をかける。
ギィ……。
ゆっくりとドアノブを回して、静かにドアを開ける。
……室内が暗い……。
敵は明かりを消しているのか?
……ってことは、廊下の明かりは、既に室内からは丸見え……。つまり、私がドアを開けているのは、敵にバレているって事よね。
それならば……。
浅倉は、身を隠しながらドアを全開にする。
……敵に動きなし……。
敵は何を狙っている?
浅倉が、チラチラと室内を観察していると、廊下の奥から三沢がパタパタと近寄ってきた。
「あら、浅倉組長。そんなところで何をしているのですか?」
「……っ、三沢さん危険です!」
「……え~と、何がかしら?」
三沢が首を傾げる。
「何がって……」
浅倉が答えを出す前に、三沢が食堂に足を踏み入れる。
「ダメです!」
浅倉は、三沢の体勢を低くさせようと、頭を押し下げる。……と同時に、火薬の弾ける音が室内に充満する。
パンパンパン!
……うっ、撃たれた……。
「「「「浅倉組長、誕生日おめでとう」」」」
しかし、明かりのついた部屋では、浅倉が三沢を押し倒している。
そんな不思議な絵ずらが存在していた。
……一同、絶句である……。
「……上乃ちゃん? 何をしてらっしゃるのですか?」
浅倉が周りを見回すと、クラッカーを持った面々が、浅倉の目に映る。
また、腕の中には、ビックリした三沢が、目を丸くしている。
……あっ、もしかして私、やらかしちゃったかしら……?
「あはっ、あはははぁ」
浅倉、笑って誤魔化す。
「あっ、そういえば、私今日誕生日でしたね。忘れていました。あはっ、アハハハハ」
後頭部をガリガリと掻きながら、浅倉は必死に場を和ませようと努力する。
「はぁ……まったく、組長ちゃんらしいぜ」
「確かに、お姉ちゃんらしいね」
周囲の面々は、クスクスと笑い始めた。
「……ところで、浅倉組長……そろそろ、私の上から降りて貰っても宜しいかしら?」
若干迷惑そうな顔をした三沢が、怪訝な口調で浅倉を注意する。
「あっ、失礼致しました」
浅倉は、三沢の上から飛び降りた。
● ● ●
「グラスは行き渡りましたか? ……それでは、気を取り直しまして、上乃ちゃん誕生日おめでとう! カンパーイ」
「「「カンパーイ!」」」
食堂から、お祝いの声が広がる。
「そういえば、お姉ちゃんって幾つになったんですか?」
「フフフ……楠君、聞いちゃう? 実はねぇ~~私、今日で二十歳になったんですよ!」
「おぉ、すごいですね。おめでとうございます」
その会話を横で聞いていた柏木が一升瓶を手に取る。
「おっ、ってことは、組長ちゃん、ついに今日から飲めるって事だな!」
「はい! 飲めます!」
「能面! おちょこもってこい、おちょこ!」
「だれが能面だ、この下半身が!」
「おぃおぃ、なんだその云い方は、どうせお前は使ってないからそういう云い方なんだろう」
「ほざいてろ!」
「能面、俺は前々から一度、お前を叩きのめしたいと思っていたんだよ」
「いいだろう下半身。人差し指しか使わないお前なんかに、負ける気など全くしない」
片桐はピコピコと、トリガーを引く動きをする。
「お前には、俺の指テクニックが分かんねぇんだよ。この指で、どれだけの女が俺に心を撃ち抜かれたかって!」
「そ・こ・ま・でぇぇええええ!!」
尾花沢が血相を変えて、間に入る。
「今日は上乃ちゃんの誕生日なの! 喧嘩するんじゃない!」
「……そうだったな。すまない尾花沢。組長も、すまない」
片桐が浅倉に頭を下げると、浅倉は、いぇいぇと手を横に振った。
「ほら、龍ちゃんも、上乃ちゃんに、ちゃんと謝る!」
「だってよぉ、あの能面が俺の指テクニックをバカにしたんだぜ。尾花沢だって知っているだろう。俺の指テクニック!」
ボフゥゥゥウウウウ!!!
尾花沢のボディーブローが、柏木の腹にクリーンヒットする。
「変な云い方をするな! アンタの射撃能力は知っているけれど、指テクニックなど知らん!」
……だが、残念ながら、白目を向いている柏木には、尾花沢の声は届かなかった。
結局、片桐vs柏木の戦いは、尾花沢の一人勝ちで終わりを告げた。
ドタバタ系の回となりました。
小さじ一杯の魔女を書いているようで楽しかったです。




