ラウンド2
楠とマイクは、約2メートルの間合いを取り、お互いに相手の動きを観察していた。
楠は両足を地面にペタリと付けて、マイクはそれとは対照的に、軽いフットワークをしながら、構えている。
「ボーイ、俺をKOする見たいに云ったが、あまりいい気になるなよ。ふざけていると、火傷するぜ」
楠は、マイクから挑発を受けると、やれやれと眠たげな顔を作り出す。
「ふぅ、別に、いい気になってなんていませんよ。誤解が無いように云っておきますと、元々いい気なんですよ」
楠は、チロリと舌を出す。
すると、それが試合開始のゴングかの如く、マイクは憤慨しながら襲い掛かる。
右、左、左から右。
うん。見えている。
楠は相手のパンチをことごとく躱す。
だが、マイクのラッシュは止まらない。
「……成程。云うだけの事はあるな。ところで、ボーイは攻撃してこないのかい? 俺のラッシュにビビって、手も足も出ないのか?」
「……いゃ、出ない訳では無いのですが……」
楠は、そう話しながらも、回避行動のみを取る。
「強がりは、よしな! ボーイ、そろそろ地面にキスさせてやるぜ!」
マイクのラッシュが加速する。
「……確かに、あなたの攻撃は早いですね。……でも、段々と、あなたのリズムが分かってきましたよ。そろそろ反撃させて頂きますよ」
ザッ!
楠は相手の懐に飛び込む。
雷の様に早い右ストレートが、楠の顔面を狙って来る。……が、楠はその相手の右ストレートを、左手の掌底で、打ち払い軌道をそらす。
そこで、右掌底を急所である稲妻(右腎臓の付近)に打ち込む。
決まった!
……そう思ったが……届かない。
おかしい。僕の掌底が届かないだと?
距離感を見誤るなど、今までした事なんて無いのに……。
……なぜ?
楠は、今のは、たまたまだろうと考え、仕切り直す。
……もう一度やって、次こそは当てる!
楠の眼光が鋭くなる。
……しかし、それとは反対に、マイクの目元は緩み出す。
「ヘイ、ボーイ。どうした? 今、当たるはずのが当たらなくて、困惑しているんじゃないか?」
ギリっ!
楠が、奥歯を噛む。
「……何を云っているのですか? そんな訳ないじゃないですか」
「ふっ、なら、いいんだが……。どうだい? もう1回やってみるかい?」
「くっ……バカにしないでください」
楠は改めて、もう一度先程と同じように、敵の攻撃を掻い潜って、攻撃を仕掛ける。
ふっ!
しかし、やはり、あと1センチ届かない。
楠の攻撃は、空中で止まる。
それでも諦めずに、何度も攻撃を仕掛ける。……しかし、楠の攻撃は、後少しの所で届かない。
場合によっては、あと5ミリという時もあった。
だが、何度やっても、楠の攻撃は相手に届かないのだ。
……なぜだ? なぜ僕の攻撃は届かない?
焦りの表情を浮かべる楠。そして、其を嘲笑うかの様な、笑顔のマイク。
二人の表情には、歴然な差があった。
「ククク。悩んでいるな。ボーイ。……ところで、ボーイの武術は中華拳法か何かか?」
「……だったらどうかしましたか?」
楠がむくれる。
「いゃな、ボクシングには、スウェーバックってのがあるんだよ」
「スウェーバック?」
楠は構えながらも、眉をひそめる。
「そう。のけぞる様に状態を下げて相手の攻撃を避ける技だ」
「……で、それがどうかしましたか?」
「お前さんの攻撃は、相手との距離を確実に把握する事により、絶大な威力が出せる技だろう。発勁とかその類なんじゃないのか?」
「……何が云いたいのですか? 僕には分からないのですが……」
「ふっ……、だから、俺に、当たらねぇんだよ」
マイクは、ニヤけながら楠の顔を見つめる。
そして、ファイティングポーズと取ったかと思いきや、一気に間合いを詰める。
歩くでも、走るでもない、不思議な間合いの詰め方だ。
「今度はこちらから行くぜ」
マイクの間合いに入った楠は、敵の攻撃に備える。
相手の攻撃は、どうせパンチだけだ。
今までと同じ……いやっ、左側のアウトサイド攻撃、右フックかっ!
楠は、相手の攻撃を読んでいた。
これなら躱せっ……!
ドゴゥゥゥウウウ!
次の瞬間、楠の体は、5メートル程宙を舞った。
ドサッ!
地面に米俵を落とした様な、鈍い音が響き渡ると共に、楠の体が地面に転がる。
そして、その転がる楠の体を見下ろしながら、マイクがニヤける。
まるで、トカゲがパックリと口を開けた様な、そんな顔付きだった。
マイクは、地面に転がる楠を見て、勝利を確信した。
ボーイ、今の攻撃は見えなかっただろう。いや、何で、ボーイが空を舞ったのか、それすらも理解出来なかっただろうな。
……人は、横から攻撃が来れば、どうしてもそちらに目が動く。人の目は動くものに反応するからな。
ボーイの視線を、俺の右フックで、左側へと誘導させる。そして、死角からの左アッパー。
ボーイにはなぜ自分が宙を舞ったのかすらわかるまい。
「ハーハッハッハー」
マイクは、口を大きく開けて、高笑いをする。
「……さて、トドメでも刺そうかね……。残念ながら、地獄へ行くのは、ボーイ、君の方だったみたいだね。クククッ」
マイクは一歩一歩、地面に転がっている楠に近づく。
「ボーイ、悪いが、地獄で名前を広めるのは、自分でやってくれ。このマイク様に、KOされたってな! ハーハッハッハー」
楠は、地面に捨てられた軍手の様に、道路にへばり着いて動かない。
アッパーは、顎に衝撃を受けるが、問題はそれよりも急激な脳への揺さぶりだ。
顎下からの攻撃は、脳が頭蓋骨の前部に打ち付けられる。
そして、今度は戻る反動の力で、脳は、頭蓋骨の後頭部に打ち付けられる。
前後に大きく揺さぶられた脳は、三半規管を著しく低下させる。
つまり、今の楠は、ただ地面に転がる石ころの様に、何も出来ないのだ。
――ザッ!
マイクが、仰向けで倒れている楠の横に立つ。
「ボーイ、安心しろ。今、楽にしてやるからな!」
マイクは大きく息を吸う。
そして、右手を大き後ろに引いたかと思うと、渾身の右ストレートを、楠の顔面めがけて振り下ろす。
ズガァァアアアアン!
強力な右ストレートが炸裂し、地面が陥没する。
また、その衝撃により砂埃が大量に舞い上がり、濃霧の如く、辺りの視界をすべて奪った。
ひゅーーーーっ!
そよ風が吹く。
優しい風が、砂ぼこりを浚っていく。
すると、徐々に視界が開ける。
陥没する地面に、突き刺さる右ストレート。
だが……、なぜか、そこには楠の姿がなかった……。
「……ボーイ、どこへ行きやがった?」
マイクは辺りをキョロキョロしながら、楠を探す。
「……別に、……どこへも行きやしませんよ」
マイクは、背後から聞こえる声に反応して、慌てて振り返る。
「へっ、ボーイ……よく避けたな。俺のアッパーは効いてい無かったのかい?」
楠は両手を左右に広げて、やれやれと謂ったジェスチャーをする。
「ご冗談を。ガッツリ頂きましたよ」
「じゃぁ、なぜ立っていられる? ボーイの中華拳法が成せる技なのか?」
楠は首を左右に振る。
「違いますよ。貴方の攻撃が当たる直前に、上方に飛んだんですよ」
「……成程な……道理で軽かった訳だ。……ボーイが小さいから、重さを感じないと思っていたのだが、残念ながらそうでは無かったらしいな」
「……まっ、そう謂う事です」
楠は再び、構えを取って、相手の攻撃に備える。
……さてと……先程、マイクの攻撃を避けられたのは、まぐれだった。
下から何か嫌なものを感じたから、とっさにジャンプして避けたけど、パンチが見えていたわけでは無い。
残念ながら、もう一度、あの技を避けられる自信など、僕には無い。
だが、楠に考える時間を、マイクは与えてはくれない。
ブォォォオオオ!
右ストレートから始まり、左右のコンビネーション。
楠は、ストレートは受け流せたが、その後はガードに徹する。
楠が着用している鉄甲とは、竹を半分に割ったような形をした金属の防具だ。
手の甲から肘までの外側に金属が入っている為、刃物ですら、受け止めることが出来る。
また、拳を作って殴れば、鉄甲が先に当たる為、メリケンサックの様な武器にもなる。
しかし、この鉄甲だが、刃物が相手であればメリットが大きいものの、こと相手がボクサーと謂うのは相性が悪い。
鉄甲で防御をする事が出来ても、ダメージがダイレクトに腕へとのし掛かってくるためだ。
つまり、バカ力である鹿鬼のパンチを受け止めるという事は、楠にとっては負担でしかないのだ。
今のマイクは、大振りの攻撃をせず、素早い連打の攻撃に切り替えた。
素早い攻撃になると謂う事は、本来であれば、パンチが軽くなると謂う事だ。しかし、相手は人ではなく、鹿鬼である。
鹿鬼にとっては軽くても、そのパンチは、成人男性の全力パンチよりも重かった。
つまり、徐々に楠の体力は、削られて行くのだ。
マイクは、足を止めて間合いを取る。
「ボーイ、まだ倒れるなよ?」
「……ぇぇ、これしきでは倒れませんよ」
楠は、ここで一旦相手の攻撃が止まるかと思ったが、マイクは相手が怯んだと解釈した。よって、マイクは更にラッシュを続ける。
楠も懸命に耐える……が、防御の腕が少しずつ上がってきた。
そして、ついにガードしていた腕が、上方に弾け飛んだ。
くっ……やばい!
楠が焦りを感じたその瞬間を、マイクは逃さない。
地面を這うような角度から、左手が伸びて来る。
左アッパーが、また来る。
ジャンプして避けなくては。
だがしかし、マイクの攻撃は、楠の考えの上をいく。
左手はアッパーへいかず、そのまま伸びて楠のボディーへと突き刺さる。
「ぼへぇぇ……」
嗚咽混じりの声が楠の口から漏れると共に、その体は、メインストリートを20メートル程吹き飛ばされた。
「今の一撃は、効いたろ? ボーイ、これでノックアウトだ。テンカウントは必要無さそうだな」
マイクは、ゆっくりと楠の元へと歩み寄る。その姿は、雌ライオンが獲物を仕留めた後に、雄ライオンが、食事をしに行く姿の様でもあった。
楠の元へと来たマイクは、足を使って、うつ伏せの状態から、仰向けにひっくり返す。
「へっ、完全に伸びてるな。最後くらいは楽に死なせてやるか」
マイクは胸の前で十字を切った。
そして、大きく右手を振りかぶった後、楠の顔面目掛けて振り下ろす。
「さらばだ!」
楠はピクリとも動かない。
だが、次の瞬間……。
バゴォォオオオオ!
マイクの放った右拳が、後方に弾け飛ぶ!!
「……なにっ?」
マイクは慌てて、正面を見る!……が、そこには誰もいない。
楠も倒れたままだ。
何に攻撃をされたのかが、全く分からないまま、辺りを振り返った次の瞬間!
ズガァァアアアン!
マイクの耳に銃声が響く。
銃声を聞くなり、マイクは慌てて、自分の右手を見る。すると、確かに、右手グローブには銃弾の跡が見られた。
……まさか、銃声が聞こえるよりも先に弾が届くとは、いったい何処から撃っていやがる?
取り敢えず、このままここに居るのはまずいな。
狙い打ちにされる。
マイクは危険を察知し、左に一歩踏み出した。……が、その瞬間。
ザシュッ!
マイクの右頬がパックリと割れて、赤黒い血液が飛び散った。
そして、先ほどと同じく、遅れて銃声が鳴り響く。
ヤバイぞ。
このままここに居るのはマズイ。
マイクは大慌てで、物陰へと身を潜める。
ちっ……敵は何処にいやがる。
サノバビッチ! 見えやしねぇ。
マイクは、敵の位置を確認するため、様子を見る事とした。
● ● ●
私達は、丘の一本道を走っていた。
「組長ちゃん、取り敢えず、少年から鹿鬼を引き剥がすのには成功したぜ」
「柏木さん、貴方流石ね。空中から撃って命中させるのだから、バイクの荷台に立って撃っても当たるんじゃ無いかと思ったけど、まさか本当に当てるとはね」
「いゃ、すっ飛んだバイクのハンドルを、逆に切って、二輪ドリフトをかました組長ちゃんの腕のお陰だろう」
「褒めてくれて有り難う。まかさ、カントリーコースで、タイムトライアルをしていた時の技が、役に立つとは思わなかったわ」
「そんな事、してたんですか……おてんばな……」
私は、クスッと笑う。
……いぇ、柏木さん、本当にスゴいのは、あなたの方よ。
私には、ここから見える鹿鬼は、点にしか見えない。
幾ら一本道だからと謂って、楠君が吹き飛ばされたのを目視できるとは、どんな目をしているのかしら。
そして、何より、このガタガタ道を走るバイクの荷台に立って、命中させる制度。
稀に見る化け物ね。
……しかし、問題なのは、弾が残り一発しかないって事よね。
つまり、ここからは私の出番ってな訳ね。
それにしても、柏木さんが私の妖力を温存させてくれなかったらと思うと、眩暈がするわ。
私の妖力が残っていなければ、バイクも運転できないし、この後鹿鬼と戦うことも出来ない。
今回は、柏木さんの先読みの力に救われたわね。
…………さて、まもなく到着だわ。
よし、楠君の近くに、鹿鬼は見えない。
いい感じに、警戒されているって事で、間違いはなさそうね。
ブォォンッ!
私は、楠君のすぐ横にバイクを止める。
「楠君。大丈夫?」
私は、彼を抱きかかえて、頬を軽く叩く。
「ぁ……ぉ、ぉねぇちゃん」
「そうよ。お姉ちゃんよ。助けに来たよ!」
「……に、逃げて下さい。……あっ、あいつ強いです」
「意識が有るなら、もう喋らないでいいわ。少し休んでいてね。……後はお姉ちゃん達に任せなさい」
私は、楠君を団子屋のベンチに休ませる。楠君の安全を確保すると、私は振り返り、スラリと短刀桜草来国光を引き抜いた。
「さぁ、出ていらっしゃい。ウチの弟が世話になったわね。今度は、私がアンタを切り刻んであげるわ!」
すると、物陰から、金髪でボクシンググローブを手に嵌めた外国人がぬっと現れた。
「ハハハハハ、レディーが俺に何を出来るって? お前よりも怖いのは、さっき俺の顔を傷つけた男の方だ。あいつは何処に行った。出てこい!」
「馬鹿云わないで。ライフルで、接近戦なんてするわけないでしょう。あんたの相手は私よ」
ボクサー鹿鬼は少し考えているようだ。
多分、2対1では部が悪いと考えているのだろう。
「悪いが、先に殺さなくてはならない奴がいてな。そっちを優先させてもらう」
「だれ、それは?」
ニヤリ。
ボクサー鹿鬼が気持ち悪く笑う。
と、次の瞬間。私に背を向けて走り出した。
「ちょっと、待ちなさい! 誰を殺すの?」
誰を殺すつもり? そんなことを、させる訳には行かない。
私は慌てて、鹿鬼を追いかけた。
細い路地を走り抜けると、民家の間にある井戸が設置された、少しだけ広い空間に出る。
「ふぅ、ここならいいだろう」
鹿鬼が足を止めて、ニヤけながら振り向いた。
「なんの話?」
鹿鬼が、笑いながらストレッチを始める。
「馬鹿かあんた。ここなら射線が確保できないんだよ。民家が密集している真ん中だからな」
「つまり、ライフルが届かないって事ね」
「そういう事だ。お前はまんまと俺に騙されたのさ。そうだな、さっきの質問に答えてやるよ。『誰を殺すの?』って俺に聞いたろ」
「……確かに聞いたわ」
「それの答えだよ。誰を殺すのか。…………それは、お前だよ。レディー。ヒヒヒヒヒヒ!」
私は、中段の構えをしながら、相手を睨みつける。
「……ふぅ、まったく、下品な笑い方ね」
「なんだ、騙されたのが悔しくて、負け惜しみか?」
私は、大きくため息をするように息を吐いく。
そして再び睨み付ける。
「はぁ……。まっ、いいわ。今からその口、動かないようにしてあげるから、今のうちに遺言を云っておきなさい!」
さて、対マイク戦が本格化してきました。
マイクは書いていて楽しかったですね。なんかヒールっぽくて、いいんですよ。
名前は、ボクサーっぽいってだけでつけました。w
さて、前回40ポイントに達成しました! とか、書いたのですが、2ポイント削られて、38に落ちて今した。 あうぅ。
なんか、私がポイント詐称したみたいですよね。
いやぁ、本当に40あったんですけどねぇぇ。ポイントって、胃かなにかで消化されて、消えるんでしょうかね?




