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鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第三章 命の重さ(六月)
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楠の処遇

 コンコンコン。


 宮司室のドアがノックされる。


「入れ!」

「失礼します」


 宮司室のドアがスッと開き、20歳位の青年が金沢の机の前まで足を進める。

 青年は机の前に立つと姿勢をただして敬礼を行った。


柏木龍三(かしわぎりゅうぞう)、只今特殊任務より戻りました」

「おう、ご苦労さん。沖縄はどうだった?」

「色黒の可愛い子が沢山いました。小麦色の女性って最高ですね」

「そうか……お前はブレないな……」

「お褒めに預かり、光栄です」

「……別に、褒めたつもりはないが」

「そう、そう、支部長。お土産といっては何ですが、泡盛買ってきましたよ」

「おぉ、柏木、気が利くじゃねぇか。今夜はそれで楽しませてもらうよ」

「えぇ、是非に」

「……ところでだ、さっそくで悪いのが、お前には鋼組に復帰してもらう。……それとな、お前がいない間に、組長が就任したんだわ」

「組長ですか?」


 柏木が金沢に質問をすると、それを見計らっていたかの様に、ドアがノックされる。


「入れ」

「はっ、浅倉少尉入ります」


 浅倉は部屋に入るなり、士官学校の学生と遜色無い敬礼をする。


「相変わらず、固いな。まっそれは良いとして、紹介しておく。今回特別任務から帰ってきた柏木だ。お前の下につくので、宜しくな」


 紹介された柏木が、一本前に出る。


「初めまして、柏木龍三といいます。以後宜しくお願いします」


 浅倉は突然の事で驚きを隠せなかったが、それでも平然を装って、手を差し出す。


「初めまして、浅倉です。宜し……」


 ガシッ!


「えっ?」


 浅倉が挨拶を終える前に、柏木は浅倉の手を両手で掴む。

 そして、ニギニギしながら浅倉との距離を一気に詰める。

 

「初めまして、いや~、組長さんがこんなに美人だなんて嬉しいです。これってもしかして、運命の出会いってやつですね。もしかして、オレ達赤い糸で結ばれていたりするんじゃないですか?」


 浅倉は、何を云っているのだこの男は? と感じつつも手を離す。

 すると、浅倉と柏木の手の間から赤い糸がプランと垂れ下がる。

 浅倉は、何だこれ? と手を上にあげると、その赤い糸は小指から垂れ下がっており、そして、もう反対の端は柏木の小指にくくりついているのだ。


「おぉ、やっぱり、貴女と私は運命の赤い糸で繋がれているのですね。これはもう、結婚するしか有りませんね」

「……何ですか、この下らない余興は」

「余興なんて云わないで下さいよ。運命……」


 ブチッ。


 浅倉は、運命を断ち切った。


「……支部長、この軽薄な男は一体何なのでしょうか?」

「あー、まぁ、性格は何だが、腕は確かなので面倒を見てやってくれ」

「……りょ、了解しました。では(これ)で失礼します」


 しかし、金沢はそんな浅倉を低い声で引き留める。

 

「まて、浅倉。本題はここからだ」

「ほ、本題ですか?」


 浅倉は、金沢の眼光が鋭くなったのと同時に、部屋の空気がガラリと変わった事を悟った。

 一瞬で気温が下がった空気からは、何かとんでもない発言が飛び出す事が容易に想像できた。


「浅倉、お前には伝えておく。そこにいる、柏木の本当の使命をだ」

「……本当の……使命ですか?」

「あぁ」


 更に場の温度が2度下がった。


「今回、柏木には鋼組の補充要員であることは変わらないが、柏木には、別任務も兼任してもらう」

「……別、任務ですか?」

「あぁそうだ」


 金沢は言葉を止めて、手を組んだ。

 そして、一旦目を閉じる。

 時間にして2秒あったか、どうかという些細な時間だ。しかし、浅倉にはその10倍の時間が流れているように感じられた。

 そして、金沢は覚悟を決めたかのように目を開ける。

 

「柏木の使命とは……もしもの時には、()()()()()()()()事だ」

「…………! なっ、何をおっしゃっているのですか! 楠君を殺すとおっしゃったのですか? 楠君を殺すとか、そんな事あり得ません!」

「浅倉! お前にも分かっているのだろう! 楠は鹿鬼になる可能性があると謂う事に!」

「……くっ」


 浅倉は、拳を強く握りしめた。


 そう、浅倉にも王龍騎が説明をしたときに、楠の処遇を考えなかった訳では無い。つまり、金沢が口にした答えには、即座に行き着いていた。

 殺戮衝動が無い者には見えない刀が見えると謂う事実。

 刀を握れば鹿鬼になると謂う事実。

 此がなにを意味しているのかを……。

 だが、浅倉は、その事実を認める訳にはいかなかった。いゃ、認めたくなかった。


「ですが、彼は私の可愛い部下です。殺すとか、そんな選択肢を私は持ち合わせていません」


 金沢は浅倉の言葉を聞くと、椅子に深くもたれ掛かった。


「まっ、そう云うと思ったよ。だから柏木を呼んだんだよ。お前さんには出来ない仕事だからな」

「ですが……」


 浅倉には、続ける言葉が出てこなかった。


「まっ、辛いのは分かる。俺だって別に楠を殺したい訳じゃない。ただ楠がもしも鹿鬼になったら、アイツを殺せる奴が必要なんだよ。……以上で話は終わりだ。この話は他言無用だ。下がれ」

「しかし、支部長!」

「俺は下がれと云ったんだ!」


 金沢は浅倉に睨みを利かせる。


「りょ、了解しました。失礼します」


 浅倉は、か細い声で答えると、宮司室を後にした。



 ● ● ●


 

 バタン!


 重たい扉がゆっくりと閉まった。

 しかし、浅倉はその扉が閉まるのも見ずに、足下だけを見ていた。

 顔を上げる元気など無かったのだ。

 

 浅倉は今後の事を、呆然(ぼうぜん)とする頭で考えていた。

 だが、当然何も考え付かない。まるでモヤが掛かった、冬の川辺に(たたず)んでいるようだ。

 すると、そんな浅倉の視界に、女性の足が入り込む。

 浅倉はゆっくりと顔を上げる。最初は霞がかっていた女性だが、徐々に色合いがはっきりとする。そう、そこには優しく微笑む三沢の姿があったのだ。


 浅倉はもう限界だった。

 三沢の顔を見るなり、涙腺が一気に緩んだ。

 今まで我慢して、無理やり堰き止めていた涙腺からは、大粒の涙がボロボロとこぼれ出す。

 そして、まるで駅伝ランナーが襷を渡した後に倒れ込むかのの如く、三沢の胸に崩れ落ちた。


「うわぁぁぁ。三沢さん、私どうすればいいのですか? わたし、わたし楠君を失いたくない。えぐっ」


 浅倉は、普段組長として立ち振る舞わなくてはならない。

 しかし、実際はまだ19歳の女の子だ。そんな彼女に部下を殺すと謂う命令は重すぎる。

 どうしたらよいのか、どうにもできない自分が歯がゆいのか。もはや感情が整理できず、ただ泣き叫んで、胸の内側の何かしらを発散して、心を落ち着かせるしか方法はなかった。

 

 三沢はそんな浅倉の心を酌んで、そっと頭を両腕で包み込む。そして、優しくポンポンと叩きながら、抱きしめた。


「浅倉さん、支部長も楠君を殺したく無いのは同じよ」

「えぐっ。そっ、そうなんですか? だって、あんな酷い命令を出していたんですよ。えぐっ」


 浅倉は、涙を拭った。


「当たり前じゃない。楠君は、支部長にとっても可愛い部下よ」

「……それは、まぁそうかもしれませんが…………」


 だが、浅倉には酷い命令を出した金沢が、楠を可愛がっている様には感じられない。


「これはね、私の独り言として、受け取って欲しいの」


 三沢は浅倉の両肩を掴んで、少し押しだす。

 浅倉との距離を少し保つと、浅倉の顔の前に自分の顔を持って行き、浅倉の目を見つめた。

 

「先日、私達は本部に鹿鬼の報告に行ったの。そして、そこでは、楠君に対する処遇として、即処刑との命令が下されたの……」

「えっ、でも……楠君は殺されてませんよ」

「そう、保留になったのは、金沢支部長がそれに断固拒否をしたからなの」

「えっ? 支部長が?」


 浅倉は、涙を拭きながら三沢の目を見つめた。


「そうなのよ。そして、もしも楠君に何かあった場合は、自分が全責任を取るっておっしゃったのよ」

「そっ、それは本当ですか?」


 浅倉は、再びこぼれ落ちる涙で、顔をグシャグシャにする。


「本当よ。私はその時すぐ後ろに居たのですから。そして、その交換条件として提示したのは、支部長は楠君に何かあれば、責任取って自害するって事なの」


 浅倉の目が、カッと見開く。


「えっ、自害ですか? 本気であの人はそこまで?」

「……金沢支部長って、そう謂う人よ。ただ単純に部下を殺すなんて命令は下せない。そう謂うお人なのよ……」


 何かを思う様に三沢は天井を見上げる。

 そして、再び浅倉の顔に目を戻すと、笑みを浮かべる。

 

「だから……だから私も、あの人の下で、あの人を支えるこの役職を選んだの」

「そっ、そうだったんですね……」

「……そう、だから貴女も力を貸してあげて。誰も不幸にならない未来のために」


 浅倉は、袖で涙を拭き取ると、目を真っ赤にしながら微笑んだ。

 そして、浅倉は姿勢をただして、三沢に敬礼をする。


「その命令、承りました! 最重要任務として、承りました!」


 不器用だが、人間らしい心のこもった敬礼だった。

 ひょっとしたら、浅倉は人生で初めて機械的ではなく、人間らしい敬礼をしたのかもしれない…………。

 

 

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