表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第三章 命の重さ(六月)
37/101

ラウンド3

 僕は、マイクと概ね3メートルの距離で、対峙していた。

 マイクの構えは前回と変わらず、左半身を前に出して構える。つまり、ボクシングのファイティングポーズ取っている。


 さて……ここで少し敵の動きを整理してみよう。

 僕の得意とする攻撃は、発勁(はっけい)と呼ばれている技だ。発勁とは、相手の力をそのまま相手に返す技を呼ぶ。

 分かり易く説明すると、タンスの角に足の小指を当てると、痛い。頭上の戸棚が開いているのに気が付かず、頭をぶつけると痛い。この様に、動く相手の進行方向に、障害物を作り出す事により、ダメージが相手に伝わる。そう考えてもらえれば、分かり易いだろう。

 つまり、マイクが突進してきて、そのタイミングに合わせて、打撃を繰り出せれば有効打が与えられる。

 しかし、前後の動きを巧みに使用しながら、攻撃を仕掛けて来るボクシングとは非常に相性が悪い。打撃が届く前に、相手が回避行動を取るためだ。

 では、どうするか……。

 そう、発勁に頼らなければよい。つまり、単純に打撃技で攻撃すればよいのだ。


 考えが纏まると、僕は、一気にマイクとの間合いを詰める。

 出来るだけ相手との間合いを縮めれば、どんな回避行動を取ろうとも、僕の短い腕とはいえ相手に届く為だ。

 そして、まずマイクは、ボクシングの基本、ジャブから仕掛けてくるはずだ。


 シュッ!


 案の定、左手の牽制攻撃(ジャブ)が来る。それを右足に力を込めて、左に跳んで避ける。

 相手から見て右側に避ければ、当然マイクは右手を使用した攻撃を繰り出してくる。……では、右からは何の攻撃がくる!?


 ブォォオオ!


 音だけが左耳に飛び込んでくる。


 何かが来る!? が、見えない!? 何だ?

 ……少しでも情報が欲しい!


 僕は、目をスライドさせながら凝らす。


 ……マイクの右腕は……伸びている?

 ヤバイ! 視界の外から右フックが襲って来る!


「くっ!」


 しゃがんで避ける!


 ブワァァア!!!


 頭上を豪快なパンチが通り過ぎる。

 ……が、そのタイミングで、再び右足に力を込める。

 じゃがんだ状態からの、右足のみで跳躍を繰り出す!


 ザッ!


 ちっ、飛びすぎたか!


 ……一連の動きに勢いが付いていた為か、相手の右わき腹を通過して、相手の右後方まで回り込んでしまった。


 もう一度攻撃を!


 僕が急速旋回をし、マイクに攻撃を仕掛けようと足に力を込める。

 ……だが、相手もまた急旋回して僕と対峙する。

 

 なっ、なんて反応速度だ。……動きが速すぎる。

 この男、なんちゃってボクサーなんかじゃ無い。確実にファイトマネーを稼いでいたプロボクサーか、泥臭い地下ボクサーだ。

 いずれにせよ、趣味でボクシングをやっていた者の動きでは無いな……。


「……中々動きが速いんですね。僕もビックリですよ」

「けっ……冗談。あんなの早い内に入らないぜ。あまりに遅くてモグラが止まるぜ」

「何を云っているのですか? ……そもそもモグラは、そんなに早く無いでしょう。もしかして、あなた……大アホなんですか?」

「へっ、アホかどうかは、俺に攻撃を食らわしてから云ってくれ」


 マイクが地面に唾を吐く。

 ベチャリと、唾が地面にへばりついた鈍い音が、耳に届く。その音がゴンクと思わせるかの如く、同時にマイクが距離を詰めて来る。


 ――来るか!

 

 マイクが()()を振りかぶって、突進してきた。


 この構えは――右ストレートが来る!? では、右手を受け流して……。

 ……ぃゃ!


「ごほっ!」


 僕のボディーにマイクのパンチが突き刺さる。


 なっ、なんと……左のフックだと? 油断した。

 しかも、そこからの右ストレート――はマズい!

 ――かがんで躱す!

 間に合えぇぇええええ!!


 どびゅぅぅぅ!


 僕の頭上を、一陣の風が通り過ぎる。

 それが当たったかと思うとゾッとする。

 ――だが、ストレートで、伸び切った右肘――もらった!

 僕は真上への一撃を炸裂させる。


 ミシィ!


 関節の(きし)むいい音だ。

 ……だが、これ以上ここに居るのはマズい。


 僕は、後方に跳んで、間合いを取る。


「けっ……ボーイ、やるじゃないか。ちょっと、右肘が痛いぜ」

「痛くないと、技とは呼べませんからね」

「……技ねぇ。……因みに、今の技に名前とかあるのか?」

霞渡瀬(かすみわたらせ)流気功術、二ノ型、上方突きって云うんですよ」

「成程。覚えておこう。……中々痛い技だったぜ」

「降参するなら、今の内ですよ。まっ、降参しても、許すつもりなんて微塵もありませんけどね」

「……そうか、じゃぁ、降参するのは諦めるとするよ」


 マイクはそう言葉をこぼすと、左右の足を入れ替えて構える。


 ……! ……これは、いったい?

 足を入れ替える前と、マイクのオーラが違う。

 ……もしかして、マイクの本気というか、本来のマイクのスタイルは……。


 「右手を痛めたからな。本気で行かせてもらうぜ! まっ、構えを見れば分かるだろうが、俺の本業は()()()()()なんでな……」


 ――嘘だろう……利き腕でない方で、今まで戦っていたのか。

 マズイな……これは気を引き締めないと、殺されるかもしれない……。


 僕の背筋に、冷たい汗が流れた。



 ● ● ●



「さて、ラウンド2だ。ゴングは無いけど、鳴った事にさせてもらうぜ」

「……どうぞ、ご自由に」


 キュッキュッと、マイクがステップを踏みながら、距離を詰めて来る。

 ボクシング特融の距離の詰め方だ。

 確かに早いが、戦ってみて分かった事がある。

 やはり、ボクシングには、蹴りが無い。つまり、足元への攻撃、ローキックには弱いはず。

 ……ただ、忘れてはならないのが、相手の筋力だ。

 鬼型鹿鬼に比べると、力こそ弱いが、人間離れしているのは間違いない。

 ヘビー級ボクサーと戦っていると考えれば、同じ感じなのだろうか?

 ただ、そんな化け物を相手に、僕の蹴りがどこまで効くのかは未知数だ。

 この相手に対して、蹴りが打てるのか、また、打てたとしても効くのか。

 僕の頭の中には、最適解が生まれて来ない……。


 だが、悠長に考えている間も無いほどに、間合いが詰まる。


 ビュッ、ビュッ!


 マイクは右手でジャブを繰り出す!

 マジか、平気で右手を使うのか! ……マイクの右肘に、痛みは無いのだろうか?

 マイクのジャブは、僕がガードしている腕の上から、平然と叩き込まれる。


 ばごぉぉぉおお!!


 ミシッっと骨の(きし)む音がした。

 

 冗談じゃない。ガードの上からでも、この威力か……。

 まともに食らったら、折れるな。


 僕は後退しながら、ジャブを避ける。

 ……だが、多分あまり時間が無い。

 戦いを開始して、既に2分が経過したと思われるからだ。


 ……相手の懐に飛び込みたい……が、なにせ隙がない。

 困った……隙がない……。

 そうだな…………なければ作るしか無い……か……。


 僕は、相手に向かって走り出す。相手が右ジャブを繰り出す瞬間、それを左半身で腰を落としながら左手で打ち上げて、軌道をそらす。

 次に、左足をコンパスの針を刺す様に軸として、反時計回りに体を回転させる。

 その回転運動を利用して、荷重をかけた右肘を相手の右わき腹に押し込む。


 ドゴォォォォオオ!!

 

 決まった! どうだ、身長差のある僕でも、これならしっかりと急所に打撃が入る。

 これで、マイクは後方へと吹き飛ぶはず…………筈なのだが…………。


 ……僕の肘は、確かに相手の右わき腹にヒットしている。

 そう、僕の肘打ち確かに炸裂したのだ。

 だが…………マイクの体は、その衝撃を堪えている。

 めり込まず腹筋を駆使して跳ね返して来る。

 そう……相手の腹筋が異様に鍛えられているのだ。


 バッ、バカな!

 あり得ない腹筋!


 僕が、一瞬驚いていると、マイクは当然その瞬間を逃しはしない。

 僕の右肩に、マイクはえぐる様なパンチを繰り出す。


「ぐはぁぁ!」


 その一撃をくらった僕は、コマの様に、回転しながら、地面へと転がり落ちる。


 ……マジか、こっちが離脱する前に、至近距離から左手で打ち込んで来るとは……。自分の胸の前を横切るパンチなんて力が入らないはずなのに、どんな筋肉をしているのだ……。

 ……それに、僕の右肩は多分脱臼している。骨は折れていないものの、暫く使い物にはならなそうだ。

 ホント、最近の僕は、負け越しているな……。

 ……だが。


 僕は相手から追撃を受けない為に直ぐ様立ち上がる。右腕はだらんと垂らしたままだが、なんとか構えをとる。


「さて、お待たせ。……第3ラウンド、始めましょうか……」

「いいねぇボーイ。勝てる見込みも無いのに立ち上がるとは……」


 マイクの顔が、溶けそうな程ニヤけている。

 

「え~っと、この国の言葉で、ボーイみたいなのを何て云ったっけか? あぁ~、そうそう。『二度負ける事は三度負ける!』だったな」

「相変わらずと云うか、残念ながら、お(つむ)が弱いようですね。ことわざの使い方まちがっていますよ。『仏の顔も三度まで』って、云うんですよ。そんなわけで、4度目は貴方にはありません」

「何を云っているんだい? 4度目って、次は第3ラウンドだろう? いつ第4ラウンドになったんだ?」

「……何を云っているのですか、前回、桶川の分が残っているじゃないですか」

「やれやれ、ボーイはねちっこいねぇ」

「ねちっこくて結構です!」


 ザッ!


 その言葉と同時に、僕は走り込んで跳躍する。そして、相手の顔面に目がけて、跳び蹴りをお見舞いする。


 

 ● ● ●



「ちっ、早い! ダッキングだ!」


 マイクがスクワットの様に、膝を折りたたんで、体を沈める。

 直線的な攻撃である飛び蹴りが、躱される。

 

 ……まっ、当然そう躱すでしょうよ。

 相手は両手でガードをしながら体制を沈めている為、顔面への攻撃は通らない。

 でも、首ががら空きですよ……。


 僕は、ハードルを越える様に、相手の頭上を越えた瞬間、左足で相手の首裏、延髄に左足で蹴りを打ち込む。


 グラッ。


 マイクが少しバランスを崩す。


 よし、効いてる。


 僕は、再び構えを取ってマイクと退治する。


「ってぇなぁ、ボーイ! 別に、ギフトを置いて行かなくてもいいんだぜ」

「いぇ、只で頭上を通過しては悪いと思いましてね。通行料ですよ」


 チロリっ。


 僕も舌を出して、マイクと同じく不敵な笑みで返す。


「ボーイ。まだ、第3ラウンドは終わっちゃいないぜ!」


 そう云いながら、マイクは一気に間合いを詰める。

 右、左、右、左フック、右ボディーアッパーっと連続攻撃を繰り出す。

 ラッシュの為、骨が折れる程の打撃では無いが、それでもガードしている腕には、限界が近づいて来る。


 ……やばい、ゴリ押しのラッシュはキツイ。

 ガードが……解ける……。


「そろそろ、限界じゃないか? ボーイ?」


 力押しのラッシュで、体力が削られて行く。

 これ以上は、まずい!


「ここだ!」

 

 ばきぃぃいいいん!

 

 マイクの右ボディーアッパーで、見事にガードが上方へと吹き飛んだ。


「ボディーが、がら空きだぜ!」

 

 がら空きのボディーに、マイクの左ボディーストレートが炸裂する。


 やっ、やばい!


 どふぅぅぅううううううう!!


 僕は腹筋に力を込める! ……が、そのまま後方へと15メートル吹き飛ばされた。

 ……そして、それと同時に妖力が切れた。

 タイムアップだ……。


 地面に転がるセミの死骸の様に、僕は倒れた。


 ……徐々に、マイクの足音が近づいてくる。

 あぁ、これで何度目だろう。死を覚悟したのは。

 昔の僕ならこんな時、簡単に諦めていただろうな……。

 これも運命と割り切って……。

 

 ……でも、今は違う……。

 

 こういう時、必ず来てくれる人がいる。

 

 ……僕は知っている。

 

 ……僕が倒れた時、必ず抱き起こしてくれる、お姉ちゃんが居る事を!


 ジャリィ!


 乾いた地面を擦る音と共に、僕の顔は、何者かの影で覆われた。


「待たせたわね、マイクさん。ウチの弟が、迷惑を掛けたみたいで……」

「……ほぅ、もぉ動けるのか……。タフだな」

「いぇ、いぇ。結構効きましたよ、ジャンピング・ボディーブロー」

「……で、やっとやっと、立ち上がっているレディーは、何をしてくれるんだい?」

「……なにと云われても、大したことは出来ないわよ」


 そう言葉を発すると、お姉ちゃんは、マイクに向けて親指を立てた。

 そして、その親指で自分の首をかっ切るポーズを行い、そのまま親指を地面に向ける。


「……………………え〜っと……?」

 

 お姉ちゃん……何か、決め台詞云わないんですか?

 

「ねぇねぇ、楠君。この後どうするんでしたっけ……」

「……えぇぇ、知りませんよ。そもそも、その動きは、誰に教えてもらったんですか?」

「えっ、柏木さんですよ」

「……やっぱりあの人でしたか」


 僕は、顔を覆った。


「あ~、そぅそぅ。思い出しました」

「それは良かったです。ほら、相手さん待ってますよ。何か云ってあげて下さい」

「いいわよ! え~っと、asshole(アッスホール)。ニコニコ」


 お姉ちゃんは笑顔をマイクに向けた。


「…………お姉ちゃん……因みに、assholeって、どういう意味ですか?」

「えっ、これ? よく知らないんだよね。でも柏木さんからのアドバイスで、なんでもこう地面に親指を突きつけて、assholeって云えば、相手もニコニコになってくれるって教えてくれたんですよ」

「へ~、そうなんですか。……でも、相手さん、滅茶苦茶怖い顔していますけど……」


 マイクの顔は、真っ赤に染めあがり、まるで悪魔が取り付いたかの様な形相をしている。


「ヘヘヘ……レディー。……中々、いい度胸だ。……ミンチ……いや……ペーストにしてやる! 当然、覚悟は出来てるよなぁぁぁあああ!」


 マイクの形相に、お姉ちゃんが、少しひるんだ。

 

「……おぃおぃ……柏木ぃ、あいつ私を騙したな。帰ったら、鼻からそうめん食わせてやる!」


 そんな独り言を云うと、お姉ちゃんは、大きく息を吸った。


「さて!」


 お姉ちゃんも、怒りの戦闘モードへと目付きへと変わる。

 もっとも、怒りの矛先は、マイクでは無く、ここには居ない柏木さんに向けてな気もするが……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ