それぞれの思い
楠君の処遇を受けてから、一夜が開けた。
昨日、私は色々と考えさせられる事もあったが、結局のところ、今の私には何も出来無いと謂う答えにしか行きつかなかった。つまり、良案が出る訳でもなく、ただただ夜を明かしたのだ。
そして、私は、いつもの様に境内の掃除をしているのだ。
日課となる作業でもしていなければ、気が紛れない。
だが、絶えず私の頭の中では、針が飛んだレコードの様に、同じ自問自答が繰り返される。
――もしもの決断が、私に出来るのか? と……。
そんな重圧だけが、登山家のリュックの様に、私の肩にのし掛かっているのだ。
そう、人生において、未だかつて無い重圧に、私は必死に絶えていた。
「……はぁ、やっぱり組長の私が、しっかりしないとダメよね」
「そうなんですか?」
「そうなのよ…………って、ん?」
気がつけば、背後には楠君が立っている。
「うわぁ、気配消して近づくの止めてよ。ビックリするじゃない!」
「す、すみません」
「あっ……いゃ……大きな声を出してしまって、私の方がごめんね」
楠君の目には力が無い。
どうやら、鹿鬼の事について悩んでいるのだろう。
「楠君、どうかしたの? 朝、ここ来るなんて、珍しいじゃない」
「……えぇ、そうですね」
楠君の顔に、元気は見られない。
まるで、しおれた朝顔のようだ。
「私に何か用かしら?」
「……えぇ……まぁ」
「そう……。何の用かしら……」
いゃ、そんな事は聞かなくても分かっている。
だがしかし、私は、自分から口火を切る勇気が持てなかった。
こんな小さな子供に、選択権を委ねてしまう……。
私は弱いな……。
私の横では、小さい体を更に縮込ませている部下がいる。
そんな彼に、上官として何か出来ることは、無いのだろうか?
そんな事を考えていると、楠君がボソボソと呟き始める……。
「……僕は……殺されるのでしょうか……」
ぐわぁぁぁああ!
私の瞳孔が大きく開く。
……あっ、云わせてしまった。
こんな子供に自分の命の事を、自分の明日の事を……。
私は、云わせてから自分の愚かさに気が付いた。
ふぅ……これでは上官失格だわ……。
私には、金沢支部長みたいな覚悟など、露ほどにも無い事を痛感させられた。
しかし、お陰で今、やっと分かった。いゃ……今やっと悟った。
弱い私では、何も守れないと。
私は剣技だけではなく、心も強くあらねばならないのだ! ……と。
私は、楠君を守る決心をし、守り通す意思を固める。そして、その決心の固さと反比例するように、優しく、柔らかく楠君を抱き締めた。
「大丈夫。私が絶対に、絶対に殺させない。貴方を守ってあげるわ」
「……ほっ、本当ですか……」
「えぇ、本当よ。その約束だけは、絶対に破らない」
「……ぐすっ。……組長、僕、まだ死にたくない……です」
私の腕の中で、楠君が小刻みに震えている。
涙がこぼれるのを、堪えながら泣いているのが、私の胸を通して伝わって来る。
「だいじょうぶ。お姉ちゃんが何とかしてあげる」
「えっ、おねぇ……ちゃん?」
「そっ、お姉ちゃんに任せなさい!」
私は、楠君の震えを止める様に、腕に力を込めて、強く抱き締めた。
この子を、絶対に鹿鬼なんかには、してやらない。アイツらなんかに、絶対渡さない!
この子は私が必ず守る!
私はこの時、ようやく覚悟を決めたのだ。
来なさい、王龍騎!
貴方が、楠君を鹿鬼にしたいのであれば、私は全力でその野望を打ち砕こう。
私も金沢支部長と同じく、命を賭けようじゃない!
● ● ●
私の腕に抱かれていたためか、楠君は少し落ち着きを取り戻した。
「どぉ? 少しは落ち着いた?」
私の呼び掛けに反応して、楠君は私の顔の方に目を向ける。
「えぇ、……何とか」
「そっ、それは良かった」
私は安堵した顔で、笑いかけた。
すると、楠君も出来る限りの笑顔を作り、私に笑いかけてくれた。
彼との距離が、少し縮まった気がした。
しかし、そんな私達を嘲笑うかのように、境内には太鼓の音が、けたたましく鳴り響く。
「こっ、これは緊急出動の合図! ……もう、朝から鹿鬼が出現したっていうの?」
私と楠君は、緊急出撃ポットへと走り、指令室へと急行した。
● ● ●
組員の顔を見まわすなり、金沢は敬礼をする。
「朝早くからご苦労、みんな集まってくれたな。想像の通り、またしても鹿鬼が出現した。……では三沢君、説明を」
「かしこまりました!」
三沢は一歩前に出ると、モニターに映し出されている地図を指示した。
「地図を見て分かる様に、現在鹿鬼は鴻巣、つまりここから北西へ約19キロの位置に出現。敵の数は鬼型が1体となっています。尚、今後鹿鬼は、人型と鬼型と分けて呼称します」
「了解」
私はその場で頷いた。
そして、各々が了承したのを確認すると、三沢は、そのまま作戦の説明を続けた。
「今回は鹿鬼が1体ですので、出撃メンバーは浅倉組長、柏木君の両名にしたいと思います」
確かに、それは良案かもしれない。
現在、楠君のメンタルはボロボロだ。例え、戦場に出たとしても普段の力の3割も出せないだろう。……で、あるならば、待機を云い渡すのも良い事だと思う。
今はまだ、彼には心を落ち着かせる時間が必要だ。
もっとも、時間が解決してくれるとは限らないが、少なくとも今出撃させるのは得策ではなかろう。
「これで宜しいかしら、浅倉組長」
「えっ、あっ、はい」
しまった、作戦中に考え事をしてしまった。
「色々と思う所があるのかもしれないけれど、しっかりしてね」
「すみません!」
私は頭を下げた。
「……さて、今回は二人で行ってもらう事になるけれど、浅倉組長にとっても、柏木君を知る良い機会になると思うのよね」
「そうですね。まだ彼の事は全く分かりませんし、お互いを知るのには良い機会かもしれません。それでは、柏木組員と現場へ急行します」
私は三沢副支部長の意見に賛同すると、そのまま柏木さんの方へと顔を動かした。
「宜しくお願いしますね。柏木さん」
私は柏木さんの顔を見て、目だけ笑った。
「はい、こちらこそ宜しくね。あがのっち!」
……はぃ? なっ、この男、今……なんと私の事を呼んだ? 『あがのっち』とか呼ばなかったか?
笑っていた私の目が、今度は引きつった。
……こっ、この男と付き合っていくのには中々に骨が折れそうだ。
……なんで、うちの組には、普通の性格を持った人間が一人もいないのだ?
私は、そんな事を考えるも、空気を変えようと、わざとらしく咳ばらいをする。
「おほっん。……柏木さん。私の事は、浅倉組長とお呼び下さい」
「ハイハイ。分かりました組長ちゃん!」
ピキッ!
……ダメだ、こいつは糠だ、釘を刺しても、全然効かない。
やれやれ、まったく……大変な鬼退治となりそうだ。
気が重たいまま出撃前のブリーフィングは終了し、私は、出撃ポットへと足を進めるのだった。
● ● ●
「こちら指令室、あが……浅倉組長、準備は宜しいですか?」
「OKすいちゃん、こっちは準備万端。いつでも良いわよ! そうね、帰りにひな人形を、買ってきてあげるわ」
「……あがのちゃん、幾ら鴻巣のひな人形が有名でも、残念ながら私は、もうひな人形って年じゃないのよ」
「フフフ。ちょっとからかっただけよ。さっ、飛ばしてちょうだい!」
指令室内では確認作業の号令が飛びかう。
「煙突砲、射出準備! 目標は鴻巣市街」
「了解!」
「風向、風速確認……誤差修正……左に0.02、0.03……誤差修正完了」
「……発射準備整いました。目標鴻巣市街」
「こちらも装填準備完了しました。いつでも発射可能です」
三沢は全ての号令を聞き、発射の準備が整った事を、頷きながら了解した。
「金沢支部長、全ての準備が整いました。いつでも射出できます」
金沢は、三沢からの報告を受けると、静かに目を開いて、手を前に突き出した。
「鋼組出撃!」
「「了解!」」
尾花沢と、水沢の両名が声をそろえた。
「あが……浅倉組長、射出します。衝撃に備えてください」
「了解! でも、すいちゃん。無理に浅倉組長って呼ばなくてもいいわよ。別に上乃ちゃんで構わないわ」
「わかったわ……。じゃっ、上乃ちゃん打ち上げます!」
尾花沢は、そう云うなりレバーを押し上げる。
ゴフゥゥウウウウ!
豪快な音と共に、浅倉の体は大空へと打ち出された。
「続いて、柏木組員射出します。衝撃に備えてください」
「あいよ!」
尾花沢は柏木からの了解を得ると、先程と同じようにレバーを押し上げた。
ゴフゥゥウウウウ!
柏木の体も、浅倉に続いてはるか上空へと打ち出された。
● ● ●
金沢は、モニター越しに射出の様子を見つつも、同じく射出の映像の横に映し出されている地図を眺めながら思案していた。
鴻巣か……やはり敵の狙いは中山道って事だな。
江戸時代に整備された五街道の内の1つ中山道。東京日本橋から京都三条大橋を内陸経由で結ぶ街道だな。
ともかく、今回の出現で、その宿場町が、敵の狙いである事は間違いなさそうだな。
埼玉にある中山道の宿場町は9ヶ所。
南から順に、蕨宿・浦和宿・大宮宿・上尾宿・桶川宿・鴻巣宿・熊谷宿・深谷宿・本庄宿。
そして、今までに敵が現れたのは、その内の5ヶ所。蕨宿・浦和宿・大宮宿・上尾宿・鴻巣宿……。
数回出現している場所もあるから、次の発生場所は簡単に特定出来ないが、警戒すべき町が絞れるのは助かるな。
まっ……あとは、調査次第って所か……。
誰に、何処へ行かせるべきかな……。
金沢は、目先の鹿鬼より、次の鹿鬼の出現ポイントを考えていた。




