妖怪あらわる
「おはよう、うどちゃん」
「お早うございです。上乃っち」
販売所の掃除をしながら、私は同僚と挨拶を交わす。
「ハハハ、うどちゃんは、今日も元気だね」
「もちろんです! 水沢うどから元気を取ったら、残るものはこのナイスバディくらいのものですよ!」
そう話しながら、うどちゃんは、ポーズを決める。
だが、お世辞にもうどちゃんの体系はナイスバディとはかけ離れている。
小学生と見間違得られるその体形の、なにがナイスなのかを、私は教えてもらいたい。
「そういえば……」
私は、辺りを見回す。
そう、それこそ本物のナイスバディで、いつも騒がしい彼女の姿が見当たらない。
いつもは頼みもしないのに、賑やかしにやってくる彼女の姿が無いのだ……。
「あれ? うどちゃん、今日、すいちゃんはお休み?」
「……すい?」
うどちゃんは、考える為、少し首を傾げる。
「……すい……あぁ!」
何かを思い出したかのように、パチンと大きく手を叩く。
「そうでした、そうでした。すいは、今日、実家に帰るって、お休みを取っていましたよ」
「へー、帰省かぁ。……ところで、すいちゃんの実家って何処なの?」
「……確か……春日部だったと思いますが……」
春日部市かぁ……春日部ってことは、今いる大宮から、北東へ直線距離で12キロくらいよね。
さほど遠くも、近くも無いって距離よね。
なんの用事かしらね?
私は、そんな事を考えつつも掃除道具を片付ける。
そして、今度は、お札の陳列を始める。
そういえば、お札の整理していて思い出したのだが、私はこの仕事を始めてから、お札について知った事がある。
お札には、大きく分けて2種類が存在するという事だ。
1つは、一般的にお授けしている、家内安全や商売繁盛等のお札。
当然これは、誰もが購入できるし、どこの神社にも置いてある。
しかし、もう1つは、かなり特殊な物となっている。
ここ氷山神社では、ある特殊な人物のみに、授けているお札が存在するのだ。
そのお札とは、霊的な効力を発揮する物をさす。
霊的効力とは、魔封じや結界等、専門家が使用するお札の事だ。
我が氷山神社にも、当然魔結界や認識阻害のお札が張られている。
分かり易い例で説明するのであれば、我々が出動する際、煙突砲で豪快に出撃する。
しかし、町民は煙突砲を見ても、深く考えないし、疑問にも思わない。
これが認識阻害、暗示結界のお札の効力となっている。
かくして、我々は目立つ基地を保有しながら、誰からも疑問に思われないのだ。
また、敵が我々の基地の発見に至らないのも、これらお札のお陰なのだ。
● ● ●
昼食を食べ終えると、私は舞殿の前で、伸びをした。
「ん~、相変わらず片桐さんのご飯は美味しいわ~。さて、午後は……そうね……たまには舞の練習でもしようかしら」
私は子供の頃に、日本舞踊のお稽古をしていたとはいえ、ここに来てからは、ろくに舞の練習などしていなかった。
言い訳をするのであるならば、仕事を覚えるのに必死だった。
神社の仕事に銭湯の仕事。そして、剣術の稽古。
これを全てこなしていると、私の体力をもってしても、ヘトヘトとなってしまう。
そうなると、ついつい、舞の練習は疎かになってしまうのだ。
実は、ここ氷山神社でも雅楽会というのが4月上旬に行われていた。当時、私は来たばかりなので、裏方作業をしていただけなのだが、本来であれば、私も舞を披露しなくてはならなかったらしい。
う~ん、気が進まないが、体を少し動かした後で、先生に見てもらうとするか……。全然舞っていないと、体が忘れちゃうしな……。
私は、舞殿の横に落ちているゴミを拾い上げると、昼食休憩を交代する為、うどちゃんの元へと歩き出した。
「うどちゃん、おまたせ、代わるわよ」
「上乃っちお帰りなさい。今日のお昼は何でしたか?」
「今日は、おそうめんでしたよ。なんかおそうめんを食べると、急に夏になって来たって感じがしますよね」
「分かります。麦茶も作り始めると、夏って感じがしますしね」
「そうそう。まっ、そんな訳で代わるわよ。お昼食べてきて」
「ありがとうございます。では行ってきます」
「……あっ、そうだ。なにか引継ぎってある?」
「引継ぎ……では無いですけど、こないだの金髪外人がまた来てましたよ」
私は、頭を抱える。
あぁ、彼ね……。顔とかスタイルは一級品なのに、なぜか棺桶を背負っていた残念男子ね。
あと、言動がちょっと変なのよね。イントネーションもそうだけど、全体的に、選択する単語が変なのよね……。
「……で、彼は、今日はなんと?」
「なんでも、ここの『お札』って看板を差して『おさつ下さい』って云って来たので、『うちにはおさつは置いていません。おふだならあります』って云ったら『なんで同じ漢字なのに読み方が違うんだ!』って永遠30分話して行きましたよ」
「……それはご愁傷様。私、その場に居なくてよかったわ」
「いぇ、ご安心を。その外国人には、全然帰ってもらえなかったので『あと30分したら、こないだここに居た美人の責任者が戻って来ます』と教えたら、嬉々として帰って行きましたから」
「……なっ!」
「では、後お願いします。ご飯食べてきますね」
「いゃ、まだ話は終わって……」
うどちゃんは、素早くお辞儀をすると、脱兎の如くその場から消え失せた。
「……うっ、うど……ちゃん。……私を売ったわねぇぇぇええええ!」
私は、拳をギリギリと握りしめながら、なんとか怒りを抑えた。
● ● ●
私が店番を代わるも、結局怪しい外国人は訪れてこなかった。
取り越し苦労で済んだのであれば、それに越したことはない。
太陽が傾き、段々と赤色へと変化する。
神社の販売所を閉めると、私は昼に決めた舞踊の練習をするため、舞殿へと足を踏み入れた。
しかし、それを見計らっていたかの如く、境内には、太鼓の音が鳴り響いた……。
そろそろかとは思っていたけれど、ついに来たわね……。
緊急出動の合図だ。
私は、急いで指令本部へと向かう。
指令本場に到着すると、既に全員集合していた。
どうやら私が最後だったらしい。
「すみません。遅れました。それで、今回鹿鬼は何処に現れたのですか?」
私はすかさず情報を求める。
しかし、支部長達の反応が薄い。
あれ? 私、何かやってしまったかしら?
私が脳内にて状況を判断していると、支部長の口からは、思いがけない言葉が発っせられる。
「おぃ、浅倉。鹿鬼って誰が云った?」
「えっ?」
私は緊急出動の要請があったものだから、当然鹿鬼が出現したものと決めつけていた。
「今回出現したのは妖怪だ」
「……妖怪?」
そうだった。私は妖鬼殲滅隊に所属しているのだ。
つまり、魑魅魍魎を殲滅するのが我々の使命となる。私は、早とちりをしてしまったのだ。
「鹿鬼と思い込んでしまいまして、失礼しました」
すると、副支部長がフォローを入れてくれる。
「浅倉組長が来てからは、鹿鬼しか戦ってませんものね。鹿鬼と思うのは、仕方のないことです」
「有り難うございます。では、若輩者の私に、妖怪の倒仕方を教えてはもらえませんか?」
私は頭を下げる。
「そうね、浅倉組長に教える事としては、特には無いわ。ただ妖怪は人の形をしていないのが殆どなので、相手の得意とする攻撃を早めに見極める事が重要かしらね」
成る程、確かに学校でも勉強はした。
妖怪はサイズもまちまち。それこそ、山ほどある大型のモノから、火炎を吐くモノまでいる。
つまり、相手の攻撃パターンを、素早く見抜く事が、勝利への道となる。
「分かりました。いち早く、敵を分析したいと思います」
「宜しくね。浅倉組長」
「はい!」
「では、敵の情報について伝えます。敵は布型の妖怪で、腕見たいな触手が6本生えて要るとの情報。大きさは一軒家程も有るそうなので、かなり大型になります。我々はこの妖怪を布虫と呼称して、迎撃に当たります」
布虫……大きさはあるが、薄そうね。
私の剣でも、充分に切れそうだわ。
「それと、出現場所ですが、春日部市となります。心して掛かるように。では、出現!」
副支部長の号令に従い、全員が敬礼を行う。
……それにしても春日部市とは……。まさかすいちゃん、事件に巻き込まれてなんていないわよね。
私は、そんな無用の心配をしていた。
● ● ●
その頃、春日部市では、何故か尾花沢すいが、少年を抱っこしながら街中を爆走していた。
「ひぃぃいいい! 何? あれ? 布? お化け?」
「知らん。オラが見た時には既にあれがいた」
「んな訳あるかい! あんたが、封印を解いたんじゃないの?」
「しらね~よ。オラは紙剥がしただけだ」
「それが、封印を解いたって云うのよ」
「紙切れ一枚で、うるさいなぁ。そんな事より、姉ちゃん、走らないと、追いつかれるぜ!」
「あんたが悪いんでしょう! 生意気云っていると、干しシイタケにするわよ!」
「五歳児に、なに無気になってんだよ。怒るとシワ増えるぜ」
「クソガキ……後で、しばく!」
尾花沢は、見ず知らずの少年に罵声を飛ばしながら、必死に路地を走っていた。
抱っこしながら走る尾花沢。
後ろを警戒しながら抱っこされている少年。
なんとも不思議な組み合わせが、春日部の町を、暴走していた……。
「なぁ、ねぇちゃん。大丈夫か? 息、あがっているぜ」
「誰のせいだと思っているのよ」
「もしかして、オラか?」
「そうよ! オラのせいよ!」
「ねぇちゃん、ゴメン」
「随分しおらしく謝るじゃないの。意外と素直なところ、有るじゃない」
「いゃ、そうでなくて、ねぇちゃんのおっぱいが大きくて、さっきから気持ちがいいんだよ。だから、先に謝っておこうかと……」
ブチッ!
尾花沢の、おでこの血管が3本切れた!
「オラ……、あんた干しシイタケ決定ね!」
「何それ……オラ枯れるまで、ねぇちゃんに使われるの?」
「変な言い方するな! ガキ相手に、何もせんわ!」
入り組んだ路地に入り込んだ尾花沢は、一先ず少年を地面に下す。
いかんせん、尾花沢は、状況が全く掴めていない。
実は、少年とは2分前に出会ったばかりなのだ。
よって、少しでも情報を得ることを、最優先とした。
「……さて、オラ、まずアンタの名前は何て言うの?」
「ん? オラか? オラは金成新次郎。しんちゃんとでも呼んでくれ!」
「しんちゃん? まぁいいわ。で、なんで、急にあのへんな化け物に追われていたの? あなたが祠から出てくる所は見てたんだけど……」
そう。尾花沢は、実家を訪れる前に商店街で買い物でもしようと思い、街中をプラプラと散歩をしていた。
すると、目の前にあった小さな祠の中から、慌てて少年が飛び出て来た。
尾花沢は何事か、と感じたことから、少年の動きを注視する。
すると、少年の右手にはボロボロの紙が握られていた。
しかし、問題なのはその後で、その少年を追いかけるかのように、大きな布の化け物が祠の中から出現したのだ。
尾花沢は妖怪事件と判断し、慌てて少年を追いかけた。
なんとか少年に追いつくと、妖怪に追いつかれまいと、少年を抱きかかえて走り出した。
――そして、今に至っている。
「なぁ、ねぇちゃん。オラ、これを剥がしたのがまずかったのかな?」
尾花沢は、少年が差し出した紙をよく見る。すると、その紙片は、紛れもなくお札だった。
きっと、その昔、名のある僧が、化け物を封印したのだろう。
それを、この少年が遊び半分で解放した……。
尾花沢はそう解釈した。
「さて、これからどうしようかしら……」
尾花沢は、手を顎に当てながら考える。
すると、少年がクイッと、尾花沢の裾を引っ張った。
「ねぇちゃん、大丈夫だ」
「大丈夫って、何を根拠に話しているのよ」
「フフフ、それはね。オラが大丈夫って云っているからだよ」
……? この子は何を云っているのかしら? アホなのは、話していて分かるけど。やっぱりアホなのかしら。
尾花沢は頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「ねぇちゃん、さっきオラの名前を教えたろ!」
「……しんちゃん……だったかしら?」
「違う違う。オラの名前は金成新次郎だ! 『かなり信じろ!』だ!」
尾花沢は、両手で頭を抱え、その場にヒザから崩れた。
あぁぁ……私、このおバカな少年を守りながら逃げるのは、無理かもしれない……。
いゃ、絶対に無理よ……。
いつもは、からかう側の尾花沢であるが、今回は、そうはいかなかった。
さて、来週が今年最後の投稿となります。
ですが、来週は年末企画、なんと一日に3本立て!
走れすい! 前編・中編・後編
を投稿します。
で、代わりに年始3日はお休みをいただいて、来年は10日からの投稿となります。




