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鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第三章 命の重さ(六月)
38/101

ラウンド4 前編

 サシューーー!


 私の刀が、空を切る。


 くっ……あと数ミリ……あと数ミリが届かない!


 楠君と交代して、私は、マイクに果敢(かかん)に挑んでいる。

 だが、スウェーバックを計算に入れて深く飛び込めば、マイクは更にバックステップを加えて後ろへ下がる。

 しかし、これ以上深く踏み込むと、今度は相手の間合いに入る。


 ……それだけは避けたい。


 私達は、お互いに攻撃しあった後、どちらともなく、間合いを取る。

 

 私は今、刀の間合いで戦っている。

 刀とは、相手に対して、何処が当たっても同じ力が加わる訳では無い。

 根本は一番力が弱く、反対に剣先は遠心力が働いている為、最も力が強い。

 つまり、剣先から10センチ程度の場所でないと、相手を切る事が出来ないのだ。

 この10センチを刀の打突ポイントと呼んでいる。

 よって私は、打突ポイントが丁度、相手の腕や体と謂った、切りたい部分にヒットする様に距離を保たなくてはならないのだ。

 しかし、当然マイクもその事は知っている。

 振り下ろされた刀の打突ポイントを避ける様に、下がって、刀を躱すのだ。

 では、もし、踏み込みすぎたらどうなるか?

 当然マイクは下がって躱さずに、前に出て来て、刀を受け止めるだろう。

 先ほども説明したが、刀の根本は、力が弱い。言い換えれば、切れないと云う事だ。

 片方の手で、刀の根本を殴る。

 しかし、力が弱い為、当然グローブを切り裂く事は出来ない。

 そして、空いた方の手が、私の体を殴りつける事だろう。

 つまり、踏み込みすぎると、刀の間合いから、パンチの間合いに変わってしまうと云う事だ。

 では逆に、受け止められるのを前提とする。または、受け止められてから敵の攻撃が来るのを把握していれば、パンチを躱せるのでは無いかと考える者がいるかもしれない。

 しかし、それは浅はかと云うものだ。

 私とて、普段から鍛錬を重ねて、素早く刀を振る練習はしている。

 しかし、グローブと云うのは、刀よりも遥かに軽い。殆ど素手で殴っているのと変わらないのだ。

 つまり、何が言いたいのかというと、近距離において、グローブのスピードを凌駕する事は不可能という事だ。

 しかもグローブは、刀と違って両手だ。双方から、同時攻撃を受けることとなる。

 片側からの攻撃を受けるか、躱すかしても、もう一方からの攻撃が必ずヒットする事だろう。

 ボクシングは両方から攻撃が来るので、油断ならないのだ。

 しかも、そのパンチは鹿鬼の力を得る事により、さらに速度と威力を増している。

 今ここで『強い』と意味する新しい言葉を作るとするならば、鬼に金棒ではなく、鬼にグローブと謂う言葉かもしれない。



 ● ● ●



 私が、マイクと格闘して、どのくらいの時間が経ったのだろう。少なくとも2分は経過している。

 ……私の妖力はあとどのくらい持つだろうか。

 1分? いや、30秒?


 私は、一瞬残りの時間を考えた。……が……その瞬間、砂利に、足をすくわれた。


 ジャリッ!


 しまった、(わだち)か! ……このままでは、転ぶ!?


 私が、態勢を崩したのを、見逃してくれるほどマイクは優しい敵ではない。


「へっ……レディー、ペーストの時間だぜ! カカカ」


 マイクの左ストレートが、私の顔面に向けて、閃光の如く襲い掛かる。

 ダメだ!

 私は、反射で目を瞑る。


 バシィィィイイイイン!


 布団叩きで、布団を、豪快に打ち付けた様な大きな音が、私の右耳元で鳴り響く。……が、私の顔面に痛みは走らない。

 私は恐る恐る、瞼を上げる。

 すると、マイクのパンチは、私の目の前で止まっている。……いゃ、正確には、横にいる何者かによって、受け止められている。

 

「おぃおぃ」

「なにかしら?」

「俺の渾身の左ストレートなんだぜ」

「それで?」

「普通は受け止められないんだけどなぁ」

「あらぁ……そう。じゃぁ……私は特別って事かしら?」


 ……なに? 何が起こっているの? しかもこの声、聞き覚えがある。

 私は、目の前で起こっている出来事を整理し始める。

 マイクの左ストレートは、私の顔面から見て1時の方向、30センチ程離れた所で止まっている。

 そして、そのパンチを止めているのが、私の右側面から伸びてきている腕……というか、掌底だ。

 ……この腕の持ち主は……いったい……誰?


「ほら、しっかりしなさい。立てるなら自分で立ちなさい、上乃(あがの)!」


 ……この声は……間違いない。訊き間違えるはずも無い。

 私は、後方に跳び、マイクとの間合いを取る。

 そして、改めてマイクのパンチを受け止めている者の、後姿を確認する。


「……久しぶりね。()()()!」



 ● ● ●



「シスターだと?」

「そっ、初めまして。そこの妹より100倍可愛いお姉ちゃんだよ!」

「ふざけやがって」


 その言葉と同時に、マイクは瑞乃にパンチのラッシュを仕掛ける。

 しかし、瑞乃はそのパンチの全てを受け流す。

 マイクのパンチは確実に瑞乃の顔面や、ボディーに向かって伸びている。しかし、その攻撃の全てが少しだけ軌道を逸らされて瑞乃の体にはヒットしないのだ。

 マイクにとっては、幽霊でも相手にしている様に、感じられた事だろう。


「ぜぃぜぃぜぃ……。おぃ……女。お前は一体何者だ?」

「……ん? 私?」


 瑞乃は自分の顔を指差しながら、おちゃめな顔をする。


「私の名前は犬塚瑞穂(いぬづかみずほ)。そこにいる愚妹(ぐまい)の姉よ!」

「姉とか、妹とか、そんなのを訊いてんじゃねぇ。ふざけるな!」


 マイクは、腕を付き出して、瑞穂を指し示す。


「俺の攻撃を(ことごと)(かわ)しやがって、お前は何者だ!」

「貴方、勘違いをしているわね。私は、躱しているんじゃないの。反らしているのよ! 因みに上乃! これアンタにも出来るはずなんだけどね」


 いきなり話をふられた上乃は、あわあわと、たじろぐ。


「……えっ、でも……私そんな技知らないわよ」

「これは、うち……って云うか、浅倉家が継いでいる流派『三神絶世流(みかみぜっせいりゅう)静流駆(しるく)』を私なりに霞渡瀬流(かすみわたらせりゅう)に変化させて使っているだけだから」

「……えっ、霞渡瀬流? 姉さんって家を出た後、霞渡瀬流を学んだの?」

「あれ? 云ってなかったっけ?」

「云ってないわよ! じゃぁ、その流派って!?」


 上乃がそこまで言葉を発すると、よたよたと足をずりながら、近づいて来る楠が声を上げた。


「師匠!」

「お~、元気かキヨ! 少し大きくなったかね」


 上乃は、瑞乃と楠の顔見るなり、行ったり来たりと首を左右に振る。


「ねっ、姉さんが、ししょう?」

「そうよ。師匠。この子を育てたのが私!」


 上乃があんぐりと口を開けて驚いていると、茶番に飽きたのか、すっかり息を整えたマイクが足場を固めた。


 ジャリッ!


「……さて……じゃぁ、選手交代って事で、今度の相手は、シスターでいいのかい?」


 マイクは瑞乃に向かってファイティングポーズを取る。

 しかし、当の瑞乃は両手を上にして、肩をつぼめる。


「残~念。貴方のお相手をしてあげたいのは山々なんだけどぉ〜、今日、私ね……女の子の日なの~。な・の・で、お相手は上乃ちゃんが続けるわ!」


 そう云いながら、瑞乃は、上乃の元まで歩いて来るなり、軽く肩を叩く。


「じゃっ、そういう事なので、後はよろしくね!」

「……姉さん、戦ってくれないの?」

「何云っているの……ここは貴女の戦場だし……あなた、()()なんでしょう。気張りなさいな!」


 そして、そのまま瑞乃は楠の元へと歩いて行った。


「……そぅ……よね。私は組長……ありがとう、姉さん……気合が入ったわ!」


 上乃は、刀を強く握りしめる。


「それじゃぁ~頑張ってねぇ~」

「あーそうそう姉さん」

「なに?」

「姉さん、私の事、()()って云った事忘れないから! 後で、たっぷりと、訂正させてあげるわ!」

「あららら、随分と、ねちっこいわね。……まっ……でも、キヨの事は任せなさい。貴女は目一杯戦ってきなさいな」

「ふっ、云われるまでもないわ!」


 上乃は髪をかきあげると、マイクの前に対峙する。

 スーッと刀を中段へと持ち上げると、再び構えを取る。


「お待たせしたわね。貴方のお相手は私よ!」

「けっ、続投できる体力なんて、残って無いだろうに。リリーフのシスターに交代しとけよ」

「あら、そのセリフ。私を、打ち取ってからにしてもらえないかしら」

「けっ、面白い。……じゃっ、ホームランで、強制的に降板させてやるよ!」

「フフフ、三振の間違でしょう?」


 上乃とマイクの間に緊張が走った。


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