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鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第二章 諦めません勝つまでは(五月)
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昼食

 社務所の宮司室において、金沢が新聞を読んでいると、同室のドアがノックされた。

 金沢は、新聞を机の上に置くと、ノックの相手に対して入室の許可を出す。すると、ゆっくりと扉が開き、三沢紬がお盆を片手に部屋へと入って来た。


「宮司、お茶が入りました。如何(いかが)ですか?」

「おぉ、三沢君。ありがとう。わざわざお茶を持ってくるという事は、何かあったのな?」

「流石は宮司ですね……。お察しの通り、先程浅倉さんが片桐君達と手合わせをして、コテンパンにやられてしまったそうですよ」

 

 金沢は、湯飲みを手に取った後、両手の指先を温める様に湯飲みを持ち換えた。


「そうか、そうか、負けたか。それは良い事だ。アイツの自尊心なんて、今の内に、複雑骨折並みに折ってやった方がいいんだよ」

「複雑骨折って……。もし、修復しなかったらどうするんですか?」

「あいつが、そんな玉かよ。……それに、折れた箇所は修復して強くなるもんだ。……アイツはまだまだ弱いからな。もう少し強くなってもらわんと、使い物にならんよ」


 やれやれ可哀そうに。酷い上司の下についてしまったわね、と心配そうに、三沢は手の平を頬へと当てるのだった。


「あぁ、そうだ。丁度いいや、三沢君。お昼食べ終えたら、浅倉達に大宮駅周辺をぷらぷらして来る様に云ってもらっていいかい?」

「……ぷらぷらですか?」

「そうだ。自分が守るべき町を知らない訳にもいかないだろう。町を知っているからこそ、この町を守ろうと思うものだ」

「……成程、分かりました。それではその旨を浅倉組長に伝えておきます」

「おぉ、頼むよ」


 金沢は、三沢に伝言を伝え終えると、彼女が入れてくれたお茶をすするのだった。


「うん、お茶が上手い。にしても、五月だと謂うのに、この部屋はちと肌寒いな……暖房しまうの早かったか?」



 ● ● ●

 

 

 うぅぅ、胸がいたい。

 私は、どうやら気絶をしていたらしい。

 目を開けて、天井を見た瞬間、私は自分が今どこにいるのかを把握した。

 そう、……ここは私が、初めて銭湯氷山に来た時、寝かされていた部屋だ。

 私は、上半身だけ体を起こし、辺りを見回した。しかし、近くに誰もおらず、どうやら一人で寝かされていたみたいだ。


 ……そうか、私は、楠君に負けたのか。


 頭を整理する為、気を失う前の事を私は考えた。

 しかし、今考えても、どうやって負けたのかが全くもって分からない。偉そうに彼の実力を推し測ると息巻いたは良いものの、その実、全くどんな攻撃をされたのかが分からないのだから、本当お笑い草だ。


 私は、情けない顔をしながら、微笑んだ。

 

 さて……楠君に頭を下げて、教えを請いに行くとしますか。


 やっと、私は頭の整理が着いた。

 そして、布団から起き上がると同時に、今の時間は何時かなと、時計を探した。

 壁掛け時計を見ると、針は丁度午後0時を指していた。どうやら、寝ていた時間は、然程長いわけでは無さそうだ。


 もうお昼の時間ね。

 片桐さんは、ご飯の準備をしている頃かしら。

 そんな事を考えながら、私は、部屋を後にして、食堂へと歩き始めた。



 ● ● ●



 食堂では、同僚達が和気あいあいと話しながら昼食を食べていた。

 どうやら、今日の昼食は肉汁うどんらしい。

 私も埼玉に来るまでは知らなかったが、どうやら、武蔵野うどんと呼び、埼玉では肉汁うどんがかなり食されているとの事だ。

 全国でも香川に次いで、うどんが食されている県らしく、云われてみれば、確かにうどん屋さんが多い気はする。

 この武蔵野うどんと云うのは、普段食べるうどんとは異なり、かなりコシのあるちぢれ麺だ。

 大体どこの店も噛み応えがあるので、満福中枢が刺激されて食べ応えも抜群だ。

 しかも、つけ汁で食べるのがスタンダードらしく、濃い目で少し甘い汁がうどんによく絡む。

 私は埼玉に来て、一番ハマったモノは何かと問われれば、間違いなく()()()と答える事だろう。


 さて、そんな訳で、私も昼食を頂こうと食堂を見回したところ、楠君がうどんをすすっている姿が見えた。


 おっ、一人で食べている。これは幸いだわ。

 午前中の訓練について聞くチャンス!


 私は、午前中の敗北原因について語りたいと考え、彼の机の前まで足を進めた。


「楠君、こちら座ってもいいかしら?」


 楠君は、私の顔をちらりと見るものの、すぐに食べているうどんへと目を戻した。

 どうやら、私に興味は無いらしい。


「……どうぞ、お好きに」


 しかし彼も特別拒否する理由が無いのだろう。

 とりあえずは、私が座る事を了承してくれた。


「ありがとう。――ところで食事中に悪いのだけれども、先程私が食らった一撃について、少し教えてもらってもよろしいですか?」


 しかし楠君は、うどんを食べるのを止めず、私を無視し続けた。

 どうやら、私は結構嫌われているらしい。

 こういう時は、まず頭を下げるに限る。


「先ほどは、楠君の実力を見極める等と生意気を云ってすみません。楠君の一撃がまさかあそこまで強烈とは思いもしませんでした」


 すると、楠君は、うどんを食べる手を一先(ひとまず)ず止めてくれた。


「あぁ、あれですか。なんてことないですよ」


 やった、答えてくれた。


「先ほどの技って、何か名前とかあるのですか? 強烈な一撃でしたし……」


 すると、楠君は顎に手を当てて天井を見上げた。

 もしかして、私は何か変な質問をしたのかな?

 そんな事を考えながら楠君の顔を見ていると、彼は、再び私の顔に目線を合わせた。

 

 「……いゃ、あれに技の名前何てないですよ。何か名前を付けるとするなら……『くるんとやってドン』ってところでしょうか」


 なっ、なんだ、そのやる気の無いネーミングは。

 強烈な一撃なのだから、なんか必殺技みたいな名前でもあって良さそうなものだが……。いゃ、話したくない、云いたくないってのが本音か……。

 やっぱり私に心は開いてくれないのね。

 フフフ、だが私はこれしきでは諦めない。


「あっ、えーと、楠君。私が技を繰り出したじゃないですか。……で、その後の、楠君の動きを、教えてもらっても宜しいですか?」

「……技の後? あぁ、あの超のろい面の事ですね。僕は、余りにも遅い面なので、この隙にどうぞって云われているのかと思って、肘打ちを一撃食らわしただけですよ。それ以外はなにもしていませんよ」


 いゃ、その一撃が凄いのだ。私の攻撃を()い潜って懐に入る素早さ。そして、瞬間的に放つ肘打ち。どれを取っても神業と云えよう。

 しかし、残念ながら見えていない私にとって、楠君の動きは想像上でしかない。ちゃんと聞かなくては今後の参考にならない。


「楠君は私が面を打ちに行った時、どういう動きをしたのか、教えてもらっても宜しいですか?」

「面の後? あぁ、あのサービスアタックですね。ちんたら打って来た一撃なので、何かの罠かとも感じましたが、あの遅さならカウンターは無いだろうと判断して、一気に間合いを詰めました。そして、組長の刀を弾くと共に、水月に肘打ちを叩きこんだだけです」


 ……なるほど。やはり、私の刀の側面に掌底(しょうてい)打ちを加えて刀の軌道を逸らしていたのね。

 刀の軌道が、反れた気がしたけれど、『気がした』ではなかったということね。

 楠君は左手で掌底を打てば、一連の動作で私に左腕の肘打ちを与えられる。

 ……そして、あの地面を蹴る、蹴り足の速度。

 もしかして、妖力は足に付与させると、通常よりも早く動けるのかしら。

 楠君は、戦闘時籠手を付けてはいるものの、基本無手での攻撃を主としている。

 そう、確か前回の鹿鬼戦において、楠君は飛び蹴りを繰り出していた。

 しかし、足には何もつけていない。

 つまり、足に妖力を付与していると謂う事になる。

 今回ももし、同じような事をしていれば、その速度は……いゃ、考えすぎか。

 そんな事をすれば、私との模擬戦の後に倒れてしまうのだから。

 ……だとすれば、あの速度は彼自身の力という事になるわね。


「……組長、何か、考え事ですか?」

「あぁ、いや、ごめんなさい。少し考えてしまって。……それにしても、普通の人はそんな簡単に私の攻撃を(かわす)す事など出来無いのですが……。そう謂えば、楠君は何処の流派なのですか? 師匠はきっと名のある方なのでしょう? あまりにも強すぎるので……」


 しかし、私が師匠の名前を聞いた瞬間、楠君の箸がピタリと止まった。


「あっ、師匠……ですか。元気だと思いますよ」


 いや、私は師匠の体調など聞いていない。師匠が誰かと尋ねているのだが……。多分楠君の話し方から推測するに、答えたくは無いのだろう。


 そんな事を考えながら、私もうどんを口に咥えた。



 それにしても、楠君は幾つなのだろう。ぱっと見10歳を少し超えた位なのだが、話し方が大人びていて、とても見た目の年齢とは思えない。

 実は、子供の仮面を被った大人とかなのだろうか?

 体は子供、中身は大人なんて人間がこの世にはいるのかしら?

 はっ! もしかして、何か変な薬を飲まされて、体が後退してしまったとか? それで子供の体に……!

 

「……組長……浅倉組長。僕の顔に何か付いていますか?」


 どうやら、私は、楠君の顔をガン見していたらしい。


「あぁぁぁ、ごめんね。いやぁ、楠君って幾つなのかな~って思ってね」

「……僕ですか? 12歳ですよ。見た目通りだと思うのですが……」

「あぁ、そうなんだ。12歳ね……アハハ、確かに見た目通りです」


 私の妄想癖も困ったものだ……。


「用が無いなら、これで失礼します」


 そう云って、楠君はお盆を手に取り、席を立つ。

 しかし、楠君がお盆持って、返却口へと向かおうと思った矢先、私達の前に三沢さんがひょっこりと現れた。

 

「あっ、二人とも、良い所であったわ」

「……いい所ですか? 僕はもうご馳走様なのですが」

「そう。なら、尚更いいわ。楠君、この後浅倉さんを連れて、大宮を案内してきてちょうだい」

「……三沢さん、それは命令ですか?」

「う~ん。まっ、金沢宮司からの事付けなので、そう取ってもらっても構わないわ」

「……わかりました。それならば不本意ですが、行ってきます」


 ……うわぁ、私嫌われているなぁ。

 私ってば、楠君にそんなに失礼な事したかなぁ……。


「そうそう、楠君。浅倉さん以外にも、片桐君と、尾花沢さんも連れていて欲しいのよ。ぜひ4人で観光してきてちょうだい」

「……わかりました」

「じゃぁ、1時に境内前で待ち合わせって事で、二人にも伝えておくわね。浅倉さんもそれでいいかしら?」

「えぇ、もちろんです。大宮観光の時間が与えられるとは、なんて嬉しい事でしょう」

「よかったわね。あと、これは金沢宮司から軍資金よ。楽しんでらっしゃい」

「えっ、あのジジィ……じ、重役の方が軍資金をくれるなんて、太っ腹ですねぇぇ。アハハハ」

「浅草さん、心の声が出ちゃったわね。金沢宮司にその旨も伝えておきますね。ウフフフ」

「そっ、それだけは、ご勘弁を……」


 私は、三沢さんの袖を両手で掴み、口止めを懇願したが、三沢さんの目は弱みを握ったと謂わんばかりの女狐の目をしていた。

 

 あっ、私この先、三沢さんにいいように使われるかもしれない……。


 何となくそんな事が頭をよぎった。


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