女鹿鬼 前編
私には、楠君が指差す刀を認識する事は出来ない。
だが、取り合えず私は、楠君が示す女の下へと走り出すべく、体を前傾姿勢へと傾ける。
そして、右足の指先に力をグッと込めて、一気に加速した。
ダンっ、ダンっ!
地面を蹴る音が体を伝わって、私の耳に届く。
私は、このまま加速を加えて、女の元まで駆け寄ろうとした。だが、その矢先、体の周りに冷気がまとわり付く。いや、凍るような冷たく黒い空気を感じ取ったのだ。
……なっ、なに? この圧力は?
女よりも先に、この気配の主の方がヤバイ!
ズザァァアァアアア。
私は砂埃を立てながら、急ブレーキで足を止める。
このプレッシャーは何処から来る? ……背後か?
私は、背後から迫りくる異様なプレッシャーを感じて、全力で後方を振り返る。
すると、そこには丸眼鏡を掛けた、30歳位のスーツ姿をした、インテリ男が姿勢よく立っていた。
……男? なぜこんな所に?
私は、疑念の眼差しで、男を観察する。
すると、その男は人とは明らかに違う分かり易い部分、つまり、人が持たざるモノをもっていた。
そのモノとは、一言で云と角だ。
男の額からは二本の怪しげな角が生えており、また目にはアメジストを埋め込んだ様な、紫色の瞳が輝いていた。
この男……、人型だが、間違いなく鬼だろう。
殺気で、火傷をした時の様に、肌がヒリヒリと痛む。
それにしても、この男が、いつ、どこから現れたのか……。それが全くもって、不明なのは、かなり気がかりだ。
しかし男が、座り込んでいる楠君の元へと、一歩一歩、歩み寄っている。それだけは、事実であり、間違いはない。
そうであれば、取り合えず、引き返す!
私は、反転し、今度は男の方へと走り出した。
だが、私が到着するよりも早くに、男は楠君の前に辿り着いた。
男は、楠君に何をしだすかと思案をしていたが、男は意外な行動を取った。
なんと、胸に手を当てながら頭を下げているのだ。
「初めまして、少年。いきなりで悪いのだけれど……君には、あの刀が見えるのですか?」
「あっ……えっ……え~と、おじさん……刀って、一体なんの話ですか?」
「……おや、おや。とぼけるのですか? 子供は噓つきですからね」
「……まぁ、世の中の子供が嘘つきで、僕も嘘つきなのは認めます。ですが、急に現れたおじさんは、一体何者なのですか?」
「ん? 私ですか?」
チャキっ!
駆け寄った私は、即座にインテリ男の首筋に刀を突きつける。
「ハァハァ、お話し中悪いのだけれど、私もお話に加えて頂けないかしら?」
インテリ男は、眼鏡を中指でクイっと鼻元で整える。
そして、ゆっくりと半回転して、私の方へ体を向ける。
「おゃおゃ。これはなんとも、美しい女性ではないですか。もしかして熱烈なデートのお誘いですか? でしたら、一緒にバーになんて、如何でしょう」
「……ふっ、素敵なお誘いありがとうございます。でも、残念ながら、私まだ未成年なの。バーにはちょっと行けないわ。でもね……」
私は、瞼を半分落とす。
「貴方を、地獄へは行かせられるわよ!」
私は、刀を喉元へ押し付ける。
「おぉ、中々に、激しい愛情表現ですね。ですが、今日は貴女と戦いに来た訳では無いのですよ。」
「なるほど。今日は戦わないのね。……でもね、現在この状況は、こちらが有利なの。有利なのを利用させてもらって、少しだけ喋ってもらうわよ」
「……ん? 何か聞きたい事でもおありですか? 僕の生い立ちですか?」
男は、両手を大きく横に広げて、掌を空へと向ける。
どうやら、質問ウエルカムと体で表してくれている様だ。
「……まぁ、貴方の生い立ちについて、聞きたくない訳では無いけれど、先行して聞きたいことがあるわ。……まず、貴方たちは何者なのかを教えてもらってもよろしい?」
「……ん~。私達ですか? そうですね……。まず自己紹介くらいはしておきましょう」
すると男は、レストランのギャルソンの様に、右手を胸に当て、左手は背中に回しながらお辞儀をした。
「初めまして。私の名前は王龍騎と謂います。そうですね、ワンチャンとでも呼んで下さい」
「……呼ばないわよ! 大体ワンチャンって、一度きりのチャンスって意味でしょ」
「あぁ、ワンチャンある見たいなやつですよね。……そう謂えば、その昔、くじ引きを友達とした事がありましてね。それでその時『ワンチャン当たるんじゃね?』って云われたのですが、その時の『ワンチャン』はワンチャンスなのか、それとも王ちゃんだったのか、どちらだったんでしょうかね」
「……知らないわよ。そんなのどちらでもいいし。ハッキリ言って私には興味のない話よ」
「そうですか。残念です」
「……まっ、それより、どちらかと云うと聞きたいのは、そのクジは当たったのか? って事かしらね」
「あっ、気になっちゃいます? 聞いちゃいますか?」
「――冗談よ。クジの結果なんて、その辺りにいるオヤジの昼飯並みに興味ないわ。……っで、本題として、アンタは一体何者なの?」
私は再び睨みを利かせる。
「あらぁ、せっかくノリが良い人だと思ったのに……。まっ、いいです、質問に答えましょう。私達は鬼ですよ。人間を超越した新人類です。そして今、絶賛、組織を設立中です。名前はまだ無いんですけどね。何かいい名前でも有りますか?」
「名前? 面白い連中が多いなら、変人組でいいんじゃないの?」
「いゃ、別にウチの組織は変人ばかりって訳じゃ無いんですけどね」
「……そっ。でも、残念ながら組織の名前なんて、私には興味が無いの。……それよりも、その組織は一体何をしようと思っているかの方に、がぜん興味が湧くわ」
「あぁ、成程。我々のやる事ですか? ……そりゃぁ一言で云えば、世直しですよ」
「――与太話?」
「……いゃ、それもしますけどね。……じゃなくて、世直しをするために、スカウト活動をしているんですよ。仲間は多い方がいいですからね」
「そりゃぁ、4人そろわないと麻雀も出来ないでしょうしね」
「そうなんですよ。麻雀やるのにはあと一人は必要なんですよ」
……ん。つまり、敵は3人の組織……小さいわね。
だが、1つ分かったのは、破壊活動をしている鹿鬼は数に入っていない。つまり、鹿鬼は家畜扱いって事ね。
「……なるほど。ところで、なんでウチの楠君をスカウトしているのかしら? まさか麻雀がしたいからって理由では無いでしょうね」
「それも良いのですが、残念ながら違います。それはですね、あの刀を見る事が出来たからですよ」
「……刀?」
私は、チラリと先ほどの女の方に眼球だけを動かす。
すると女は、何かを掴もうかどうかを、迷っている様子に伺える。
しかし、私には、女が何を掴もうとしているのかは見えない。
「そう。刀ですよ。あの刀はある人にしか見られない様に細工がしてあるのです」
「……細工とは?」
「バカには見えないのです」
私の刀が、王の喉に少し刺さる。
「おぃ、鬼。私は、どこぞの王様ではない。舐めるなよ」
「やだなぁ。チョットした冗談ですよ」
王は、小生意気な少年の様な笑顔を見せる。
「ハハハ。さて、冗談はさておき、見える条件は、殺人衝動ですよ」
私の目が、炎の様に赤くなる。
それと同時に、怒りが腹の底から込み上げて来た。
「……なっ! 貴様! 何を云っている! それでは、ウチの部下に殺人衝動が有る見たいな言い方では無いか!」
声を荒らげずにはいられなかった。
「まぁ、興奮なさらず。有る見たいではなくて、有るんですよ。彼の心の中に、殺したいという殺人欲求が、存在しているのですよ」
ブチーン!
額の血管が切れた。
「ふ・ざ・け・る・な・!」
私は、刀をひっくり返して、刃体を上に向ける。
「いぇ。因みに今、あのオバサン……もとい、女性が抜こうとしている刀は、かなり殺人衝動が無いと見えない様に細工した特注品です。つまり、あれが見られるという事は、そこの少年は我々の組織に入会する権利を持っているという事なのですよ。」
「……いい加減にしろ。その口を閉じろおぉぉおおお!」
私が大声をだすと同時に、目くばせをしていた楠君がいきなり立ち上がり、インテリ男の背中に掌底を食らわした。
……いやっ、食らわしたはずだった。
しかし、楠君の掌底は空を割いた。
「ちっ……取り逃がしたか」
若干興奮した演技を加えて、時間稼ぎをしたのに……。
更に、無駄話をして、楠君の回復を待った作戦だったのだが……やはりあの力、伊達じゃないわね。
そんな風に冷静に判断をしつつも、実はこの時、私の掌には、刀が滑り落ちそうなほどの手汗が湧き出ていた。
……あいつには、この汗が見破られていなければ良いのだけれど……。
私は手汗を服で拭いながら、そんな事を考えた。
そして、手汗を拭き終えると、今度は女の方に意識を向ける。
さて、それよりも、今は正に鹿鬼にならんとしている、あの女をどうするかが重要よね……。
王の話によれば、私には見えなくても、今あの女は刀を握ろうとしてる。
そして、鹿鬼になろうとしているって事よね。
私は、肩の力を抜いて、自然体で女の方へ向けて歩き始めた。
しかし、私の目が確かであるならば、女は地面に突き刺さっている刀を抜いている様な動作をしている。
……そう、明らかに何かを握っているのだ。
「ウガァァァアアア!」
辺りに女の叫び声が響き渡る。
……あぁ、やっぱり鹿鬼化してきたか。
もし戦うとなったら……私の妖力は、一度止めているから、残り1分半ってところかしらね。
さっきの王龍騎に対して、力を使わずに取っておいたのが不幸中の幸いだわ。
そう考えながら、私は強く刀を握りしめた。
以前、2章は11話と掻いたのに、1話増えてしまいました。
改稿していたら、王との会話が長くなってしまったのです。
そんなわけで、前後編に分けさせていただきました。
もしよければ、王との会話を楽しんでいただければと思います。




