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鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第一章 あがのたつ(四月)
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氷山銭湯

 目覚めると、そこは知らない部屋だった。

 私は、十畳和室の真ん中に、折り畳まれた座布団を枕代わりに寝ている。

 枕元を見ると、(かたわら)に、私の刀も置かれていることから、監禁されている訳では無いらしい。

 

 私は、上半身を起き上がらせると、改めて自分のいる場所を確認する。

 上座には床の間。そして、壁には立て掛けられた座卓。多分あの座卓は、私が寝ている場所に、本来はある物なのだろう。


 自分が今いる部屋を確認し終えると、こちらの様子を伺っていたかの如く、襖が開く。


「あっ、浅倉さんお目覚めですか?」


 年齢は12歳位だろうか? 細身の小柄で、あどけない男の子が私に声をかけてきた。

 ……それにしても、何故この子は、私の名前を知っているのだ? 初対面のはずだが、以前何処かで会った事があるのだろうか?

 ……いゃ、私は記憶力が良い方だ。少年の顔は見たことが無い。


「え~と、浅倉さん、お話してもよろしいですか?」


 マジマジと少年の顔を見てしまった事から、少年は、少したじろいてしまったみたいだ。


「あぁ、申し訳ない。どうぞ、お話を続けてください」


 私は、少年に会話を続けてもらうよう促す。


「それでは。お話させていただきます。浅倉さんが目を覚ましたら、店主の元まで連れて来るように云われていますので、私について来てください」


 少年は、それだけを私に告げると、お辞儀をするなり、背を向けた。


「わかりました」


 私は了承する旨を伝えると、体に掛けられていた毛布をたたみ始める。

 ところで、いまこの子は()()と間違いなく云っていた。

 宮司ではなく、店主?

 つまり、ここは神社では無いという事になる。

 私は、疑問を抱きながらも、少年の後について廊下を歩き始めた。


 窓の外を眺めると、大きな煙突が見え、煙突には大きく()()()()と書かれていた。

 つまり、ここは銭湯と謂う事になる。となると、私を呼んでいる店主とは銭湯の店長と謂う事になるのだろう。

 私は、おおよその予想の元、事務所の敷居を跨いだ。


「おぉ、お目覚めかね。浅倉さん」

「初めまして。本日よりこちらでお世話になります浅倉上乃と申します」


 私に声を掛けて来たのは、20代後半の男性だった。

 髪型はボサボサ頭で、丸い眼鏡をしている。

 肩幅はがっしりとしていて、何か武術をしている様にも感じられた。


「さて、初めに自己紹介をさせて頂こう。僕は小柳弥之助(こやなぎやのすけ)と謂い、ここ氷山銭湯の店主をしています。そして、いま浅倉さんを案内してきたのが楠清右ヱ門(くすのききよえもん)といいます。以後お見知りおきを」


 私は店主が頭を下げたことから、私もつられて頭を下げた。


「さて、自己紹介を終えて、すぐに何なのですが……。浅倉さん。まず、貴女を叱らなくてはなりません。なぜなら、一応ここでは貴女の上司になりますからね」

「はい分かりました。ところで、私は何を間違えたのか、聞いてもよろしいでしょうか?」


 私が質問をすると、店主は頭をガリガリと掻いた。


「まず、君はもう軍人では無いのです。なに勝手に鬼と戦っているんですか? あと、軍人でないのですから、帯刀なんてしないでください。刀は私共であずかります」


 ……そうだ。鹿鬼が出現した時は、自分はまだ軍人のつもりで戦ってしまった。

 しかし、今の私は一般市民だ。……軍人では無い。

 当然、刀など持ち歩いて、良いものでもない。


 私は、自分が取った軽率な行いを振り返り、店主に頭を下げる。


「勝手な行動をして、申し訳ありませんでした。仰せの通り、刀はこちらに預けさせていただきます」


 すると、店主は軽く頷いて、どうやら私の行動を許してくれた様であった。

 店主は、云うべき事は云った見たいに満足そうな顔をすると、続けてここでの私の業務について話し始める。

 

「それでは、これからの生活及び仕事内容についてお話します。まず、浅倉さんには銭湯の掃除など、銭湯業務一般をしていただきます。また、氷山神社において巫女の業務と、舞殿にて踊るための踊りの練習もしていただきます。概ねの業務は以上になりますが、なにか質問はありますか?」


 私は銭湯の業務を云い渡された時に、掃除などの雑務はやらされるだろうと、覚悟をしていた。

 しかし、舞殿にて踊りを披露するとは思ってもいなかった。踊りなど、子供の時に日本舞踊を少し習った……(かじ)った……いゃ、触った程度だ。

 ……そんな私に出来るのだろうか?

 若干の不安を抱きながらも仕事内容は、概ね理解した。

 しかし、1つ重要な事を聞いていない。

 私は、その質問をすべくてをあげた。


「小柳店主。1つ質問をよろしいでしょうか」

「どうぞ」

「業務の内容は把握出来ました。ですが、私は、どちらへ住めばよろしいのでしょうか?」


 すると店主は、『あっ!』とした表情を作り出し、説明し忘れていた事をあらわにした。


「すまん、すまん。云い忘れてしまった。浅倉さんは、ここの二階に住んでいただきます。そこの楠もそうですが、大体は宿舎に住み込みで働いてもらっています。ですから、浅倉さんも住み込みでお願いします」

「……それは助かります。私もこちらに来るにあたり、部屋を探しておりませんでしたので」


 そう、卒業配置先には寮があるものとなっている。よって誰も部屋探しなどはしない。

 私も迂闊(うかつ)であったが、私の勤務先は一般企業だ。

 つまり部屋が無い可能性は十分にあった。

 しかし、私のミスとは謂え、勤務先に部屋が用意されて居たのは、本当に有難い。


「他に、何か質問はあるかね?」


 私は一瞬「何もありません」と答えそうになる。……が、どうしても気になることがあった。

 聞けば怒られるかもしれない。

 だが、私の精神衛生上、聞いておかない訳にはいかなかった。

 

 私は、細く息を吸い込み呼吸を整える。

 

「……1つよろしいでしょうか」

「なんなりと……」

「……では、失礼して」


 私は、小柳店主の目を見る。


「私が戦っていた鹿鬼(かき)は、どうなりましたか?」

「……柿、ですか? まだ春ですから、その様な果物は、なっていないと思いますが……」


 くっ……この店主はふざけているのか?


「いぇ、果物の柿では無くて、鬼の方の鹿鬼です」

「……あぁ、貴女が軍人ごっこをして戦った鬼ですか……」


 なっ……『ごっこ』等では、決して無い。

 ……しかし、それが言葉に出せないのが、歯がゆい。


「あの鬼は、誰かが倒したそうですよ。よく知りませんが」

「そうだったのですか……」


 私の声はか細かった。

 

「あっ、そういえば、私は誰に、どうやって此処まで運ばれてきたのでしょう? お礼を述べなくては……」

「あぁ、浅倉さんですか? なんか知りませんが、花見をしていた親切な方が、連れて来てくれたんですよ。名前は分かりませんが……」


 名前は分からないが、ここに連れて来ただと? この店主、とぼけるにしては、穴だらけだ。

 私の名前も、素性も分からないのに、ここに連れて来られるハズなど無い。

 ……そもそも、鹿鬼を倒して、私をここまで運んできた。その人物とはいったい何者なのだろう。


 まっ、幾ら考えても答えなど出るはずも無い。


「すみません。もう1つ質問させて下さい。店長は、なぜ私の名前を知っていたのですか?」


 どうだ? これで、何か少しボロを出さないか?


「あぁ、それでしたら、巫女の三沢さんに聞いたんですよ。女性が倒れているって事で、誰かが神社に助けを呼びに行ったみたいでしてね。三沢さんも先ほどまで、ここに居たんですよ」


 そうか、三沢紬……。彼女が、私の素性を話したのか。

 彼女には、私の情報が入った封筒を渡している。

 それならば、知っていて当然だ。


「他に何か気になる事はありますか?」

「いえ、ございません」


 これ以上の情報は得られないと考えた私は、小柳に頭を下げて部屋を後にした。


 部屋を出ると、楠君が私の横に立ち「部屋を案内します」と告げてきた。

 私は、お願いしますと頭を下げると、彼の後に続いて進んだ。


「あの~、楠君。質問してもいいかな?」

「……なんでしょう」


 彼の声のトーンは、明らかに質問を拒否するトーンだ。

 だが、いちいち、そんな事を気にしている程、私にも余裕はない。悪いが、些細なことでも情報が欲しいのだ。

 

「楠君は、ここのお子さんで、良いのかな?」

 

 私の気持ちとしては、何気ない質問だ。

 だが、彼の回答は、私の予想よりも、少し上を行く。


「僕は、捨て子ですので、親はいません。ここで住み込みとして、働かせてもらっているだけです」


 ……しまった……軽率だった。

 銭湯に子供がいれば、当然、親も一緒にいると思い込んでしまった。

 だが、慎重に考えれば、家族を持っている社員なら寮から出て、別に家を借りるなりするはずだ。

 私は、思い込みだけで、彼の身の上を聞いた事に後悔をした。


「……すまない。辛い事を、聞いてしまいましたね」

「……いえ、別に大した事ではありませんので」


 彼は私に、無表情でそう答えるが、自分が捨てられた事を、()()()()()()()と云い放つ彼の存在が気に掛かった。

 もし本音で、その様な事を口にしたのだとすれば、彼の心は既に()()()いることになる。


 私は出会ったばかりの彼を、気に病んだ。


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