楠の能力
――浅倉が刀を受け取る数分前――
「指令本部からすい、聞こえる? 聞こえなかったら聞こえないって返事をして」
「――こち……い。こちらの……は5。うどのバカ…………ザザッ」
『うどのバカ』で通信を切るとは失礼な。
すいのやつ、後で絶対に、干しシイタケにしてやるからな。
しかし、うどは悪態を付きながらも、こちら側の通信がちゃんと届いている事に安堵していた。
「……こちら指令本部。そちらのメリットは2程度。でもこちらからの通信が聞けるなら、一方的に送るわね。間もなく武器ユニットを射出するから、ちゃんと受け取ってよね。場所は大宮駅東口ロータリーで良いね」
「――それで……がい」
「任せて。特殊搬送部隊、絹組の力見せたげるわ。搬送出来る物で有るならば、人から戦闘機まで何でも運んであげる。搬送の極みとは何かを見せてあげようじゃないの!」
そんな二人の通信を、副支部長兼参謀長の三沢は暖かい目で見ていた。
……うどちゃん、心の中の声が駄々漏れよ。少しは心の穴を塞ぐ練習をしましょうね。
でも、まっ。それもまた、うどちゃんらしいのかもしれないわね。
緊迫する中で、水沢の緩い感じは、三沢に落ち着きを取り戻させる、差し水の様な存在だった。
● ● ●
「あー、こちら整備班の藤沢だ。指令本部聞こえるか? 武器ユニット、煙突砲への装填完了。何時でも射出できるぜ!」
整備班からの放送を傍受した水沢は、座席から上半身のみ振り返って、三沢の顔を見つめた。
「参謀長、ゲンゲンから装填完了の合図受け取りました。射出の許可を願います」
三沢は自分を見つめる水沢の目を見ながら、小さく頷いた。
「許可します。武器ユニット射出!」
「かしこまり!」
水沢はすぐさま元の位置へと体を戻す。そして、モニターを見ながら、館内放送のスイッチを押し上げる。
「只今より、煙突砲射出します。係員は黄色い線の内側までお下がりください。繰り返します。只今より煙突砲をぶっ放します。係員は黄色い線の内側までお下がりください」
館内放送を聞いた整備班は、慌てふためきながら各々ぼやき始める。
「おぃおぃ、ぶっ放すってなんだよ。そんなに危険なのか?」
「大体、黄色い線の内側ったって、黄色い線なんかねえぞ!」
当然、整備室でそんな事がぼやかれている事など水沢は知る由もない。
そして、知る由も、お構いも無しの水沢は、淡々と発射の合図を告げ始める。
「それではカウントダウン入ります。5、4、3、2……」
ガシャン!
うどは射出レバーを引いた。
ゴフゥゥゥウウ!
轟音と共に、武器ユニットが煙突型の砲芯を駆け上がる。
しかし、それとは別に、整備室からは罵声も上がっていた。
「バカ野郎! なんで、1で発射するんだ! 普通3、2、1、0の0で発射だろう! 水沢~~~後で覚えてろ!」
残念ながら、水沢はこんな苦情が整備室で上がっているとは露知らず、淡々と業務を進める。
「これより武器ユニットとのシンクロに移ります」
水沢は三沢に告げると、VRゴーグルを装着しながら、装着具合の微調整を始める。
「――よし、武器ユニットとのシンクロ完了。……あっ! いきなり、ヤバイかも!」
「水沢さん、どうしたの?」
突如の驚き声に、三沢はVRゴーグルに映し出されている映像と同期しているモニターに目を移す。
「……その……浅倉組長がピンチです。多段射出の許可をもら……」
「許可します!」
水沢が、最後まで言葉を発する前に、許可が降りた。
「では、短刀桜草来国光、射出します。場所は……上乃ちゃんと鬼の間で宜しいかしらね」
水沢は独り言の様に呟いた後、VRモニターで、ターゲットを定める。
「聞こえたよねすいちゃん、今から射出するので、上乃ちゃんにちゃんと伝えてね!」
「……う……な…………!」
「う~ん、なに云っているのか、さっぱり分からないけど撃っちゃう! 射出!」
水沢はレバーを引いて、短刀桜草来国光を浅倉目掛けて、撃ち込んだ。
● ● ●
まったくもぉ……鹿鬼め、斬撃が重すぎるのよ!
とはいえあの力、片手でどうこう出来る重さじゃないし。
浅倉は、楠を背負って鹿鬼との距離を確保しつつ、そんな事を考えていた。
「組長、鹿鬼が追いかけてきますよ」
「後ろを見なくても、何となく気配で分かっているわ。私もしかして惚れられたかしらね」
「そうかもしれませんね。結婚してみてはいかがですか?」
「結婚願望はあるけれど、残念ながら私、面食いなのよ。鬼みたいな顔している人は御免だわ。それに、私角がある人は受け付けていないのよ」
「組長……、そんな角が生えた男なんて、今うしろにいる奴しか、日本全国探してもいませんよ」
「そうかもね……。さて、そろそろ戯言は終わりよ」
浅倉はそう話しながら、楠を道の端に降ろす。
「じゃっ、行って来るわね」
「死なないでくださいよ。結婚願望があるんでしょ」
「フフフ。そうね、素敵な男を探すまで、まだ死ぬ気はないわ」
そうセリフを残すと、浅倉は鹿鬼に向かって歩き出した。
そして、楠との距離を置いたところで、浅倉は三徳包丁を構える。
さて、覚悟を決めるか!
これ一本で、どうにかなるかは、疑問の残るところだけど。
浅倉が覚悟を決めて、息を細く吸う。
そして、息を止めて覚悟を決めた瞬間、なんと鹿鬼の後方に、ひょっこりとオペレーターのすいちゃんが現れた。
なっ、すいちゃん、そんな所で何しているの?
貴女は戦闘なんて出来ないでしょうに。怪我じゃすまないわよ! 帰りなさい!
私はあっちへ行けと必死にジェスチャーをするも、すいちゃんは全く聞こうとはしない。
それどころか、なにやら一所懸命に上空を指差しながら叫んでいる。
「…………う…………」
しかし、全くと言っていいほど聞こえない。
くうぅ、インカムはすいちゃんしか持って来てないから、全く会話が伝わらない。
すいちゃん、何て云っているの?
私の耳に、すいちゃんの声は全く届いて居ない。
しかし、すいちゃんが、頻りに上空を指差している事だけは分かった。
……なに? 何か空にあるの?
私はすいちゃんが頻りに指差している方向、つまり私から見て、左上空を見上げる。
……しかし、そこには何も見えない。
すいちゃんは何が云いたいの?
そんな事を感じながも、私はもう一度すいちゃんを見た。
そうすると、何か、いや、棒を掴むジェスチャーをしている。
えっ、……私は棒を掴めばいいの?
そんな事を考えながら再びすいちゃんが指さす方向を見る。
すいちゃんが指差している方向は、さっき見た方向よりも、もう少し上方かな?
そう思い、私は顎を45度の高さまで上げる。
……しかし、何も見えない。
いゃ、もう少し上を指しているか?
私は更に角度をきつくして顎を上げる。
すると、上空に黒い点が浮かび上がっているのが目に入る。
見えた! ……けど……あれは一体……なに?
私は、目を細くして飛来してくる物体を凝視した。
えっ! あれは、もしかして!?
……そうだ、あれは、私の愛刀、短刀桜草来国光。
フフフ。姉さん、持ってきてくれたのね。ありがとう。
……さて、そうと決まれば、愛刀が届くまで時間を稼がなくてはならない。
今の常態であれば、私の手元に届くのと、鹿鬼が攻撃してくるのはほぼ同じタイミングになるわね。
ってことは、わずかで良いの。……私に時間をちょうだい!
私は、そんな願いを込めながら、野球のピッチャーの様にその場で構えをとる。
そして、右手に持っている三徳包丁を、鹿鬼の左肩に向けて、おもいっきり投げつけた。
さぁどうかしら、左目が潰れている貴方に取って、左肩への攻撃は見えないでしょう!
グサァァァアアア!
鹿鬼の死角を突く形で投げ付けられた包丁は、見事に鹿鬼の左肩に突き刺さる。
「グアァァアアア!」
鹿鬼とて痛かったのだろう。
鹿鬼は一瞬痛み声を上げると共に、行き足が止まった。
とは謂え、稼げた時間は1秒あるかどうかと謂った僅かな時間だ。
通常であれば、この1秒は何の意味もなさない。
しかし、時には、このたった1秒が明暗を分ける事もある。
鹿鬼は、走りながら刀を振り上げる。
そして、その行き足のまま、浅倉の脳天めがけて刀を振り下ろして来る。
「ジネェェエエエエエ!!」
鹿鬼が叫び声を上げる。
しかし、鹿鬼の刀が最高点に達している時、私の左手上方からは、愛刀が飛来して来た。
愛刀は先端、つまり鞘を先頭に飛来して来ている為、私が空中で柄を握れば、慣性の法則で鞘のみが右下方へと飛んでいく。
つまり、刀が自動で鞘から抜かれるのだ。
んっ……これは、私の脳が活性化しているのかしら。時間がゆっくり流れているように見える。
私が、飛んできた刀の柄を握ると、ゆっくりと、白銀の刃体が姿を見せる……。
そして、その刀を両手で掴むとほぼ同時に、鹿鬼の刀が私の頭上へと襲い掛かる。
私はその刀を往なす様に、攻撃を右斜め下へと受け流す。
すると、力任せに振り下ろした鹿鬼の刀は、途中で止まることが出来ずに地面へと突き刺さった。
「ふぅ。大分あなた達の攻撃の受け流し方が分かって来たわ。そういえば昔、お父さんに流れの極意を聞いたことがあったけれど、この事だったのかもしれないわね」
私は、鹿鬼の攻撃を受け流した後、数歩足を引いて、大きく鹿鬼と間合いを取る。
鹿鬼の動きを見るに、若干困惑しているっぽい。
それもそのはず。ありもしない所から、突然刀が現れたのだから。
鹿鬼にとっては、狸に化かされた感覚を得ているのかもしれない。
そんな事を考えながら、私は、更に数歩下がり、間合いを取る。そして、今度は刀を右手のみに持ち替えた。
私は刀を右手で持つと、肩叩きをする要領で、刃の峰でトントンと右の肩を叩く。
そして空いている左手は、手を開きながら、口に当てる。
「ふぁぁぁあ~~」
更に私は、ワザとらしく大きな欠伸をすると、鹿鬼は目に見えて怒りを露わにした。
「ギャァワァァアアア!!」
あらあら。怒ってる、怒ってる。
どうやら、鹿鬼にも感情と謂うのが残っているらしい。
先ほどまで人間だったからかしらね。
怒り狂う鹿鬼は両手で地面に突き刺さった太刀を引き抜いた。
そして両手を空高く上げて、怒りを体で表現した。
「貴方の怒り、中々素敵よ。でも、お生憎様。その求婚は受け取れないわ」
私の挑発に乗った鹿鬼は、見事に私以外、全く見えていなかった。
スパァーーーーーーン!
鹿鬼が、私に攻撃を仕掛けようした正にその瞬間、鹿鬼の後方から、まるで真っ赤な扇子を広げたかの如く、美しい扇模様を描き出しながら、片桐さんの槍が鹿鬼の首を跳ね飛ばした。
「いゃはゃ、流石は片桐さんですね」
「いゃ、今のは、組長が鹿鬼を上手に引き付けてくれたお蔭ですよ」
「そう云ってもらえると嬉しいですね」
私達は、美しく機能したコンビネーションを、お互いに称え合った。
しかし、そんな会話をしている我々の傍らから、楠君が何かを指差して叫ぶ。
「くっ、組長! ……あれ……!」
私は、楠君が指差した方向に首を向ける。
「……ん? あれ? あれとは何、楠君」
そう、私は楠君が指差す方向を見たが、特に変わった様子は見られない。
強いて云うのであれば、40代の女性が立っているだけだ。
「えっ、見えないんですか? 庚申塔の横にいる、女の人が、刀を引き抜こうとしていますよ」
刀を引き抜くって云われても、私の目には女性の姿は映っているものの、刀は見えない。
確かに、動きだけ捉えれば、何かを引き抜こうとしている動きではあるが……。
「組長、早くあの女性を止めて下さい!」
切羽詰まった声で、楠君は私にお願いをする。
私に刀は見えないが、先程の鹿鬼の一件から楠君が嘘を云っているとは考えにくい。
「あっ、ダメです、組長、急いでぇえええ!」
しかし、危険性が認識できていない私は、反応が遅れていた。




