表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第三章 命の重さ(六月)
34/101

楠の思い出

 私は、金髪ボクサーに立ちはだかりながら、刀を中段に構える。


「……あー、そういえば、とりあえず、名前くらい教えてもらっても良いかしら? あなたの事をボクサーって呼ぶのも変ですしね」

「……そうだな。一応名前くらいは名乗っておこうかね。……俺の名前はマイク・リッチ。見ての通り、元ボクサーさ。……で、レディーの名前は何て云うんだい?」

「私の名前は、浅倉上乃。……貴方を地獄へ落とす者よ」

「……似たようなことを、さっきのボーイも云っていたけど、そう謂う事って云わない方がいいんじゃないのか? ……フラグとか云うんだろう?」


 無駄口を叩きながらも、両者はジリジリと間合いを詰める。

 自分の、ベストポジションに持って行きたいのは、お互い様だ。


「そんな事は無いわよ。()()って日本語を知っているかしら? 口に出した事は叶うのよ」

「へぇ~……そうかい。だったら……」


 ザシュッ!


 マイクが勢いよく飛び出し、一瞬で間合いを詰める。

 刀の間合いより近づいてしまえば、ボクシングの方が、有利にはたらく為だ。


「その意味を、俺に教えてくれ!」


 ラッシュが来る。

 左、右、左、ボディー。


 ザッ!


 私は、ボディーを後ろに飛んで避ける。

 すると、気持ち、お互いの間隔が広がる。


 よし……刀の間合いに入った。チャンス!

 敵の喉元へ、突きの一撃を決める!


「食らぇぇえええ!」


 私は、鋭い突きを打ち出した。

 が……しかし、届かない。


 ……えっ、私が、間合いを読み間違えた?


 マイクは、私の刀を拳で弾くと、再びラッシュを繰り出して来る。

 私は、そのラッシュを何とか(かわ)し、再び刀の間合いを確保する。

 

 今度は、逃さない。

 左から、首を()ぎに行く!


 ブワァァアアア!


 しかし、私の刀は、再び空を()いた。


 また見誤った?

 ……いゃ、違う。……相手は、上半身だけを瞬時に下げている。

 確か、ボクシングの技よね。スウェーバックって云ったかしら……。厄介な技ね。


 私達はお互いに間合いを取ると、息を整える。

 

「マイクって云ったかしら。その技……中々に厄介ね」

「スウェーバックか? ボーイもこの技で間合いを見誤って、俺に全く攻撃が出来ていなかったぜ」


 古武術にも、剣術にも無い技だからね。

 ……確かに厄介だわ。

 だけど、あれを何とかしないと勝てない。

 バックステップとスウェーバックを合わせられると、1メートルは間合いを見誤る。

 しかも、相手は下がってからのカウンターが早い。

 グローブだからって、舐めてかかると、間違いなく殺されるわね。

 ……さて、どうしようかしら。


 私は、中段に構えながら、相手に攻撃を与えられる方法を模索していた。


 しかし、予想に反して、この戦いはあっけなく終結する事となる。

 突如として、マイクが独り言を云い出したのだ。

 

「なんだ、(わん)。念話なんてしてきやがって。えっ? 恐呼(きょうこ)があばれてる? なんで? ……あ~~、じゃぁ、帰るよ。 石? あぁ、石は破壊しておいたよ。わかった」


 なんだ……マイクのやつは、王と念話をしているのか?

 鹿鬼は、そんな技まで体得しているのか……。


 私が、マイクの会話を集中して訊いていると、マイクは私の方を振り返る。そして、あたかも知人に挨拶をするかの様に、右手を軽く上げる。


「レディー悪いな。ちょっと野暮用ができた。また戦ってやるからな、Goodbye!」


 マイクは、その言葉だけを残すと、反転して、路地へと消えて行った。


「ちょっと、待ちなさい!」


 しかし、私が追いかけた時には、既にマイクの姿は見えなくなっていた。


「……逃げられたか」


 それにしても、マイクは不思議な事を話していたわね。

 ……恐呼があばれている?

 ……石を壊した?

 いったい、何の事かしら。これは調べる必要がありそうね。

 ……とはいえ、まずは、楠君の容体が気になるから、戻らないとね。


 私は、とりあえず、楠君の元へと戻る事とした。



 ● ● ●



「浅倉以下、3名無事に戻りました!」

「はい、鋼組のみなさん、お疲れさまでした」

 

 指令室に着くと、三沢さんが我々を(ねぎら)ってくれた。

 

「ですが……マイクとか謂うボクサー鹿鬼を、逃がしてしまい……」

「何を云っているの、浅倉組長。桶川で2体倒して、上尾でも1体倒す。楠君も無事に帰ってこれたのだから、上出来よ」

「しかし……」


 私は、マイクを取り逃がしたことを後悔していた。

 

「ほら、浅倉組長、元気出して。誰も傷ついてないし、バイクも無事返せた事ですしね。……そう謂えば、浅倉組長ってバイク運転で来たんですね」


 すると、横から柏木さんが、会話に割って入る。

 

「参謀長、組長ちゃんの運転が凄いんですよ。今度是非後ろに乗って見て下さい」

「凄いって?」

「……聞きます? 実は、桶川に向かう途中、左カーブの道があったんですよ。当然組長ちゃんは左にハンドルを切りますよね。ところが、ハンドルの切り方を間違って、後輪が滑って、田んぼへ一直線に進んだんですよ。俺はもう、終わったかと思いましたよ。しかし、そこで、組長ちゃんは、何故かハンドルを逆、右に切ったんですよ。すると、バイクの態勢が戻って、スライドしながら、カーブを抜けていくんです」

「あら、よかったじゃない。田んぼに落ちなくて」

「……それだけなら、まだ良かったのですが、これに味を占めた組長ちゃんは、来るカーブ来るカーブをその方法で曲がって行くんですよ。もう、死ぬかと……」

「それは、災難だったわね……」

「ちょっと、何を云っているんですか! あれのお蔭でタイムが縮まてって、間に合ったんですよ。そんな、地獄を体験してきた見たいに話されるのは心外です!」


 

 ……しかし、この時の浅倉はまだ知らない。

 後に、浅倉達の行動は『鹿鬼事案』として、報告書に纏められることとなる。……が、その報告書の一文に『浅倉少尉、二輪車ニテ国内初ノ二輪ドリフトヲ極める』との記述がなされる事を……。


 

 私達は、雑談兼報告を終えると、各々休憩へと移った。

 食事をする者、お風呂に入る者、お茶をすする者。個々に休息を満喫していた。


 私も、流石に疲れたことから、お風呂で汗でも流そうと、廊下を歩いていた。ところが、私の目の前には、待ち構えていたであろう、楠君が現れた。


「組長、少しよろしいですようか」


 楠君の顔は、神妙な面持ちをしていた。

 待ち構えていたくらいだ、当然、何か悩み事があるのだろう。

 そういえば、今朝は楠君と話している途中で、出撃になってしまったんだったけな。

 考えてみれば、最後まで話が出来ていなかった……。


 私は、その事を思い出したので、楠君に耳を傾ける。


「そういえば、話の途中で出撃になってしまったわね。今度は、最後まで話を聞くわ」


 私は、楠君に微笑むと、一緒に中庭のベンチへと向かった。



 ● ● ●



「……さて、私に聞きたい事はなにかしら?」


 私は、楠君に麦茶を差し出しながら、話を振る。


「……いぇ、聞きたい事は、無いのです。それよりも、まずは、お礼をさせてください」


 楠君はその場に立ち上がり、私に深くお辞儀をする。


「マイクに殺されそうなところ、助けて頂きありがとうございました」


 私は、首を左右に振る。

 そして、手をベンチに差し向け、座る様に促す。


「楠君は、勘違いをしているわ。貴方を助けたのは、私じゃないの。……柏木さんよ」

「そうかもしれませんが……桶川まで運転して来たのは、組長じゃないですか」

「まぁ、そう謂えばそうかもしれないけど、それでも、私は自分の仕事をしただけよ」


 そう……私は、当たり前のことをしただけだ。助けてあげただなんて意識は、全くなかった。


「組長、実は組長を引き留めた理由はもう1つあります」

「もう1つ?」

「えぇ。僕の事について、お話をして置かなくてはと、思ったからです」


 楠君の事について?

 ……あぁ……あの事ね。


 私の頭には、瞬時に楠君の話したい内容が思い当たる。

 楠君には、なぜ、殺人衝動を(ゆう)るす人にしか見えない刀が、見えるのか……。その話の事だと……。

 彼は、その理由を、私に話そうとしているのね。


「ふぅ」


 私は、小さく息を吐く。

 そして、相当重たい話が来るのだろうと、心の帯を締め直す。


「云いたくなければ、別に話さなくていいのよ」

「いぇ、これは僕の組長であるならば、知っておくべきかと思いまして」

「……分かったわ。では、訊きましょう。……でも、無理はしないでね」


 私は、楠君の目を見る。

 楠君もまた、私の目をしっかりと、見つめて来る。


「……では、話します。……あっ……そういえば、組長には以前、僕の両親が、氷山銭湯は居ない事をお話したのを覚えていますか?」

「もちろん。楠君と会った初日の話よね」

「そうです。ここ氷山神社には、僕の両親は居ませんし、身寄りも居ません」

「それは、今まで一緒に暮らして来たから分かっているわ」

「そうですか。……では、なぜ僕の両親がいないのかについて、お話します」


 楠君は、軽く目を閉じて、鼻から息を吸う。


「……僕は、とある小さな村に、両親と3人で暮らしていました。

 幼かった僕は、その村で何があったのか、どんな暮らしをしていたのか等の、細かい記憶はありません。

 ただ、僕が鮮明に覚えているのは、両親が僕を引き連れて、追いかけて来る村人から逃がしてくれた事です。

 何故僕ら家族が追われていたのか、それについての記憶はありませんので、追われていた理由については不明です。

 僕の記憶に残っているのは、僕たち家族が、村から走って逃げ出した所からです。

 今にして見れば、幼い僕と、母親ですから、村人に追いつかれるのは時間の問題だったのでしょう。

 そこで父は、僕と母を逃がすために、しんがりを努めました。

 ……しかし、父だけでは、襲って来る村人を、止め切る事が出来ませんでした。

 そして、今度は母が、村人から僕を逃がす為に、僕を先に逃がした後、村人と共にトンネルを爆破させて生き埋めとなりました……」

「……なっ、なぜそこまでして……、村人は楠君の何を狙ったのかしら?」


 しかし、楠君は首を横に振る。


「分かりません。何度もその記憶を辿ったのですが、残念ながら、覚えていないみたいです。

 ただ僕は、父と母のお陰で、奇跡的に命が助かりました。

 そして、途方にくれて歩いて居たところを、修行の旅に出ていた武術家に、助けられたのです。

 また、この人が僕の武術の師匠に当たります」

「……そう。つまり、その人が楠君の親代わりを務め、更に武の師匠でもあると云う訳ね」

「そうです。ですから、僕は、師匠に感謝しつつも、村人を恨んでいるのです。何故あの時、両親は、殺さなくては、ならなかったのか……。僕の怨みは、村人を、全員殺すまでは、晴れる事が無いと思います」

「……成程。それが()()()()()()()()ってな訳ね。……よく分かったわ」

「……はい。ですから、僕の殺人欲求は、村人だけとなります。赤の他人を殺したいとは思いません」

「そぅ……でも……それでも、人を殺してはいけないと思うわ。私は、貴方に、人殺しの人生なんて歩んで欲しくない!」

「……でも……僕は、人を殺す力を、習得(しゅうとく)ました。……もし復讐する為で無いとするならば、師匠は、なぜ僕に人殺しの技なんて、教えたのでしょうか?」

「……そうね。私にも、師匠が、何を考えていたのかは分からないけれど、きっと昔の貴方にはそれが必要だったんじゃ無いかしら……」

「……必要?」

「そう……きっと、人を怨む事によって、絶望を(かえり)みず、生きる糧とする。怨みは生命力だからね。きっと、絶望の淵に居た楠君を、自殺させず、生かすために取った手段なんじゃないかな? その師匠と同じ立場なら、私も、そうしたかもしれないし……」

「……では、もし、僕が復讐の気持ちを捨てたら……僕は……何を支えに、生きればいいのでしょうか?」

「……そもそも、復讐を支えとしているのであれば、村人を殺した時点で、生きる気力が無くなるって事よ。つまり、復讐と謂う気持ちでは、生きる支えが先に無くなるか、後に無くなるかの差でしかないってこと。どちらにせよ、終われば心の中は空っぽよ……」

「……そうかもしれませんが……それでは、僕は……この先、何を支えに生きればいいのでしょう? 村人を殺すことも出来ず、自殺も選べない。そんな人生になんの意味があるのでしょうか?」


 楠君の目には、涙が浮かぶ。


「そうね……。今の貴方には、村人を殺す力はあるわ。その気になれば、あっという間でしょうね。……でもね、その力は、村人を殺す事も出来るけど、鬼を殺す事も出来るのよ」


 私は、自分の刀をすらりと抜いた。


「楠君は、簡単に人を傷つける為の、拳を持っているわね。でも……もし、楠君の後ろに、守るべき市民がいたら貴方はどうします? 見殺しにしますか?」

「……いぇ、多分助けると思います……」

「フフフ……そう……助けるのね。つまり、楠君は市民にとっては、最高の盾となるのね」

「……最高の盾?」

「私はね、貴方の拳は、誰かを守るために使って欲しいの。……人はね、誰かを守るために立ち上がる時は、最強の盾になれるのよ」


 そう……貴方を守った両親の様に……。


「……最強の盾になれる……?」

「そうよ。楠君は最強の盾になれる。……でも、盾って、立て掛ける物が無いと倒れちゃうじゃない? ……だから、私はその支えになってあげるわ。貴方が市民の盾であり続ける限り、倒れない様に、私は貴方を支える壁となる。前に、云ったでしょ。()()()()()に任せなさいって」

「お姉ちゃん……」


 楠君の頬を、涙がつたう。


「そっ、お姉ちゃんよ。よろしくね、私の大事な弟、清右ヱ門(きよえもん)


 私がてを差し出すと、楠君もその手を握り返して来る。

 そして、お互いに強く握手を交わす。


 この時、私は、自分に組長としての重責を担った。

 また、組長としての決心も生まれた。


 …………この子は、私が絶対に守り抜く! っと……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ