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鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第三章 命の重さ(六月)
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いざ桶川

 私は、何とか、桶川までの足を手に入れた。

 バイクに股がると、ハンドルのポジションを確かめる。


 ん、いい感じだ。

 これなら行ける。


 私は、ブレーキやクラッチの位置関係を、体に覚えさせる。


「ところで、サクラさんって云ったか? あんた、バイクの乗り方は分かるのか?」

「えぇ。学生時代は乗り回していましたし……。ところで、……え~と、まだ、お名前を伺っていませんでしたね」

「俺か? 俺は、岡野伸介(おかのしんすけ)だ。この町の庄屋って云えば分かる」

「分かりました。では、あらためてバイクを貸して頂いて、有り難うございます。岡野さん、バイクは必ずお返ししますから」

「そうしてくれ。一応、高い買い物だったのでな。じゃ、俺は汽車で桶川まで行くから」


 岡野さんは私にそう告げると、背中を向けて、駅の中へと姿を消して行った。


「柏木さん、良かったですね。バイク手に入りましたよ」

「ところで……、手に入ったのはいいけれど、本当に、組長ちゃんが運転するのか。自慢じゃないが、俺は運転出来ないぞ」

「あぁ、その事ですか? そりゃぁ、ちゃんと私が運転しますよ」

「……ほっ、本当に、出来るのですかい?」


 柏木さんの顔が引きつる。

 二度も運転が出来るのかと、聞いていた所から推測するに、相当信用されていないらしい。

 私の運転はそんなに不安なのかしら?


「柏木さん、二度も確かめて、そんなにバカにしないで下さいよ。私は、幹部候補なんですから、バイクの運転くらい、学校でも練習しています。それに、これでも学校では『ノンストップの浅倉』って呼ばれていたんですよ」

「まっ、待て。それは褒められているのか? バカにされているの間違いではないか?」

「勿論、褒めているに決まっているじゃないですか。みんな、私には付いて行けないって云っていたくらいですよ」

「……なんだろう。その付いて行けないは、早くて追い付けないの意味ではない気がするのだが……」

「そんな事ありませんよ。私に、ドーンっと任せて下さい」

「ドーンとねぇ……そうですか。……まっ、他に手段も有りませんしね。お願いしますよ」

「任せなさい!」


 私は胸をドンっと叩く。

 しかし、柏木さんの顔は、相変わらず引き攣っている。

 もっとも、証明する何かが有るわけでも無いのに、信用しろと云っても無理な話だ。

 一先ず私は、信用が勝ち取れるか分からないものの、テキパキとバイクの準備を進める。

 まずチョークを開く。続いてキックをしてエンジンに火を入れる。

 チョークを戻しながら回転数を安定させるため、アクセルを数回捻る。

 グォングォンと、安定したエンジン音が響き渡る。


 うん、安定した回転数だ。少しの間お世話になるわよ、相棒。


 私はタンクをコンっと叩くと、バイクに股がった。

 

「はい、柏木さんも後ろに乗って」


 柏木さんが、恐る恐る股がる。


「そうしたら、私の腰に手を回して下さい」

「……えっ、いいの?」

「緊急事態なのだから仕方ないでしょう」


 私がそう告げると、彼はそっと手を回した。


「うひょう、中々華奢(きゃしゃ)な腰ですな。(これ)は此で最高ですが、これなら、もう少し上の膨らみを確かめても……」


 チャキッ!


 私は、柏木さんの首元に刀を当てる。


「桶川に着くまで大人しくしてなさい。途中で、腕やら首を、切り落とされたくは無いでしょう?」

「腕はともかく、首は切り落とされたら、目的地にたどり着けないのでは無いでしょうか?」


 スウー。


 私の目が座る。


「何が云ったかしら?」

「……あっ、いぇいぇ、桶川まで大人しくしていますので、宜しくお願いします」


 私は、首裏で彼の(したた)る汗を感じとると、刀を鞘に納める。


「さて、時間もないし飛ばすわよ! 舌噛まないでね!」

「あのぉ……バイクって、舌を噛む乗り物なんですかぁ?」

「まぁ……、所により……」

「そんな……、天気予報じゃないんだから……」


 私は、彼の話を半分も聞かずに、エンジンの回転数を上げる。


 よし、よくフケるわ。まだ、新車ぽいしね……。

 さて、行くとしますか。


「柏木さん、行くわよ!」


 私は、彼の同意も聞かずに、勢い良くスロットルを捻る。


 ギャギャギャギャャャヤヤヤ!


 バイクの後輪は、激しく空回りをしたかと思えば、次の瞬間、前輪を持ち上げて急加速する。


「うぉぉぉおおお!」


 後部座席から悲鳴が聞こえた……気もしたが、私はそれを無視して、持ち上がった前輪を潰す為に、前方に過重をかける。


 ドガッ!


 鈍い音と共に、前輪が道路に設置すると、バイクは安定して、更に加速を続ける。


 ……ちゃんと云うことを聞いてくれて、いい子ね。


 私は、バイクの鼓動を感じながら、ひたすら線路と平行して走る、中仙道を南下した。



「組長ちゃん、早い、早い。もう少しスピードを押さえても良くない?」


 なんか、先程から私の背中がピーピーと騒がしい。

 だが、気にしない。

 そんなことよりも、私は一刻を争っている。

 桶川までの道のりは一本道なので、間違えることはない。……が、時間との戦いだ。


「アグゥゥゥ! 死ぬぅ」

 

 待っててね、楠君……。


 グオン!


 私は更にアクセルを開く。


「アギッィアァァ……ヤバい、ヤバい」


 ……にしても、先程から私にしがみついている荷物が、うるさくてかなわない。

 どうやら私には、時間以外にも、ノイズとも戦わなくてはならないらしい。

 全く、男の癖にギャーギャーうるさい。


「気が散る!」


 ズルッ!


 あっ……! しまった……。今、一瞬バイクから集中を切らして、後ろのノイズに、気が散ったのはまずかった。

 

 ズザザッァァア!


 くっ……、後輪が流れる!


 私は、ライン取りを誤った。

 緩やかよりもチョット急なカーブ。

 こういったカーブは、速度選びが難しい。高速ギアで速度を維持したまま走り抜けるか、それともギアを一段落として減速して曲がるべきか……。

 普段であれば、安全運転の為、ギアを落として速度を落とす事だろう。

 しかし、今はレースをしているのと変わらない状況だ。

 つまり、最短、最速で駆け抜けて桶川まで行かなくてはならないのだ。

 私はほんの一瞬、ライン取りから思考を外して、ギアの選択へと思考をずらした。この時、後ろの叫び声に気が散ったのと相まって、路面の変化を見落としたのだ。

 そんな一瞬の見落としが、私のハンドル操作を鈍らせる。


 私は、誤った角度にハンドルを切ったまま、コーナーへと侵入した。


 このコーナーは、なまじ急な左カーブ。

 私は、若干反応が遅れるも、左にハンドルを切る。

 因みに、バイクとは、ハンドルを切っただけでは、曲がれない乗り物だ。よって、ハンドルを切ると同時に、車体を左に傾ける。

 ……いゃ、私の説明が良くない。バイクは車体を傾けて曲がる乗り物であり、ハンドルはその補助と云った方が正確だろう。

 つまり、私が乗っているバイクは左に傾いた状態で走行しているのだ。

 では、なぜバイクは傾いているのにも関わらず、転倒しないのか? これは、単に、バイクが倒れようとしている力と、遠心力により外へ飛び出そうとしている力が均等に働いているためだ。

 つまり、倒れようとする力と、遠心力により立ち上がろうとする力が、つり合っている状態と謂える。

 このつり合いの常態があるが故に、バイクは転倒せずに、高速度でカーブを曲がり切る事ができるのだ。


 しかし、このつり合いには、絶対的に必要な場所がある。そう、支点である。

 やじろべいや、コマで謂う所の、地面と接している部分の事だ。

 では今回のバイクで、その支点となるべき場所が何処かと謂えば、それは云わずもがな、タイヤと道路が接地している場所となる。

 では、もし、この接地面が、なんらかの拍子に離れたらどうなるか?

 それもまた、云わずもがなと云うものだ。柔道で、荷重の掛かっている足を刈られたらどうなるか? と云うのと、同じ質問だ。

 そう、()()の一択しかない。


 そして今、転倒するかどうかの瀬戸際に立っているのが、この私だ。

 後輪がスリップして、わだちから乗り上げる。すると、本来地面に接していなくてはならないタイヤが宙へと浮く。

 宙に浮いたバイクは、遠心力、つまり慣性の法則により直進運動を行う。


 まっ、早い話が、急なカーブを一直線ってな訳だ。

 ダラダラと説明してきたが、結局一番これが簡単な説明だったかもしれない。

 私のバイクは、カーブを曲がり切れずに、田んぼへとスリップしていったのだ。


 ……あぁ、これは転んだかな。

 田んぼへと、一直線だわ。


 私の視界は、走馬灯の様に、ゆっくりと景色が流れていた。

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