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鋼鉄の舞姫 ~昭和レトロ活劇・埼玉よ、滅びることなかれ~  作者: YOI
第一章 あがのたつ(四月)
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卒業配置


 正和12年3月25日 午前10時00分


 世が大正という時代を終えて、約十年。

 私は、帝都練馬にある帝国陸軍士官学校の講堂において、帝国陸軍幹部候補生の卒業式に出席していた。

 講堂の高さは5メートル程で、広さは概ね柔道の競技場 4面分くらいと謂った所だろうか。

 また講堂の正面には壇上があり、同壇上の中央には胡蝶蘭等で装飾された演台が、我々を待っている。

 ……そう、我々幹部候補生30名は、本日をもって卒業する。


 我々は、本日の卒業をもって少尉の階級が与えられ、各部門において、帝国のために尽くす事となる。

 これを、卒業配置と呼んでいる。

 この卒配先は、我々の未来を左右するとも云われており、階級を上げるための、重要な階段の1つとして数えられている。

 当然、否応無しにも、卒配先は盛り上がる。

 では、配置先はどのようにして決まるのか。

 それも分かりきっている。そう、成績の良い順だ。優秀な者から、より進級しやすい卒配先が選定される。

 では、今期の最優秀賞はだれなのか?

 それも分かりきっている。……そう、なにを隠そうこの私、『浅倉上乃(あさくらあがの)』である。


 他人(ひと)は私の事を文武両道、才色兼備と持ち上げ、その言葉は私の為に作られたと称賛する声も少なくない。

 確かに、他人から見れば、そうなのかもしれない。

 だがしかし、私は、実際そんな事どうでも良かった。


 私は、ただこの国を守りたいだけ。その為に、権力と謂う力が、どうしても欲しかった……。

 私は今まで、その為に精進してきた。

 そう……ただ、その力が欲しいが故にだ……。


 私はもう、見捨てない。

 不甲斐ない私に、他人を守れるだけの力を、よこしなさい!



 ● ● ●



「なぁ、いよいよだな」

「あぁ、卒配どこだろうな?」

「それと、浅倉がどこに行くのかも気になるよな」


 周りで、こそこそと私の噂をしている声が聞こえる。

 どうやら周囲は私の卒業配置先が気になるらしい。

 今期の私の成績は、学科においても、武道においても、ほぼ満点を叩き出した。

 どうやらこの成績は過去に類を見ないらしく、いきなり本部勤めだとか、どこか地方の支部長だとか、荒唐無稽な噂ばかりが沸いているっぽい。

 まったく、他人の噂などして、そんなに面白いモノのだろうか?


 云いたい事は云わせておくのが私の性分だし、正直、私自身の卒配先など、何処でも構わない。

 例え最北端でも、最南端でも、私には、さほど影響など無いのだ。

 私にとって命令とは、ただ命じられた場所へ行き、そこで帝国の為に尽くすだけだ。


 ……さて、私はどこへ飛ばされる?

 ……幹部は、私をどこで(しご)く?

 ……どこで、どの職をやらせる?


 ある意味、それが楽しみで仕方が無い。

 私への扱いが、この国の考えだ。

 頼むから、私の力を、十二分に発揮できる場所へ飛ばしてくれよ。

 そう考えるだけで、笑みがこぼれる。


 そう……あの声を聞くまでは……。



 ● ● ●



「全員起立!」


 卒業式がついに始まった。

 学校長である田嶋宏が、ゆっくりと壇上の中央まで足を進める。

 そして、マイクに口を近づけると、重厚感のある声質で、卒業式の第一声を皆に届けた。


「上級課程、第17期生の諸君、卒業おめでとう。これから君たちは一線にて仕事をしてもらう。辛い部署へ配置の者もいると思う。だが、これも試練だと思い励んでもらいたい」


 田嶋が挨拶を終えると、一同が敬礼を行う。


「続いて、卒業証書授与」


 司会者の声により、田嶋の元へ、卒業証書が運ばれる。


「只今より、卒業証書授与式を行う。呼ばれたものは、順次壇上へ上がる事」


 ついに来た。私の卒業配置発表の時が。

 私の口角は上がりっぱなしだ。


「それでは、今期首席である浅倉上乃」

「はい!」


 私は透き通るような返事をしながら、すっとその場に起立する。

 まるで、教科書さながらの気を付けをしている様だ。

 時が止まったかと誤信しそうな静まり返る空気の中、私はゆっくりと壇上へ上がる。


「卒業証書、浅倉上乃殿。君は上級課程を修了した事を、ここに証する」


 ゴクリ!


 私の喉が鳴る。

 ……この後だ、私の配置先が発表されるのは。

 ……さぁ、どこだ……!


「なお、…………勤務を命ずる」


 ……えっ⁉ そんな……バカな⁉

 なぜ、私がそんな所へ……。

 ……何かの間違いでは……。


 私は、意外な場所へ配属された……。



 ● ● ●



 全員の配置先が発表され、各自流れ解散となったが、私はその場を一歩も動く事が出来ずにいた。

 後から聞いた話だと、どうやらこの時の私の顔は深海生物の様に蒼白で、砂で作られた人形の様に、いつ崩れてもおかしくない面持ちだったらしい。

 だが、それでも、何人(なんぴと)たりとも近づけさせない、そんなオーラだけは漂わせていたとの事だった。


 私は、この時、考え事をしていた。

 そう……私には夢があったのだと……。


 ……私の夢は、ただ一つ。

 『帝国を守りたい』

 たったこれだけだ。

 これ以上も、これ以下もない。

 もし、帝国を守る事が出来るのであれば、何処の部隊でも構わないし、何処の支部でも構わない。最悪陸軍でなくとも構わない、とすら考えていた。

 だがしかし、もし希望が叶うのであれば、この帝都を跋扈(ばっこ)する怪物を退治する部隊、『妖鬼(ようき)』を根絶する部隊への配置を希望していた。


 ……幼少期、私が住んでいた街は、化け物に破壊された。

 ()()と、町民を奪った憎き怪物……妖鬼。

 やつらは殺戮(さつりく)と破壊のみを行い、人々に恐怖と絶望しか与えない悪しき存在だ。

 その妖鬼は、私にとって、友人の仇以外他ならない。


 私の人生は、妖鬼を滅する為に、ひたすら剣と勉学に、励んできたと云っても過言ではない。

 しかしながら、私は成長するにしたがい、人々の平和を守れるのであれば何処の部署でも構わない。それでも国民の安全が守れるのであれば、どの様な部署でも頑張れると思っていた。


 もっとも……根底に『最後には対妖鬼部隊に異動してやる』という気持ちがあるのは、揺るぐ余地も無いが。

 

 ……しかし、今回の配属先により、私の心は大きく折れてしまった。


 ……私の、たった1つの願い。『国を守る』。この、ささやかな願いすら、叶わなくなってしまったからだ……。



 私は、もう一度学校長の言葉を思い出していた。

 配属発表の際、私は自分の名前が呼ばれたので、講堂の隅々にまで届く声で返事をし、壇上へと歩みを進めた。

 そして、学校長の言葉を一言一句逃すまいと、神経を鼓膜に集中さながら聞いた言葉は、こうであった。


「浅倉少尉、君を埼玉県大宮市氷山(ひやま)神社()()勤務を命ずる」


 そう……、確かに学校長は、私に、そう告げたのだ。


 その後は、何もなかったかのように、次の人の名前を読み上げ、次々に配属先を云い渡した。

 当然であるが、その配属先とは神奈川支部であったり、大阪支部であったりと、所謂(いわゆる)普通の卒配先であった。

 また、部署も突撃分隊、治安分隊等と、特に変わった部署ではない。

 つまり、私だけ『巫女』という、軍とは縁も、ゆかりも無い部署に配属される事となったのだ。



 私の卒業配置は、生徒の間でもたちまち噂となり、波紋は広がりを増すばかりだった。

 生徒達は、自分勝手な憶測を付けて噂を広げる。

 尾びれだけならまだしも、背びれや腹びれまで付けていくものだから、もはや収拾など、つきようはない。

 人の噂も七五日と云われているが、あと一週間ほどで我々は卒業だ。

 残念ながら、噂が消えるまでの時間が、私には無いらしい。

 因みに、私の聞いた噂の中には、こんなモノがあった。


「やっぱり、女ってのが生意気なんだよ。女に幹部は任させられないもんな」

「武道だか剣道だかが強いらしいけれど、実は色気で勝ったらしいよ」


 この様に、女性蔑視(べっし)の発言が多かったと思われる。


 実の所、私の人生において、今までもこの様な噂が立つことは珍しく無い。その為、今までは気に留める所か、返って見返してやるといった、闘争心が芽生えていた。


 しかし、今回の出来事は、自我が崩壊するレベルのショックの為、たかが噂と分かっていても、心がえぐられる様だった。

 また私の頭の中では、どう考えても対妖鬼部隊配属への道筋が、見えない。

 どうすれば神社の巫女から、軍に戻れる?

 そもそも、軍の人間が巫女とは、一体何なのだ。左遷と謂うより、もはや島流しに近い。


 誰か教えてくれ…………。

 ……私が、……私が、一体何をしたのだ。


 そう考えると、私の心の皮が、一枚また一枚と剥ぎ取られて行く……。

 まるで、玉ねぎの皮を、一枚一枚、無理やり剥いでいく様に……。


はじめまして、YOIでございます。

小説家になろう初投稿作品になりますが、週一連載で頑張ります。


さて、本作品はある作品をオマージュして作成されています。

今後、どの作品をベースにしているのかに気が付かれる方もいるかもしれませんが、静かに見守ってください。


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― 新着の感想 ―
浅倉上乃の夢と現実のギャップが面白いですね。巫女としての新たな冒険もきっと素敵なものになるはず!というかなってほしい
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