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鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第二章 諦めません勝つまでは(五月)
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対楠戦

 カンカンカン!


 木刀と槍の柄の当たる音が、中庭に木霊する。

 

「ハァハァハァ、もっ、もう一度お願いします。片桐さん――」


 私は、片膝で立ちながら、木刀をまるで杖を衝くかの様に地面に突き立てた。


「もう、三十戦くらいやってますよ。そろそろよくないですか?」

「いゃいゃ、これしきの事で……」


 こんなチャンスはそうそう無い。そう、私は自分の欠点を知りたいのだ。

 今負け越している原因は何なのか。それが分からない限り、私は強くなれない気がする。


 私は、片桐さんの言葉を遮るかの様に、模擬戦終了を拒んで、再び立ち上がった。

 しかし、そんな私を見て、片桐さんは小さくため息をつく。そして、中庭にある井戸から水を汲んで、私に手渡すのだ。


「少し休憩しましょう」


 流石の私も、動き続けていたので、喉がカラカラになっていた。

 正直休憩はありがたい。

 私は、手渡された水を手に取ると、それをグィっと一気に飲み干した。


「ぷはぁ、生き返るぅぅ」

 

 しかし、飲み干したと同時に、今度は私の毛穴という毛穴から再び汗として、水は再び体の外へと流れ出る。

 ただでさえ汗まみれの私の作務衣は、一晩置いたおでんの大根と見間違える程に汗が染み込んでおり、良い感じの味を出していた。

 

「ここまでボロボロにやられたのは、いつぶりかしらね。亡き父との稽古が最後かしら……」


 そんな独り言を口にしながら、私は火照った体を冷やすために、作務衣の胸元をパタパタと引っ張り、空気を体の中に取り込んだ。

 しかし、横を見ると、なんと、そんな私の姿を片桐さんがマジマジと見ていたのだ。


「えっ、片桐さん、なんですか? そんなにマジマジと私を見て」


 流石に普段は男勝りなところがある私でも、胸元を見られてしまうと、恥ずかしさは隠せない。

 私は、仰いでいる手を止めて、すぐさま胸元を隠した。


「あぁ、いぇ、ジッと見てスミマセン。……実は組長と戦っていて思ったのですが、組長……何か隠していませんか?」


 ……何か隠している? 私が? …………あっ!

 

 私は、片桐さんが何を云おうとしているのかを察して、一瞬で赤面した。

 そして、更に強く両手で胸を覆い隠す。


「なっ、何云ってんですか。これは自前です。何も隠していません!」

「自前?」


 彼は、一瞬私が何を云っているのか理解できては居ないみたいで首を傾げた。

 しかし、次の瞬間、私の云っていた意味を理解したらしく「あぁ」と頷ずいたかと思うと、みるみる内に呆れ顔へと変貌した。


「いゃ、別に()()でも、()()でも良いんですけど、そんな下らない事じゃ無くて……」

「でっ、出前って、何云ってんですか! そんな、何処からか持って来たみたいに云わないでください!」


 私は、片桐さんの顔を指差して、抗議した。

 しかし、片桐さんは相変わらず涼しい顔をして、淡々と言葉を続けるのだ。

 

「いゃ、俺が話しているのは、そんな耳カス見たいな上げ底の話ではなくて、組長の剣技の事です。何度か手合わせをしてみて感じたのですが、組長って、太刀を扱うの、そんなに得意では無いですよね」


 ぐぎぎ……私の胸は、耳カスでスルーされてしまうのか……。くそう……。

 その悔しさとも呼べる感情を抱きながら、私は拳を強く握りしめていた。


 だがしかし、その話はさておき、それよりも目を見張るのは、片桐さんの目だ。

 模擬戦は今日が初めてだと謂うのに、流石は達人レベルの人間だ。私は片桐さんの慧眼に感服するばかりだった。

 そう、何故なら、私は決して太刀が苦手では無い。どちらかと謂うと、得意な得物である。

 しかし得意ではあっても、最高に得意ではない。

 最高に得意な得物は他にあるのだ。

 もっとも、どこで見極められたのは不明であるが、私の人生において、初見で見破られたのは初めての事だった。

 そんな人物が自分の部下に居るとなれば、私の口元がほころぶのも致し方ないと謂えよう。


「……流石……と云うべきなのでしょうね。今まで、太刀を使っていてそんな事を云われたことは無かったのですが……」


 私は、木刀を太陽にかざして見た。

 

「私は、太刀を使うのが苦手なわけでは無いので、まさか見破られるとは思ってもいなかったわ。学校の教官ですら、そんな事を云った人物は一人も居ないですしね。……とはいえ、片桐さんに負けている事は変わらないので、負けは、負けです」


 私は、目尻を落として、トホホとした顔をつくる。


「……いゃ、別にそういう意味で云った訳では無いのですが。……それで、本当は何が得意なんですか?」

「あぁ、私の得意武器ですか?……」


 そう口にしながら、私は手にしている木刀をしげしげと眺めた。そして、木刀を短く、本来であれば刃の部分である所まで、握り手をずらした。


「私の得意武器は、小太刀なのですよ」

 

 そう、小柄な私にとって、この刀は長すぎる。どうしても、この刀の間合いで戦おうとすると無理が出てしまうのだ……。

 刀とは『気剣体』が一致する事により、初めて切る事ができる。

 気剣体の一致とは、心と刀の動き、そして身体の動きが全て一致しする事を意味する。

 つまり、ただ闇雲に刀を振り回していても、有効的な斬撃を繰り出すことは出来ないという事だ。

 では、刀の動きと、体の動きを合わせようとするのであれば、無理のない長さが一番効果的である。

 もっとも、そんなのは云わずもがな事といえよう……。

 つまり、私にとっての小太刀とは、ほんの僅かなズレを生じさせず、より高度な対応能力が発揮できる長さなのだ。

 ……とはいえ、この誤差は0.1秒にも満たない。そんな僅かな誤差を見極められるなんて普通ではありえない。

 つまり、目の前の男は、確実に化け物レベルと謂えるのだ。


「ところで組長。小太刀が得意なのに、なぜ今日は太刀の木刀を使っているのですか?」


 私は、我に返って片桐さんの顔を見つめる。


「なぜって……? 別に深い意味なんて無いわよ。ただ、小太刀の木刀が無かったから、仕方なく使っただけよ」

「……なるほど……仕方なくですか……。それでは、小太刀であれば、私に勝てる……と……」

「いゃ、いゃ、いゃ、流石に片桐さんのレベルでは戦えませんよ。例え小太刀があったとしても……勝負になってませんって」

「そうですか……」


 なんだろう、片桐さんの顔が少し寂しそうに見えた。

 私の全力を見ることが出来なかったからなのか?

 それとも、達人レベルだと、私の回答が、的を射ていないと感じてしまうのか?

 いやいや、まさかそこまでレベルが高いと、もはや人とは呼べないぞ。


 私は、つい深読みをしてしまった。


 

 そんな会話をしていたところ、今度は中庭に楠君が現れた。

 どうやら、たまたま通り掛かったらしい。


「あれ? 組長に片桐さん。どうしたのですか、こんな所で?」

「こんにちは、楠君。片桐さんには、ちょっと私の訓練に付き合ってもらっていたのですよ」

「……訓練ですか。それは大変そうですね。では、お邪魔しては悪いので、これで失礼させて貰います」


 彼は、私達にそう告げると、頭を下げて、その場を立ち去ろうと背を向けた。

 しかし、私は、そんな楠君の肩を掴む様に、空中で右手を差し出した。


「ちょっと待って、楠君」


 その声に反応した楠君は、その場で立ち止まり、反転してこちらに向き返した。


「なんでしょうか? 組長」

「いゃ、もし良かったらなんだけど、楠君とも一戦交えられたらと思って」

「……僕と訓練ですか?」

「そう、そう」


 すると、無表情の彼の(まなこ)が少しだけ曇った気がした。


「……それは命令でしょうか?」

「いゃ、命令じゃなくて……お願いかしら」

「拒否してもよろしいでしょうか」

「まぁ、いいのだけど、折角なので、一試合だけお願い出来ませんか? 楠君の実力を知りたいのです」


 私が追加でお願いをすると、今度は明らかに目が曇った。

 どうやら、敬遠されているらしい。


「はぁ……、組長……1回だけですよ。それに、こう云っては失礼ですが、組長に僕の実力を測ることが出来るのですか?」

 

 そう言葉にしながら、楠君は嫌々ながら、左手の肘を曲げて構えの姿勢を取った。

 

 やれやれ、私も舐められたものだ。

 例え相手が私より強かったとしても、実力を見極められる事くらいは出来ると自負している。

 それに私は、先ほど達人レベルの技を見た。

 もしそれと匹敵する程の強さであったとしても、なにせ相手は無手だ。今度こそ私に勝機がある事だろう。

 私は、目の前の子供相手に、本気で挑む覚悟をした。

 

「楠君、本気でお願いしますね。ちなみに私は太刀を使用しますが、宜しいですか?」

「別にかまいませんよ。そんな棒きれなんて、有ろうと無かろうと同じですから」

「……まったく、云ってくれるわね……」

 

 ふぅ、と強く息を吐いた後、私は、木刀を中段に構えた。

 先程と変わらず、穏やかな風が心地よく吹いている。

 申し訳ないが、十歳やそこいらの少年に負けるわけにはいかない。

 身長だって、私の方が断然高いし、木刀の分のリーチもある。無手の相手に対して負ける要素が見当たらない。

 それに……。


「楠君、剣道三倍段って言葉をご存じですか?」

「剣道サンバイダンですか?」

「そう、剣道三倍段。柔道など無手の使い手が、剣道の使い手を相手にする場合は、三倍の段で同等の強さって意味なんですよ」

「へー、組長って剣道何段もっているんですか?」

「私? 五段よ」

「じゃぁ、僕は、十五段を持っていないとダメな訳ですね。……それじゃぁ負けですよ。柔道は十段までしか有りませんからね」

「あら。もう、負けを認めるのですか?」

「いや。その理屈が正しいのであれば、僕の負けかな? って思っただけです。それより時間が無いので、さっさと掛かって来て下さい」

 

 楠君は私を挑発してきた。

 なるほど。子供ながらに、中々に駆け引きが上手い。

 しかし、私も勝負の世界であるならば、手加減はしない。


 私は、相手に対して、行くとも何も云わずに、いきなり切りかかった。


 ……楠君、悪いね。これも勝負なのでね。


 私は、素早く相手の面を叩き割りに行った。

 しかし、私の木刀は何もない空間を切り裂き、代わりに次の瞬間、胸に強烈な衝撃を受けて、後方へと吹き飛んだ。

 

 ……その後はよく覚えていない。

 私の目に映っているのは青い空だけだ。

 ただ、胸の中心、急所である水月の辺りが痛むので、攻撃を受けたのだなっとだけは理解できた。


 ……あぁ、私は、子供にまで負けたのか。しかも派手にやられたものだ。

 ……私ってこんなに弱かったのだな。


 流れる雲を見上げながら、静かに意識が抜けて行った。


 

 

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