走れすい!(前編)
年末特番
走れすい(前編)(中編)(後編)
3作本日全て公開。
ですが、1月3日はお休みします。
次回は1月10日となります。
ガシャーン!
尾花沢の後方で、長屋の屋根が吹き飛んだ。
尾花沢は少年を体で覆い、襲い掛かって来る瓦等から少年をかばう。
……もう、来たのね……。
尾花沢が、壊れた家屋を睨み付けると、長屋の中から、ぬっと布の化け物が現れる。
……いやぁ、ホント近くで見るとデカイわね。ざっと見ても10メートルはあるわよね。
まるで、三階建てのビル程に大きいカーテンが、目の前に有るようだった。
……にしても、この化け物、目も鼻も口も無いけど、よく私達の場所が分かるわね。真っ黒い布切れにしか見えないけれど、何か秘密でもあるのかしらね。
って、妖怪相手に、そんなこと考えても無駄か……。
尾花沢は、ため息を付くように息を吐き、呆れたように目を細める。
……さて、どうしようかしら。
……今、私の横には、信じられない新次郎。信じられるのは、自分だけ。
助けも、応援も呼ぶ手段は無し……と。
尾花沢は、大きく伸びを始める。
体のあらゆる筋肉と腱をほぐし、少しずつ自分で、自身に準備を促す。
ふぅ……やっぱり、私がやるしか無いわよね。
相手が鹿鬼でなければ、私にもやれる事はある。
尾花沢は、肩に掛けていたショルダーバッグを、お腹の位置までずらしてカバンの蓋を開ける。
手をカバンの中に突っ込むと、ガサゴソと何かを探す動きを見せる。
「……確か、持ってきたはずだけど……おっ、あったあった」
尾花沢はカバンの中から、お札を取り出すと、扇形に広げる。
「にー、しー、ろー。うん破れていないし、大丈夫そう」
お札の数を数えていると、尾花沢の裾を少年が引っ張る。
「ねぇちゃん、ねぇちゃん。あいつこっちを見ているぜ」
「いゃ、いゃ、目なんて無いでしょうに……」
尾花沢は、呆れながら布妖怪の方を見上げる。
すると、なんといつの間にかに、布の真ん中には、大きな目が浮かび上がっていた。
「うっ……きもっ!」
「なっ、気持ち悪いよな」
「気持ち悪いけど……ところでオラ、走れる?」
「そりゃ、まぁ……」
尾花沢は少年に話し掛けながら、地面にお札を貼り付ける。
そして次の瞬間、少年の手を引きながら、化物に背を向けて、走り始めた。
「はぁ、はぁ……。ねぇちゃん、あいつ追いかけてくるぜ」
「知ってるわ」
「あのさ……もしかして、アイツねぇちゃんの事、好きなんじゃね?」
「バカ云わないで。私は金持ちのイケメンしか相手にしないの。それにあいつが追っているのは、オラ、あなたよ!」
「えっ、オラ?」
「そう。オラを追いかけているの!」
「なんでだ? オラ何もしていないのに」
「……なにもしてなく無いだろうに……。オラ……祠からお札剥がしたの忘れたの? オラは、3歩あるいたら忘れる鶏か!」
走りながら、少年は髪をかきあげる。
そして、キザな目付きを作り出す。
「ふっ、オラこう見えて、記憶力がないんだ」
「…………あっ……うん……大丈夫よ。オラは、見たまま通り記憶力が無くて、安心したわ」
「ねぇちゃんは、失礼だなぁ……」
「そうね。失礼で構わないから、しっかり走ってね」
尾花沢は、少年と無駄口を叩きながらも、狭あいな路地を駆け抜ける。
そんなバタバタした状況にも関わらず、尾花沢は所定の位置に、次々とお札を貼っていく。
「よし、この調子なら、行ける!」
だが……そんな皮算用をした矢先、事は起こる。
ズザザァ……。
少年が転んだ。
「オラ、大丈夫?」
「痛だいよぉ、痛だぃよぉぉおおお……うぅぅえぇぇええええ!!」
「オラ、泣かないで、頑張って。ねっ」
「うえぇえええええ!!」
少年は、まったくもって泣き止まない。
だが、そんな二人の背後に、化け物は着々と迫って来る。
キッ!
尾花沢は、一度振り返って、化け物との距離を目で測る。
あと、50メートル……このままじゃダメ。……追い付かれる。
……でも……オラが泣き止まない。子供は泣き止まないと、次の行動には移れないし……。
それに、何よりこのままでは、オラは走れない。
どうする……?
尾花沢は瞑目する。
……いゃ、答えなど初めから決まっている。
どうせ、やらなくてはと思っていたんだ。
それがチョット早まっただけの話よね。
「ふぅ……」
尾花沢は、小さく息を吐くと、目を『ガッ!』っと見開く。
……仕方ない……やるしかない。
尾花沢は、近くに置いてあった物干し竿を手に取る。
……少し長いかしらね……。
尾花沢は、物干し竿を段差に立て掛けて、思い切り踏みつける。
「バキッ」っと乾いた音と共に、物干し竿が折れる。
概ね3メートル位に折れた物干し竿を手に取ると、持っていたお札を一枚張る。
「さて、やりますか……。オラ、危ないから、チョット下がってなさい。鼻血が出るわよ」
少年は無言で頷くと、そそくさと下がる。
ザンッ!
覚悟を決めた尾花沢が、化け物と対峙する。
どうやら、化け物もただならぬ空気を感じ取ったらしい。
今までは、我武者羅に、尾花沢達を追い回していたが、今は明らかに尾花沢を警戒している。
フフフ……どうやら、私を敵として認めてくれたみたいね。
うれしいわ。
ジリッ。
尾花沢は、足指に力を入れる。
いつでも飛び出せる準備をしながら、お互いに間合いを計る。
いい感じに緊張するわね……。
「なぁ、ねぇちゃん。戦えるのか?」
「なっ、オラまだ居たの? 早く逃げなさい!」
視界から消えていたから、オラはてっきり避難していると思い込んでいたわ……。
これは私のミス……。まずいわね。
しかし、化け物は、その隙を見逃さない。
尾花沢が少年に気をそらせた瞬間、攻撃をくり出す。
ヒュッ!
乾いた音と共に、ゆらゆらと揺れていた2本の腕が、閃光の如く同時に襲いかかる。
「早い!」
尾花沢は、右から襲ってくる腕を、物干し竿で下に打ち付ける。そして、左から襲ってくる腕を、今度は、下から上へと跳ね上げる。
風車の様に、ただ回転させるのではなく、一撃一撃に力を込めて、正確に打ち込む。
これには化け物も動揺する。
……そう、お利口さんね。
私を倒すのに、無傷ではいられないのを、感じてちょうだい。
尾花沢は、敵からの先制攻撃を凌ぐと、再び間合いを取って構える。
ふぅ……最近は、あまりやっていなかったけれど、物心かつく前からやらされていると、意外と体が覚えて要るものね。
……さて次は、こちらから行かせて貰うわよ。
尾花沢は、両手を揃えて前に出し、物干し竿を地面と平行に持ち替える。
「神・力・注・入」
尾花沢が、物干し竿に張ってあるお札に力を注ぎ込むと、物干し竿全体が、うっすらと黄色に輝きだす。
私は、上乃ちゃん達みたいに、妖力は無いけれど、その代わりにこの力がある。
昔とった杵柄。尾花沢流薙刀術と神力の合わせ技、お見せしましょう。
尾花沢の表情が、薄らと微笑む。
14時20分
15時20分
16時20分
の三本立て。




