初帰還
私たちが、鹿鬼を退治して10分が経過した頃、回収用のトラック数台が現場に到着した。
その頃には、鋼組の面々も多少妖力が回復し、立って歩ける程度にはなっていた。
私は、部下の回収を願うべくトラックへと歩み寄ったところ、先頭車両の助手席から、若い男が飛び降りた。そして、その男は私の前まで駆け寄ると、キリっと敬礼を行い、自己紹介を始めた。
「私は、陸軍支援部の内田と申します。今回鋼組の…………えっ?」
内田の報告の声が途中で止まった。そして、内田は困惑しながら、私の顔をマジマジと見つめた。
そいうえば、私の顔は鹿鬼の返り血でドロドロだったな。困惑する程私の顔は酷いのか?
そんな事を一瞬考えたが、どうやら驚いた理由は、そうでは無かったらしい。
「もっ……もしかして、浅倉さんですか?」
浅倉さんですか? とな?
私は、改めて、内田成る男性の顔をマジマジと見つめた。
…………あぁ、同期の内田君じゃないか。
「あら、内田君じゃない。久しぶりって、卒業して、まだひと月も経ってないか……」
「いゃ、そうじゃなくて、浅倉さん……巫女勤務じゃ無かったですか?」
内田君は困惑していた。
それもそうだろう。巫女をやらされているはずの同期と、まさかこんな所で出会うとは、思ってもいなかっただろうし。
「巫女もやっているよ。それより、内田君、私の部下の面倒見と、鹿鬼二体の回収をお願いできるかしら?」
私が仕事モードに切り替えると、内田君もそれに同調して、再び敬礼を行った。
「了解しました。これより回収の任に着かせていただきます」
そう報告終えると、彼は乗って来たトラックへと、戻って行った。
私はそんな後ろ姿を見ながら、内田君の慌てぶりを思い返していた。
……これは近いうちに、同期に私の卒配先がバレそうね。
そんな事を考えながら、私は微笑んだ。
そして、一呼吸置いた後、改めて倒れている鹿鬼を見つめ直した。
さて、どうして今回に限って、鹿鬼は二体も現れたのかしら?
過去にそんな例はなかったはずだけど……。
しかも鹿鬼が現れるのは決まって埼玉県。これもきっと何か意味があるに違いない。
そもそも、鹿鬼の狙いは何なのか?
必ず刀を所持しているが、なぜ刀なの? 槍ではいけないの?
急に出現するが、出現条件は一体何なの?
考えれば、考える程キリがなかった。
幾ら考えようとも、とりとめが無い。私は、一旦考えるのを止めた。そして、今度は部下の元へと歩み寄り、部下の容体を気にかけることとした。
「片桐さんも、楠君もお疲れ様でした」
私が、ねぎらいの言葉を掛けると、二人は私に顔を向けて、無言で会釈をする。
「別に、俺はただ仕事をこなしただけだ」
「僕も、生活の為にやっただけです」
二人は、そんな風にそっけなく答えると、帰宅するのが当たり前の様に、無言でトラックへと歩き出した。
はぁぁ。まだまだ、彼らとの距離は遠いわね。
私は、彼らとの心の距離が遠いことを肌で感じると共に、どうすれば、もう少し彼らと仲良くする事が出来るのかを考えるのだった。
● ● ●
浅倉たち、陸軍が撤収作業をする中、少し離れた火の見櫓の上からその状況を観察している者達がいた。
「おや、おや~。鹿鬼を二体も出現させたのに、やられてしまいましたよ」
「……全くだ。それにしても、鹿鬼を倒した、あの連中は何者だ?」
「そうですね~、何者でしょうかね~。陸軍とは違う服装をしていますし……それに、なんかワクワクさせられちゃいますね」
「……ワクワクするのは、お前だけだろう。俺は、微塵もワクワクなどしない」
そう話しながら、男は、若干不機嫌な顔をした。
しかし、横にいるチャラい感じの男は、あまりそれを気にした様子はなく、話を続ける。
「またまたぁ。棟梁なんですから、ドーンと構えて下さいよ」
「棟梁……か。まぁ、それはいいが……それにしても、なぜお前は俺に協力しているんだ? お前は俺に協力して、何か特になる事でもあるのか?」
「えっ、僕ですか? ……そうですね、ありますよ。……僕はね、憎いんですよ、人間が。だから、僕の大事な人を奪った人間を滅ぼすのが、僕の目的…………ってので納得できませんか?」
「……なんだかな。のらりくらりと、あまり信用のない男だ……」
「まぁ、まぁ。そう云わないでくださいよ。貴方のおかげで、この力を得ることが出来たのですから、貴方には全面協力しますよ、棟梁!」
もっとも、そんな不穏な会話をしていた二人の存在に、浅倉たちは、当然気付くはずも無かった。
そう、浅倉たちが彼らの存在を知るのは、もう少しだけ先の事となる。
● ● ●
私はトラックの荷台に乗りながら、折れた刀を見つめていた。
すまなかった、桜草来国光。私がもう少し上手にお前を使ってやれれば、こんな事にはならなかただろうに。
私は折れた刃体を、大切に飼っていた小鳥が亡くなった時の様に、優しく包み込んだ。
そう、入学祝として父から賜ったこの刀は、今や父の形見となっていた為だ。
私とて、大事な刀であったのにも関わらず、こんな形で失うとは、夢にも思わなかった。
まったくもって、不甲斐ないな。
父がこの場に居たら、私は、叱責された事だろう……。
……さて、果たして、こんな情けない私が、組長などやれるのだろうか……。
今回の戦闘で、私が、いかに弱いかを痛感させられた。士官学校では敵なしだったが、まさか一線ではここまで弱い存在だとは思いもしなかった。本当、井の中の蛙とは云ったものだ……。
……そして、なにより実感したのが、部下の方がよっぽど強いと謂う事だ。
そんな彼らからしてみれば私などただの小娘に過ぎないだろうし、彼らに呆れられるのもまた当然。
彼らの態度から、私を本物の組長として認めていないのはよくわかる。
だがしかし……、私はお飾り組長でいるつもりなど毛頭もない。
今はまだお飾りかもしれないが、必ず彼らを振り向かせてみせる。
今に見ていろ。
私は大宮へと帰るトラックの中で、理想の組長になると、決意をしたのだった。
● ● ●
「あ・が・の・ちゃ〜〜〜ん!」
埼玉支部に到着するなり、尾花沢すいが飛びついて来た。
「上乃ちゃん、上乃ちゃん!」
すいちゃん、の抱擁が想像以上に私を締め付ける。
「すっ、すい……苦る……しい。ガクっ」
「えっ? あぁぁあああああ、ごめんなさい、ごめんなさい」
私は、万力に締め付けられる感じとは、こう謂う事を指すのだろうと、薄れゆく意識の中で微かに感じていた。
そして、なんやかんや帰還歓迎ムードが一段落を終えた所で、やっと支部長である金沢が、我々の前に出て来た。
「三人ともお疲れさん。浅倉は初出撃で大変だったと思うが、今後も鹿鬼との戦闘は激化するだろうから、精進してくれ」
「はっ!」
私は、金沢にキリっと敬礼をした。
「……おぃ、浅倉」
「はっ!」
「お前は、固すぎる……もう少し、柔らかくなれ」
「はっ!」
そうは謂っても、今までそういった人生を送って来たので、急に変えろと云われても、中々難しいものだ。
ため息をつく支部長には悪いけど、申し訳ありません。
私は、やれやれと首を横に振りながら立ち去る金沢支部長の後姿を、敬礼のまま見送った。
● ● ●
作戦指令室から、人々が去った後、私だけはまだ残っていた。
今回の戦闘を振り返り、研究をするためだ。
私は、過去データと、戦闘映像を凝視しながら、考えに耽っていた。
過去に、鹿鬼と二度戦い、分かった事がある。……そう、それは我々の戦闘時間が短すぎるという事だ。
個人差はあれど、多分妖気を纏っていられるのは長くて3分程度。
つまり、一人ずつ交代で戦ったとしても、最大戦闘時間は9分となる。
もし、敵が五体も同時に出て来れば、我々の全滅は必至だ。つまり、長時間戦闘できる環境を作る事が、今後の我々の課題となるだろう。
また、今日までに倒した鹿鬼の数は、全部で七体となる。
私が来る前までに倒したのが四体。そして、私が来てから倒したのが三体。
内訳として、大宮が二体、浦和が二体、蕨が二体、上尾が一体。
……これだけ見ても、特に共通する点が見当たらない。強いて云うならば、国鉄が通っているって事くらいだろうか? 敵は、国鉄の駅を狙っている? そんな事をして、彼らに何かメリットがあるのか?
そもそも、敵に狙いがあるのか? それとも気まぐれか? 線路、交通網の断絶? いゃ、それなら、駅から遠い方が……ブツブツ。
私が分析に集中をしていると、背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「浅倉さん、今日はもうお休みになってはどうですか?」
声を掛けて来たのは三沢さんだった。
「あっ、参謀長。スミマセン、演算機を借りてしまって」
私は三沢さんに対して頭を下げた。しかし三沢は「そんな事は気にしないで」と、手をパタパタと上下に振り、陽気に答えた。
ところが、三沢はすぐに険しい表情を作り出し、私に質問を投げかけて来た。
「……浅倉組長、鹿鬼は今後どうなると思いますか?」
私はなんとも漠然とした質問だと感じた。
しかし、敢えて情報を持っていない私であれば、先入観を持たずして考えられる。
三沢さんはそう考えて、質問を私に投げ掛けているのでは無かろうかと解釈し、自分の意見を頭の中でまとめた。
「鹿鬼は、何がしたいのかが分かりません。ただ強いて云うならば、町の破壊が目当てな気もします。建物を壊す。町を壊す。これが彼らの目的な気がします」
「……そうね。それは金沢支部長も同じ意見だったわ。鹿鬼が初めて出現したのは、今年の一月七日。それから、概ね二週間おきに出現しては、町を破壊している」
私は、参謀長の話に頷き、理解を示す。
「えぇ、そうなんですよね。今のところ発生件数も少ない事から、確証は得られませんが、鹿鬼は田舎に出現しないんですよね。もっとも、今後もそうである保証はありませんけど……」
私は、自分の意見を述べ終えると、急に眩暈を感じ始めた。
どうやら、戦闘の疲れが出て来たのか、立ち眩みを起こしたらしい。
「あらあら、浅倉さん、無理は禁物です。健康管理も大切な任務です。今日は銭湯でゆっくりと戦闘の疲れを癒してください」
三沢さんは優しいな……。私は、体を支えてくれる三沢さんに対して、少しだけ笑みを浮かべた。
「それにしても……銭湯で、戦闘を癒すとは、随分と小洒落た事を云うのですね、参謀長は……」
「別に、洒落を云ったわけではありません。揚げ足を取らないで、さっさとお風呂に行ってください」
そんな、たわいも無い会話をしながら、私達はクスクスと笑うのだった。