そのころの氷山神社
金沢が陸軍本部にて報告をしている頃、氷山神社の食堂では、先日大宮観光をした4人と、水沢うどを加えた5人でお茶をしていた。
「ねぇ、ねぇ、上乃ちゃん。金沢支部長どうですかね?」
かりんとうを咥えながら、すいちゃんが、私に質問を投げかける。
「そうね。楠君の処遇どうなるかしらね。こればっかりは、私ごときじゃ分からないわ」
「そう云ったって、この中じゃ一番階級が、上じゃないですか……」
「まぁ、そうなんだけど……ね」
そんな事を聞かれても、私だって困る。
本当に分からないのだから。
ただ私に云えるのは、楠君の扱いは、トップシークレットとなっているはず、と云う事だ。
しかし、このトップシークレットは、悪い方でのトップシークレットだ。つまり、都合が悪ければ、存在そのものを消し去っても構わない。そう謂った、危険とも呼べる機密事項なのだ。
そんな事を考えながら、私もかりんとうに手を伸ばす。
私が、かりんとうを口に咥えると、ピタリと片桐さんと目が合った。
どうやら、彼は私の方を見ている様だ。
「……あっ、え~っと、片桐さん。私に何か御用でも?」
片桐さんは、一瞬目を反らすも、再び私を見つめる。
「……あぁ、そうだな。折角なので、1つ質問してもいいか?」
「どうぞ……」
私は片桐さんに対して、手の平を向けると、質問権を彼に与えた。
しかし、ここで思わぬ伏兵が現れる。
そう、尾花沢すいだ。
すいちゃんは、片桐さんのこの神妙な面持ちを全く感じていないのか、それとも感じていながら、敢えて壊そうとしているのか。
その心の内は全くもって不明だが、ただ一瞬の隙を付いて、真面目な空気に水を差したのは事実だ。
「ねぇねぇ、ギリちゃんは何が聞きたいのですか? もしかして、上乃ちゃんの好きな男のタイプですか? それともスリーサイズですか? もぅ……ギリちゃん、それ聞いちゃいます? スケベ~」
話の腰を折られた片桐さんは、頭を抱えた。
「……おぃ、尾花沢。どうして、おれが、組長の男のタイプやスリーサイズを聞かないといけないんだ?」
「いやぁ、健全な男子なら気になるかな~と思って」
「……そうか? 健全な男子ならそう謂うものか?」
「そうです、そう謂うものです! 聞いちゃいますか? 聞いちゃいましょう!」
すいちゃんの行動がおかしい。妙にそわそわ、ワクワクしているのが表面に出ている。
本当、隙あらば、恋バナに話を持って行くその話術には、脱帽ですよ。
「ん~、そうだな。じゃぁ、聞いてみるか!」
「おおぉぉ~~~ふひっぃ!」
変な声と共に、すいちゃんの顔がニヤける。
「おぃ、尾花沢。お前の好きな男のタイプとスリーサイズを教えろ!」
「えっ!」
いきなり、話を振られたすいちゃんが、自分の鼻を指差す。
「へっ? 私? 私のスリーサイズ? あんで?」
「あんで? じゃねぇよ。お前が聞けって云ったんだろう」
「……えっ、ギリちゃんって私に興味があるの?」
「何云ってんだ? お前に興味なんか、微塵もねーよ。今月の水道代幾らだ? って質問しているのと、同じくらい気にしてねーわ」
「え~、少しは気にしてよ~。このスイカの様に、どでかい巨乳が、何カップなのかとか」
「すまん、飯を作る時に計量カップは気にするが、お前の胸のカップなど気にしたことは無い」
「うぅぅ…………わ、私の胸の大きさは、計量カップに負けるのね……およよよ」
すいちゃんが、机につっぷした。
どうやら、勝敗は片桐さんの勝ちで決したらしい。
「さて、邪魔者を倒したところで、本題に入るぞ」
邪魔者って……ハハハ。……それに、そう云えば、元々私に質問してくる予定だったわよね。
すいちゃんが会話の主導権を握っていたので、忘れていた……。
「片桐さん、質問をどうぞ」
私は、再び、手を差し向ける。
「……いやぁな、前回の戦闘で、組長って最初普通の鹿鬼を相手にしていただろう。っで、その後おばさん鹿鬼を相手にしたと思うのだが、妖力の持続時間がちょっと長かったなぁと思って。何か秘密でもあるのか?」
「あー、私の妖力ね」
「そうだ。俺よりも先に妖力を使い始めて、俺よりも後に妖力が切れたよな。あれって気のせいじゃないよな?」
流石は片桐さん。あのゴタついている中で、よく妖力の持続時間など気にしている。
まっ、片桐さんの実力なら気が付いてもおかしくは無い。
私は、ついに修行の成果を話す時が来たと、小さく微笑んだ。
「……そうですね。妖力の持続時間が長かったのは、気のせいじゃありませんよ。確かに私の方が先に使用し始めて、片桐さんの後まで使っていましたね」
「なぜだ、妖力が増えたのか?」
「いぇいぇ、増えてなんていませんよ。ただ、途中で一度止めただけです」
「………………なに?」
片桐さんの顔が固まった。
片桐さんでも、驚くとあんな顔をするのだと、私は少し悦に浸る。
「ちょっ……ちょっと待て。妖力を途中で止める事など、出来ないだろう」
「チッチッチッ」
私は人差し指を左右に振る。
「それが、出来ちゃうんですよ」
「……どうやって?」
片桐さんの顔は、相変わらず固い。
いゃ、驚きのあまり、表情を作る余裕がないのかもしれない。
それにしても、片桐さんからマウントを取るのは実に快感だ。
ん~、いつまでもこの状況を維持したいものだが、片桐さんも説明を待っているので、手早く説明をしないとですね。
「さて、これは周知の事実ですが、一度妖力を開放すると、全て使い切るまで妖力は出続けます。これまで、これを例えると、水の入った瓶を逆さまにするって言い方を良くしてましたね」
「そうだ。それが常識だ」
「ですよね」
私は、顎に手を当てながら頷く。
私は顎から手を外すと、今度は人差し指を立てて、自分の右目の前に持って来る。
そう、まるで探偵が、今から謎解きをするかの様、さながらにだ。
「……フフフ。しかし私は、この理論に異を唱える事としました!」
「異?」
「そうです! あっ、そうそう。別に、いーーーって、声を出して、呪文を唱える訳では無いですよ」
「……そんな事は分かっている。話を続けてくれ」
「はぃはぃ、冗談です。では話を戻します。私は、妖力の例えを瓶ではなく、と~~~ってもオシッコがしたい時に、我慢していると例えます」
「へっ?…………あのぉ……組長? 世の中には、言い方ってのがあると思うんだけど……。因みに、組長って19歳でしょう?」
「黙って、片桐さん! いいですか? この説明は、オシッコである事に意味がるのです!」
私は体を前に乗り出して、力説する。
私の圧に押されてなのか、片桐さんがたじろぐ。
「……ごくりっ」
片桐さんの喉ぼとけ上下に大きく動く。
片桐さんの唾を飲み込んだ音が、ここまで聞こえてきそうだ……。
「さて、よ~く、訊いて下さい。いいですか? 片桐さん、とってもオシッコがしたい時に、我慢したこと有りますか? 有るでしょう? そう謂う時って、膀胱がパンパンになるじゃないですか」
「……おっ、おう」
「で、その状態のままトイレでオシッコをすると、どうなります?」
「えっ、あっ、俺に質問しているのか?」
「そうです! 片桐さんに質問しています!」
片桐さんの顔が真っ赤になる。
「なぁ、尾花沢や、水沢も居るのに話すのか?」
「いいから!」
心なしか、すいちゃんと、うどちゃんの目がランランと輝いているように見える。
片桐さんのオシッコに、興味が有るのかな?
それはともかくとして、今は片桐さんだ。
私は、片桐さんの目を見つめる。
「え~と……ト、トイレで放尿すると、気持ちいよ。束縛からの解放感というか……やっと出せた爽快感というか……」
「そう、そうでしょう! 片桐さん、そこです!」
「……え~と……なにがそこなの?」
「そこで、オシッコを止めます!」
「いっ! いゃぁ、それは結構痛いし、無理だろう」
「いやいや、勢いよく出ている時に、止めると、尿道が痛くなるけど止まるじゃないですか」
「……ん……まぁ、そんなにやったこと無いけど、そうだろうな。勢いよく出ている時に止めると、尿道が痛くなるよな」
「そう、そんな感覚です」
「………………えっ? なにが?」
「妖力を止める、と謂うのはですよ」
片桐さんが、ポンと手を打った。
「あぁ、そうだった。妖力を止める話をしていたんだった」
「なっ、忘れてたんですか? 私一所懸命に話していたんですよ!」
「いゃぁ……組長が、放尿について、力説しているのかと……」
「なっ、なっ、何を云っているのですか! 私が好んでオシッコの話なんてする訳ないでしょう。片桐さんに分かり易く話をする為、折角オシッコに例えて、話をしたのに…………ハッ!」
やってしまった!
力説している時は、なんとも感じなかったが、いざ落ち着いてみると羞恥心に苛まれる。
穴があったら入りたい……。
しかし、片桐さんはそんな私に追い討ちを掛ける。
「組長、そんなにオシッコ、オシッコ連呼しないで下さい。一応女子なんですから、少しは恥じらいってものを……」
かぁぁああああ。
はっ、恥ずかしぃ。誰か、私の記憶を消して……。
私……今まで、よくオシッコを、連呼出来たわね……。
「べっ、別に、私だって、好きでオシッコ、オシッコ連呼している訳じゃありません」
しかし、片桐さんの私いじりは、まだ終わらない。
「……で、話が途中なんですが、オシッコ組長」
すぅーーっ!
私の目が座る。それと同時に、周囲の気温が2度下がる。
「ヵ・た・ギ・り・サん? 次、それ云ったら、干し椎茸にして切りますからね? フヒッ」
大きく片桐さんが、後ずさった。
「お、OK組長。もう云いません。何も云いません」
左右に首を振る片桐さんの顔から、無数の汗が流れ落ちる。
「……さて、話が脱線してしまいましたね。つまり、妖力は止める事が出来ますが、それなりに体へ負荷が掛かると云いたかったのです」
「……まぁ、先程の話からすると、そういう事になるな。……どうだ、楠もやれそうか?」
今まで、机の端で話を聞いていた楠君に、片桐さんが、話を振った。
「そうですね。妖力を止めると、便利かもしれませんね。今までは、あまり妖力の事を考えて戦っていませんでしたから……。今後は、そういった事も考えながら戦う必要が有るかもしれませんね」
「だな。まぁ、練習が必要そうだから、合間を見ながら、少しづつ訓練して行くしかなさそうだがな」
「そうですね。僕も空き時間にやってみる事にします」
どうやら、片桐さんと楠君は、妖力への理解が高まったみたいだ。
今後は、妖力に対して、考えながら戦ってくれそうで安心する。
……しかし、私は、まだこの時、知らなかったのだ。
……まさか、陰で私の事を『オシッコ姫』と呼ぶ者が生まれていた事に…………。
フフフ、でもね、そんなふざけた噂を流す犯人なんて、もう分かっているのですよ。
そう、この時、この場には居たが、一言も声を発っさなかった二人組。
氷山神社の拡声器と名高い『すいかうどん』の二人である事はね……。
ククク、後で覚えておきなさいよ。
あんたらは、干しシイタケ送りよ!
しっかり、切り刻んであげるわ!
アーハッハッハッハッーー!




