ラウンド4 後編
上乃とマイクの攻防が始まって、5分が経過しようとしていた。
実は、前回の鹿鬼戦で、上乃は静流駆を使いこなす片鱗は見せていた。
敵の攻撃をマトモには受けずに、受け流す技『三神絶世流・静流駆』。上乃は姉が実際に使用して見せたことにより、より正確な動きを脳裏に焼き付かせる事が出来たのだ。
後は、瑞乃の動きをトレースして、体を動かすだけ。
通常はそのトレースが難しい所なのであるが、こればかりは、毎日稽古を欠かさなかった、上乃の賜物と謂えるだろう。
上乃は、見事に姉が背中で見せた技を、使用して見せたのだ。
「ちくしょう、なぜ当たらねぇ! 魔法でも掛けられているみたいだ!」
マイクがぼやく。
そんなマイクを他所に、上乃の集中力は尋常でなかった。
――避ける、流す、柄で上に打つ。弧を描いて足を下げる。膝を使って、ボディーを流す。……私は、動けている?
三神絶世流は刀、体技、投げの3つを使いこなす流派となっている。
上乃は、その中でも特に剣に長けていた為、残りの2つを、重視してこなかった。
何故なら、刀の間合いは、体技のそれよりも広い。何より、上乃のリーチと体格で、男と戦うのであれば、いささか不利であるからだ。
しかし、上乃としても、体技として身につけていた技が、まさかこの様な場所で役に立つとは思いも寄らなかった。
上乃は、スキあらば刀で首を薙ぎに行く。胴突きを繰り出す。
相手に反撃……いゃ、息継ぎすらも与えない。
そして、その戦いを、瑞乃と楠は、目を見開いて観ていた。
「師匠、質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだい、キヨ」
「……お姉……組長は既にあのボクサーと戦って、5分以上経っていると思うのですが、なぜ妖力が切れないのでしょうか?」
「あぁ、その事か。そりゃぁ、妖力なんて使わないで戦っているからね」
「えっ、組長は妖力を使っていないのですか?」
「私もそうだったよ。相手にダメージを与えようと思うならば、妖力は必要だけど、そうで無ければ必要ない。つまり、防戦一方なら妖力は使わなくても良いんだよ」
「……そうだったんですね。師匠も、組長も凄いですね。僕にはあの技は使えません」
「まだ教えてなかったからね。でも、ちょっと練習すればできると思うよ。それよりも、上乃の体力が落ちてきたね。そろそろヤバいよ」
「……組長のスタミナが切れますか……それにしても、どうして組長は逃げないのでしょう。別に、今なら逃げても、それ程影響は無いはずなのに」
「…………っ……」
その言葉を聞いた途端、瑞乃の顔が曇り、顔を隠す様に、手の平を額に当てる。
瑞乃は、後悔と無力さを思い返す。
瑞乃は、楠清右衛門を育てるため、武術から、礼儀作法まで色々と教え込んだ。しかし、どうしても教えられない事柄があった。……いゃ、教えられなかった……。
……瑞乃が楠と出会った頃、楠の心は死んでいた。
楠は、死んでもいいと考える毎日。
そんな楠に、瑞乃は、ただ『生きる』と謂う感情しか教えられなかった。
しかもそれは、憎しみと謂った感情の形でだ。
本来であれば、生きがいを与えて、その夢に向かう事を、生きる糧とさせたい。
しかし、いくら言葉をこねくり回そうが、楠の耳には何も届かなかった。
その中で、唯一楠が反応したのは、他ならぬ仇討ちだったのだ。
瑞乃にとって、楠は、両親の敵を撃つために強くなる……その為だけに生きる……それを教えるのがやっとだった……。
自分を犠牲にしてまで、守りたいものを守る。本来であれば、一番教えたい人の心。これを、教えてあげる時間は、瑞乃には無かったのだ……。
「……キヨ、よく見ておきなさい。なぜあの子は、自分を犠牲にしてまで戦っているの? 今もギリギリの攻防戦。1回受けるのを失敗すれば、それで終了。そんなリスクのある戦いが、何故できると思う?」
「なぜ? ……うーん……何故ですかね。後ろに市民が居るわけでもないのに……。今は、戦う理由何て無いですよね」
「……そうか。……じゃぁ、あの子がやられたら、次にやられるのは誰?」
「それは、ろくに動けない僕でしょうね。そもそも、何度か殺されそうになりましたし」
「……そう、じゃぁキヨは、何度か上乃に助けられたのね」
「……そうですね。桶川でも、鴻巣でも……そう謂えば、大宮でも助けられました……ね」
楠の言葉が止まる。
「…………あっ……そうか。……僕、もう3回も死んでいるんだ……」
楠は、指を折って、自分の死の数をかぞえた。
「今までは、両親の仇討ちと思って生きて来ましたが、実はお姉ちゃんが居なければ、もう……その夢も潰えていたのですね……」
楠は客観的に自分の立場を理解し始めた。
とはいえ、まだ幼い子供だ。理解したといえど、なんとなくと謂った程度だろう。
瑞乃は、楠の表情から、やんわりと楠が考えている事を読み取った。
「……そうね。でも、今あの子は、命を顧みずに、あなたを助けている。それが何を意味するのかわかる?」
「いみ……意味ですか……? 意味なんて分かり……」
ツーーー。
楠の頬を、涙が伝って落ちる。
「……えっ、これは」
楠は、腕を目頭に擦り付けて、涙を拭き取る。
しかし、次から次へと、涙がこぼれ落ちて来る。
「あれ? どうして涙がこぼれるんだ?」
楠は、訳が分からず、袖で涙を拭う。
しかし、いくら拭いても、涙は止まらない。
「しっ、師匠。これは一体……涙が止まらない……」
「……それが、『心』ってやつよ」
「こころ?」
「そう……心よ。あなたは今、あの子の行動に心が動かされているの。お金や、自分の為で無く、あなたの為だけに無謀な相手に挑んでいる姿に」
「……すがた……」
楠は、身を挺してマイクに挑んでいる上乃の後姿を目に焼き付ける。
紙一重で避けているとはいえ、服は切りさかれ、彼方こちらから、血も滲んでいる。
痛々しい姿であるのにもかかわらず、マイクに対して一歩も引かない。そんな、たくましい上乃の姿に、楠は引き込まれた。
「お姉ちゃん……僕の為に……」
瑞乃は、心を打たれる楠の姿を見て、少しだけ、微笑む。
「私は、あなたに生きてもらう感情を持たせるだけで、手一杯だった。……でも、あの子はあなたに心を教えてくれた」
「……こころ、ですか?」
「そうよ……キヨ。……キヨ、あなたは今何がしたい?」
「僕がしたい事?」
「そう。あなたが今一番したいこと。両親の仇討ち? ここから逃げる事?」
「ぼっ、僕が今したい事は……」
「そう……あなたの、心が思うままに、行動しなさい」
「僕は……僕は……」
楠は、涙を拭って、声を張り上げる。
「お姉ちゃんを助けたいです! 今度は、僕がお姉ちゃんを助けたいです!」
楠はハッキリと、歯切れの良い言葉で瑞乃に告げた。
「そう……。それじゃぁ、あなたの好きなようにしなさい」
「好きなよう……ですか……」
楠は、顎に手を当てて、考える。
「師匠。では1つお願いがあります」
「……なにかしら?」
「僕に、奥義の……奥義の使用許可を下さい!」
瑞乃は、微笑んで楠を見おろす。
そして、楠の頭をグシャグシャと撫でまわす。
「ハハハ、いいわよ。使いなさい」
瑞乃は楠の頭から手を離すと、今度は、膝を折って楠と目線を合わせる。
「そもそも、私があなたに、奥義の使用を禁止していた理由は、ただの殺人マシーンになって欲しくなかったからよ。でも、心がある今のあなたなら正しく使えるはず。思う存分暴れていらっしゃい!」
「はい!」
楠のハッキリとした返事と、瑞乃が、楠の背中を叩く音がシンクロした。
楠は、キリッとした顔を作ると、上乃の背後へと歩き出すのだった……。




